第12話「男の仕事」
前回のあらすじ……
担当:アーク・シュナイザー
20人の盗賊に囲まれたが、他の盗賊団と違い相手に殺す気はなかったためか、俺らはなんとか勝てた。
俺らは先に進むのだった。
そう言えば、船内がやけに騒がしいが、何かあったのか?
エルが無事ならいいんだが……。
――疾風の翼の空駆船内・倉庫――
謎の女に牢屋から救出してもらったのだが、そのやり方に納得できなかったジャミル達は、現在こうして銀髪の女に追い回される形となった。
エルとジャミルは、逃げてゆく内に広い倉庫のような所に出ていた。
ただし木箱や荷物が散乱しているため、物理的な面積よりも狭く感じていた。
「氷の刃よ! アイスニードル!!」
スラリとした長身で、綺麗な銀色の長髪と燃えるような真っ赤な瞳の女は、右手に握る彫刻のようなレイピアをかざし、ジャミルとエルに狙いをすまし氷の槍を放つ。
「うおォォォォッ!」
ジャミルとエルはその場に滑りこむように伏せて、頭上数センチというところで攻撃をかわす。
氷の槍はあっという間に木箱を破壊し、その威力をジャミル達に見せつけた。
あんなものを喰らってはタダでは済まない。
「チッ!! エル立てッ! 次が来やがるッ!」
ジャミルは既に立っていて、
「分かってるよ!!」
エルもその後を追う様にして立ち上がり走り出す。
「逃がすものか! アイスニードルッ!」
三本ほどの氷の槍がジャミルを襲う。
「(まじィ!避けきれね――)」
「ジャミルさん!!」
瞬間、エルは庇うようにしてジャミルを突き飛ばした。
その結果氷の槍のうち1つは、エルの左肩を掠めてしまう。
「うぅッ……!」
傷口を手で抑え、苦痛に顔を歪めるエル。
血がドッと溢れ出たが、それすら気にせずレイピアを直接向ける銀髪の女。
「エルッ! 馬ッ鹿野郎がァァ!」
「わっ!」
ジャミルは咄嗟にエルの手を引き、そのまま木箱の山へと身を隠すように逃げ込んだ。
「テメェ! なンて無茶しやがンだァ! 死にてェのか!?」
ジャミルは何故自分がこんなにも怒っているのか分からないまま怒鳴っていた。
もちろん、足は止めない。
「民間人を守るのは、騎士団の務めだもん!」
ジャミルはそれなりの剣幕で怒鳴ったつもりだったが、エルの方も逆に不満げな顔で抗議してきた。
あまり自分を曲げるタイプではないらしい。
「あァ? 何寝言言ってやがンだァ? 騎士の真似事なんざ今時流行ンねェぞ」
実は、騎士というのは少年少女達にとっては憧れの的なので、真似は結構流行っていたりする事を、ジャミルは知らない。
「真似事じゃないもん! 私これでも騎士団見習いだよーー!! ホラ、これ帝国騎士団本部入室許可証!」
エルは走りながらポケットにがさごそ手を入れて、一枚の名刺みたいのを取り出して自慢気に見せる。
「……マジかァ。テメェが? 騎士団? ……あ、ありえねェ……」
ジャミルの中では、既に“使えないドジっ娘天然トラブルメーカー的な駄目女”として既にイメージが確立してしまっていたのだから当然の反応と言える。
しかも、それが実際8割方合ってるのだから困る。
「ひどいリアクションだよ! せっかく頑張って――痛っ」
エルは抗議し、左腕を動かすが、途端に肩の傷が痛み出したらしく、右手で肩を押さえる。
「チッ……別にテメェが騎士団だとか関係ねェンだっつーのォ。ただ、女が自分から飛び込ンでンじゃねェよ。女護ンのは男の仕事だろォが」
エルの手を引きながら、ジャミルは前だけ見て何の気なしにそう言った。
普通の男なら言った途端赤面しそうなクサい台詞だが、生憎この男はそういった事は気にしないらしい。
「……もしかして口説いてる?」
キョトンとした顔でエルは首を傾げている。
「なっ……ンなわけねェだろォが!! とにかく俺ァ、無茶すンなつってンだァ」
後ろを向いて顔を赤くしながら否定するジャミルの前に、木製の扉が立ちはだかった。
引き戸のようで、全力を振り絞ってもビクともしない。
「ちッ、開かねェ、行き止まりかよォ!」
ジャミルは扉を見て歯ぎしりをした。
木製の扉。
鍵が掛かっていれば、何の装備のないジャミル達には突き破ることも開けることも不可能だ。
「どうするのジャミルさん! 後ろにはあの女の人が!!」
エルが迫り来る恐怖に焦りながら言う。
「仕方ねェ! 迂回して――」
言った瞬間、ジャミルの隣の木箱がはじけ飛んだ。
ジャミルが首をその木箱に向ける前に、木箱の後ろから氷の槍が襲い掛かる。
