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ステップ9 ありえない!? 午後の教室大戦争

「お前、また星奈さんの『家』に泊まったんだってな!」

「きゃ~~~~っ! おめでとぉ~~~!」


 鳥河の言葉に、中和田さんが黄色い声を上げる。

 って、なんでまたバレているんだか……。


「あぅぅ……」


 星奈さんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっていた。

 今回は不可抗力というわけではなく自分から誘ったからなのか、必要以上に恥ずかしがっているように見える。

 かくいう僕のほうも、


「べつに、なにもないから! おめでとうとか言うなよ!」


 などと言いつつも、顔が真っ赤になっているのは自分でもよくわかった。


「もう公認の仲ってやつだなぁ」


 ニヤニヤしている鳥河。

 そんな中、教室に入ってくるひとつの影があった。

 星野さんだ。


 ついつい視線を向けてしまう。

 僕と目が合うと、星野さんは一瞬だけはっとした表情を見せたものの、すぐに目を逸らし、そそくさと自分の席に着いてしまった。

 昨日あんなことがあったわけだから、当然の反応だろう。すごく怯えていたし。


 僕たちから離れているときに星野さんが危険な目に遭う可能性もないわけじゃない。

 とはいえ、僕たちのほうから無理に近寄っていくわけにもいかない。

 遠くからでもいいから、星野さんに危険が及ばないように気をつけておくことにしよう。


 だけど、実際危険なんてあるのだろうか?

 考えてみたら魔流が出てきたのは今までずっと夜の校舎ばかりだった。

 昼間学校にいるだけなら、なんの危険もないという可能性もある。

 ……といっても、油断できないのは確かだ。なにかが起こってしまってからでは遅いのだから。


「はぁ~い、みなさん! 席に着いてねぇ~ん! 朝のホームルームを始めますよぉ~!」


 そんな僕の気持ちをどこかに振り払うかのように、琴崎先生がいつもどおりの明るい笑顔を浮かべながら教室に入ってきた。

 バラバラと自分の席に散っていくクラスメイトの面々。

 さて、今日も一日の始まりだ。



 ☆☆☆☆☆



 僕たちいつものメンバーは、休み時間ごとに、星奈さんの席の周りに集まって他愛ないお喋りを続けていた。

 鳥河だけは、たまにどこかに抜け出していくことがあったけど、それ以外はいつも一緒だった。


 こうやって友人と集まって笑い合っている時間は、やっぱり心地よい。

 このところ、星奈さんとの関係を茶化されることが多くなってはいたけど、それだって嫌じゃない。

 星奈さんも真っ赤になりながらも、嫌がっている素振りは見せなかった。

 鳥河が言っていたように、公認の仲、ってやつになれたのだろうか。中和田さんと鯖月のように。


「おいおい、俺たちは幼なじみで腐れ縁なだけだって、何度も言ってるだろ?」

「そうよぉ~!」

「でも、ずっと一緒なんですよね? きっとこの先も、ずっと一緒ですよ」


 ニコッと初吉さんが笑顔で言う。

 するとふたりは、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。


「えぇ~~? こいつとずっと一緒なのかぁ~? それはちょっとなぁ」

「そうよぉ~! こっちこそ願い下げだわ! あたしの好みは、ジェニーズの滝井くんなんだから! こんなのと一緒だなんて、やってらんないわよ!」

「それはこっちのセリフだ! こんな可愛げもなくて料理もできなくてだらしない女、誰も相手にしないって! やっぱり初吉さんみたいに、女性らしい人がいいよなぁ!」

「なによぉ~! だったら四葉とつき合えば~?」

「お、おぉ~! そうしようかなぁ~? ……どうだい? 初吉さん」

「うふふ、せっかくですけれど、ご遠慮させていただきますわ。若菜に嫉妬されて、下手をしたら消されてしまいますもの」

「な……なんで私が嫉妬しなきゃなんないのよぉ~!」


 こんなやり取りも、ごく日常的なものだった。

 その中にまじって、僕も星奈さんも笑顔が絶えない。


「そういえば、小松さんにはそんな話って全然ないよねぇ」


 中和田さんによって突然話の矛先が自分に向けられ、小松さんは少し戸惑っているようだった。


「え……? あははっ! まぁ、私はねぇ~。ほら、見た目も男の子っぽいでしょ~? 好きになってくれる男子なんていないんじゃないかなぁ、なんてね。なんか、どうも興味も少ないっていうのか、自分が男性とつき合うのって想像できなくて」


