第1話「昼寝の邪魔をするな!」
――NC2109年・ギル・ラシアトス帝国・帝都バートラル・城下町はずれ「村」――
広い……。
もう、空がホンット広い。
俺の視界全てを埋め尽くす空は、
……どんより灰色な雲で覆われていた。
ああ、そうだよ、思いっきり曇ってますよ!
だいたいなんだ!
さっきまでは快晴だったじゃねーか!
と言う訳で、なんかイマイチ昼寝をする気にもなれず、上半身を起してみる。
いつもなら絶好の昼寝スポットである、小高い丘の木の脇に俺はいた。
見渡す先には、俺の家がある「村」の全景が見えた。
ここは帝国一の大都市であり、首都であるバートラルだが、そこから弾き出された平民の集落だった。
って、んなことはどうでもいい。
やはり時は金なり、貴重な時間を無駄にするわけにはいかん。
という訳で、俺は今にも雨が降りそうなドンヨリ雲を睨みつけながら「そんなもんじゃ俺の昼寝は止められねーぜっ!」と心の中で謎のセリフを良い放ちながら寝――
「アァァーーークッ!!」
――ようとしたら、大声で俺の名を呼ぶ男に邪魔された。
訳あって、俺はこの男に追われているのだ!
残念だがここで奴に捕まる訳にはいかん。
俺は準お昼寝モードから0.1秒で全力疾走モードへテンションを切り替え、即座に大地を蹴って駆け出す!
「待てェェーー!! 今日という今日は逃がさないぞ!!」
鬼の形相で必死に俺の後を追うのはリードという幼馴染の男。
どうやらエルから事情を聞いたらしい。
なんのつもりか知らないが、俺に説得を試みようとする。
「バァァーーカ! 意地でも行くかよ!!」
俺は後ろを振り返り、ウザい笑顔を見せながらなんとか巻く方法を考える。
俺の脚力ではそもそもアイツを引き離すという事は万に一つもない。
ていうか既に走るのを止めたい。
ぶっちゃけ、笑ってられる状況じゃねー。
どうすっかなーと考えていると、
「そっちがその気なら――」
腰から木刀を抜いた。
リードの右腕の篭手が青く光る。
「って待てリードッ! レイズ使う気かよッ!!」
レイズとは古代兵器の事。
騎士団の標準装備だがなんで見習いのお前が持っている!?
「――ショックブレード!」
凄い勢いで剣先から地を這う衝撃波が迫る。
見える……迫り来る衝撃波が、見える――訳ねーだろっ!!
迫る攻撃を見切るなんていう超絶スキルは持ちあわせていなかった。
「ぎゃあああッ!」
はい直撃しましたー。
2m程宙を舞う俺。
ああもう駄目だ死ぬ…………。
「……………………」
「何死んだフリしてるんだい? 30秒以内に起き上がらないと騎士団権限で討ち首も考えるけど?」
「待て。それは早まり過ぎだろ」
俺は30秒どころか0.1秒で上半身をひょいと起き上がらせた。
さすがに俺も死にたくは無いんでね。
「僕は考えると言っただけだ。それより、まだ教官の剣術指南まで10分ある。観念して受けることだね」
そう仁王立ち&腰に手を当てて倒れ伏せた俺を見下すのはリード・フェンネスという俺の幼馴染。
俺と同じ18歳。
金髪&眼鏡、クールで真面目なイケメン君だ。
勉強、運動、その他もろもろなんでもできる天才野郎。
その上こいつは現在帝国騎士団の見習い騎士として生活している。
成績は当然の如く優秀で、今季の見習い軍団の中の最精鋭だとか。
現にもうレイズの貸出まで許可貰っちゃってるみたいだし。
「だいたい君は自分の未来に関する真剣さと言う物が足りない……。せっかくロウ教官が指南してくれるっていうのに――ってアークッ!!」
俺は奴の説教の隙をついてスィーっと抜け出そうとしたが、首根っこを掴まれて首が閉まる。
「ぐいいぃぃぃぃ……ぐーるーじーぃ……」
「人の説教中に勝手に逃げ出さないでくれるかな……? とにかく、講習には来てもらうからね……?」
