第107話「騎士団突入」
前回のあらすじ……。
担当:エイリアス・ラックス
私が担当か。
良いだろう。
今日の私は、とても冷静だった。
盗賊団の船を発見した。
1つは、私の村の業火を連想させるような真っ赤な船体を持つ、紅蓮の覇王の艦隊。
数にして、20は下らないだろう。
もう1つは、小型な船体が特徴の、疾風の翼の艦隊。
数はわずか6隻程度。
そのうちの1隻が、どうやら艦上戦の舞台になっているようだった。
その甲板には、紅蓮の覇王の幹隊長の1人、クリスフォードがいた。
いつもの私なら、その船を発見した時点で、血が沸く。
だがその時の私は、怒りこそ覚えど、正気を保ったままだった。
何故かはわからない。
そんな事はどうでもいい。
私は、小型空駆艇を乗り捨て、紅蓮の覇王の男を殺すべく戦闘に乱入した。
……なぜ、あの疾風の翼の団長を助けたのかは分からない。
適当に理由を言ったが、違う、そうじゃない。
本来あの男の生死は私にとってどうでもいいはずだ。
そう、私は、私の村を焼き払った紅蓮の覇王さえ消せれば、他はどうでもいい。
だがいつもは、盗賊団を見ただけで、気持ち悪い憎悪と悪意と、歓喜に心を奪われてしまう。
しかし本質的にはどうでもいいのだ。
だから特に助ける気もなかったし、協力する気も最初から無かった。
ただ、成り行きでこうなったのだ。
それでもいい。
私は紅蓮の覇王さえ潰せれば、どうでもいいのだ。
以前殺し合った男と共闘すると言うものは、いささか不思議な気分だったが、悪くは無かった。
――――
「おい!聞いたか!? 情報盤を持ったガキが13番倉庫に落ちてきたらしいぜ!?」
紅蓮の覇王の兵隊の数人のうち1人がそう話す。
ここは甲板。
この集団は、今からそのガキ――アークを確保しに走っていた所だった。
「らしいな。ったく、1人で来るなんざ、俺達掛け付けなくてもその辺のヤツで充分だろ」
そのうちの1人は、凄くめんどくさそうにしながら走っていた。
「それがそいつ、化け物のように強いらしいぜ?」
「はぁ? 話じゃベネディ様にやられて満身創痍ってハズじゃ?」
別の男が言った。
「その情報は間違ってない。ただ、まるでゾンビみてーに血まみれになって……笑いながら戦ってるらしい」
「えぇ!? なんだよそれホラーかよ! そんなもん現実に持って来んじゃねーよ!!」
「ん……おい、あれ……」
盗賊団の1人が甲板の外に何かを発見した。
それは、艦隊だった。
「おいおい、まさか……」
白銀の船体、大型で、3連装主砲の他に幾多もの武装が施してある。
それはまさに……。
「騎士団だ、騎士団の艦隊が攻めてきやがった!!」
帝国騎士団、帝都即応艦隊だった。
「おい! 艦橋に連絡取れ!! あとクリスフォード様にも知らせないと!!」
慌てふためく団員達。
「おい……あれ……なんかこっちに来てないか?」
そのうちの1つは、この船にまっすぐ迫っていた。
減速は、していない。
「まずい! ぶつかる!! みんな、甲板から離れろォォォッ!!」
「逃げろォォーーッ!」
次の瞬間、爆発音にも似た衝撃と効果音が響き渡り、木製で出来た紅蓮の覇王の船は、鉄製の騎士団の船にメキメキと破壊されてしまう。
「突撃だァァーーッ!!」
騎士団の船に乗っていた、リーダー各の騎士は先頭に立ち、剣を抜きそう指示した。
次の瞬間、待機していた騎士達が一気に紅蓮の覇王の船に乗り込んできた。
どうやら、他の船でも同じような状況が起こっているらしかった。
「エル、リード! 相手は人間だ! だが、一瞬でも攻撃する事を躊躇うな! ここは戦場だ! そう言う奴から死んでいくぞ!」
その中に、ロウ、リード、エルの3人はいた。
「特にエルッ! お前はちょっと優しすぎるからなぁ……下手に躊躇って死ぬんじゃねーぞ?」
ロウはエルを見ながら言った。
「大丈夫ですよ! あの人たちは悪い人たちですからねー、弱気を助け強きを挫くのが、騎士団のお仕事ですから!」
そのセリフを聞いても、リードは不安だった。
「(エルは弱かろう強かろうが善も悪も、困ってる人がいたら片っ端から手を差し伸べるような人だからなぁ……盗賊団の人を回復させそうで心配だよ……)」
そんな心配を抱きながらも、前へ前へと進んでいくと、ついに敵の盗賊団と出会った。
「敵だ! ……多いぞ! エル! ぶっ放せ!!」
ロウが指示する。
エルは杖を地面に付き、魔法を詠唱する。