 慌てた様子の小松さん。

 でも、そんな仕草は結構女の子っぽいかも、と僕には思えたのだけど。


「そんなことないよぉ。小松さん、可愛いと思うけどなぁ」


 中和田さんも同じように思っていたのか、明るい声で意見を述べていた。


「あぁ、そうだな~。それに、ショートカット好きな男って、意外に多いんだぜ?」

「へぇ~、あんたも?」

「お……俺はべつに、その……似合ってれば、長くても短くてもいいんじゃないかな、と」


 そう言って鯖月は目を逸らす。

 その言葉はやっぱり、中和田さんに対して言っているのだろう。

 遠回しに、お前の髪型、似合ってるから好きだぜ、とか。

 なんて考えていたら、こっちのほうが恥ずかしくなってしまった。


 そんな感じで、休み時間も昼休みも、仲間たちと一緒の時間を過ごしていた。



 ☆☆☆☆☆



 放課後になった。

 普段はすぐに帰っているはずだけど、今日はいつものメンバーがみんな残っていた。

 休み時間から続けていた他愛ないお喋りに熱が入り、そのまま掃除とホームルームが終わったあともまた集まって話し続けているのだ。

 鳥河だけは、今日もすぐに教室を出ていた。新聞部の活動でもあるのだろう。


 星野さんとは結局、言葉を交わしていない。

 ホームルームが終わると、星野さんもさっさと教室から出ていってしまった。まるで僕たちから逃れるかのように。

 そう思ってしまうのは、僕の考えすぎだろうか?


「ねぇねぇ、あなたたちって、どこまでいってるのよ? キスくらいはしたんでしょ? っていうか、お泊りしたって話だし、ってことは、つまり~……。きゃあ~~~~っ!」

「え? べつに私たち、そういうのじゃなくって……。そんなこと、まだ、してないよぉ……」


 中和田さんの黄色い声に、恥ずかしがりながら答える星奈さん。

 そんな興味本位な質問なんて、無視しちゃえばいいのに……。


「きゃ~、まだってことは、これから先予定はあるっていうわけね! きゃ~きゃ~!」

「だ……だから、富永くんと私は、そういう関係じゃあ……」


 星奈さんはさらに慌てている。

 まぁ、こんな言い合いにも、随分と慣れてしまってはいたのだけど。


「とりあえず、キスくらいはいいじゃない! そうだ、まだなら、今ここでしちゃいなさいよ!」

「えぇ~!?」


 星奈さんが驚きの声を上げている。

 中和田さん、とんでもないこと言わないでよ。


「いいじゃんいいじゃん。富永くんだって、したいでしょ~?」


 そ、そりゃ、したいけど……って、そんなこと、答えられるか~!


