第108話「暴走の後」
前回のあらすじ……。
担当:ガイス・オールドマン
ガハハハハハハハハハハ!
今回の担当は俺様だな!!
俺様とアイリは、団長に言われ情報盤持ったガキ共を助けに駆け付けた。
だが、一瞬遅かったようで、ツンツンのガキは紅蓮の覇王のベネディとか言うヤツに投げられた。
チ、めんどくせぇな。
という事で、そっちの回収はアイリに任せて、俺様はベネディとの勝負に集中する事にした。
コイツの属性は闇。
だが、杖を使った接近攻撃も侮れないねぇな。
とか思ってたら、なんか騎士団が乱入してきやがった。
ベネディは逃げちまうし、面白くねぇな……。
俺様は覚悟を決めて、斧を振るう事にした。
――紅蓮の覇王船――
剣と剣、鉄と鉄がぶつかり合い、剣先に閃光が走る。
「くっ……あああぁぁぁッ!!」
紅蓮の覇王兵隊と剣を交えていたリードは気合いの声を上げ、剣を滑らせながら押し返す。
「(いける!!)」
一瞬よろめいた相手と、自分の腕を信じてそう思う。
「紅蓮斬ッ!!」
剣先から紅蓮の炎が巻き上がり、相手を包み込む。
そこに残ったのは、焼け焦げた屍。
だがリードがその屍を見て罪悪感に駆られる前に、次の攻撃が彼を襲う。
「――ストーンカノン!!」
大地属性の中級魔法がリードを襲う。
人の顔程の岩が高速で飛んでくる。
「ッ!!」
ひゅん、とそれはリードの目の前を横切った。
危なかった。
あと数㎝ずれていれば頭ごと持って行かれただろう。
「リード! 迂闊だな! 戦場ではもっと集中しろよっ!」
そういうロウ隊長は、すでにその魔術師を倒した後だった。
そのほかの敵もエルが殲滅したようで、ここにはいなかった。
「でもでも! さっきから斬り込み隊長の如く敵に突っ込んでくリードは凄いかも!」
エルはリードを見て戦場に似合わないにぱっとした笑顔を浮かべて言った。
「まあちっとぁ成長しやがったかな」
ロウ隊長がそう言っているのを見て、でも後ろから迫ってきていた大半の敵は隊長が殲滅していたよなぁ、とリードは複雑な気持ちになる。
「ていうかエル、後ろからホーリーブラスト乱射するの止めてくれないか? ……誤爆しそうで怖いんだけど」
エルの乱射癖? は治っていなかった。
「大丈夫大丈夫! 運が良ければ当たらないよ」
「確率の問題なのか!? だとしたら一回も当たらなかった僕は相当運がいいのか……」
なんだか敵が1人増えた気がしないでもない。
そんなどうでもいい事を考えられるのが、リードは自分でも少し意外に思えた。
初めての戦場に、もっと取りみだすかと思ったからだ。
しかし、いや……それは違うなと自分で気付く。
こうした冗談を言っているからこそリード達は正気を保っていられたのだ。
何もしゃべらなかったなら……嫌でも戦場の空気に当てられてしまうだろう。
戦場で過剰にそれを感じる事は、熟練の騎士ならともかく新米騎士ならば死を意味する。
いつものような機敏な動きに制限がかかってしまうからだ。
それを必要以上に感じないようにする為に、リード達は無意識のうちに軽口を叩くようにしていたのだ。
「よし。ここは片づけた。第四小隊はあちらの部屋を頼む。新米2人で大変だろうが、しっかり護ってやれよ、ロウ」
他の部隊の騎士がそうロウに伝えた。
ロウは了解、と小さくうなづくと、
「コイツらなら心配いらねぇ。また後でな」
と軽い笑顔で言った。
「行くぞ。待ち伏せの可能性も考えとけよ」
そう言ってロウは静かにその部屋の扉を開けた。
大きく金属製の頑丈な扉で、何か倉庫的な役割の部屋を連想させた。
簡潔に言うと、そこは確かに普通の倉庫だった。
ただ、開けたとたん、おびただしい程血の臭いがしたのと、そこらじゅうに死体が転がっているのを除けば。
「こ、れは……」
熟練騎士のロウも思わず顔をしかめる。
その部屋の中心では数人の兵隊と1人の少年が戦っていた。
「アー……ク?」
リードはその少年に見覚えが確かにあった。
あったが、少年のそんな顔に見覚えは無い。
全身を返り血で埋め尽くし、血に染まったダガーを振りかざす。
垂れ下った髪は顔の上半分を隠し、裂けそうなほど笑っている口元しか見る事は出来ない。