「――ちィッ!!」
ジャミルは脇腹と左腕の2ヶ所を負傷した。
そして、木箱の後ろから銀髪の女が歩み寄る。
「ジャミルさん!」
エルが叫ぶ。
「さて、凍殺と刺殺、どちらがお好みかな?」
銀髪の女は口元をニヤリと吊り上げ、レイピアをジャミルに向ける。
「どっちもお断りだクソ野郎ォ」
ジャミルもニッと笑い、木箱から飛び散った鉄パイプらしき物を構える。
「そんなモノで私に刃向かえると?」
「ねェよりはマシだろォ」
とジャミルはこの危機滴状況を逆に愉しむように言った。
「(ンだが実際どォする? まさかホントにこんなちゃちい武器で勝てるたァ思えねェし)」
頭を悩ましているとエルが小声で耳打ちしてきた。
「ジャミルさん聞いて、あの扉は私たちじゃ壊せない。だから今ある方法は、あの人を利用するしかないと思うの」
エルは銀髪の女を見ながら話した。
対する銀髪の女は、依然ジャミルにレイピアを向けたままだが、ジャミル達が何を企んでいるのか楽しみに待っていた。
「なるほどォ、あのクソアマの攻撃利用して扉をぶっ壊すって訳かァ、乗ったぜェ!」
そう言うと、ジャミルとエルは扉の前まで後退した。
「何を企んでいたのか知らんが、逃がすと思うか? ――氷の刃よ! アイスニードル!」
銀髪の女はそう叫ぶと、6本もの氷の槍を飛ばす。
「ッだらァァァ!!」
ジャミルは叫び声とともにその場から横跳びで避け、氷の槍はジャミル達の行く手を阻んでいた扉を粉々に砕いた。
「ほう? なるほど、そういう事か」
銀髪の女はそれを感心したように見る。
「でかしたエルッ! 狙い通りだァ、行くぞ!」
2人は壊れた扉を潜ろうとするが、
「行かせん」
銀髪の女は、ジャミルにレイピアを突き刺そうとする。
「ッ! ……この野郎ォッ!」
それを奇跡的な反射神経でかわし、直後に鉄パイプを横薙ぎに振る!
「って……オイオイ……」
振った鉄パイプは、いつの間にか綺麗に三等分されてあり、振った瞬間バラバラになってしまう。
「これが、力量の差だ」
ジャミルの隣をスッと抜け、銀髪の女はエルに向かった。
「さて貴様、覚悟を決めてもらおうか」
エルにレイピアが迫る!
「――ッ!」
エルが気づいた時にはもう間に合わない。
その先端はしっかりと彼女にの心臓に狙いを定めていた。
「だァァァァッ!!」
「何!?」
レイピアの狙いが歪む。
ジャミルが銀髪に体当たりを仕掛けたからだ。
突然の予期せぬ衝撃で一瞬体制を崩すが、すぐに整えると詠唱を始めた。
「チッ……大気に散る無数の冷気よ! 我が手に宿り剣と化せ! コールドソード!」
だが、突然銀髪の女の手に発生した氷の剣で、ジャミルは右肩をざっくりと斬られる。
「がああァァァーーーッ!」
悲鳴をあげながら、勢いで吹き飛ばされドサリと尻餅をつくジャミル。
だがその勢いを殺さず、すぐに立ち上がった。
「ッく!! エル逃げっぞォ!」
「え!? あ……!」
怪我を負ったジャミルは、肩を庇いながらすぐにエルの手を引いて走りだす。
「酷い怪我……なんて無茶するのよ!」
肩は酷くえぐれ、血がドロリと出続けていた。
まだ見習いのエルは、こんな生々しい怪我を見たことは数えるぐらいしかないので、思わず目を背けた。
「言っただろォ、女護ンのは男の仕事だってなァ。だいたいテメェ人のこと言えンのかっつーのォ」
対して、魔物討伐のギルドに属するジャミルにとって、こういった怪我はそれほど珍しくもないのか、割としれっとした態度を見せていた。
ただ、天属性……つまり治癒魔術師として騎士団で教育を受けているエルにはわかる。
ジャミルの表情の奥にある苦痛や、体から噴き出る汗、走る以上に荒くなる呼吸。
どう見ても、ただのやせ我慢でしかなかった。
本当はこの場で魔法を使わなければ行けない。
ただ、魔法詠唱中はどうしても止まる必要がある。
立ち止まり、あの銀髪に追いつかれれば意味が無い。
結局、今は走るしかないのである。
そんな時、前方から数人の人影が走ってくるのが見えた。
野蛮な服装に、頭には黄緑色のバンダナ。
間違いなく盗賊団、疾風の翼の団員だった。
「……マジかよ、とてもじゃねェが太刀打ちできねェぞ!?」
さすがのジャミルも焦りを見せる。
「どうしよう、隠れる?」
「バーカ、もう見つかってるっつーのォ!」
ここは一直線の通路だ。
隠れてやり過ごすなど、どうにもできない。
エルとジャミルは、覚悟を決めた。