「そういうのは、中和田さんと鯖月でしてればいいじゃん!」


 そう食ってかかる僕の声に反応したのは、鯖月だった。


「なんでこっちに振るんだよ! 俺がこいつとキスなんかするわけないだろ!」

「そうよ! あたしのほうこそ願い下げだわ!」

「だいたい、若菜ってなんか妙な味がするんだぜ!」

「な……なによぉ~~、ひっどぉ~い! あんたこそ、すっごい不味いじゃない!」

「なんだと~!?」


 そんな言い争いが始まってしまった。

 というか、そんな言い争いをしている時点で、キスしたことがあるというのはバレてしまっているのだけど、本人たちは熱くなりすぎて気づいていないようだった。

 幼馴染みらしいから小さい頃に、っていう可能性もあるけど、ふたりの雰囲気を見る限り、そういうわけでもなさそうな気がする。

 なんというか、ほんとに仲がいいんだな、このふたり。思わず顔がほころんでいた。


「な……なにニヤニヤしてるのよ!」


 中和田さんが言葉の矛先をこちらに向けてくる。


「い……いや、べつに……」


 触らぬ神に祟りなし。って、もう遅いかも知れないけど。適当に言葉を濁しておく。


「私の占いでも、相性百二十パーセントですからねえ、おふたりは」

「あんたの占いは自己流でしょうが! だいたい百パーセントを超えててどうするのよ!?」

「あらあら、そういうこともあるんですよ~」


 初吉さんはニコニコと涼やかな顔で火に油を注いでいた。

 こういったやり取りも、いつもどおりの光景だ。

 ふと視線を送ると、星奈さんと目が合った。


「楽しいね」「うん」


 アイコンタクトだけでそんな会話が成立している。そんな感覚だった。

 僕と星奈さんは見つめ合って、わずかに頬を染めつつ、ほのかに微笑みを交わす。


「なにふたりの世界に入ってるんだか」


 小松さんがちょっと憮然とした声でツッコミを入れてきた。


 ……と。


 不意に、空気が歪んだ。

 そんな表現しか思い浮かばなかった。それくらい唐突に、そして凄まじく、周りの雰囲気が一変した。

 異常は、みんながみんな、感じていた。


「な……なんだ?」

「変な感じ、なによこれ!?」


 周囲の光景は、一瞬にして教室内とは思えない様相へと変貌を遂げていた。

 教室の中央付近の床から、なにか巨大なものが浮かび上がってくる。

 それは、天井まで届かんばかりにまで伸び、並べられてあった机や椅子を弾き飛ばしながら目の前に出現した。


 若干薄暗く陰のようになってはいたけど、はっきりと見える。

 大砲やらなにやらが無数に飛び出た、強固な城壁に囲まれた物々しい砦かなにか。

 そんな外観の物体が、教室の中央に、デンッと構えていた。


 な、なんだ……?

 でもこの感覚、それに、砦が浮かび上がってきている、床にできた空間の歪みのような大穴……。

 これって……『魔流』?


「これはいったい、なんですの?」


 いつも落ち着いた雰囲気の初吉さんでさえ、焦りの表情を浮かべる。

 ともあれ、それも当たり前だろう。

 教室の中に、砲台がたくさんついた砦が浮かび上がっているだなんて。

 僕にだって信じられなかった。


 と、不意にその砲台から、ドーンという激しい音とともに、煙を伴って砲弾が発射された。


 ドーン、ドーン、ドーン!


 砲撃は、砦の周りに無数に設置された砲台から、次々と放たれる。

 砲弾は放物線を描いて飛び、教室の床に、壁に、机などにぶつかり、爆発した。

 爆発の規模自体は大したことはなさそうだったけど、それでも砲弾が当たった机や椅子は無残にも壊れていく。


 教室内にすっぽり入りきるくらいの大きさである砦の砲台から放たれる砲弾。

 大きさ的にはミニチュアサイズになっていると言える。

 それでも、粉々とはいかないまでも、机や椅子を破壊する程度の威力はあった。

 もし人体に直撃を受ければ、大怪我は免れないだろう。


「きゃーきゃーっ!」


 なぜか少し楽しそうにも聞こえる中和田さんの悲鳴が響く中、みんな、散り散りに動き回り、砲撃から逃れていた。


「ダメだ、ドアが開かない!」

「こっちもよ!」


 前のドアと後ろのドアにたどり着いた鯖月と小松さんが叫ぶ。


「こっちの窓もダメだ!」

「こっちも!」


 窓際に逃れていた僕と星奈さんも、窓枠に手をかけて声を張り上げる。

 カギを開けて横に引いても、窓はびくともしなかった。


「任せて! うりゃあああ~~~~~!」


 椅子の脚を両手でつかんで持ち上げた中和田さんの声。

 彼女はそれを、窓に向けて一気に振り下ろす。

 ガンッ!