それが余計に悪魔や死神的な何かを連想させる。
その赤い装飾さえなければ、何かの舞台を見ているような、軽やかでキレのある動きだった。
まるで赤い絨毯のステージで舞い踊る役者のように、華麗に舞いながら、辺りをあっという間に血に染めた。
先程6人程いた男たちは、既に動かなくなっていた。
そして、リード達もどうしていいか分からず、動く事が出来ない。
一方ステージの中心にいた少年は、数歩ふらつくと、急にバタリと倒れた。
一瞬何が起こったか分からないリード達。
だがリードは一番早く我に帰る。
「エルッ! 回復を――」
「あ――うん! ……天空の使者たちよ! 彼の者にさらなる活性と祝福を! スーパーエイド!!」
エルは杖を地面に突き、白い魔法陣を展開させる。
魔法が発動すると、アークに色では形容できないような温かい風が集結し、光に包まれた。
光が消えると、3人はアークに駆け付けた。
「アーク……やっぱりアークだ! どうして、君が……」
リードは全てが理解できなかった。
さっきのあれは本当にアークだったのか、何故紅蓮の覇王と戦っているのか、そもそもなぜここにいるのか……。
「う……うー……あー……いて――あれ? 痛くない? ってエル!?」
アークは、うっすら目を開けて焦点が定まらない目で うーあー言ってると、目の前にエルが覗きこんでる事に驚く。
「よかった、生きてたみたいだね。死んでたらどうしようかと思っちゃった」
何とか立ち上がるアークを見ながら、にっこり笑顔でちょっと洒落にならない事を言うエル。
「アーク、もうホント君は何をしてるんだい……」
リードは怪我を心配したり、無事を安心したり、この説明不可能理解不能な現場を自分なりに考えたけどやはり理解不能だったりで、色々と気疲れして少々呆れ声で言った。
「おい! お前らこそなんで――あれ? って言うか俺なにしてんだっけ……」
うーんと考えるアークに対し、自分のした事覚えて無いのかい? とリードは突っ込む所だった。
だが、アークが珍しく真剣な表情を作ってなにかを言い出したので話を聞くことにした。
「あのさ、実は今ちょっとヤバい状況で――」
「――おい! 自分のやった事覚えてないのかよ!!」
「「「…………」」」
場が凍った。
説明すると、アークが真剣に話そうとして、それをロウがさえぎりあろうことかワンテンポ遅れたツッコミを放ったのだ。
当の本人は、全くこの空気に気付いていないようで、ん? 急にどうした? 的な顔をしている。
彼の空気の読めなさは、時にこう言った強制氷河期を発生させる。
あの天然代表のエルですら、ここまでひどくは無い。
現に彼女も今だけは氷のような目線をロウ隊長に浴びせている。
だが、彼は何の才能か、その冷凍ビームは無効化されてしまうのである。
3人は顔を見合わせてため息をつく。
アークはテイク2! と言わんばかりにもう一度全く同じ表情を作り、全く同じセリフを喋り出す。
「あのさ、実は今ちょっとヤバい状況で、ええと……その……ああもうなんていうかとりあえずヤバい!!」
説明しようとしたがどこから話していいのか分からず、諦めて自分の心境をそのまま伝えるアーク。
「いや、説明丸投げか! ていうかこんな状況でヤバくない訳ないだろ! ある意味最も分かりやすい説明だけど!」
うむぅ、と唸ってアークは考えた末、とりあえず要点だけ説明する事にした。
「今隣に疾風の翼艦隊いんだろ? 俺達元々そっちにいたんだが、そこに紅蓮の覇王艦隊がやってきてだな、艦上戦に発展したんだが狙いがどうも俺っぽいんだ。んで紅蓮の覇王のベネディってヤツが攻めてきてそいつにボコボコにやられた挙句ここに落っこちてきたんだよ」
アークが狙われる理由がイマイチ分からなかったが、だいたいの経緯は理解できた3人。
「なるほどね、で肝心のその後は?」
「んー……正直マジで良く覚えてない。なんか、俺そんとき既に死にかけだったんだけど、なんか兵隊数十人に囲まれて、なんか自分のあまりにも絶望的状況に笑いが込み上げて来て……あー、そこまでだな。なんか叫んだ気もするが、なんて言ったか覚えてねーや」
アークは頭を掻きながら言った。
血がべっとり付いててうぉい!! と言って腰を抜かす。