「聖なる力、悪しき者共を浄化せよ! ホーリーサークル!!」
エルが詠唱し、足元に白い魔法陣を発動させると、敵の中心を囲むように白い円が出現し、その円の中にいた敵は聖なる魔力攻撃に曝された。
威力としては敵を殲滅するほど強力な魔法ではない。
だが、ロウとリードが突入するには十分なきっかけとなる。
「オオオォォォォ!! 凍刃斬ッ!!」
ロウの氷の魔力を借りた剣筋が敵を捉え2、3人一気に凍らせる。
「このッ!! 紅蓮斬ッ!!」
リードもあれから訓練を積み、剣先から敵を倒すのに十分な威力の炎を出せるようになった。
敵は次から次へと襲ってきた。
先程燃やした敵のすぐ後ろから、縦に剣が振り下ろされる。
リードはそれを左にスっと避け、そのまま剣を横に振った。
左から、突き攻撃が迫る。
それは避けきれそうになかったので剣で弾いた。
「三連斬ッ!!」
縦、横、ななめの順に斬撃を入れ、その敵を倒す。
その時、電撃の矢がリードを襲った。
反応が遅れ、咄嗟に剣で弾く。
だが、矢から電流が流れ、リードを少し痺れさせた。
「くッ……!」
弾いただけでこの威力。
直撃していたら、ただでは済まなかっただろう。
だが、隙が出来た。
数人がリードに対し剣を振る。
「――ホーリークロス!!」
向かって来た男たちに十字架が突き刺さる。
「ありがとうエル」
「えへへ、まあね。……とりあえず、片付いたみたいだね」
リードは辺りを見回した。
……あまりいい光景じゃない。
そこらじゅう、死体だらけだった。
そこで、ああ、とリードは今更ながら気がついた。
「(今僕は……生まれて初めて、人を殺したのか……、これが、人を斬る感触、か……)」
複雑な心境だったが、いい気分ではなかったのは確かな事だ。
だが、いずれそうなる事も分かっていた。
そういう前提で、彼らは騎士団を志したのだから。
――――
「キャハハハハハッ!! ざんねぇ~ん! これで情報盤はあたし達の手に入ったね~!!」
ベネディはアークを紅蓮の覇王船の1つにブン投げた。
彼らからしてみれば、あの状態でこんな高度から落とされたアークは、既に瀕死状態であろうと誰もが考えていた。
いや、実際瀕死状態には違いないのだが、まさか発狂して周囲の敵を圧倒しているとは夢にも思っていない。
「おいアイリ! テメェは敵船に乗り込んでアーク回収して来い! あのイカレ野郎は俺様が何とかしとく!!」
ガイスはベネディを見ると、ニタリと笑った。
楽しい戦ができそうだぜ、とでも言いたそうに。
「へいへい。良いけど、油断しすぎてヘマすんじゃねーよ?」
「ガッハッハ! テメェもなァ!!」
そうして、2人は分かれた。
その様子をベネディは黙って見ていた。
「おいおい、追わなくていいのか? 折角手に入れたエモノ、取り逃がしちまうぜぇ?」
ガイスは大型の斧を担ぎながら言った。
「そんな野暮な真似はしないさ。それに、どうせあの女1人で我が紅蓮の覇王の兵隊達を退けることなんて出来やしないさ」
その表情は余裕に満ちていた。
「それに、あんたの顔に書いてあるぜぇ? サシで勝負がしたいってなぁぁ!!」
ベネディは1振りし、闇の砲弾を放った。
闇属性の下級魔法、ダークブラストだ。
闇の砲弾は真っすぐガイスへと飛ぶ。
ガイスはそれを軽々とジャンプして避ける。
砲弾は、船の制御機器に直撃し、粉々に砕けた。
船の制御系統は、既に第二艦橋へ移行しているので、航行に支障は無いが。
「どぉしたぁ? ちゃんと狙って撃てよ!!」
ガイスは余裕の笑みだった。
「悪いねぇ!! そんなに身軽だとは思ってなかったよ! モヒカン君ッ!!」
今度は、杖一振りで3つの砲弾を飛ばす。
2つは避け、1つは斧を盾にして防ぐ。
「数撃ちゃ当たるってかぁ? 残念だったな、コイツは盾にもなるんだぜ?」
「あちゃー、失敗失敗、今度から気を付けるわ~!」
「さぁて、今度はこっちの番だぜオラァァァァァ!!」
ガイスは斧を縦に真っすぐ振り下ろす。
ベネディと距離が開いた状態で。
無論、ベネディに斬撃は当たらず、ガイスの足元に巨大な亀裂が入っただけ……に見えた。
その瞬間、亀裂から鋭利な岩が次々と出現し、そのまま一直線にベネディへと向かっていく。
「ッ!? ちッ!」
ベネディは瞬時にその場からジャンプし移動した。
ガイスからベネディが先程までいた所にはミニチュア山脈が広がっていた。
ただ、山はまるで針のように鋭くとがり、もしベネディの反応があと数秒遅れていたら串刺しになっていた所だろう。