 大きな音がして、椅子は弾き返されてしまった。


「きゃっ!」


 中和田さんはバランスを崩して倒れ込む。

 ……パンツ丸見えだったことは、黙っておいてあげよう。


「ダメですね、逃げられませんわ……」


 初吉さんが汗を浮かべてつぶやく。

 普段から運動とは無縁そうな初吉さん。一番最初に体力が尽きるのは明らかだった。

 動きがなくなれば、砲台の集中砲火を浴びて、それで「お終い」だろう。


 みんな、砲撃はどうにか避けている。

 ただ、直撃は受けなくても、爆発で壊された机や椅子などの破片は容赦なく襲いかかってきた。

 今のところ、かすり傷程度で痛手は負っていないけど、尖った破片や大きな破片が襲いかかってくる可能性だってあるし、当たりどころが悪ければ充分に致命傷にもなりうる。

 状況は、かなり悪い。


 だいたい逃げ道すらないのだ、かなり悪いどころか、絶体絶命だ。

 それなのに、星奈さんは動きを見せない。必死に逃げ回るのみ。

 星奈さんの腕にも、破片による傷がいくつも浮かび上がっていた。

 僕は星奈さんに近寄る。


「どうしたの? いつもみたいに、魔流をやっつけてしまえば……」


 耳もとでささやく僕に、しかし星奈さんは首を横に振った。


「ダメなの!」

「どうして? ……あっ、みんながいるから?」

「違うの、そうじゃなくて……!」


 星奈さんは涙を浮かべながら、必死に訴えかけてくる。

 その涙は……悔し涙?


 星奈さんだって僕と同じように、いつもの力でどうにかしたいと思ってはいたのだ。

 だけど、どうにもできなかった。

 おそらく階段下のあの場所で、レイ子さんの力を借りて幽体にならなければ、いつもの力は使えないのだろう。

 なにもできない自分が悔しくて、星奈さんは泣いていた。


 さて、そうすると……。

 僕たちではもう、どうしようもない、ということになるわけで……。


 いや、諦めちゃだめだ。なにか手はあるはずだ。

 ……そうだ、レイ子さんなら!


「星奈さん、レイ子さんを呼べないかな?」

「え? どうだろう……。でも、やってみる!」


 星奈さんは教室の陰まで退避してしゃがみ込み、両手を顔の前で組んで目をつぶる。

 レイ子さんに向けて、必死に念じているのだ。

 いつも星奈さんのそばにいるレイ子さん。彼女なら星奈さんの危機を感じ取って、ここまで来てくれるのではないか。そう考えたのだ。


 魔流に一番詳しいのはレイ子さんなのだから、彼女がいればどうにかなるはずだ。

 それにすべての期待を込め、今は信じて待つしかない。


 砲撃は止むことなく続いていた。

 そろそろ体力も限界に近い。

 初吉さんに至ってはもう、足もとも覚束ない状態。どうにか気力だけで避けている、といった感じだった。

 これ以上は厳しい。


 レイ子さん……頼む、来てくれ……!

 と、空間が一瞬歪んだ気がした。


「あっ!」


 星奈さんが叫ぶ。


「ちょぉ~っと時間がかかっちゃったねぇ~、お待たせ~!」


 レイ子さんだ!

 彼女は笑顔を振りまいて、僕たちに希望を与えてくれる。


「さて――」


 すっと真面目な表情に変わるレイ子さん。


「行くよ、化け物!」


 新たな標的に、魔流からの砲撃が集中する。

 それらの砲弾を軽々とかわしながら、レイ子さんは跳んだ。

 魔流へ向かって一直線。魔流の本体に抱きついた。


 レイ子さんが光り輝く。

 そのまばゆい光に魔流は包まれた。

 砲撃はいつの間にか止んでいる。


 空間が揺らぐのを感じた。

 と同時に、魔流が沈み込む。

 教室の中央に開いた空間の歪みのような大穴へと、砦がずぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶと沈んでいく。

