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『先輩 と 後輩A』

先輩 と 後輩A とズル休み

作者: パズル

『先輩 と 後輩A』シリーズ第4弾。


今回は、テスト勉強の気晴らしに書いたので、いつにも増して、自己満意味不となっております。


 

 夏といえば、騒がしいイメージが俺にはある。


 海水浴とか、ハイキングとか、キャンプなんかでなく。

 スイカとか、風鈴とか、ひと夏のアバンチュールなんかでもなく。


 花火の爆発音とか、お祭りのお囃子とか、観光地でごったがえした人混みとか。そういうイメージ。ごちゃごちゃしていて、ざわざわしていて、時間なんていうものがちょっとばかし荒々しく波立っている感じで、人間がその波に呑まれないようにと必死に手足を動かしているイメージ。

 

 あと蝉とか、蝉とか、蝉とか、蝉とかがやかましい。


 ………。

 まぁ、なにを言いたいかというと、である。


「……蝉、うっせぇ」


 その一言。ただそれだけ。


 布団の中で、呻くようにつぶやく。

 もうすぐ夏も終わりだぜ、もう残暑の時期だぜ、おい。出遅れたのかい蝉くんよ。


「……蝉にモーニングコールされるのって新鮮」


 いやっほう。嬉しくねぇぜ。



 寝起きの頭。その霞がかった中をかき分けるように、ミィンミィンと強引に分け入ってきて、暑さを増幅させるような作用を引き起こす。ついでに、さっさと頭を覚醒させろと急かす。迷惑だこと。


 眠い目をしばしばと2、3瞬きして、首だけをのっそりと動かし窓の方を見る。

 閉じたままのカーテンの隙間から、朝の日差しが差し込んでいる。そんな様子を見て、今更になって「あぁ、朝だなぁ」なんてやっと思う。



 外から相変わらずミィンミィン。朝から発情してんなぁ。必死だなぁ。そんなに子孫残したいなら、7日以上生きられるように進化すりゃいいのに。なんで何年も土の中なのかねぇ。

 

「……ニートなんだ。引き篭もりなんだ。やーい」


 そんな風に蝉に程度の低い悪口を吐くくらいに、俺は若干イライラ。

 まぁ、頑張っている蝉には悪いが、結構イライラするんだよねぇ。……あ、若干とか言ったすぐ後に結構とか言っちゃった。ハズカチー。



 ………………。

 あぁ、寝起きで頭が回ってない。ホント、恥ずかしい。



 脳内で咳払い1つ。そして、思考をもとにもどす。

 なんだっけ。――そうそう、蝉の泣き声はイライラの元になるという話だ。蝉の鳴き声は異常に大きく聞こえる。姿はみえないくせにどこかでミィンミィン。下手したら通勤時間帯の駅の人混み並みに四方八方にいるのかもしれない。

 

 だとしたら、見えないだけで、本当はかなりウジャウジャと、ワシャワシャと、ミィンミィン。……うっげぇ。



 想像したものを振り払うため、ぐるん。と寝返りをうつ。

 寝返りをうったらうったで、寝汗でじとっと濡れたTシャツへと意識が持っていかれた。


「げぇ…」


 不快指数上昇。……うれしくない。



 ……あれ?「――あ」


 今日月曜日だった。と、不快指数が揺り起こした頭がやっとのことでその事実まで辿り着く。

 学生が平日に行うことといえば。そう、学校へ向かわなければならない。その為に目覚まし時計をセットしてあるんだが、今日はピピピ…とこぎみいい音で起こしてはくれなかった。

 

 いつもより早く起きてしまったか、なんたることだ。睡眠時間削減なんて、あってはならないのに。

 

 どうでもいいけれど、昔からこの目覚まし時計で起きていたせいか、携帯電話のアラームでは起きられないことに高校に入学してから気がついた。いや、最近はこの目覚まし時計でも起きられなくなってきている。寝坊癖がついたかな、俺。小学校のころとか、目覚まし時計が鳴る3、4分前とかに自然と起きれたのになんでだろう。


 

 で、ともかく。


「今何時ぃ」そうね、だいたいねぇー。

 

