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ステップ7 しくじった! 見られてしまったこのヒミツ

 放課後になった。

 と同時に、今までの休み時間と同様、星野さんが腕を絡めてきた。


「富永くん! 今日は一日ありがとね! ほんと、助かったわ!」

「あ……うん」


 僕は曖昧な返事しかできない。


「それじゃあ、名残惜しいけど私は帰るから、また明日ね!」


 星野さんはそう言うと、さっさとカバンを持って教室を出ていってしまった。

 なんというか、突然現れて騒ぐだけ騒いで去っていく、春の嵐みたいな子だった。

 呆然と立ち尽くしていた僕に、別の声がかかる。


「な……仲いいわね~。今日初めて会ったばかりなのに」


 ちょっと嫌味を含んだような言葉の主は、星奈さんだった。その後ろには、小松さんも立っている。

 さらに後ろ、初吉さんの席の周りでは、いつものメンバー、初吉さん・中和田さん・鯖月の三人も、こちらに視線を向けて様子をうかがっていた。

 星奈さんひとりなら、きっとそんなことを言おうと思っても言えない気がする。おそらくは小松さんたちが焚きつけたのだろう。


「あ……えっと、うん……。ごめんね、頼まれたから、案内を……」

「べつに案内なんてしなくても、そのうち覚えるだろ」


 そっけない声はすぐ後ろから響いた。座ったまま様子を見ていたのだろう、鳥河だった。


「星野さん、完全にお前に気があるみたいだよな」


 それは、わざわざ口にしなくても、周りから見れば一目瞭然だったとは思う。

 当の本人である僕でさえ、そうなんじゃないかな、と考えていたくらいだ。

 だけど、星奈さんがそばまで来た今、ちょうどこのときに言わなくても……。


「顔も声も背の高さも星奈さんにそっくりだよな。それでいて積極的で、胸も大きくて」

「む……胸は関係ないじゃんか……」


 そこはすかさず否定する。


「でも、腕に引っついてきてるとき、鼻の下伸びてたぞ」

「べ……べつにそんなことは……!」


 ない、と思ったけど、恥ずかしいとは思っていたものの、嫌じゃなかったのは確かで思わず口ごもってしまっていた。


「……私、帰る。また明日」


 星奈さんはうつむいてそれだけ言うと、勢いよく走り出した。

 自分の机の上のカバンを素早く抱えて教室を出ようとする星奈さんに、僕は慌てて声をかける。


「星奈さん! ……あの……今日も行っていい?」


 僕の声に、一瞬立ち止まる星奈さん。

 迷惑かもしれない、という思いはやっぱりあったし、今の状況では嫌がられるかもしれなかったけど、それでも、なにか予感のようなものがあったのだ。

 今日も、魔流が現れるのではないかと。


 いや、それは建て前でしかなかったかもしれない。

 僕はやっぱり星奈さんが気になっているのだ。

 今のもやもやした気持ちのままでは嫌だった。だから、ちゃんと話がしたかった。


「……いいよ。でも、すぐはダメ。なんか疲れたし、着替えてちょっと寝るから……」

「うん、わかった。それじゃあ、またあとで」

「……うん」


 こうして星奈さんは教室を出ていった。


「鳥河くん、なんであんなことを言うのよ!」


 星奈さんの走り去る足音が聞こえなくなった途端、小松さんが眉をつり上げて鳥河に食ってかかる。


「ん? 思ったことを言っただけだよ。言葉にしないと気持ちは伝わらないもんだ」


 鳥河は相変わらずそっけない感じで平然と答える。

 後半は、むしろ僕に対して言っているようにも思えた。


「それじゃ、俺は部活に行くから。また明日な」


 鳥河はそう言ってさっさと席を立つ。

 残された僕と小松さんは、黙ったままだった。

 小松さんはなにか言いたそうな視線を僕に向けていたけど、結局そのままなにも言わずにカバンを持って教室を出ていった。


「あまり口出しはしないつもりですが」


 机に突っ伏してぼーっとしていた僕に向けられた声は、学級委員である初吉さんからのものだった。

 ゆっくりと顔だけ上げる。


「ちょっと引っかかるんです。星野さん……」

「……引っかかる?」


 その言い方が気になり、僕はすかさず訊き返していた。


「なんて言えばいいのかしら、得体の知れない波動を感じるというか……。いえ、もちろん危険な感じではないのですけれど、少々気をつけたほうがいいのかもしれないと、私はそう思っています」


