ステップ14 大暴走! 過去からつながる想い人
沈みゆく魔流。
その姿が完全に闇の中へと消え去ると、歓声が上がった。
雨はすでに止んでいた。
スプリンクラーはまだ水をまき続けていたけど、それも制御室に向かった琴崎先生によってすぐに止められるだろう。
明るい笑顔を向けながら、星野さんが近寄ってきた。
「お疲れ様! ふたりの愛の勝利だよ!」
「あ……愛って……」
照れながらも、思わず笑顔になってしまう。
星奈さんも顔を真っ赤にしながらうつむいていたけど、その手はしっかりと僕の両手を握っていた。
他のクラスメイトも、僕と星奈さんを取り囲むように集まってくる。
倒れていた伯母さんも、初吉さんに肩を借りながらではあったけど、なんとか立ち上がっていた。
「これで、終わったんだね……」
僕は魔流のいた校庭に視線を向ける。
まだ校庭には魔流を呑み込んだ空間の歪みが、その漆黒の口を閉ざさずに渦巻いていた。
変だな……。
僕は不安を感じた。
いつもなら、歪みは魔流を呑み込むとすぐに消えていたのに、今回は消える気配がない。
過去ではなく現在の時間軸だから、状況が変わっているだけなのだろうか?
しばらくしたら自然に消えていくのかな……?
そう思って不安を振り払おうとする。でもそれを遮る声が響いた。
「消えない……。もしかして、完全につながってしまったというの!?」
驚愕の表情を浮かべている星野さん。
完全につながった?
それって……。
魔流は魔界から出てくる、そう桜さんは言っていた。
ということはつまり、魔界と完全につながって魔流のような化け物が次々と湧き出してくる状態になってしまったのか!?
「ふふふ。そうよ。まだ完全にではないけど、もう時間の問題」
嬉しそうな声が、頭の中に響いた。
――頭の中?
周りを見回す。
僕の目の前では、星奈さんが驚いたような表情を浮かべている。
だけどそれ以外の人は、星野さんも含めてまだ、歪みの渦を見据えて困惑したままだった。
今の声――僕と星奈さんにしか聞こえていない?
すなわち、今の声は――。
「そう、私。桜よ。これでやっと、目的が達成できそうだわ」
「な……っ!? どういうことだよ、桜さん!」
「れーこちゃん、どうしちゃったの!?」
僕と星奈さんは、周からみれば突然叫び出したように聞こえただろう。
でも、僕たちふたりの尋常でない様子は感じたようだ。じっとこちらに視線を向けていた。
ぎゅっ。
星奈さんと僕の両手は、まだつながったままだった。星奈さんが強く僕の手を握り返してくる。
と、一旦輝きを失っていたペンダントのハート型の飾りが、再び青白い光を放った。
「え? なにこれ!?」
桜さんの困惑の声が響く。
いや、それだけではなかった。
「ど、どうして!?」
桜さんが困惑の表情を浮かべて辺りを見回している。
「桜……さん?」
小松さんがつぶやきを漏らす。
間違いない。見えている。
ついさっきまで階段下のあの場所にいたはずの桜さんが、今僕たちの目の前に立っているのだ!
「ちょ……ちょっと、なによそのペンダント!」
桜さんは見るからに慌てていた。
輝きを放っているハート型のペンダントを指差しながら。
「ふふふ。それは鳥河くんの家に代々伝わるペンダントよ」
答えたのは星野さんだった。
その言葉に、混乱を隠せない様子の星奈さん。
それはそうだろう。僕からプレゼントされたペンダントのはずなのに、鳥河家に代々伝わるものだなんて。
また、星奈さんが混乱しているのと同様に、僕自身も混乱していた。
星野さんは、昔、鳥河の家に遊びに行ったときに自分が忘れて帰ってしまったペンダントだと言っていたはず……。
そんな僕の困惑を感じたのか、星野さんは言葉を続ける。
「鳥河くんのお母さんの旧姓はね、草枕……なのよ」
ニヤリと、笑った。
草枕……。聞いたことのある名前……。
そうだ、桜さんが話していた、恋仲だったという人だ。
それが草枕熊作さんという名前の人だった。
ともあれ、僕にはそこからなにも答えは導き出せなかった。。
「なるほど、そういうこと……。あの人の家なら、これほど強い魔力を持った物があっても不思議じゃないわね」
僕とは違って状況を理解できたのだろう、桜さんは額に汗を浮かべながらも、少し余裕のある笑みを浮かべていた。
「まさかあの人の家の物で、この私が邪魔されてしまうなんて思わなかったけど……。でも、もう遅いわ!」
不敵な笑みを浮かべる桜さんの背後、空間の歪みの暗闇から、なにかがせり上がってきた。
それは、巨大な石の人形?