 その穴の中に広がる空間も、光り輝いて見えた。


「いつもの場所に行ってて!」


 レイ子さんはそう叫び、魔流ともども大穴の中へと消えていった。

 あとに残ったのは、見るも無残な状態になった教室と、呆然と立ち尽くす僕たちだけ。

 さっきまで開いていた大穴は、綺麗さっぱりなくなっていた。


「みんな、大丈夫?」


 声をかけると、傷から血を流したりはしながらも、みんな返事をしてくれた。

 どうやら全員、かすり傷程度で済んだみたいだ。

 体力のない初吉さんが苦しそうではあったけど、傷のほうは大したこともないだろう。


「さっきの人っていったい……。それに、いつもの場所って……?」


 まだ呆然としたままの中和田さんがつぶやきを漏らす。


「さっきのはレイ子さん。星奈さんの友達だと思ってくれればいいかな。いつもの場所ってのは、星奈さんの『家』だよ。急いで行こうと思うけど……初吉さん、大丈夫?」

「ええ、平気ですわ」


 僕の問いかけに、苦しそうな声で答える初吉さん。言葉とは裏腹に、表情はかなり苦しそうだった。


「ほら、肩を貸すから」


 鯖月が初吉さんの肩に手をかける。


「ありがとうございます。でも、若菜に睨まれますわ」

「この場合、仕方ないでしょ。ほら、あたしが反対の肩を貸すわよ」


 初吉さんは、鯖月と中和田さんに両脇から抱えられるような形で、どうにか立ち上がった。


「星奈さんと小松さんも、大丈夫?」


 ふたりも無言で頷く。

 ドアは、今度はすんなりと開いた。

 僕たちは教室を出て、星奈さんの『家』へと急いだ。



 ☆☆☆☆☆



 特別教室棟一階の東側階段下で、僕たちはただ待っていた。

 誰も口を開かない。

 傷の痛みもあるだろうけど、それ以上に、なにが起こったのかよくわからないからだろう。


 ふと空間が歪んだ。

 そう思った直後、そこには薄汚れて制服もところどころ破れたレイ子さんがたたずんでいた。


「お待……たせ……」


 レイ子さんは苦痛に顔を歪めている様子だった。


「大丈夫!?」

「平気よ……。それより、私の力じゃ、あいつを一時的に留めておくことしかできない」


 レイ子さんは視線を星奈さんへと移す。


「詩穂、いつもどおり、頼んだわよ」


 こくん。

 力強く頷く星奈さん。


 おもむろに、

 制服に手をかけて脱ぎ始めた。

 って、星奈さん、キミはまた!


「わっ、翼は見ちゃダメ!」


 中和田さんが慌てて鯖月の両目を手で押さえる。

 僕もすぐに後ろを向いていた。


「星奈さん、緊急時だからって、気にしなさすぎだよ……」

「はうぅ……」


 星奈さんはやっと気づいて、恥ずかしがっているようだった。

 とはいえ、時間はない。

 その場でするすると衣擦れの音を立てながら制服を脱ぎ、いつものパジャマへと着替えていた。

 続いて敷いたままになっていた布団に寝っ転がると、掛け布団もしっかりと掛けて完全に就寝体勢。


 クラスメイト四人は、呆然としたままその様子を見守っていた。


「富永くん、さ、手を!」

「うん」


 レイ子さんに促され、僕は星奈さんの布団の横に座る。

 星奈さんの右手は、僕が握りやすいように布団の外に出されていた。

 僕は星奈さんの小さな手を、ぎゅっと握った。


「きゃ~っ! なになに? なにが始まるの? エッチなこととかしちゃうの~!?」


 なにやら騒いでいる中和田さん。


「お前は黙ってろ!」


 ポカッ!

 鯖月が中和田さんの頭をグーで殴っていた。


「痛ったぁ~い!」


 そんなふたりのやり取りなんて気にせず、レイ子さんは星奈さんを挟んで僕とは反対側に陣取り、いつものように手のひらを、仰向けに寝て目をつぶっている星奈さんのまぶたの上へとかざす。


「行くわよ」

『うん!』


 僕と星奈さんの声が重なった。

 同時にレイ子さんの手が光る。

 それに呼応して、星奈さんの額から光の塊が飛び出した。


 今日僕が見ることができたのは、そこまでだった。

 なぜなら、最初から手をつないでいた僕も――いや、僕の幽体も、星奈さんの幽体と一緒に飛んでいたからだ。


 ――速い!


 僕と星奈さんの幽体は、廊下を抜け、壁を突き抜け、目の前にはすぐに広い空間が現れる。

 ここは……校庭か!

 その校庭の中央には、あの砦型の魔流がそびえ立っていた。


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