筋トレ侍 京へ行く
乱世の幕末。
剣は速さで決まるものと信じられてきた。
だが、ある貧相な侍が、長崎の異人から授かった教えは、まったく別の道を示した。
それは「筋肉を育てよ」という、異国の理屈。
重石を繰り返し持ち上げ、タンパク質を貪り、己の肉体を鋼に変える。
速さではなく、重さで制す剣。
耐え抜き、爆発する一撃。
これを「筋剣流」と名付けた男は、京の地で維新に挑む
剣士の魂は、果たして肉体の鍛錬に宿るのか。
さあ、死挙の時代が始まる。
幕末の長崎。異国の風が吹き抜ける出島のほとりで貧相な侍、佐倉次郎は佇んでいた。
細身の体躯は、まるで枯れ枝のよう。家系は古くから続く武士の血筋ながら、剣の道はからきしで、藩の道場ではいつも嘲笑の的。次郎はただ、己の弱さを呪うばかりであった。
ある日、オランダ商館の米国人医師トーマス・スチーヴン・プラッツが次郎を呼び止めた。
異人らしい金髪の男は片言の日本語で語りかけた。
「オ主、弱イ体ダナ。剣士タルモノ肉体乎鍛エネバナラヌ。ワガ国ニハ筋肉ヲ育テル術ガアル。鉄ノ塊ヲ持チ上ゲ、繰立派返シ体ヲ苛メ抜ク。ダガ、ソレダケデハ足リヌ。タンパク質ダ。肉、魚、卵――筋ハソレデ太ク、強クナル。」
次郎は訝った。異人の戯言か。だが、好奇心が勝った。トーマスは次郎に木製の重りを渡し、スクワットやプッシュアップの方法を教えた。「毎日、百回。体が悲鳴を上げるまで。タンパク質を忘れるな。鶏の肉、豆腐、魚――それが力の源だ。」
次郎は密かに始める。夜の浜辺で天秤棒に石を結えて担ぎ、足を曲げ伸ばす。最初は体が震え吐き気がした。だが、トムの言葉を守り食事を変えた。幸い佐倉家は裕福であったので毎食、米に炒ったおからを振りかけて鶏肉を醤油に漬け焼いた物だったり魚の煮付けや茹でた卵で貪るように喰らった。家人は気でも狂ったのかと心配したが、父はひ弱だった次郎が体を強くする鍛錬を始めたのを察し無言で頷いていた。
一月二月と日が経つにつれ筋肉が膨らみ始めた。肩は丸く、腕は太く、胸板は厚く。貧相だった体が鋼の如きものに変わる。
剣の稽古も変わった。従来の型に縛られず、筋力の強さを活かした独自の剣法を編み出す。名付けて「筋剣流」。重い一撃を繰り出し、相手の体勢を崩す。速さではなく、力で制す。藩の道場で次郎は初めて先輩を倒した。皆が驚愕した。
時は流れ、勤皇の嵐が吹き荒れる。次郎は志を胸に京へ上る。そこは新撰組の牙城。土方歳三、沖田総司らの剣が倒幕派を斬り捨てる街。
ある夜、池田屋の乱の余波で、次郎は新撰組の隊士たちと対峙した。
隊士らは次郎の姿を見て一瞬息を呑んだ。顔は相変わらずの細面、頬はこけ目は鋭く光るが、着物の袖から覗く腕はまるで古木の根のように太く張り肩から胸にかけての筋肉は、布地を押し上げて不自然に膨らんでいる。貧相な顔立ちと異様なまでに発達した肉体のアンバランスに嘲笑の代わりに戸惑いが広がった。
「何だ、あの顔は……。まるで餓鬼のようだというのに、腕だけが丸太の如し。化け物か?」
一人が呟き、皆が刀の柄に手を掛ける。次郎は静かに抜刀した。筋剣流の構え。重心を低く沈め、太い腕が刀を握るや、鋼の塊のような重みが空気を震わせる。
隊士の一人が嘲るように踏み込んだ。「そんな体で何が出来るか!」
次郎の返事は、言葉ではなく一閃。鉄の腕が振り下ろされ、相手の刀を弾き飛ばすと同時に、肩の筋肉が膨張するように膨らみ、斬撃の威力が倍加する。隊士は吹っ飛び、壁に叩きつけられた。
隊士をかき分けて土方が現れた。鬼の副長の目は次郎の体躯をじっくりと値踏みした。「……面白い。顔はまだ京の風に馴染まぬ細さだが、体はまるで鉄塊だな。薪割り剣法もそこまで極めると中々面白いものだ」
死闘が始まる。土方の剣は疾風の如く、次郎の筋肉を切り裂こうとする。次郎は体を沈め衝撃を耐え、その剛腕で反撃を返す。次郎の筋肉はただ力任せではない。
長崎で繰り返したスクワット、デッドリフト、ベンチプレスの記憶が、体に刻まれている。タンパク質で膨らんだ筋繊維が、瞬時に最大の力を発揮するのだ。
だが、土方の三段突きは容赦ない。次郎の肩を抉り、血が噴き出す。
次郎は膝をつきかけるが、歯を食いしばる。異人の教えが脳裏をよぎる。月明かりの下、己の太い腕を眺めながら呟いた。
「デッドリフトは死ぬほど辛いからデッドリフトと言われている…死を挙げる行為、即ち死挙だ!次郎、死挙をやれ!」
その言葉が火を点けた。次郎は立ち上がり、構えを変える。
筋剣流「死挙抜刀」
大地に根を張るように腰を落とし背筋を伸ばし、広背筋とハムストリングスを最大限に収縮。刀を握る手が震えるほど力を溜め、一気に引き上げるように斬り上げる。
それはまさに死挙の軌道。刀が弧を描き、相手の胴を両断する勢いで薙ぎ払う。風圧だけで周囲の木々が揺れた。
土方は目を細め笑う「まるで大地を引き裂くような……死挙、死を挙げるとは言い得て妙」
次郎は息を整え静かに言う。「筋肉は嘘をつかぬ。死挙を極めれば、剣は天を衝く。」
まだ構えを崩さない。筋肉は熱く疼き、傷口から血が滴るが、倒れぬ。異国の教えが、侍の魂に新たな炎を灯したのだ。
この話は、ただの剣豪小説ではない。
現代の僕らが知っている「筋トレ」の原理を、幕末という時代に持ち込んでみた実験だ。
デッドリフトは「死挙」
そんなふざけた当て字で笑ってもらえたら嬉しい。
でも本気で、筋肉は嘘をつかない。
タンパク質を摂って、毎日体を追い込めば、確実に変わる。
佐倉次郎のように、弱かった体が鋼になる瞬間を、君も味わってみてほしい。
それでは、またいつか




