第109話「アーク救出へ」
前回のあらすじ……
担当:リード・フェンネス
僕たち騎士団は、紅蓮の覇王の船内に船ごと激突して突入した。
意外とやり方が荒くて驚いたが、お陰でスムーズな突撃ができた。
盗賊団は基本的に防具を装備していなかったが、その分僕たち騎士よりもかなり身軽で、素早い動きに翻弄された時もあった。
けど、紅蓮の覇王の兵隊は武器が大剣だったり長槍だったり結構大きい武器が多いので、1人1人は想像していた程強くは無かった。
そして、やはり数が多い。
それは紅蓮の覇王自体の規模の多さが成せる人海戦術であろうと思った。
ただ、初めて人を斬った感触は、もちろん気持ちのいいものではなかった。
でもここは戦場。
そんな事を考える間もなく僕たちは先へ先へと進んだ。
そんな時、1つの倉庫みたいなドアを開けた。
するとそこには、変わり果てた姿のアークがいた。
死んでいるわけじゃない。
でも、その姿は血でまみれ、大小さまざまな傷口が開き、今にも倒れそうな動きだった。
にも拘らず、顔は不気味なほど笑っていて、なにか『悪魔』や『死神』的な物を僕たちに連想させた。
その動きのまま数人ほどの盗賊を蹴散らして、その場に倒れた。
僕は咄嗟にエルに回復をさせて、顔を見た。
その顔は、いつものアークだった。
あの時のアークは、なんだったんだろう……。
その後話を聞いていると、どうやらアークは今回もとんでもない事に巻き込まれてしまったらしい。
最終的には、ロウ隊長が騎士の流れを変えて、僕とエルはアークと一緒に情報盤を護る事になった。
――疾風の翼船・甲板――
エイリアスが乱入してから、戦況はハリス側に大きく傾いていた……かに見えた。
「重転撃!!」
刃を回転の勢いに乗せ、思い一撃を繰り出す。
「ッ!」
クリスフォードはバックステップでかわす。
隙が出来たハリスに追撃を迫るが、
「させん」
そこに容赦なく数本の氷の針が襲いかかる。
エイリアスは、どういう訳か詠唱を省略して魔法の発動が可能だった。
「おっと!」
クリスフォードに攻撃がかする。
一歩下がり、
「光の束よ! 瞬速の速度にて敵を撃ち抜け――ラピッドレーザー!!」
手をかざすと、クリスフォードの背中に4つの光球があらわれる。
「ッ……!」
狙いは、エイリアスだった。
レーザー……つまりそれは目では追う事の不可能な速度で放たれる。
回避不可能な速度として。
その球から、親指程の直径のレーザーが放たれる。
「ちっ!」
エイリアスの声で、氷の壁がせり上がる。
だが、光の線はいとも簡単に氷の壁を、エイリアスの体ごと一直線に貫いた。
「ぐぅッ……」
よろめきながらも体制を崩さず、
「ふんッ!」
レイピアを振って、魔法を発動させる。
クリスフォードの頭上に歪な氷の塊が出現し、高速で落下する。
彼は頭上の氷を一瞬忌々しく睨むと、その場からバックステップで退避する。
だが氷塊は地面に落ち砕け散り、無数の破片がクリスフォードを切り刻む。
「まだまだッ!! 破転撃ッ!!」
「なんのッ!!」
ハリス素早い二連撃を、クリスフォードは右手に握る光の剣で受け止める。
「後ろがガラ空きだぞ?」
背後からエイリアスが氷を纏ったレイピアで突く。
クリスフォードは一気にハリスを押し返し、右に移動して攻撃を避ける。
「容赦ないですねぇ。流石は禁畏として恐れられる、“思考詠唱”の持ち主だ」
薄笑いを浮かべながらおどけて言う。
いいつつ、右手には常に光の剣が煌々と光っている。
「貴様、舐めているのか」
それを見たエイリアスはより眼つきを厳しくして睨みつける。
クリスフォードのおどけた態度が気に入らなかったらしい。
「違うぜエイリアス。こいつはいつでもこんな感じだ」
ハリスはそう彼の事を訂正した。
もっとも、敵を訂正する理由もないが。
「ふん、知った事か」
そんなことなどどうでも良い。
と言わんばかりに一歩前へ踏み込みレイピアをかざし、数本の氷の棘を飛ばす。
「おっと! ……ですが、動きにキレが無い。無理をして身に付けたその能力……いつまで持ちますかねぇ?」
軽々とその棘を避け、向かってくる棘1つを光の剣で切り裂いた後の台詞。