 枕元においてある目覚まし時計に手を伸ばし、見る。



 ………………。



「……、む~ん」


 止まってやがる。電池切れだ。

 さしている時刻は1時35分。AMかPMかは分からない。小学生のころのお小遣いを貯めて買ったものを使い続けているので、そこまで高性能ではない。最低限の機能しかついていない。

 

 しかたがないから、その横に放り投げてある携帯電話のほうで現在時刻を確認。――ふむ、8時17分か……。学校が指定している登校完了時間は8時35分。俺がいつも家を出るのは8時ジャスト。学校まで徒歩30分弱。ダッシュで25分前後。



 ――あぁ、間に合わないかも。

 焦るでもなく、漠然とその事実が顔を見せた。


「こういう時、「あっ、やっべぇ!!」とか言って焦るのかと思ったけど、意外とそうでもないな」


 なんだか、リアクションとテンションを見れば、遅刻の常習犯のみたいだな俺。実際は寝坊癖はあるけど遅刻癖はない。う~ん、所詮はアニメや漫画の出来事か。

 

「なんで、起こしてくんないんだよっ」


 口先でアニメの主人公が叫びそうな台詞をもてあそぶ。


「たっく、アイツ(幼馴染の女)起こしにこないんだよ。普段なら頼んでもないのに勝手に起こしにくるくせに」


 主人公の朝は、世話焼きな幼馴染に起こされると、相場が決まっているんだよ。ふふん。






 そこで、






 沈黙。






「――はぁ、……虚し」


 世話焼き幼馴染(女)って……。

 自分のことを、主人公って……。

 相場が決まっているんだよ。ふふんって……。

 

 おいおい。言っていて悲しくはならないのか?

 だいたい幼馴染がいる身としては、どこの世界(にじげん)だっていう話だよ。


 俺に幼馴染は一応はいる。が、そんなものは中学のとき疎遠になってそれ切りだ。そんなものに『萌』とか、絶対ない。現実って厳しいね、うんうん。



 噂に聞けば、『萌』とかいう得体の知れない感情は、大安売りで、そりゃもう、どこにでも転がっているらしい。『ツンデレ』や『ヤンデレ』、『(義理)姉萌』とか『(義理)妹萌』などなど。

 

 さらには、「2次元だろうと3次元だろうと関係ねぇ!!」とかいう人もいるとか、いないとか。なんだか、そういう人は人生楽しんでそう。


「次元を越えた愛ってやつかね?」


 うお、かっけ。


 『次元を越えた愛』

 なんだかそのままライトノベルの帯の煽り文句とかに使えそうだ。『話題の新人が綴る、新感覚ヒロイック・サーガ!「僕は君のために、次元を、越えるっっ!!」』とか。



 ……、で。

 脳みそが正常に働き、脇にそれた思考を連れ戻す。


「なんで俺は遅刻確定で焦るべき状況なのに、『萌』について考えていたんだろう……」


 要因があるとしたら。



 ミィンミィン。



 蝉か、……蝉のせいなのかっ!?

 だとしたら、これが、この感情が『萌』ってやつか!!??



 いやっほう、蝉萌っ!!!ってか!?



 ………………。



「うわぁ……」


 うわぁ……。

 なんだか、有りもしない人の目に晒されているようで、羞恥に悶える。埃がまうのもかまわず、布団の上でぐるんぐるん。暑さで汗ばむのもかまわず、ぐるんぐるん。


 布団わっさわっさ。寝汗じめじめ。汗じわじわ。ミィンミィン。



「――げぇ」


 結果。

 不快指数急上昇。リミッター壊して、天井突き破って、急上昇。



 そのせいだろうか。折角現実逃避していたのに、今直面している事実が俺の肩をたたいた。「お前、遅刻確定じゃなかったのか?」と。


 なんだろうな、ホント。

 ぐたー。という感じに布団にうつぶせの状態で体をあずける。そうすると、頭にまたモヤがかかってきて、白んできて、どうでもよくなって。薄くて重い、疲労とか脱力感とかいう何かがのしかかってくる。払いのけようと思えば簡単に払えるのに、その重さが心地よくて、どうにもそのまま寝てしまいたくなる。


 嫌なこととか、上手くいかないことがあるといつもこうだな、俺。

 こんな、遅刻しそう。というか遅刻確定というだけで、こんな状態。自己嫌悪っていうのか?