 なるほど……。

 ともあれ、それを聞いた僕としては、初吉さん、あなたのほうこそいったい何者なんですか? といった思いのほうが強かったのだけど。


「四葉の家って、陰陽師の血を受け継いでいるらしいのよ。今ではその血も薄れて、忘れ去られた家柄って感じなんだけどね。隔世遺伝とかっていうのかな? たまにそういった霊感っぽいのが強い人も生まれてきちゃうみたいなの」


 中和田さんが解説を加えてくれた。当然ながらセットである鯖月もその横に陣取っている。

 それにしても、陰陽師って霊感なのだろうか?

 中和田さん本人もよくわからないで解説していたような気がするけど。


「ふふふ。正確な陰陽道からは外れていると言ってもいいかもしれませんね。私個人の霊感で、なんとなく感じるだけ、という程度ですので。ですからあまり気になさる必要はないかもしれませんけれど……。ただ……」

「ただ……?」

「星奈さんの『気』が、揺らいでいるのは感じました。霊感なんてなくても感じられていたとは思いますけれど、私にはもっとはっきりとした揺らぎを感じ取れたといいますか……。それに、禍々しい妖気のようなものが、少しだけですが星奈さんの体から感じられた気もします」


 そこで一旦言葉を切り、僕の目をじっと見据える初吉さん。


「おそらく、富永くんの言葉が一番星奈さんの心に届きます。ですから、彼女を守ってあげてください」

「……う、うん」


 言われるまでもなく、僕は星奈さんを守るつもりだ。

 初吉さんが感じた禍々しい気というのは、きっと魔流のものだと思われる。

 戦って魔流に近づいたことで、ニオイが移るかのように、星奈さんの体にまとわりついていたのだろう。


 今後も魔流との戦いはあるだろうし、僕は星奈さんの力になってあげなければならない。

 いや、僕のほうが、星奈さんの力になりたいと思っているのだ。


 それなのに、星奈さんを不安にさせてしまうなんて……。


「私が言いたかったのは、これだけです。……頑張ってくださいね」


 初吉さんはそう言ってきびすを返した。中和田さんと鯖月もそれに続き、三人は揃って教室を出る。

 教室に残されたのは僕ひとりだった。

 窓からは夕陽が差し込み、すべてを赤く染め上げていた。


 そろそろ、行こう。

 僕は、星奈さんの『家』に向かった。



 ☆☆☆☆☆



 階段下にある星奈さんの家。

 ためらいがちに近づくと、布団を敷いて眠っている星奈さんと、いつもどおりその横で座っているレイ子さんの姿が見えた。


「……眠ってるんだね」


 レイ子さんに声をかけると、ゆっくりと顔を上げて答えてくれた。


「うん。帰ってきてすぐに着替えて寝ちゃった。……なにかあったの?」

「ん……ちょっとね」


 それ以上、なにも言えなかった。

 レイ子さんに話してもどうにもならない。星奈さんと直接話したかったのだ。

 とはいえ、眠っている星奈さんを起こすわけにもいかない。


 僕は星奈さんを挟んでレイ子さんと反対側に座布団を置いて座った。


「寝顔の観察でもするの? 男の子に見られてたなんて知ったら、詩穂、恥ずかしがると思うよ?」


 そう言いながらも、レイ子さんは無理矢理止めたりはしなかった。


「べつにそういうわけじゃないけど、起きたらすぐにでも話したいから……。ここにいたら、ダメかな?」

「構わないわよ。それに、もし魔流が来たら、いてもらわないと困るし」


 もし、と言いながらも、来ることを確信しているかのように感じたのは、僕の気のせいだろうか。

 辺りは徐々に薄暗くなってきていた。


