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ステップ15 大団円! 終わる今から過去の始まり

「諦めるな、バカッ!」


 ゴーレムの腕から降り注ぐ塊の雨の中で立ちすくんでいた僕の耳に、怒りの声が届いた。


「真子……?」


 力なくつぶやく星奈さん。

 ゴーレム魔流からは遠く離れていて塊の直撃は受けない位置ではあったけど、生徒たちが全員、こちらに視線を向けていた。

 その並びから一歩前に出て叫んでいる小松さんの姿が見える。


 地面に項垂れている桜さんもその辺りにまで引っ張られたようだ。

 桜さんのすぐそばには太一さんが寄り添っていた。

 みんな、逃げていなかったのだ。


「詩穂! あんたは今までも頑張ってきたんでしょ? ここで諦めちゃ、今まで生きてきた意味もなくなっちゃうよ!?」

「真子……」


 小松さんの声は、星奈さんに向けられていた。

 両親が殺されて心を閉ざした星奈さん。そのそばにずっとついていた、親友である小松さん。

 そんな小松さんからの言葉は星奈さんの心に、痛いほど鋭く響いているようだった。


「親友だって思ってたけど、私は詩穂がこんなことをしてたなんて知らなかった! でも、ずっと見てきた! 少しずつだけど、元気になっていく詩穂を! 桜さんのためってのもあったとは思うけど、ご両親が理事長をやっていたこの学校を守りたいって、そう考えてたんでしょ!?」


 魔流は腕を振り回し続けている。

 でも、降り注ぐ光の塊は僕たちを避けるように落ち、不思議と直撃することはなかった。


「そんなとき、富永くんが現れた! それからの詩穂は、ほんとに元気だった! もう以前のような心を閉ざした詩穂じゃなかった! 悔しいけど私じゃダメだった! 富永くんがいたから、今の詩穂があるのよ!」


 そこまで言われると、当の本人である僕としてはとても恥ずかしかった。

 だけど、嫌な気持ちはしない。僕は、星奈さんにとって特別な存在に、なれていたのだ。


「そんな富永くんをも、ここで諦めたら失ってしまうのよ? すべてを失くしてしまうのよ? それでいいの!?」

「そうよ! それに富永くん、あなたのほうもだよ? このまま終わらせてしまっていいの? 今のふたりなら、どんな困難にだって立ち向かえるはずよ! ペンダントの輝きがその証拠! ふたりの精神レベルでのつながりを、その光の強さが示しているわ! そんな強い光なんて、見たこともないもの!」


 星野さんも、一歩前に歩み出て叫ぶ。

 ペンダント……。

 確かに、星奈さんの首にかけられたペンダントのハート型の飾りは、今まで見ていた輝きよりもずっと明るいきらめきを放っていた。


「あのゴーレム魔流に直接光をぶつけても、多分ダメだと思う。まだ桜さんの心の混乱が収まっていないみたいだし……。それでも、なにか手はあるはずよ! あなたたちふたりなら、どうにかできる……! だから諦めないで!」


 諦めないでと言いつつも、具体的にどうすればいいのかは、星野さんにもわからないようだ。

 ただ、僕たち以外にはどうにもできない。それはよくわかった。

 みんなの命も、僕たちにかかっているのだ。


「星奈さん」

「うん」


 お互いの目を見つめ合う。

 諦めないで頑張ろう。

 言葉にはしなくても、その意思は通じていた。


「でも、どうすればいいのかな……」

「うん……」

「熊作さーーーーーん!」


 悩む僕たちのもとに、突然立ち上がった桜さんの声が響く。

 その声の響きに反応するかのように魔流の動きも激しくなった。

 桜さんは過去の想いに囚われ、涙を流し、我を忘れて叫んでいる状態のようだ。


 ――と、そうか!


