11−2
「お久しぶりですわ、お元気でして?」
「あぁ。アーシュリーも元気そうで何よりだ」
「まぁ、嫌ですわクライスさま。アーシュとお呼び下さいと何度も申しておりますのに」
と、離れているのにやけにハッキリ聞こえる声はまだまだ少女の域であるのに、立派に女性の猫なで声を模していて、そんな彼女の末恐ろしさに私は思わず身を震う。
「おじいちゃん」
「どうしたでござる?まさかここまで一人で…?」
「…どうしてもルナ・ダークを発動できなくて。お父さんが、おじいちゃんに直接聞いて来いって言ったから」
「ヒースめ、あやつ。こんな年端もいかない子供に一人旅をさせるとは…」
と、こちらはこちらでほんの少し不穏な空気が漂った後、常の穏やかな顔に戻してレプスさんが何か言い、紺色フードを払って出てきたこじんまりとしたウサ耳に、感極まって私は再び体を震う。
日が傾いて、町の門。
勇者様に抱きつく少女と、レプスさんと抱き合う子供。
各々が久しぶりの再会を堪能したのち、門番から連絡が飛んだのか、出迎えに現れた領主の使いに勧められるまま連れ立って、奥の城へと消えて行く。
去り際に、例のアーシュリーちゃんが勇者様に抱っこされたまま勝ち誇ったような視線を向けてきて、「ま、負けました…」と思うのと「二年ぶりだけど私の事とか覚えててくれたんだ?」なちょっぴり嬉しい気持ちが起こる。
——まぁ、ここはとりあえず。
「ギルドに寄って宿探し…しましょーか」
と。
身を潜めていた木陰から気持ちを新たに歩み出て、うぅーんとひと伸び。アーシアよりも緑豊かな感じが戻った街道の先、しばらくお世話になる町へと視線を向ける。
パーシーはいつも通りに、私が町へ着いたのを確認すると、ちょっと遠くで尻尾を振ってそのまま行方をくらました。あれから落ち込むご主人様を人語を使って慰めるとかする訳でもなく、自分、所詮ケモノっすからと言わんばかりの奔放ぶりで殆ど絡みが無かったが、よく考えたらその方が有り難かったかもしれないと、今の私は思うに至る。
アーシアを出立ちした時、何故か勇者様ではなくて私の方を見送りに来てくれちゃったキトラさんは、「クルゥはたぶん昼過ぎまで起きては来れないから」と爽やかに艶やかさを混ぜ私の言葉を封印したが、それ以上にこちらの様子があまりにあんまりだったのか、勇者様(あちら)とこちらを見比べて不思議そうな顔をしながら、続いただろう“余計な”話を空気を読んで飲み込んだ。
沈黙しちゃった勇者な人にヨナさんへと渡すはずだったお祝い品を押し付けて、わざわざどうもなお礼を言って別れたその後。勇者様のパーティは、さらに西へ寄ったのち、大陸をやや南に降りてほんの少し東に戻ったのだった。
そして日暮れを前にして丁度この町に着き、先の出会いと相成った。
夕暮れの前だというのに人の入りが少ない門は、なかなか歴史を感じさせる綺麗な彫刻で飾ってあって、緑の蔦が渡された町の家々同様に涼しげな空気を纏って見える。同じファラウウ国内なのにアーシアとは大分異なる“静”の景色がそこにあり、町の雰囲気も落ち着いていてまるで古都に来ているようだ。
私はそんな事を考えながら人もまばらな通りを見渡し、入り口にほど近い冒険者ギルドの看板を見て、いつも通りそちらに向かう。
町に着いてまずする事は、宿探しか情報集め。今日は日の入りまでもう少し時間があるし、この規模の町ならばギルドで宿を紹介して貰った方が早そうだ。
レプスさんのお孫さんとか、ライスさんの娘さんとか、思いがけない出会いがあって、何日くらい滞在するのか想像もつかないし。これからきっと予定のほども大きく変わることだろう、と「気合い入れていこーか」な気持ちで進む。
そうしてギルドのドアをくぐると、ぱらぱらとこちらに向いた視線を躱し、依頼掲示板をざっと確認。薬草的な採集系の依頼を数個、意識に留(と)めて、近隣のダンジョン情報と注意喚起が書かれた紙に目を通す。それから別の壁に掛かった町のマップをチラ見して、最も雰囲気が良さそうな職員さんに声掛けた。
女子一人でも安心できる宿情報をお願いすると、職員さんは慣れた感じでオススメを教えてくれる。思った通り、そこで紹介してくれたのはちょっとわかりにくい位置にある宿屋さんで、きっと一人で探したら絶対見つからなかっただろう。
大して人の入りもない平凡な町だから、今から行っても泊まれるよ。一応先に連絡をいれておいてあげようね、とか大分親切にしてもらい、心からお礼を言ってそのままギルドを後にした。
少なくとも勇者様のパーティは一日くらい動かず過ごすと予想して。
翌日私は町の図書館で時間をつぶし、再び夕刻、帰るついでに勇者パーティの動きを知ろうと町の中をふらついた。
某商店で「勇者パーティのメンバーが回復薬を多めに購入していった」ことと「どうやら明日どこかのダンジョンへ行くらしい」という話を町民の会話の中に聞き、これは早起きしなきゃだなぁとぼんやりぼやっと考えた。
だから私は、まさか彼の勇者様が図書館で静かに本を読む自分の姿を見ていただとか、町の中をふらついてるのをそれとなく見られていただとか、全く知る由もなく。
まるで話しかけるタイミングを見計らっているようだったとか、それでもどこか二の足を踏む様子だったなんていうのを、明日は何時起きが妥当かな〜とか考えながら、知らずに過ごしたのだった。