ゴーレムというのだろうか、人型をした石造りの巨体が、直立したままの姿勢で浮き上がってきていたのだ。
完全に足先までこの世界に具現化したゴーレム魔流は、ドシーン! と地響きを立てて、右足、左足と前に踏み出し、校庭の地面の上で両足を踏みしめる。
土煙が激しく舞い上がった。
桜さんはそいつを使って、この世界を破壊しようというのか!?
僕の考えが表情に表れていたのか、それとも思考を読む能力でも持っているのか。
桜さんは、はっきりとこう答えた。
「私はこの世界を破壊したいなんて思わないわ。むしろその逆ね。あなたたちの住むこの世界を、助けたいのよ」
「どういうことだよ!?」
僕は声を荒げる。
桜さんの目的が、全然見えない。
どうすればいいのかわからず、僕は混乱の境地にいた。
「魔界とのつながりを作ってしまったのは太一よ。私はそのすぐあと、魔流によって殺されてしまったけど……。でも、詩穂が殺されかけたあのとき、私は再び目覚めた。そこで気づいたのよ。詩穂を殺そうとしたのは太一だったってことにね!」
えっ? どういうこと?
桜さんたちが生きていたのは、かなり昔の話ではなかっただろうか。
もちろん正確な時代まではわからないのだから、太一さんという人がまだ生きている可能性もないわけではないと思うけど、それでもかなりのおじいさんになっているはずだ。
そんな人が、星奈さんの両親を殺した上に逃げおおせているなんて、いくらなんでも考えられなかった。
「私もそう思ったんだけどね。それでも、血のつながりがある別人というわけじゃなく本人だって、私にはわかった。太一は結局、魔法陣から出てきた魔物に心を奪われていたってことなのかな。人間としての寿命すらも超えて、殺人鬼に成り下がっていたのよ!」
涙を浮かべ、桜さんは怒りの形相で叫ぶ。
「私は太一を逃がしてはいけないと思った。だから命を助けたあと、両親の殺された部屋へと連れていき、そこで詩穂の記憶を操作した。両親はすでに手遅れだったけど、詩穂が生きているのを知れば太一は再び戻ってくるだろうって、そう思ったのよ。顔を見られたと思っていたでしょうからね。詩穂には悪いことをしたと思うけど……」
「…………」
星奈さんは黙ったままだった。
「……でも、それならなぜこんなことを? 桜さんが魔界とのつながりを助長するような理由が、僕にはわからないよ!」
僕は桜さんにつかみかかるくらいの勢いで叫ぶ。
星奈さんは、幽霊だとはいえ桜さんを信用していた。
それを裏切るような行為が、僕には許せなかったのだ。
「すべては太一が悪いの。いいえ、私も悪かったのかもしれない。私は熊作さんとおつき合いを始めたけど、太一の想いにだって気づいていた。私は、熊作さんへの想いを伝えるべきじゃなかったのかもしれないわね」
ふっと、表情が陰る。
ただ、それも一瞬だけだった。
桜さんはすぐに顔を上げ、僕たちを睨みつけるかのように見据える。
「今まで何度も詩穂に魔流退治をしてもらっていたのは無駄じゃないのよ。魔界との穴を閉じるたびに詩穂の霊力……いえ、詩穂の中に宿る私の霊力の波動を流し込むことで、魔界とのつながりに関する理解を深めてきた。富永くんも利用させてもらったわ。詩穂との波長が合ったと言えばいいのかしらね、とても強い力を持っていた。太一が詩穂の両親を殺したときの夢を見せることで、あなたは余計に詩穂を守ろうと頑張ってくれたわ。私の思いどおりに」
桜さんが後ろを振り返る。
そこには、ゴーレム魔流が直立不動で立ち尽くしていた。
「あいつも、私の思いどおりに動かせるはずよ。これだけ魔界に関する理解を深めてきたんだから。そして、太一を捕まえて生贄にするの。それで完全に魔界とのつながりを塞ぐ。完全に塞ぐためには、一旦完全に開通させる必要があったのよ。それはもう達成した。あとは太一を捕らえるだけなの」
「でも、その太一って人、どこにいるかもわからないんじゃ……?」
僕の問いに、フッと軽く唇をつり上げる桜さん。
「どこにいるかはわかってるわ。今もこの状況を見ている。わかってるんだから、出てきなさいよ!」
桜さんは校舎のほうへ向けて大声を張り上げた。
その声に応えるように、校舎の陰からひとりの人が姿を現す。
それは――。
「用務員のおじさん!?」
それはあの、気のよさそうな笑顔をたたえた用務員さんだった。
