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勇者の嫁になりたくて ( ̄∇ ̄*)ゞ  作者: 千海
10 大都市アーシア
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閑話 戻らない霧の行方は…



「霧(ヘイズ)がずっと戻らないの。貴女、心当たりはない?」


 たまにはお茶を一緒にしましょうと、姉からの誘いに乗って執務室へと来てみれば。

 出されたお茶とお茶菓子に気を緩めかけた瞬間に、そんな問いを掛けられた。

 少しドキリとしたけれど、“知らなくてごめんなさい”な微笑み加減で白(しら)を切ったら、きっと何も問題無い。


「ごめんなさい。私には見当もつかないわ」


 彼は姉さんの大事な懐刀ですものね。早く戻るといいのですけど…。

 さも心配しているという表情に切り替えて上手くセリフを続けると、思った通り、姉は大臣と視線を交わし残念そうな顔をする。

 いつもならこれで話は終わりになるのに、今日は珍しく食いついて。


「彼の部下の話によると、貴女の依頼をこなしに行って、それきり戻って来ないという事なのだけど…」


 それでも行方をしらないの?

 姉は咎める声を出す。


「その部下という人の記憶違いではないかしら?だって私がお願いしたのは、もう随分前なのよ?簡単なお願いだったし、その程度の事ならば部下にやらせると言ってたわ。彼がわざわざ行くなんて到底思えないけれど…」


 さも私のお願いが“簡単なもの”だったのだ、と印象強く語ってみせて。

 それでもこんな私のことを貴女は疑うなんて言う?と、今度は悲しい顔をする。

 すると彼女は溜め息をつき「わかりました。彼の部下にもう一度、確認を取ってみます」と女王の顔をして呟いた。 

 公正明大、理知の女王と言われる姉は、これでなかなか私に甘い。

 たとえ部下に確認を取り、再び私の話が出たとて、もう一度その話がこちらに回ってくることはないのである。私が「違う」と否定したなら、あとは姉が判断し、こちらを煩わせることもなく上手く処理してくれるのだ。

 賢い姉を持った私は、とても幸せな妹だ。

 いや、幸せなことというのはそれだけでは終わらない。

 王族に生まれた私は、幼い頃から、そして死ぬまで、生涯を華やかな場所で過ごせる。願いは大抵叶えられ、たまの職務に分け隔てなく微笑むだけで、下々の民に貴族に賞賛されて、敬まれ。

 どこへ行っても丁重に扱われるし、中には会えただけで幸せだとか涙ぐむ者も居る。

 生まれついての女神の加護に他国の王は息をのみ、自分もしくは息子の妻にと熱心な文(ふみ)を宛ててくる。

 もちろんそれは姉に頼んで正式に断ってもらうのだけど。

 了承はできないが、と、別の文で優しく返せば、いとも簡単に良好な関係が築けるし、誠実で筆まめな“姫”の姿はより多くを惹き付ける。

 そんなささやかな努力が結び、今や面識がないような他国の貴族の間でも一目置かれる存在だ。


——あぁ、これであの人に。あの人の役に立てるなら。


 いつか馬車の中で見た、とても凛々しいあのお方。

 私の夫となるべき人はあの人をおいて他に無い。

 一目で恋に落とされた完璧な“私”の相手。

 彼が苦労しないよう、訪れた先の王や領主に手厚くもてなすように乞い。

 いつかこの国にいらした時に自分と結ばれるように。

 少しでも他の誰かが縁談を臭わせたのなら、絶対に足がつかない手段で速やかに排除する。


 平民の、美人でもない、変な女、が近くに居ると、予め報告を受けていたけど…。


 変な女にうろつかれるなど、彼がとても可哀想。

 聞けば聞くほど只の女で、消す事なんか容易いと。そう思って依頼したのに、中々“終わり”の報告が無い。

 “まだ”か?“まだ”か?と急かしていたら、面倒だから、と霧(ヘイズ)が言って。

 私が行って来ますので、こんな面倒なお願いごとはこれっきりにして下さい、と。

 いい加減我が侭が過ぎますと姉上に咎められますよ、などという戯言を放った男に、女神のごとき笑みを返した最後の記憶。


 良かった、姉に信じて貰えたのだと、それらしく安堵して。

 出されたお茶を飲み残し、そろそろ諸用の時間だと優雅な姿勢で立ち上がる。


「久しぶりにお姉様の顔が見られて嬉しかったわ。また暇ができたなら、きっとお茶に誘ってね?」


 最後は姉を思い遣る妹の顔ができたなら、この茶番は終了だ。


「どうぞ、御身をご自愛下さい、お姉様…いえ、女王陛下」


 恭しくも美しい完璧な臣下の礼でその場の者の息を止めたら、開け放たれた扉をくぐり自由の世界へ身を戻す。




——あぁ、楽しみね。


 この回廊が、見慣れた世界が、光を放って見えるのは…まるで輝かしい自分の未来を物語っているようで。


——いつあの霧は戻るのだろう?


 差し込む空はどこまでも清々しい。


——部下はともかく、ヘイズが失敗するなんて、あり得ないというのにね。


 お姉様ったら心配し過ぎ。

 理知の女王が聞いて呆れる。

 どれだけ情を傾けてるのよ、簡単に挿げ替えられる駒の一つに。


 歩む度、軽やかになる足下を知り、うふふ、と思わず笑みが漏れ。

 その時“女神のごとき姫君”を見て慌てて頭を垂れた貴族へ、嫋やかに微笑んで。



 ラーグネシアの王妹姫(いもうとひめ)は、霧の帰りを待ちわびる———。

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