 それでなんでか次々と過去の失敗とか後悔とか関係もないのに溢れてきて、もう、お前引っ込んでろよと。出てくんなと。物凄い罵倒を心の中で吐き散らして。


 で。

 失敗も後悔もしない人生がいいな。とか、叶えられもしない世界を夢想して憂鬱になる。



 あぁ、なんだか本格的にいろんなものがだるくなってきた。


「今日はもう、あれだ。ズル休みしよー」

 

 ひさびさに聞いたな、ズル休みって言葉。

 ズル休み。1番憶えているのは、小学校のころ予防接種受けるのがイヤで、体温計でズルして無理矢理体温を上げて学校を休んだ思い出かなぁ。結局、親に連れられて病院で受けた。ダメなんだよな、鋭利なものが自分に向かってくるのが。



 どうでもいいか。

 寝てたいなぁ。なんもしたくないなぁ。人生寝て過してれば、後悔もしないのかも。

 

 びば、ニート?

 うぇるかむ、怠惰?

 そんな風に、生きていきたい。


 静かに、投げやりに目を閉じる。

 いざ、失敗も後悔もしない人生(ゆめ)の中へ。






 ヴヴヴヴ……。






 早速ジャマが入った。携帯電話のバイブレーション。


「滅多にならない携帯のバイブレーション」


 1言付け加えたら悲しくなった。

 いや、事実なんだけれど。電話帳のメモリーにだって取りあえず形式上登録しているだけって人いっぱいいる。こんなことでは携帯電話が反乱を起こして一度も連絡を取ったことがない人に、なにかをしでかすかもしれない。



 いままで利用したのは、両親と、『THE委員長』と、……他ないな。


「――はぁ」

 

 溜息1つ。

 まぁ、いいんだけどね。携帯なんかに頼らなくてもいいし。そもそも、他の友達の『狐』君と『山田くん』は、携帯持ってないらしい。



 ヴヴヴ……。



 とりあえず、携帯にでますか。


「はいはい。あぁ、もう、誰ですか」


 メール。……じゃなくて電話だ。

 ディスプレイに映る名前を確認して、そこに映る名前に首を傾げる。こんな名前の人に番号教えたっけな。



 …………………!



「後輩A」


 あいつの本名で登録したままか。あとで変更しとこ。



 『後輩A』か。――そういえば、このあいだ「先輩、携帯持ってますか?」って訊かれて教えたんだっけ。しっかし、まぁ、なんでああいう頼みごとするときも無表情なのかね、あいつ。

 

 それでも最近感情が微々たるものだけど表に出ていることに気が付いてきた、しゃべりにも思いのほか抑揚があることにも気付いた。


 俺の会話レベル(後輩A限定)の上昇のお陰か。

 はたまた、あいつの中でなにかが変わっているのか。



「ポチっとな。……もしもし」

「あ、先輩、……ですよね?おはようございます」


 それでも、携帯電話という機械を通すとまた違って聞こえる。やっぱりまだ、本人相手じゃないとあいつの感情はつかめない。



「……ん、む」


 それと。

 別れ際に「それでは、また」とか、そういう挨拶はよくしているのだが、「おはようございます」と彼女から言われたのは初めてだということ。彼女は妙にこっちを落ち着かせる声の持ち主だということ。その2つが相まって、耳元で声が聞こえることが妙にむず痒い。


 なんだか、ドキドキする。


「……あの、先輩?」

「あ、ああ、うん、はい。どうも、先輩です」


 キョドった。久々に後輩Aあいてにキョドった。なっさけねぇー。

 こんなときに限って、後輩Aを女の子の部分を妙に意識するなって、俺。


 ごほん。

 それを誤魔化すように体を捩って、うつ伏せから仰向けになる。


「で、なんの用?」

「なんの用って先輩、憶えてないんですか?」

「はい?」


 なにか、約束してたっけ?