「いや待って、確かに覚えてないんだが……これ、俺がやったのか……?」
アークは信じられない、という表情で辺りを見渡す。
辺りには、十数人の紅蓮の覇王兵隊の死体があった。
「多分、そうだと思う。私達は今来たばっかりだから、全部見てたわけじゃないけど、私達が来た時にはアークはそのダガーで6人くらいを斬ってたよ」
エルは多少言いづらそうにアークに教えた。
「俺が……殺したのか……コイツらを」
アークは、思わず自分の両手を見た。
返り血にまみれた両手を。
「アークッ! 深く考えるなッ! こうしなければ君は、死んでいたかも知れないんだぞ!?」
リードは、アークの両肩を掴んで揺らす。
表情を見て、アークが自分のやったことに恐怖しているのが分かった。
「……ああ、分かってるよ。分かってる」
その言葉は、まるで自分自身に良い聞かせるようだった。
「それで……随分話がそれたけど、君はなんで狙われているんだい?」
リードは話を元に戻す。
「ああ、ちょっと戦利品手にしてな」
「戦利品?」
ちょっと待て、とアークは小声で言い、懐から円形の金属板を取りだす。
「情報盤さ。あのバスキルト砦の最下層にあった。それをルネがみつけて回収してきたんだ」
「いやさらっと言ったけどそれ結構凄い事だよね……で、紅蓮の覇王がそれを狙ってるって?」
そうだな、とアークは短く返す。
「この中には多分あの謎の装置の重要な情報が入ってるはずなんだ。これを解析すれば、あの装置について何か分かるかもしれないし、ザイルについても情報があるかもしれないんだ。それに……これを騎士団の手に渡すと戦争が始まる引き金になる可能性もあるっぽい」
「戦争!? そう言う事だい!?」
穏やかではない単語をリードは聞き逃さず反応する。
「すまん、その辺は色々込み合ってるから後で詳しく話す」
だがアークは、短時間では簡潔に説明できないと考え、話すのを辞めた。
これがもしリナとかだったら、上手くまとめられたかもしれないが、あいにくアークはそこまで利口ではなかった。
「なるほど……それで、他のみんなは?」
アークと最後に分かれたのはあのドーイング村の事件の時だ。
あの時はリナ、ジャミル、ルネの他に、ジルドも一緒だったが。
「みんなはまだ疾風の翼の船内にいる。副団長のガイスとアイリがついてるから大丈夫だと思うけど……」
「あのおじさんは一緒じゃないの?」
エルは、ジルド程の実力だったらこの状況を打破出来ているはず、と思い質問した。
「ああ、なんかやる事あるとか言って今は別行動してる……」
そのやる事とは、アーク本人も知らない。
「それより、さっさと離れた方がいい。ここにいるとまずいぜ」
「なんでですか?」
ロウが突如口を開き、3人が注目する。
「アーク達は今ドーイング村の件で指名手配されている。見つけたのが俺らってのがまだ救いだが……他の騎士に見つかったら問答無用で御用だ。ついでに言うとその大事な情報盤もこっちで預かる事になっちまうぜ」
「確かに、鉢合わせは避けたいな……。とりあえず、紅蓮の覇王蹴散らして疾風の翼の船まで帰るしかねぇ」
脱出艇か何か、とにかく疾風の翼の船まで何とかして戻ろうとアークは考えた。
なるべく早くに味方のいる船まで辿り着かないといけなかった。
アークの体力は、既に底を尽きかけていた。
本人はそれを悟られぬよう、なるべく平然としているつもりだった。
心配掛けるだけ掛けたって、騎士団であるリード達に協力してもらう事は出来ないからだ。
「それじゃ、俺は俺でなんとかやっとくから」
そう言って、アークはここを立ち去ろうとした。
「駄目だよアーク! 今は傷は治ってても体力的にはもう限界のはずだよ! 魔法じゃ失われた体力までは取り戻せないから。そんな状態で、1人で戦える訳ないよ!」
そのアークを、エルは回り込んで立ちふさがった。
「それでも、俺はコイツを護るって決めたんだ。俺は、ザイルの真相を少しでも知りたい。その為にはこいつが必要なんだよ。まあ戦争が始まったら困るっつーのもあるけど」
その声に、重みは無かった。
いつものような軽い口調でさらさらと言っただけだった。