「星奈さん」

「ん?」

「イメージするんだ、さっきの雨のときと同じように」

「イメージ? でも、なにを……あっ、そうか」

「うん、そういうこと。もちろんよくは知らないけど、なんとかイメージしてみよう!」

「うん、わかった! やってみる!」


 星奈さんは瞳を閉じ、両手に力を込め僕の手をしっかりと握った。

 僕もその手を握り返す。

 両手のつながりと呼応するように、ペンダントの光はさらに輝きを増していた。


 僕たちはイメージする。


 今、ここに、

 この校庭に、

 桜さんの目の前に、

 熊作さんの存在を!


 ペンダントのハート型の飾りから放出される光は、僕たちふたりを、ゴーレム魔流を、降り注ぐ光の塊を、クラスメイトたちを、校庭全体を、学校全体を包み込みながら、その輝きを増していく。

 そしてなにもかもが、真っ白になった。


「桜さん」

「……熊作、さん……?」


 呆然と立ちすくむ桜さんの目の前に、その人――草枕熊作さんは立っていた。

 輪郭がぼやけているように見える。桜さんや僕たちと同じように、幽体だからだろう。


「もう、やめてください」

「で……でも! 太一が悪いんだよね? 太一を魔界に捧げれば、魔界への口は完全に閉じるんだよね!?」


 すがるような目で、熊作さんに訴えかける桜さん。


「いえ、違いますよ。確かに太一が魔法陣で魔界への口を開いてしまった。それは間違いありませんが、太一を生贄にしたところで、閉じることはないんです。それをわかった上で、太一は魔界への口に自らの身を投じた。少しでも魔流を食い止めるために。先ほど太一が言っていたことは、すべて真実ですよ」


 熊作さんの声は、とても優しかった。


「魔界への口が完全に閉じきらないのは、魔流に囚われている、もうひとりの思念によるものです。そのもうひとりというのは……桜さん、あなたです」

「わ……私が魔流に囚われているっていうの!?」

「そうです。あのとき、魔流の攻撃を受けたあなたは、時間軸の中に閉じ込められました。その際、精神の一部をその魔流によって奪われたんです。精神のすべてではなく、ごく一部であるが故に、あなたは自分の意思で動いていると錯覚していた。でも、実際には魔流の思惑どおりに動かされていたんですよ。魔界とこの世界との出入り口を、完全な状態にするために」

「…………」


 桜さんは、声を出すことができなかった。

 いや、周りにいる誰もが、声を出せなかった。

 ゴーレム魔流ですらも、その動きを止めていた。


「あなたの精神を操っていたのは、あのゴーレム魔流です」

「……グググ、モウ少シデ計画ガ成功シタモノヲ……!」


 唐突に、魔流が喋り出す。


「ソノ娘ノ精神ハ、実ニ操リヤスカッタ。友ニ裏切ラレテ精神ガ弱ッテイタカラナ。サスガニ時間ハカカッテシマッタガ、少シズツ着実ニ計画ヲ進メテキタトイウノニ……!」


 魔流の怒りを帯びた波動が、空気を震わし始めていた。

 これが、魔流本来の力!?

 こんな魔流が次々とこの世界に流れ込んできたら、それこそ成すすべもなく、破壊し尽くされてしまう……!


「ソウダ、オ前ノ考エテイルトオリダ! モウ手遅レナノダ! 諦メロ!」

「諦めちゃダメ! ヤツのごたくなんかに耳を貸しちゃダメよ! 今のあいつは、大した力を出せないはず! 本来の力が出せるなら、最初からやってる! あんなのハッタリだよ! 魔界の口が再びつながり始めてるみたいだから、時間稼ぎしてるだけよ!」