「久しぶりね、地井太一。魔物に取り憑かれた、哀れな男……」
桜さんの声には、心なしか寂しさが含まれているように感じられた。
「桜ちゃん……。確かに私は魔法陣を描き、魔界とのつながりを作ってしまった。それは認めるよ」
「そう。そのせいで私は死んでしまい、他にもたくさんの犠牲を出した。その罪を償って、おとなしく生贄になりなさい。もうこれ以上、犠牲者を増やさないで……!」
桜さんは泣いていた。
幼い頃から仲よし三人組として育った過去を持つふたり。
こんな結末になってしまったとしても、桜さんの心の中では変わることなく、大切な幼馴染みのままなのだろう。
「……信じてもらえないっていうのは、寂しいものだね……。桜ちゃん、私はキミが魔物に襲われたあと、自ら魔界とのつながりに身を投じたんだ」
「えっ?」
桜さんが大きく瞳を見開く。
「行方不明になった、という話は知らなかったかい? それは私が、魔界とのつながりを抑えるための生贄として魔界に入ったからなんだ」
「で……でもそれなら、なんで戻ってきて、詩穂の両親を殺して、今まで身を隠していたっていうのよ……」
「彼女の両親は、興味本位でいろいろと調べていたんだ。理事長という立場だから、学校のためを思ってというのもあったのだろう。そのうちに、私の描いた魔法陣が記述された魔術書にまでたどり着いてしまった。いつの間にか、学校の図書館の本に紛れ込んでしまっていたようだね。その結果、解除コードに触れてしまった」
寂しげな声で話しながら、一歩一歩、桜さんに近づいていく用務員さん――いや、太一さん。
「それによって私自身が、魔流としてこの世界に流れ込んできた。それまでに何十年という時間が流れていたんだね。魔界では時間の流れが違うのか、私はそれほど歳を取っていないようだった。その時点の私は魔物に取り憑かれていたようなもので、自分としての意識も、ほとんど喪失していたのだが。とはいえ、理事長夫婦とその娘を手にかけてしまったのは事実だ。それは否定しない。本当にすまないことをしたと思っている」
「そんな……私は熊作さんの想いを継いで、太一を捕まえようとしていたのに、それは間違いだったというの……?」
桜さんはその場に崩れ落ち、地面に両腕を着いた状態で、微かに震える言葉をしぼり出していた。
「熊作は私に協力してくれた。桜ちゃんが魔物に襲われたあとも、悲しみに耐えながら、ともに戦ったんだよ。草枕家には、代々伝わる魔法の品があった。それを使って、どうにか魔法陣を閉じようとした。でも、それだけでは足りなかった。だから私は、自らの命を投じた。もちろん熊作は止めたよ。しかし他に方法がなかったんだ。魔物のせいで時間の狭間に取り残された桜ちゃんは、いつの日か戻ってくるかもしれない。その日のために、熊作は生きろと。それだけ言い残して私は魔界へと入った」
「熊作さん……」
涙をこぼしながら、桜さんは悲痛な嗚咽を漏らす。
「その先は、私自身もよくは覚えていないんだけど。魔界は、人間が精神を保つには厳しい場所だったということかな。結局桜ちゃんは、この世界に戻ることはできなかったようだけど、幽体としては戻れたんだね。戻ったとは言えないかもしれないし、もう熊作もいない世界ではあるけれど……」
太一さんは静かに、地面に両手を着いて涙を流している桜さんのそばまで歩み寄っていった。
「この世界に戻ってしばらくすると、魔物の意識が薄れたのか、私は自分の意識を取り戻し始めた。それからは、私はこの学園に用務員として住み込んでいた。少しでも魔法陣の力を抑えるためにね」
軽く前に屈み、桜さんの肩に優しく手をかける。
「さあ、もうこんなことはやめにしよう」
☆☆☆☆☆
「そんなの……嘘よ! 熊作さんがもういないからって、そんな嘘をつくなんて! 太一、あなたはやっぱり、魔物に心を支配された最低の人間よ~!!」
突然、桜さんが立ち上がり、暴れ出した。
「わっ!」
太一さんは、その場に倒れ込んでしまう。
「熊作さんの意思を、私は受け継いでいるんだから!!」
桜さんの目は、正気を失っているように見えた。
幽霊、というか幽体である桜さんが、普通の人間と同じ瞳を持っているのならばだけど。
考えてみたら、僕も星奈さんも今は幽体のままだけど、大丈夫なのだろうか?