眼が据わっていた。
本来リード・フェンネスという人間は温厚なのだ。
それがこうなると言う事は、要するにもう取り返しがつかなくなる訳で……。
リミッターが外れたリードが力を制御できず、当然俺よりも力は強い訳であって……。
つまり、俺の意識はブラックアウトしていった……。
――――
「いや、ハハ、リードさん、あざっす!」
俺は自宅のベッドで横になりながら、ニカっとムカツク笑顔を作り、リードに皮肉の礼を言う。
「う……君は……相当に嫌味な事を言うな……」
リードの野郎は頭を抱えながらため息をついた。
俺としてはしてやったりって感じなんだがとりあえずこの辺で今の状況を説明しておこう。
事の発端は、リードが毎度の如く勝手に剣術指南を予約してしまった事だ。
俺はそんなの出る気は更々ない。
逃げる俺、追うリード、とこういう構図になってしまったのだ。
結果的に、俺が気絶してロウさんの剣術指南には間に合わなかったので、今日はキャンセルとなったらしい。
俺はもともと行く気はなかったがリードは自分のせいだと思っているのだろう。
「と、とにかく、つぎの講習には絶対参加してもらうからね!」
そんなツンデレみたいな言い方してもお前じゃ無理だ。
意地でも参加させる気らしいがコイツは。
というのも、ようはいい加減に働け! と言いたいのだコイツは。
学校が15歳で卒業な今の世の中。
卒業後は労働者組合『ギルド』や、正義と秩序の『帝国騎士団』など働き口を見つけるのが普通だが、俺はしなかった。
“ある目的”を果たす為に、そんな事をしてる暇は無かったからだ。
だがコイツは、「俺は剣術が強いから騎士団行けばいいじゃん!」という安易な発想のもと、俺は何故か毎回勝手に剣術指南の講習を予約される。
でも俺は、そんなモノに興味はない。
「や~だね」
だから即答してやったぜ!
「どうしてさ? 君の実力なら騎士団幹部だって夢じゃない。騎士団内部でも、君の実力に敵わない人間はたくさんいるとおもうよ?」
それはない、と思う。
あるとすれば、戦いのセンスは親父譲りだな。
「知るかよ。俺はそんなめんどくさい事は嫌なんだよ。つーか、第一あんなでかい獲物持って戦えるかよ」
まず嫌なのはそれなんだよなー。
騎士団の正式装備は長剣か槍とかで普通は決まっている。
だが俺の愛用武器は親父譲りで二刀流のダガーなのだ。
その戦闘スタイルに慣れたため、今更剣とか扱いづらくてマジ洒落にならない。
俺としては、ダガーの方が小回り利くし、軽いし、威力も十分だし、そんな長い武器に変える必要性が全く感じられなかった。
が、こいつは、
「君の武器が邪道なんだよ。君の戦闘センスなら絶対に刀剣を使っても上手くいく、だからもう一度騎士団について考えてみないかい? 君ほどの戦闘センスを持ちながら、放っておくのはもったいないよ」
とか言って執拗に騎士団の入団を迫ってくる。
お前はどっかの危ない宗教団体かっつーの。
俺はそんな気毛ほども無いのに、健気な事だ。
「それが駄目ならせめて仕事を決めなよ。母上も心配しているだろ?」
“ある目的”を、俺は親友であるリードにも知らせてはいなかった。
まあ別に、一人でやるからいーんだけど、何かとおせっかいが多いんだよな、俺の周りって。
「乗り気しねぇ」
とだけ言って、俺は家を出た。
「待ちなよ」
リードが止める。
「なんだよ。説教なら勘弁してくれ。絞め落とす気ならもっと勘弁してくれ」
「違うよ――、一戦、どうだい?」
と言ってリードは不敵な笑顔を作り、腰にさした木刀に手を添える。
俺も戦いが好きな訳ではないが、絞め落とされた代わりに倒してやるのもいいだろう。
「よし、乗った」
なんと、主人公はニートでした、という重大発表。
こんな怠け者の主人公ですが許してやってください。