「黙れッ! 貴様を殺し、盗賊を死滅させるまで、私は死なない!」
そう言いながら、氷を纏ったレイピアでクリスフォードに斬りかかる。
彼はそれを弾き返す。返されたエイリアスは、思わずバランスを崩し、片膝を付く。
「くッ!」
「では、死なないのかどうか試してみましょうか。輝きを放つ光源よ! 拡散し悪しき者共に逃げ場を与えるな――レイドラール!」
クリスフォードの少し上あたりに3つの魔法陣が展開し、そこから放射状に大量のレーザーが照射される。
エイリアスは咄嗟に氷の盾を用意しようと考えたが、先程その技は貫通されたばかりだ。
彼女には今身を護るものがなかった。
そこに無数の光線が迫る。
「チッ!」
被弾を覚悟するエイリアス。
「させるか! 転風壁ッ!!」
その彼女をかばう様にして、ハリスが前に出た。
薙刀を風の力で回転させ、レーザー照射を打ち消した。
だが完全には防げなかったようで、2人の所々に掠り傷が出来る。
「ほう」
クリスフォードは少し感心したように唸った。
「喰らえッ!」
「光の力よ――レイブラスト!」
後退しようとしたクリスフォードに魔法を唱えて追い打ちを掛けるエイリアス。
頭上から降り注ぐ歪な氷の塊に、数本のレーザーがぶつかり、激しく爆発する。
「――ハリス団長!」
そんな時、疾風の翼の団員の1人が非常に慌てた様子で駆けこんできた。
ハリスがどうした!? と反応する間もなく団員は喋り出す。
「騎士団が、騎士団の艦隊が船に乗り込んできました!!」
「なんだと!? 状況は!?」
ハリスはおろか、クリスフォードとエイリアスさえ思わず手を止めて会話を聞く。
「現在二番艦、四番艦に騎士が侵入、騎士団、紅蓮の覇王、そして我々の三勢力が入り乱れています!! 本艦にも騎士団が突入し、現在艦橋で大規模な戦闘が発生しています!」
団員は焦った様子で早口に報告を済ませた。
本来、騎士団が真正面から盗賊団に接触する事はあまりない。
疾風の翼に関して言えば、騎士団艦隊を発見し次第、その足の速さを利用して接触前に逃走するし、仮に向こうからやってきても逃げ切ってしまう事が多い。
紅蓮の覇王に至っては大規模艦隊戦により戦力喪失を恐れ、手を出そうとしないのが騎士団の現状だった。
現在騎士団は戦争の準備で戦力を備蓄しようとしている流れが強く、下手に戦力を消費したくは無いのだ。
「なんてこった……、なぜ今になって……」
ハリスもその事を知っていたので、何故騎士団が大艦隊を引っ提げてこちらに攻撃を仕掛けたのか疑問に思っていた。
最悪、紅蓮の覇王と手を組んだと言う可能性も否定はできないが、それはさすがに現実的ではないな、とハリスは思う。
「なるほど。さすがに大きく騒ぎすぎてしまったようですね。……済みませんが、ここは引かせてもらいますよ」
クリスフォードは微笑を崩さず、光の剣をしまう。
紅蓮の覇王艦隊にも騎士団が攻め込んだとしたなら、敵船に攻め込むよりまずはそちらを追い払う事が優先だ。
「知った事か。貴様はここで殺す。背中を向けたいなら向ければいい」
だが、エイリアスはそれを許さない。
レイピアを構え、一歩一歩とクリスフォードに迫る。
「困りましたねぇ、どうやら返してもらえなさそうです」
やれやれ、と両手を振り脱力を体で表す。
「エイリアス。悪いが俺は外へ援軍に行かなくちゃならねぇ。俺はぬけるぜ」
ハリスはエイリアスの後ろに立ち、そう言った。
「構わん。だが死ぬなよ。貴様を殺すのは私だ」
エイリアスは目線をクリスフォードからそらさずに言う。
「ああ。お前もな」
ハリスはそう言って報告した団員とともに甲板から立ち去る。
「あ~あ、仕方ありませんね、決着をつけましょうか」
エイリアスVSクリスフォードの戦いが始まる。
――――
一方疾風の翼旗艦、艦橋ではガイスがたった1人で数十人の騎士達を相手に戦っていた。
「おおおォォォ!! くらえェェェェ!!」
斧を振り上げた後、思い切り地面に叩きつける。
床に亀裂が走り、一直線にトゲトゲの山脈を作り、騎士達を吹き飛ばす。
「ぐあああ!! ……くそ、よくもやりやがったな!!」
だが、騎士の鎧は丈夫でそう簡単には壊れない。
吹き飛ばされた筈の数人が起き上がって再び刃を向ける。