このまま桜さんが正気に戻らなかったら、もとに戻れなくなるなんてことも……。
星奈さんも同じように考えていたのだろう、不安そうな顔で、僕の腕をつかんでいた。
――と。
グオオオオオオオオオオオオオオオオン!
さっきまで直立不動だったゴーレム魔流が、突然雄叫びのような声を上げて動き始めた。
両腕を大きく振り回すゴーレム。振り回した腕からキラキラした光が周囲に飛び散る。
巨大なゴーレムの腕と比較すれば、それは大きくはなかったのだけど……。
実際の大きさはそれぞれが数十センチくらいはある光の塊。
それが頭上から、無数に降り注いできたのだ!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオン!
「キャーーーーーーッ!!」
危険を察知して、逃げ惑う生徒たち。
先生方が、生徒の誘導に当たる。
伯母さんの持つペンダントは、完全に光を失っていた。
生徒たちの『気』の力でどうにかできるという可能性は、もうない。
ならば、なるべく安全と思われる場所まで逃げるのが賢明だ。
「桜ちゃん、目を覚まして……!」
太一さんが必死に呼びかけている。
でも、桜さんの目は明らかに正常ではなかった。
「どうやら、あのゴーレム魔流とシンクロしてしまっているみたいですわ。桜さんの霊力を受け取って魔流が強大な力を放つと同時に、魔流の力が流れ込むことで桜さんの自我はシャットアウトされています。太一さんだけでなく、誰の声も、今の桜さんには届かないのではないかと……」
初吉さんが、陰陽師としての感覚なのか、冷静に分析してそう言った。
「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ!」
「どちらかを消し去るしか、ありません」
「どちらかを……」
僕がそれを理解するよりも早く、鯖月がつぶやいた。
「桜さんを消し去れば、魔流は魔界に戻る。魔流を消し去れば、桜さんは自我を取り戻せる。その二択ってわけだ……」
魔流の力は強大だ。それは明らかだった。
ならば、どちらを消し去るのが簡単かと言えば、それは……。
「だ……ダメだよ! れーこちゃんを消し去るなんて、絶対にダメ!」
星奈さんが、みんなの考えを否定する。
うん、僕だってそう思う。だけど……。
「れーこちゃんは、きっとあの魔流の力に呑み込まれてるだけなんだよ! いつも一緒にいたもん、れーこちゃんを信じてるもん!」
涙ながらに訴える星奈さん。
その気持ちは痛いほどわかるけど……。
僕たちがあのゴーレム魔流に勝てる手段なんてあるのだろうか?
