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ステップ16 ごきげんよう! 未来は僕らのためにある

 熊作さんと桜さんが帰ったあとの校庭は、不思議なほど静まり返っていた。


「これで……終わったんだね」


 僕のつぶやきに、みんな、ただ黙って頷いた。


「そうだ、星野さん。キミっていったい……」

「ふふふ。熊作さんや桜さんの逆、かな」


 イタズラっぽい微笑みを浮かべる星野さん。

 星野さんはやっぱり、何度見ても、星奈さんとそっくりだった。


「私は未来から来たの。星野枝歩って名前も偽名。本当の名前は、水石泉(みずいしいずみ)っていいます。泉ちゃんって呼んでね♪」


 星野さんは、星奈さんと向き合うようにして微笑んだ。

 ……って、自分でちゃんづけ要求ですか。なかなかお茶目な子なのかもしれない。


「星奈詩穂さん。私は、あなたの孫なのよ」


 彼女はそう言った。

 そうか、だから星奈さんとそっくりなんだ。


 過去からこの時間に来ていた熊作さんや桜さん。

 その存在があったからだろうか、未来から来たなんていう泉ちゃんの言葉も、すんなりと受け入れることができた。


 星奈さんの孫である星野さん、いや、泉ちゃん。

 名乗った姓は水石。つまり将来的に、星奈さんか、もしくはその娘さんが嫁ぐ先の名字が水石、ということになる。

 そんなふうに考えていると、ふと泉ちゃんと目が合った。


 ニコッ。

 泉ちゃんは微かに微笑んだ。

 その微笑みは、やっぱり星奈さんとそっくりだった。

 だけど、その微笑みの意味までは、僕にはわからなかった。


「私は未来からの監視者としてこの時間軸に来たの。桜さんのことは、未来の世界でも察知していた。このままでは未来が変わってしまう可能性がある。いえ、その可能性が高いと言える状況だったの。だから、どうにかして正常な未来へと導く必要があった。といっても、詳しい状況はわからなかったし、解決策も見つかっていなかった。それで私は、鳥河くんと協力して、いろいろと探っていたの」


「えっ? 鳥河? どうして鳥河が……?」


 突然鳥河の名前が出て、僕は驚いていた。

 でもそういえばさっき、泉ちゃんは、あのペンダントが鳥河の家に伝わる物、と言っていた。

 だとすると、鳥河も未来から来たってことなのかな……?


「いいえ、違うわ。鳥河くんの家系は、うちと同じで未来への流れを守る監視者の家系ではあるの。ただ、うちよりは位が下ってことになるのかな。時間移動が許されていないのよ。そこで私は、現地視察員である鳥河くんに接触して協力してもらったの。この時代の鳥河家ではあまりそういう話をしていなくて、事情を説明するのが大変だったけどね」


 泉ちゃんが言うには、事前に鳥河とは連絡を取っていたらしい。鳥河は泉ちゃんに頼まれて校内を探っていた。

 しばらくして、泉ちゃん自身もこの学校に転入してきた。そこから、本格的に調査を開始したのだという。

 泉ちゃんは特殊な力を持った未来の道具を持っていて、教室で砲台型の魔流が暴れたあとの壊れた教室をもとどおりに直す、といったことまでやっていたそうだ。


「まぁ、そういうことだったんだ。といっても、俺もそんなにしっかりと理解していたわけじゃなかったんだけどな。星野さん……いや、泉ちゃんだっけ。彼女から言われるままに、って感じだった。ペンダントも泉ちゃんに言われたから探し出して渡しただけだしな」


 鳥河は頭をぽりぽりとかきながら、そんな独白を加えた。


「あのペンダント、僕に渡すときに、どうして鳥河家の物だって言わなかったの?」

「だって、未来から来て監視者としての勤めがあるってのを話さない限り、それは不自然でしょ? さすがにあまり話していいことでもないから」


 結局こうして話してしまったわけだけど、そう言って泉ちゃんはペロッと舌を出す。

 もう大丈夫だと思ったから、ってことなのかな。


 あれ……?