 ――と。


「……来た」

「うん」


 不思議と、僕にも感じることができた。

 魔流だ。

 学校内のどこかに現れたのだろう。

 レイ子さんはそっと眠っている星奈さんの額に手をかざす。


「幽体にするの? 星奈さん、眠ってるけど大丈夫?」

「どうかしら。夢を見ているような感覚になっちゃうかもしれないわね。でも、どうにかなるでしょ。ダメそうだったら、富永くんが語りかけてみてね。私よりもあなたの声のほうが、詩穂の心に響きやすいはずだから」


 そう言うと、レイ子さんの手のひらから光が放たれる。

 と同時に、星奈さんの額からは光の塊が浮き上がり、そして一直線にどこかへと飛び去っていった。


「さ、手をつないで」

「うん」


 いつもどおり、僕は星奈さんの手を握る。

 すぐに視界は別の場所を映し出した。


 そこは最初のときと同じで、校庭のようだった。

 魔流が校庭から湧き上がってきている。


 そして校庭の片隅には、幽体の星奈さんが立ち尽くしている。

 ただ、いつもと同じセーラー服姿ではあるけど、なんというか心ここにあらずといった感じだった。

 やっぱりまだ夢の中にいるような感覚なのだろう。


 ともあれ、魔流は星奈さんの存在に気づいたようだ。

 星奈さんに迫ってくる影。

 その影は、星奈さんに近づにつれて大きさがどんどん小さくなっていく。

 最終的に星奈さんの目の前に立ったときには、彼女と同じくらいの大きさでしかなかった。


 暗い闇の塊である魔流だけど。その容姿は今や、人間と同じようになっていた。

 しかも――。

 風に揺れる少しウェーブがかった髪、着ている服の雰囲気なども、シルエットだけ見れば、ほぼ星奈さんと同じだった。

 たった一ヶ所を除いては。


 違っていた部分は……胸だった。

 その部分だけは、星奈さんよりずっと大きく膨らんでいるように見えた。

 それ以外はすべて星奈さんと同じ。

 すなわち、魔流のシルエットは星奈さんというよりも、むしろ星野さんにそっくりだったのだ。


 それに気づいた星奈さん。明らかな怒りの表情を浮かべる。


「あなたが……あなたがいるから!」


 右手を前に突き出して光を放つ。

 光は魔流の体――胸の部分にぶつかり、飛び散った。

 その力にのけぞる魔流。


 次々と、星奈さんは光の攻撃を放ち続ける。

 光の攻撃をその身に受け、大きくのけぞる魔流の本体。

 のけぞるたびに、胸の部分が激しく揺れた。


「なによなによなによ、どうせ私は小さいよ!」


 星奈さんは一心不乱に攻撃を続ける。

 眠っていたままだったから、状況がよくわかっていないのだろう。

 それでもひたすらに、魔流への攻撃を続けていた。


「……ダメだわ。攻撃が集中しすぎてる。もっとばらつかせないと」


 レイ子さんの声が響く。


「でも、同じ場所を打ち続けることで、その部分を弱めて最後には貫ける、とかそういうのはないの?」

「ないわ。あの光の攻撃は、ぶつかった部分を中心に魔流の持つ力を中和させる感じなのよ。だから、他の場所の力が強くなったら、一部分だけ中和していても、全体的には巨大な力を持ってしまうわ」


 むぅ……。どうすればいいんだ。


「ほら、さっきも言ったでしょ? 詩穂の心に語りかけて!」

「……うん、わかった」


 僕は、息をすっと吸い込み、叫んだ。


「星奈さん!」

「…………!!」


 僕の呼びかけに、ハッと反応する星奈さん。

 攻撃の手は緩めずに、顔だけがこちらを向く。

 あれ? こっちを向いた?