「あんな巨体で偉そうな口ぶりですのに、やけにセコいですわね」


 星野さんの叫びに、初吉さんがそんな言葉を添えた。

 おそらく、そのとおりなのだろう。ゴーレム魔流が反論することはなかった。


「フフフ、馬鹿ナ奴ラダ。ソンナニ今スグ死ニタイカ……フフフフ……」


 そう言いながらも、波動で空気は震え続けているものの、その力が放出され攻撃を開始するような気配はない。

 そのとき、桜さんが力なく崩れ落ちた。立っている気力さえも失ってしまったのだろう。


「私は……私は……」


 頭を抱えてうずくまる桜さん。

 熊作さんはすっと屈み込み、桜さんの肩に手を乗せる。


「もう、やめましょう」


 そして、そっと両手を伸ばし、桜さんを包み込んだ。


「富永くん、星奈さん! 今よ! 今なら魔流を包んでいた桜さんの力が弱まってる! 早く、魔流にペンダントの光を!」


 星野さんが叫ぶ。


 僕と星奈さんは、頷き合った。

 星奈さんが両手を魔流に向けて突き出す。

 その手に、指を絡めるようにして僕の手を重ねる。

 ペンダントの光がふたりの腕を伝い、手のひらから激しい光の奔流となって放出される。


 それは一直線にゴーレム魔流へと向かい、

 激しい音と光を辺りにまき散らしながら、

 ヤツを――、

 貫いた!


「ウグォァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 魔流は、その場で崩れ始めた。

 ドロドロになった泥人形みたいに溶け、地面に流れ始めると同時に、蒸発するかのように消えていく。

 ヤツの巨体のすべてが止め処なく流れ出し、蒸発し、魔流は跡形もなく消え去った。

 それと合わせるかのように、校庭に開いていた空間の歪みの大穴も、今度こそ、すーっとその口を閉じ始め、やがて、完全に消えていった。


 今度こそ、今度こそ本当に、終わったんだ――!


 僕はそこで、意識が揺らいでいくのを感じた。



 ☆☆☆☆☆



 気がつくと、僕はいつもの場所、階段下にある星奈さんの『家』で、彼女の手を握っていた。


「そうか、魔界とのつながりの穴が消えたから、戻ってきたんだ」

「うん、いつもどおり、だね……」


 だけど、いつもならすぐそばにいるはずの桜さんは、ここにはいない。


「急いで校庭に戻ろう」

「……あっ、待って! 私……パジャマのまま……」


 そうだった。星奈さんはいつもどおり、パジャマに着替えていたのだ。

 後ろを向く僕の耳に、いそいそと制服に着替える音が聞こえた。


「ごめんね、お待たせ」


 そう言いながら差し出された星奈さんの手を取り、僕は走り出す。

 校庭に着くと、クラスメイトたちが笑顔で迎えてくれた。

 人垣の中には、うずくまったままの桜さんと、その肩にそっと手をかける熊作さんの姿もあった。


「熊作さん、私……」

「すべて終わったんですよ。あの魔流も消えました。あなたの呪縛も解けたはずです」


 熊作さんが優しく声をかける。


「でも、私は……」

「もう、いいんです。一緒に帰りましょう」

「帰る……?」

「ええ。私も桜さんも、この時間軸にいてはいけない存在です。もとの時間に、戻りましょう。魔流によって呪縛されていた桜さんの止まった時間も、流れ出しています。桜さんは大怪我を負っていましたが、死んではいなかったんですよ。だから戻りましょう。私たちの時間へ」

「熊作さん……」


 桜さんはよろよろと、熊作さんの手を借りて立ち上がった。


「それに私たちが戻らないと、未来が……いえ、私たちから見て未来、すなわち富永くんたちのいるこの時間軸が変わってしまいます。富永くんは、私たちのひ孫に当たる人なのですから」

「えっ?」


 それって……どういうこと?


