↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
06.タイトルは、未来への招待状

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/83

06.5.感情の下書き、論理の赤入れ

 夕暮れのグラウンドで追いかけたボールの感触が、まだ掌や足先に微かな熱として残っていた。


 部室に戻り、再びノートPCの前に座った湊たちは、先ほどまでとは明らかに違う空気の中にいた。モニターのブルーライトが、少しだけ赤らんだ六人の顔を照らし出す。


「よし、全員揃ったな」


 拓海が、キーボードを叩いてホワイトボード代わりの大型モニターをリセットした。


「さっきのパス回しを思い出せ。タイトルは読者へのパスだ。受け取り手が『おっ』と思って足を出す一歩先、そこに言葉を落とさなきゃならない。湊、まずは今の感覚で、思うままに書いてみろ。中身との整合性なんて後回しでいい、感情をぶつけろ」


 湊は深く息を吸い、キーボードに指を置いた。


 歴史、概要、5W1H。それらを一度、脳の隅に追いやる。


 目を閉じれば、去年の夏祭りの風景が浮かぶ。蒸せ返るような屋台の熱気、羽明橋から見上げた大輪の花火、そして、人混みの中で一瞬だけ共有したあの高揚感。


『僕たちの夏が、ここから動き出す。桜ヶ瀬祭りの夜に、君を待っている』


「……ポエムね」


 隣から、結衣の冷静な声が飛んできた。けれど、その声には先ほどのような冷たさはなかった。


「佐倉くん、それがあなたの『下書き(感情)』。でも、それじゃ読者のベネフィットが見えないわ。誰にとっての、どんな夏なのか。招待状には、具体的な内容が必要なの」


「分かってる。でも、ここから書き直し(リライト)するのが、僕らの仕事でしょ?」


 湊は食い下がった。結衣はふっと口角を上げると、自分のタブレットを手元に引き寄せた。


「ええ、論理の出番ね。今のあなたの『感情』に、陽菜先輩の言う『フック』と、小野寺先輩の『数字』、そして凛の『リズム』を組み込むわ。……凛、今の『君を待っている』ってフレーズ、今どきのSNSのリズムならどう変換する?」


「……うーん。もっと短く、断定的にかな」


 凛がガムを噛みながら、湊の画面に自分の指を割り込ませる。


「『今年の夏、エモ死確定。』とか?……あ、でもWritiaだと少し軽すぎか。じゃあ『一生忘れない景色、ここで見つける』これなら、一瞬で指が止まる」


「いいな。そこに俺の『実利』を足すぞ」


 太陽が身を乗り出してきた。


「『地元民しか知らない、秘密の場所』これを組み合わせたら、最強に『招待状』っぽくないか?」


 六人の思考が、さっきのグラウンドのパス回しのように、次々と繋がり、形を変えていく。


「湊、今の要素を整理するぞ」


 拓海がホワイトボードに文字を書き殴る。


1. ターゲット(夏に特別な体験をしたい若者)

2. フック(一生忘れない景色、秘密の場所)

3. 数字(3つの穴場、120%楽しむ)


「……これらをPREP法の応用で、結論(ベネフィット)から組み上げるんだ」


 湊は、みんなが出してくれた言葉の断片を見つめた。

 自分が書いた「正しいけれど届かない」記事。

 そこに、みんながくれた「届けるための牙」を研いでいく。


「……瀬戸口さん。僕、こうリライトしたい」


 湊が打ち込んだ一行を見て、部室の空気が一変した。


『【保存版】地元民しか知らない、桜ヶ瀬夏祭りを120%楽しむための「3つの招待状」』


「……『招待状』。中身の『穴場スポット』を、あえてそう呼ぶのね」


 結衣が眼鏡の奥の瞳を細めた。


「ええ。単なる情報の提示じゃなくて、読者という『当事者』を祭りの輪の中に招き入れる言葉。湊くん、これは……いいタイトルだわ」


「数字の具体性、情報の限定感、そして情緒的な比喩。ロジックとエモーションが、ギリギリのバランスで同居しているな」


 陽菜と拓海も満足げだった。


 湊は、自分の書いたその一行を何度も読み返した。


 単なる「歴史と概要」というラベルを剥がした瞬間、記事全体が息を吹き返したように見えた。


「次は本文のリライトよ。タイトルという扉を開けた読者を、迷子にさせずに最後までエスコートする。……佐倉くん、準備はいい?」


 結衣が赤ペンを構え、湊を見つめる。


 彼女の瞳には、厳格な校閲者としての光と、共に物語を紡ぐ仲間としての信頼が混ざり合っていた。


「うん、やろう。……君と一緒に、最高の招待状を完成させたいんだ」


 湊の言葉に、結衣は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らした。


 夕闇の部室。タイピング音が、今度は軽快なリズムを刻み始める。


 それは、誰かの未来を変えるための一行を探し続ける、彼らの「戦いの音」だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。