「やってみなきゃ、わからないよ! 今は私も富永くんも、いつも戦ってるときと同じように幽体になってるんだから! いつもどおりにやれば、どうにかなるよ!」
根拠なんてなかった。
それでも、星奈さんの瞳は僕に希望を与えてくれた。
「よし、やってみよう! 星奈さんばかりに、大変なことをさせたりはしない。僕も一緒に飛ぶよ。実体だけじゃなくて幽体も手を握っていたほうが、つながりも強いはずだ。僕だって、伊達に今まで何度も幽体になってたわけじゃない。これでもちょっとは、コツをつかんでるんだから!」
「うん、わかった。一緒に、頑張ろう!」
ぎゅっと、星奈さんと手を握り合う。
目指すはゴーレム魔流。
いつもどおり、ヤツの力を星奈さんのか細い光攻撃で削り、
全体的にガードが弱まったところで、僕の力を星奈さんに流し込み、
ふたりで力を合わせた強力な光の奔流でゴーレム魔流を貫く。
作戦は決まった。
僕と星奈さんは、飛び立った。
魔流の周りを飛び回り、星奈さんが右手をかざして光を放つ。
僕は星奈さんの左手をぎゅっと握り、右手にもそっと手を添えて、つながりをなるべく強く持つようにする。
星奈さんが放つ光は、明らかに弱々しかった。
いつもは桜さんとのつながりによって、もう少し効果的に力が発揮できていたのだろう。
ともあれ、星奈さんだって何度も戦いを繰り返してきたのだ。
僕がこうして飛んだりするコツをつかんだように、星奈さんもコツをつかんでいる。
それは間違いなかった。
ゴーレム魔流は、闇雲に腕を振り回して僕と星奈さんを叩き落そうとする。
されど、動きの速い僕たちにはかすりもしない。
ヤツの腕から落ちる光の塊は、重力に引かれて落ちるだけだ。それよりも上を飛び続けている僕たちには、当たりっこない。
上空の高い位置を飛ぶ僕たち。
足もとへ向けた光の攻撃はなかなか直撃させられなかったけど、他の部位への攻撃は着実にヒットしている。
ヤツの全身にみなぎる魔力を弱められるのも時間の問題だろう。
「星奈さん、この調子だよ!」
「うん……!」
星奈さんは疲労の色が濃くなってきていた。
僕がサポートしているとはいえ、やはり桜さんとの同調がないのは思った以上にきついみたいだった。
だからといって、諦めるわけにはいかない。僕は星奈さんの手をぎゅっと握り続けた。
やがて――、
機は熟した。
ゴーレム魔流の動きは明らかに鈍くなり、ヤツの全身は星奈さんの攻撃によって茶色一色に焦げついたようになっていた。
「よし、これならいける!」
「う、うん……!」
流れる汗の量が多くなっている。それは僕も同じだったけど、星奈さんのほうが大変そうなのは明らかだった。
これ以上の時間はかけられない。
この一撃で、確実に仕留めなければならない。
ミスは許されないのだ!
「行くよ、星奈さん!」
「うん!」
両手を前に突き出す星奈さん。
その両腕に手を添える形で、僕は自らの体内にあるすべての力を、手のひらを通じて星奈さんへと流し込む。
一旦僕の力をその小さな体ですべて受け止め、苦悶の表情を浮かべながらも、星奈さんは魔流へ向けて――、
力を、放つ!
閃光がほとばしり轟音が響く中、強烈な光の奔流がゴーレムへと一直線に向かう。
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
僕の気合いの声が、光を後押しするかのように響く。
次の瞬間、
光が、魔流を貫いた!
☆☆☆☆☆
巨大な爆発音と、豪快な煙が舞い上がるのが見えた。
これで、終わった。
僕と星奈さんの渾身の力を込めた光は、確実に魔流を貫いていた。
――かに見えたのだけど。
「うそ……!?」
煙が消えた校庭に、ヤツはしっかりと二本足で立っていた。
機能を停止して、ただ立っているだけ、というわけでもない。
ゴーレム魔流は二本の腕を今まで以上に激しく振り回し、光の塊を周囲にまき散らしていた。
ダメだ……。
やっぱり僕たちの力だけじゃ、どうにもならないんだ……。
力を使い果たして崩れ落ちそうになっている星奈さんを抱えながら、僕は地面に降り立つ。
降り注ぐ光の塊が、いつ僕たちを直撃してもおかしくない。
でも、そんなことはもう、どうでもよかった。もう、ダメなんだ。
このまま星奈さんとふたりで一緒に死ねるなら、それでもいいか。
僕の腕の中で気を失っている星奈さん。
安らかな寝顔ではないけど、僕はこの子とともに、ここで……。
「う……ん……」
星奈さんが、意識を取り戻した。
力なく僕に微笑みかける。
「……ダメだったよ……」
「……うん……」
星奈さんの瞳も、諦めを受け入れたように、寂しげな、それでいて優しい色を映し出していた。