だが、その目は絶対に何が起きようと曲げないような、強い決意があらわれていた。
リードは分かっていた。
アークがこうなった時は、もう誰にも止められないし止まらない。
なら――とリードが口を開こうとした時だった。
「ったく、しょうがねぇな。他の騎士共は俺が何とかしとくから、お前らはアークの護衛でもしとけ」
「え!? 隊長!?」
「なんとかって一体何を……?」
リードとエルが驚いた。
リードは、今まさにアークの護衛を志願する所だった。
もちろん、無理を承知で。
それが隊長の口から出てくるなんて、驚くしかない。
今のアークに手を貸すと言う事は、世間一般的に言えば犯罪者の逃亡の手を貸す、という事になる。
それがばれれば、リードやエルはともかく、隊長であるロウだって重罪人に早変わりする。
士道に真っ向から背く行為に当たるので当然だ。
「おっと勘違いすんなよ? 別に戦って食いとめる訳じゃない。甲板方面で戦長クラスの奴を見たとか、適当に言ってこっちの騎士の流れを変えるだけさ。後はお前ら、絶対仲間の騎士にみられんなよ? みられたら最悪気絶させてでも証拠を残すな。まあ下手すりゃ罪状が増えるけどな」
ハハハ、と笑いながらロウは言った。
普通笑えるような状況ではないが。
「待ってくださいよ! 俺に手を貸すってことは騎士団的にはヤバいんじゃないですか!? って言うか絶対ヤバいですよね!!」
アークはロウに反論する。
「さっきから気になってたけどさ、2人とも、その鎧ってことは、正規騎士になったんだよな?」
アークは今更ながらも確認する。
正規騎士と見習い騎士では、鎧が違うのだ。
「お前ら出世街道まっしぐらなんだから、こんな所で手ぇ汚すなって。俺ならなんだかんだで大丈夫だからさ」
アークとしては、自分のせいでこれ以上2人に迷惑は掛けたくなかったのだ。
だが、それを迷惑だなんて2人は思ってもいなかった。
「なんだかんだって、全然説得力無いよアーク」
「また君はそうやって後先考えずに突っ走るんだから。虚勢張ってないで、少しは頼ってくれよ」
2人は笑顔でアークを迎え入れた。
この時3人は、紛れもなく『友情』という強い絆で結ばれていた。
「いい、のかよ……なんかあっても責任とれねーぞ?」
「大丈夫、期待してないから」
「うぉい!」
エルは笑顔でさらっと酷い事を言う。
「アーク。その代り、何が合ってもそれを護るんだよ?」
アークの懐にあるであろう情報盤を見つめリードは言う。
「ああ。ホント、助かるぜお前らは……」
「さてと、俺は騎士の流れを止めてくる。3人ともヒヨッコだが、とりあえず……死ぬなよ?」
ロウはドアに手を掛けながら、3人に背を向けてそう言った。
「おう!」
「分かりました!」
「はい!」
3人はそう返事をして、ロウと別行動をするのでった。
――帝国最北端・ウイングツリー氷原――
「よ~やく見つけたぜ。このクソ吹雪の中、散々探し回った甲斐あったってモンだねぇ」
軽い吹雪の中、雪山の中腹から雪原を見下ろすのは、賢者ジルド・クロームド。
彼はあの後、ワルキスに情報を小出しにしながら要点を話し、辺境ウイングツリーの地下あるという噂の第六魔法研究所への地図を貰った。
ただし、正確な場所はワルキスも知らないようで、こうして地道に足で探したのだ。
「(目指すは、ここの所長、ローランド・ワインバーグ。今のところザイルに繋がる情報は、これと情報盤のみだ)」
王国の王都軍スパイ、ヴィクトリア・マクラーレンから入手した情報だった。
ザイルと偶然何らかの連絡を取っていた人物。
その正確性は不明だが、現状それしか当てが無いジルドとしては、その情報を元に動くしかなかった。
「(地下にあるって事は、恐らく古代遺跡を元に改造したな? となりゃあ生半可な攻撃じゃあ誘き出せないって訳だ。それなら――)」
ジルドは懐から取り出したカードを展開した。
「灼熱の世界に君臨せし、絶対の力を持つ炎帝よ。許されざる者に地獄の火炎を与え、煉獄へ招き全てを無へ導け――爆熱の焔!!」
雪をかぶった小さな入口の建物に直撃し、周囲を巻き込んで大爆発を起こした。
「さぁて、おっぱじめっかッ!」
不敵な笑みと共に、ジルドは雪山を下ってゆく。