 星奈さんは今、幽体になって校庭にいる。

 僕は星奈さんと手をつなぐことで、その光景を見ているだけのはずでは……。


「手をつなぐことで、今はあなたの幽体も詩穂と同じ場所にいるのよ」


 僕の疑問にレイ子さんが素早く答える。

 そんなことを気にしてる時間はないんだから、早くどうにかしなさい! そんな叱責の声が続いた。


「目を覚まして! そいつは魔流だから! いつもみたいに、しっかりして!」

「…………」


 星奈さんは、言葉を返しはしなかった。

 でも、

 こくん。

 頷いて、目線を魔流のほうへと戻した。


「………力を」


 星奈さんが冷静さを取り戻した声で、そう言った。


「了解!」


 僕は握った手に力を込める。

 星奈さんが両手を前方に突き出すと、大きな光の流れが一直線に魔流を包み込む。


 一瞬にして、魔流を中心としたまばゆい光の球が形勢されていた。

 めまぐるしく明滅しながら、徐々に地面の中へと沈み込んでいく。

 やがて輝きが消えたあとには、ただ静かな校庭の風景が広がるのみだった。



 ☆☆☆☆☆



 特別教室棟一階東側の階段下、星奈さんの『家』に、僕の意識は戻ってきていた。


「ふう」


 意識が戻った僕の目の前で、星奈さんも続けて目を覚ました。


「富永くん、私……」


 か細い声が響く。


 ……と。


「あ、あ……」


 不意に背後から声にならない声が聞こえてきた。

 振り向く僕の目に映ったのは、廊下の片隅に立ち尽くす星野さんだった。

 星野さんは口に両手を当て、驚きのあまり目を見開いている。


「あちゃ~、幽体が戻ってきたところを、ばっちり見られちゃったみたいね」


 レイ子さんがつぶやく。

 僕としては幽体から一瞬で意識が戻ったように感じていたけど、どうやら外から見ると、幽体が出ていくと同じように光の塊が本体に戻るのが見えるのだろう。

 それを、星野さんが見てしまった……。

 もっとも、その光景よりも、うっすらと透けているレイ子さんの存在のほうに驚いているのかもしれないけど。


「あの、星野さん、これは……」


 ダッ!

 なにも言わずに走り出す星野さん。


「あっ、待って!」


 僕はとっさに星野さんを追いかけていた。そのまま放っておくわけにもいかないと思ったのだ。

 必死で星野さんを追う。

 全速力で走って逃げていたけど、星野さんはスカートをはいている上、体力的な違いもある。

 徐々にではあるものの、差は詰まっていく。

 最終的に、僕は星野さんの腕をがっしりとつかんでいた。


「は……離して! ごめんなさい、ごめんなさい! 私、忘れ物を取りに教室に行った帰りに迷ってしまって……。見てはいけなかったのよね!? ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 星野さんは涙目で怯えきっている。

 そんなに怖がらなくても……。


「私、消されちゃうの!? 絶対、誰にも言わないから! だから……」

「いや、あの、落ち着いて星野さん」


 焦りまくる星野さんをじっと見つめて、なるべく優しい声で落ち着かせようと試みる。

 その結果、少しずつだけど、星野さんは落ち着きを取り戻していく。

 どうにか僕の言葉を聞いてもらえるくらいにまではなったようだ。


「内緒にしておいてほしいのは確かだけど、見られたからって星野さんに危害を加えたりなんてしないから、安心していいよ」

「……ほんと?」

「うん。でも知ってしまったことで、なにかに巻き込まれたりする可能性はあるかもしれない。もしなにかおかしなことがあったら、すぐ僕に相談してね」

「……うん、わかった。私を、守ってくれるのね?」

「う……うん。そうだね。僕が……」


 そのとき、視線を感じた。

 僕を追いかけてきたのだろう、星奈さんが寂しそうな目でこちらを見つめていた。

 そういえば僕は、星野さんの手をつかんだままだった。

 慌てて手を離し、言葉を続ける。


「僕たち(丶丶)が、キミを守るよ」

「……うん」


 昇降口まで案内すると、星野さんは軽く頭を下げて帰っていった。


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