 鳥河の母親の旧姓が草枕と言っていたし、あのペンダントはつまり熊作さんの家に伝わっていた物ということになるのだろう。

 それはいい。

 でもさっきの話だと、鳥河だけじゃなく、僕も熊作さんのひ孫ということになるはずだ。

 そうすると僕もその監視者の家系ってことになるんじゃ……?


 そんな疑問を浮かべていた僕の耳に、星奈さんの声が聞こえてくる。


「ね、ねぇ……。このペンダントって、富永くんからのプレゼントだったんじゃ……?」


 ちょっと眉をつり上げて、星奈さんは僕を睨んでいた。


「あ……。ごめん、実は、泉ちゃんに渡されたもので……」

「あうぅ~。すごく、嬉しかったのにぃ……」


 寂しげな顔をしてうつむいてしまう星奈さん。


「あははっ、詩穂、そんな顔しないの! 富永くん、埋め合わせに今度なにかプレゼントしてあげなきゃね!」


 そう言って笑っているのは、小松さんだった。


「うん、約束するよ。今度改めて、プレゼントする」

「富永くん……」


 僕の言葉に、星奈さんは満足そうに微笑んだ。


「そのペンダントは、熊作さんの草枕家に伝わっていた秘宝のひとつだった。それを受け継いだのが鳥河くんのおじいさんだったの。この学園の理事長の地位を継いだのが鳥河くんのおじいさんだったから、魔流が流れ出てくるのを抑えるためにね」


 そうだったのか。

 あれ? でも……、


「そういえば、伯母さんのペンダントも、これと似てる感じだったよね? あれも同じように、伯母さんの家系に受け継がれた物だったの?」


 疑問の声に答えたのは、伯母さん本人だった。


「いや、私のペンダントは、この人、太一さんから渡された物なんだよ」


 草枕家の秘宝は、熊作さんから太一さんにも手渡されていた。そして太一さんはそれを持ったまま、魔界へとその身を投じた。

 もしかしたら、その力があったからこそ、魔界に入っても死ぬことなく留まっていることができたのかもしれない。


「そういえば今回のことって、太一さんが魔法陣で魔界とのつながりを作ってしまったのが原因みたいだけど、その大もとをどうにかしたほうがよかったんじゃないの?」


 その僕の疑問にも、泉ちゃんは首をすくめて答えてくれた。


「私たちは、時間を移動できるとはいっても、万能じゃないのよ」


 泉ちゃんのいる未来では、過去に戻る時間移動の技術が確立された。

 濫用すれば未来を壊しかねない危険な技術でもあるため、使用には厳しい制限があるらしいのだけど。

 その辺りの話は難しいからと、省略された。


 とにかく、認められれば時間移動はできるのだけど、それも完璧ではなかった。

 まず、過去には戻れるけど、未来には行けない。

 また戻れる過去の時間にも限界があって、泉ちゃんのいる未来からは、ちょうど今この現在までが限界だった。


 その時間を確定時間軸と呼ぶらしい。確定時間軸よりも前の時間には戻れない、すなわち、それより前の時間に起きたことは絶対に変えられないのだ。

 技術の進歩によって、戻れる過去の年数は徐々に増えているみたいだけど、戻れる年数を一年延ばすのに二年の研究が必要になるという。

 それは、泉ちゃんたちの使っている時間移動理論を使う限り、逃れられない制約なのだそうだ。

 だから、確定時間軸より前には永久に戻ることができない。


 将来的に別の時間移動理論が発見されれば、もっと自由に時間を行き来できるようになるのかもしれないけど、そんな未来があるならきっと別の未来人がやってきているに違いない。