「大気に渦巻く我らが刃! その刃を敵に向け、思うがままに切り刻むがよい――ストームバーン!」
「空間に散る無数の電子よ! 我に集結し、雷光の如く敵を貫け――ヴォルトスクード!!」
「燃え盛る火炎よ、敵を蹴散らせ――フレアスプラッシュ!!」
3人の騎士の魔法が集結する。
直線に走る雷光を避け、爆裂する炎を斧を盾にして防ぐが、死角から来る鋭いかまいたちには対処できず、全身を切り刻まれる。
「ぐあァァーー! や、やってくれるじゃねぇか……」
全身から血が滴るが、それでもガイスは倒れない。
肩で息をしながらも、力強く斧を握りしめ、眼光は衰えぬ光で目の前の敵の集団をしっかり見据えていた。
「く、コイツ…なんてタフさだよ!」
そのあり得ない強靭さに、後方に待機していた小心者そうな小隊長の騎士ですら驚く。
僅か10分。
その間に30数名いた騎士は約20人に減り、盗賊は傷だらけになりながらもその場に立っていた。
今日が初陣な新米騎士たちも確かにいた、しかし、だからと言って30人対1人で10分以上持ち続けるなんて、あり得なかった。
「オラオラァァ! 今度はこっちから行くぜェェ!! そォら吹っ飛べやァァ!!」
斧を横に振り抜き、爆弾と化した無数の小石が放射状に飛ぶ。
衝撃で何人も倒れ、戦闘不能が何人か出る。
「おい、何をしている! さっさと狩り取れ!! たった1人に時間を掛けるんじゃない!」
その様子を後ろで見ていた小心者そうな小隊長が、討伐を促す。
「ふふふ、見ろ、敵は満身創痍じゃないか、騎士団の力を見せつけて――ぎゃあ!」
直後、その小心者な騎士隊長は大量の団員に押し倒された。
「全員突入だァァァーーー!! ガイス副長を護れェェ!!」
「「「ウラァァァァーーー!!」」」
艦橋の入り口から、一気に数十人の団員が押し寄せる。
その先陣を切ったのは精鋭フェニックスのスコードだった。
「スコード!! テメェいいトコに出てくんじゃねぇか!!」
勢いを取り戻したガイスは斧を振り騎士を何人もなぎ倒す。
「どうもです!! さっきまでは甲板で紅蓮の覇王を押さえてたんですけど、騎士団が来たみたいなんでこっちに応援に駆けつけました!」
スコードに2人の騎士が迫る。
最初の一撃をかわし、2人目を長剣で突き刺す。
鎧のせいで致命傷は与えられなかったが、2人目は大きくのけぞっていた。
そこに他の団員の水系魔法が炸裂し、2人の騎士は沈黙する。
「団長はどぉした!?」
ガイスの脇で何かが爆発し、炎に煽られる。
「マイクの奴に団長に知らせるよう指示したんで間もなく来ると思います!」
隣の団員が肩を斬られその場に倒れた。
その団員をかばう様にして目の前の騎士を倒す。
「そうか! おい、リディはいるか!?」
ガイスは団の中でも数少ない聖属性魔術師の名前を呼ぶ。
「は、はい! ここにいます!!」
人ごみの中から少女はか細い返事をする。
現れたのは、見た目14、15歳くらいの少女リディ・クライトン。
薄茶色のショートで、てっぺんから少し右をちょこんと髪留めで縛っている。
服装は一目で魔術師と分かってしまいそうな、真っ白いローブなので、疾風の翼のシンボルである緑色のバンダナが少々ミスマッチだ。
「あ、今、回復しますね――天よ、我らに聖なる活性を、エイド!!」
リディと呼ばれた少女は、昔の魔法使いが持ってそうな、木製で、先端がぐるぐる巻きになっていて中心に赤い宝石がある杖を振りかざし、ガイスを回復させる。
「おお、すまねぇな! あと後ろの方にいる3人のガキ共も頼む! 結構重傷だからな!」
ガイスはそう言ってまた戦闘に戻った。
「あ、はい、分かりました!!」
なんとも甘ったるい声で返事をするリディ。
だが決して媚びてる訳でも何でもなく、これが普通の声なんだからしょうがない。
「こ、この人たちですね……――」
木製の杖から発生した七色の風がジャミル達を包み込み、傷を癒していく。
「ンぁ……ン? なンだこりゃ、どうなってンだァ?」
「ぎゃ~! なんか凄い戦いになってるし! しかも騎士団!?」
2人がよろよろと起き上がり、目の前の惨事に驚いている隣でリナは、
「驚くの後。まずは感謝。ありがと」