「つまりね、熊作さんと桜さんは、富永くんのひいおじいさんとひいおばあさん、ってことになるの。鳥河くんにとっても、そうなるわね」


 解説してくれたのは、星野さんだった。


「そうだ、ずっと疑問だったんだ。星野さん、キミっていったい……」

「ふふ、私のことはあとで教えてあげる。でも今は、もうひとりお話したそうな人がいるから、この場は譲っておくわ」


 そう言った星野さんの後ろから一歩前に出てきたのは、用務員のおじさん、太一さんだった。


「熊作、桜ちゃん……」

「太一、お久しぶりです」


 熊作さんは、太一さんにも優しげな声で語りかける。

 と、太一さんの横に寄り添うように、もうひとり、一歩前に踏み出した人がいた。

 それは、理事長である僕の伯母さんだった。

 その様子を見て、熊作さんが目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


「今は幸せに暮らしているんですね」

「そうなるのかな。今までは離れて暮らさざるを得なかったけどね。これからは、家族一緒に暮らせそうだよ。ありがとう」


 実は太一さんは、伯母さんの夫だった。

 伯父さんは海外で暮らしている、というのは嘘だったのだ。


 過去に魔界の口に生贄として身を投じた太一さんは、星奈さんの両親が封印を解いてしまったことでこの世界に戻った。

 魔界では時間の流れが遅かったようで、身を投じた当時よりは歳を取っていたものの、まだ三十代後半くらいだったのだという。

 その直後、魔流に取り憑かれていた状態で、星奈さんの両親を殺してしまった。


 自分の意思ではなかったといっても、自分自身の手で人を殺めてしまった。それは紛れもない事実だった。

 罪悪感で打ちひしがれていた太一さんを、優しく包んでくれたのが新たな理事長として赴任してきていた伯母さんだった。

 太一さんは魔流を少しでも食い止めるために、用務員としてこの学校に住み込むことを選んだ。

 それをずっと支えていたのが伯母さんだった。


 この学校からは出ない、そう決めてはいたものの、伯母さんとのあいだに幸せな家庭を築いていった。

 子供たちを危険にさらしたくないという太一さんの願いがあって、理事長室に家族で住み込むことは拒んでいたみたいだけど。

 伯母さんとしてはなるべく近くにいて欲しいと望んでいたため、学園のすぐ近くに家を建て、そこで子供たちと一緒に住むことを決めたのだそうだ。


「私と桜さんはもとの時間に戻ります。太一、キミはこっちで自分の人生を謳歌してください」

「ああ。キミたちも、幸せに」

「それは、もう決まっていることですよ。そうでなかったら、私たちのひ孫である富永くんや鳥河くんは存在しないはずですからね」


 微笑む熊作さんの体が光に包まれる。

 熊作さんの隣では、桜さんもようやく笑顔を取り戻していた。


「太一さん、それにみなさん、ごめんなさい。私のせいで、ご迷惑をおかけしました。戻ってやり直します」


 その表情には、もう迷いはないように見えた。


「詩穂」


 桜さんは星奈さんに視線を向けて、言葉を続ける。


「あなたと一緒にいた日々、楽しかったわ。これからは、私はいないけど……。でも、もう大丈夫よね。富永くんや、小松さんや、クラスメイトのみんながいてくれるんだもの」

「う……うん……。れーこちゃんがいなくなるのは、寂しいけど……それは仕方がないんだよね。今までありがとう。私はもう大丈夫だよ。だから、心配しないでね!」


 星奈さんも桜さんに応えるべく、精いっぱいの笑顔を浮かべていた。

 その瞳には涙の粒が光ってはいたけど、それを吹き飛ばすような温かな笑顔だった。

 そんな様子を見て、桜さんも目を細めていた。


「富永くん、未来を頼みますよ」


 最後に熊作さんは、僕に向かってそう言った。

 未来……。

 熊作さんから見た未来――とすると、この時間軸、ということになるのかな?

 僕は漠然とそう理解して、軽く頭を下げる。


「はい」


 その声に、満足そうに微笑む熊作さん。

 熊作さんと桜さんを包む光がひときわ大きな輝きを放つと、まばたきをするくらいのほんの一瞬のあとにはもう、ふたりの姿は僕たちの目の前から完全に消えていた――。


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