 そういった事実は今のところないのだから、別の時間移動理論なんて存在しないと言えるのかもしれない。


「そんな感じだから、太一さんが魔界とつなげてしまった行為を止めることもできなかったし、この時間軸で太一さんを咎めたとしても意味がなかったの」


 泉ちゃんが太一さんに顔を向ける。


「魔界とのつながりは一旦閉じたけど、つながりやすくはなっていると思うの。だから、しっかりと監視しておく必要があるわ。太一さん、これからも理事長さんとともにこの学園を守り続けてください」

「ああ、もちろんだよ。それが自分のしでかしたことへの、せめてもの罪滅ぼしだ」


 そう言って力なく笑みをこぼす太一さん。

 そんな太一さんにそっと寄り添っている伯母さんは、とても穏やかな表情を浮かべていた。


「ともかく、今回の件に関しては、すべて上手くいったと思う。……まだわからないけどね」


 泉ちゃんは微笑みながらも、少し不安げな様子だった。


「未来ってね、簡単に壊れてしまうものなの。でも大丈夫かな。明るい未来を信じてイメージすれば、正しい未来はきっとやってくる。富永くんと星奈さんはコツをつかんだと思うけど、ふたりだけじゃなくて、他のみんなも同じようにイメージすることが大切なんだよ」


 泉ちゃんは、聞いている全員の顔を順に見回していく。

 その視線に応えるかのように、みんな、頷いていた。



 ☆☆☆☆☆



「それじゃあ、私は未来へ帰ります」


 そう言うと泉ちゃんは、熊作さんや桜さんと同じように、鮮やかな輝きに包まれ始めた。

 と、僕のほうにふと視線を向けたと思ったら、


「忘れてた」


 慌てた様子で駆け寄ってくると、僕の耳もとにそっと口を近づけて、こう囁いた。


「言わないで帰るつもりだったけど、やっぱり言っておくね。私のお母さんの旧姓は、富永、だよ。……未来を変えないためにも、頑張ってね、おじいちゃん」


 えっ?

 驚きの目を向ける僕に、泉ちゃんはウィンクを返す。


「いろいろと嫉妬させたりして、気を引いてあげたんだからね。感謝してよ?」


 そんなことを言い残すと、泉ちゃんを包む光はその輝きを増し、次の瞬間にはもう、消えていた。


「……泉ちゃん、なんて言ってたの?」


 星奈さんが、少し嫉妬を含んだような声で訊いてくる。

 でも……答えられるわけないじゃないか。……恥ずかしい。


「ん、秘密」


 そっけない感じで、僕はそう答えた。


「え~~~っ? どうして~~~? 教えてくれてもいいじゃない~~~!」


 僕の腕につかみかかるような、というよりも、ほとんど抱きついてくるような勢いで、星奈さんはしつこく訊いてくる。

 ちょっと、そんなにくっついたら、余計に恥ずかしいじゃないか。

 だいたい、みんなも周りにいるわけだし。


「ほんっと、仲がいいわねぇ~!」

「あははっ! もう完全に公認の仲ってやつね!」


 そういう話が大好物な中和田さんだけでなく、小松さんまで一緒になって囃し立てる。

 そんな明るい笑顔の中、星奈さんは、しつこく「教えて~!」と繰り返している。

 その様子も、周りのみんなには、恋人同士でじゃれ合っているようにしか見えなかっただろう。


「ねぇ~、教えてってばぁ~! どうしてダメなの~? 私のこと、嫌いだから~?」


 なんて潤んだ瞳で訊いてくる始末。

 星奈さんって、意外に執念深い性格なのかもしれない。

 このままだとずっと、こうやって訊き続けてきそうだ。


「ん……。そんなに知りたいなら、目をつぶって」

「えっ? こう?」


 僕の言葉に素直に従いそっと目をつぶった星奈さん。

 そして僕は、彼女にキスをした。


 爽やかな初夏の風が、僕たちのそばを吹き抜けていった――。


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