服を両手で払い、ペコリと頭を下げる。
「いえ、あの、それ程でも……」
わたわたしながら頭を下げるリディ。
「オイ、何がどうなってンだ!?」
「モヒカ~ン! なんか分かんないけどあたし達も加勢しちゃっていい? ていうかアークは?」
2人はモヒカンことガイスに詰め寄る。
「あぁ!? 今忙しんだよ!! アークはあそこに見える紅蓮の覇王の船に連れてかれちまった! 3番倉庫に確か小型艇があったから、お前らはそれを使って追え!!」
ガイスは敵の攻撃を受け止めながら言う。
「ちょっと待って! あたし達そんなの操作できないけど!!」
その騎士はルネの突撃脚によって吹き飛ばされ、
「根性でなンとかなンだろ!」
その隙を狙い接近した騎士2人をジャミルがサンダーバレットで、
「それは無理」
リナがフレアスプラッシュで蹴散らす。
「だぁぁ! 使えねぇ!! 分かった! リディ! お前このガキ共紅蓮の覇王まで送って行け! ついでにアーク奪還に協力してやってくれ!」
ガイスはややキレ気味に叫んでリディを呼ぶ。
「あ、はい、分かりました!」
リディは杖を振って仲間を回復させながら言った。
「ん? 隊長、あの娘どこかで……」
ふっと、騎士の1人がルネの事を見て何かを考える。
一方、それを見た小心者そうな小隊長は一瞬で閃いたらしく、
「あ!! あいつ、ドーイング事件で全国手配されている殺人未遂犯だ!! その仲間も重罪人だ! つ、捕まえろぉぉ!! ワハハ! やった! 勲章物だぞ!! 捕まえた奴には好きなだけ褒美をやる! かかれぇぇぇ!!」
と言いつつ戦火の及んでない後ろの方で1人勝手に歓喜に包まれる小心者の小隊長。
「ンゲ、おいルネ! 思いっきりバレてンぞ!!」
その様子を見た3人は蒼ざめる。
「ヤバ! 早くいかないと! あ、リディ、って言ったっけ?」
ルネはリディに声を掛ける。
「あ、はい、早くいかないとまずそうですね、行きましょう!」
4人は艦橋を出る為に移動開始した。
「行かせるかァァーーー! この犯罪者共がァァーー!!」
後から数人の騎士が追ってくる。
ジャミルが追い払う為銃口を向けた時、
「気にしないで行け! ここは我等フェニックスに任せろ!」
スコードがその騎士を蹴散らした。
「すまねェな! 恩に切るぜェ!!」
こうして、ジャミル、ルネ、リナ、リディの4人はアーク救出の為に小型空駆艇へと向かった。
――帝国最北端・ウイングツリー氷原・第六魔法研究所周辺――
「おじさん、そこでなにしているの?」
煙が上がる魔法研究所入口。
おかしい程に変化が無い様子に疑問を抱いていたら、ふと背後から声を掛けられた。
反射的に、予備の短刀を抜いて振り返る。
オレに声を掛けたのは少年だった。
恐らく、アークと同年代程度の。
殺気は感じない……ただ、ここに普通の少年が迷い込む筈がない。
「いやぁ、そこから煙が上がっていたもんで、なにかと思って見てたんだよ。少年は? どうしてここへ?」
と、そこまでいってから、少年の腕に禍々しく光る腕輪があったのを発見した。
まさか、この少年は……。
「あは、気付いた? これ、おじさんも付けてるでしょ。でも、ちょっと違う。これはブラストレイズ『メーディル』……の、複製品」
少年は、腕輪を得意げに見せながら言った。
「複製品!? まさか!? ブラストレイズを人工的にコピーなんて出来る訳……」
そうだ、人工製造はおろか、コピーすら今の人類の技術じゃ不可能な筈……一体どうやって……。
「出来るんだよ? だって、それがここにあるんだもん」
「……お前の、目的は?」
人工ブラストレイズ。
いくらコピーとはいえ、それだけの物を持っている等、ただ者じゃない。
「おじさんの破壊。……だったんだけどさ、やっぱいいや~~」
……へ?
「だって、おじさんみたいなシワ枯れた悲鳴聞いたって面白くないでしょ? やっぱ殺すなら、若い女の子がいいよね~~」
変態な上に殺人鬼だった。
しかしなんて少年だ……表情は無邪気なのに、その奥に邪悪な何かを潜めている。
「へ、へぇ……。ってことは、おっさんの事見逃してくれるのかな?」
苦笑いしつつもなんとか対応する。
「うん。」