「CDですよ。貸してくれるって金曜日言ったじゃないですか」

「え、――あぁ、そういえば」


 言ったなぁ、そんなこと。昨日カバンの中にアルバム入れたの思い出した。


「帰り道に渡してもらっても良かったんですけど、ちょっと部活の先輩に用事があったので今2年生の教室廊下にいます。先輩、どこにいますか?クラスに行ってもいなかったもので」


 どこにいますかって、うん。まぁ、家ですけど。


 ぜっさんズル休みを計画中でした。


 とは、言えないよなぁ……。

 見栄なんてあってないようなものだけど、理由が理由なだけに、心情的に情けないとこを晒したくない。


「――後輩Aの知らないとこ」

「いや、それは分かってますってば」


 おぉう、ツッコミが早い。これもまた後輩Aの進歩だ進歩。


「……質問を変更します。先輩、今なにやってるんですか」

「なにって」


 えぇっと、訊かれると答えがない。

 自己嫌悪?不貞腐れ?失敗も後悔もない世界へ旅立つ準備体操?


「――なんちゅうか、……ダメ人間への理想を追い求めてた」

「―――――――――はい?」

「いや、人生寝て過していける方法を考えてた」

「なるほど、それで、ダメ人間。差し詰め、ニートとかヒモみたいなものですか」

「ニートは思った。でも、そうか、ヒモっていう手もあったなぁ」


 親かどうかの違い。……それで定義的には合っていたっけ?


「いいなぁ、ヒモ。誰か俺をヒモにしてくれる人いないかな。――後輩A、ヒモにしてくんない?」


 冗談だけど。

 ただ、ちょっと今、折り合いが付かなくて愚痴を駄々漏らしにしてるだけだから。


 後輩Aも汲み取って、「何言ってるんですか、先輩」とか、そう言ってくれたらありがたい。 



「……いいですよ」



 は?



「えっ、ちょ、ま」マジですか!?

「………………」

「無言、怖いっ」

「……ふふっ、冗談です。本気にしないでください」

「う、ん……、そう、だよな」


 びびった。冗談に聞こえねぇんだもん。


「そうですね、仮に先輩が私のヒモになったら……」

「なったら……」

「切ります」


 何を?


「関係か、なにかを?」

「ちょん切ります。物理的に」

「そんな、猟奇的な!?」というか、どの部位をですか!?


 一寸ばかし、ひゅっとなった。どこが、とは言わないが。


「ヒモは、ヒモらしく、ちょん切ります」


 シャキン、シャキン。と刃物をすり合わせる音をさせながら無表情で近寄ってくる姿がなぜか容易に想像できてしまって、「はぁ、そうっすか……」と情けなく言葉を漏らす。



「あの、先輩。冗談はもう置いておいて、予鈴がもう鳴る時間なんで、戻ります。CDは帰り道にお願いします」

「あぁっと……」


 俺、今日ズル休みしようかなぁー、とかなんとか。そんな風に思ってたんだけれど……。



「じゃ、私待ってますから」



 不意打ち気味に放たれた言葉。



「お、おお」



 その言葉が、自分でも予想していなかった心のどこかに触れて、言葉がひっこんだ。



「失礼します」



 プツ。ツー、ツー。



 無言。


 待ってます。か……。 

 待ってくれてる人いるんだなぁ……。


「なんだか」


 それが分かっただけでスッキリした。すごいね。ホント。――俺が現金なだけかな?



 どちらにしろ、なんだか、あいつの、後輩Aの顔を見て話したくなった。


 遅刻でもいいから、行こうかな。

 帰り道にはいつも通り彼女と帰って。

 そんで、憶えてたら時計の電池を買いに店に寄ろう。



「よしっ」



 布団の上で、携帯を握り締める。

 ミィンミィンと、蝉は相変わらず頑張っている。少なくとも、今の俺よりは。



「……蝉、――萌?」


 …………。


「ふ、ははっ!」


 よし、よし。


「ははっ!後輩、萌!」


 いっちょ。


「現実、萌ーっ!」


 気合入れて、今日も、頑張りますか。



 

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