彼が手にしている斧は、実は体外装備兵器に分類される。
名前は『ガルズアックス』
地属性が宿った戦斧だ。
「キャハハハハ~! 恐い恐い!! なにそれ……魔法、じゃないね?」
ベネディは無駄にテンションを上げつつガイスの攻撃を分析する。
「さぁてなぁ!! 理解する間もなく埋めてやっから覚悟しなぁぁ!!」
今度は斧を横に振った。
すると、今度は斧の先から無数の小石が放射状に飛んでいく。
「おっと!」
それをベネディは杖を回転させる事によって防ごうとした。
だが、ぶつかった小石は1つ1つが小型爆弾のように炸裂し、その衝撃でベネディは一瞬よろけた。
「ち、面白い技じゃない? 気に入ったよあんた!! キャハハハハ!!」
ベネディはますます歓喜し、杖を地面に刺して魔法を詠唱する。
「暗黒の意志よ! 漆黒の魔弾となりて、我が意のままに射出せよ! ダークスティンガー!!」
4本の細い影が、高速でガイスを狙う。
「フン!」
ガイスは直撃を、斧をその場に振りおろして出来た岩の盾で防ぎ、高くジャンプしてそのままベネディに振り下ろす。
「オオオォォォ!!剛撃斧ッ!!」
「甘いねッ!!」
上空から放たれた重い一撃を、ベネディは杖で防ぐが、ガイスは剛力を見せつけるかのように軽々弾き返した。
「すっさまじい馬鹿力ね! ますます楽しくなって来たわ~!!」
傍から見ると、この戦いは異常だった。
殺し合いをしているにも関わらず、2人はまるで友達の部屋でテレビゲームをして楽しんでいるかのような、そんな表情だったからだ。
「じゃあこっちも……本気出しちゃうわよぉぉ!?」
ベネディは、一瞬にして間合いを詰めた。
そして、縦、横、斜め、あらゆる方向から素早く打撃を与える。
その素早い打撃には、巨大な斧では防ぐ事が出来す、攻撃をまともに受け続けるガイス。
「ぐ……っと、こいつぁ不味いな!」
しかし、その中でも反撃。
斧を横に振り、それを防御したベネディの動きは一瞬止まる。
「埋まってなァァァ!!」
ベネディめがけて斧を振り下ろすガイス。
その場はまるで剣山のように尖った岩肌があらわれたが、手ごたえは無い。
「――上かッ!!」
ガイスは咄嗟に上に身構える。
案の定ベネディは上へ回避し、そこから杖による打撃を狙う。
「そぉら!!」
「くッ!!」
ガイスは間一髪斧で攻撃を防ぐ。
斧と杖が擦れ合い、火花が散る。
その後軽やかなバックステップでベネディは後退し、魔法を詠唱する。
「邪悪なる力よ! ダークブラスト!」
闇の砲弾が4つ放たれ、ガイスはそのうち2つをまともに食らう。
「ぐうッ!! ――まだまだッ!!」
ガイスが反撃に移ろうとした、その時だった。
「騎士団だッ!! 全員捕縛するッ!! かかれぇぇ!!」
突如、白銀の鎧の集団が攻め込んできた。
「おやおや騎士様の乱入かい!! 歓迎しないねぇ……」
まずい、というよりはめんどくさい、という表情をして落胆するベネディ。
勝負の邪魔をされたのが一番気に食わなかったらしい。
「あたし、自分の船確認してくるわ。あんた、名前は?」
ベネディは窓に足を掛け、首だけ振りかえって聞く。
「ガイス・オールドマン」
「ベネディ・ラグランジェだ。あんたとはいずれ決着を付けたいもんだ。それじゃっ!」
それだけ言うと飛び降りて、下の方に待機している自分の船へ戻った。
「あ、テメェ!!」
ベネディとしては、アークの事はどうでもよかったのだろうが、ガイスはアイリに「コイツは何とかしとく」と言ってしまった手前、ここで逃がすべきではなかった。
「ったくよぉ……いいトコだったのに、なんつータイミングだぁ、テメェら、埋まる覚悟はできてんだろうなぁ?」
ガイスは斧を担ぎ、騎士団を睨みつけながら言った。
「だ……黙れ! お前らは殺せない、団長命令でそうなっているはずだ!! 臆する事は無い!! 参謀長から生死は問わないとの指示は出ている! 全員、かかれ!!」
この部隊の隊長らしき人物が、そう命令し部下が一斉に襲いかかって来る。
「ハァ……残念だな。俺達はもう"修羅"に入ったんだよ……自分の居場所を護る為にな……」
ガイスは、静かに斧を正面に構える。
その目は、先ほどのように歓喜に満ちた狂気な眼ではない。
「テメェらが殺しにくるって言うなら、俺らも容赦はしねぇ。分かったらとっとと埋まっとけやぁぁぁ!!」
大切な物を守り抜きたいと強く願う、真っすぐな眼だった。