第5話 一番星の下の、遠い君
「ああ!シリウス様があんなにお美しいなんて!想像もできなかった!」
「左に白馬の大王様、右に黒馬のオスカー様…あんな光景、もう死ぬまで見られないわ…」
「本当に、見られて良かったね!」
「石を投げた奴がいたんだんだけど、
その石、大王様が指を鳴らしたら光の砂になって…もう大喝采だよ。」
「しかし、すごい美男子だったな…眼福眼福!」
皆が興奮しながら帰ってくる。
私は全身を耳にして、ひと言も漏らさないようにしている。
「シーリンも見に行けばよかったのに!」
私はその同僚に言った。
「石を投げられた…って、大王様に反抗的な人達がいるの…?」
「そんなこと聞いたことないよねぇ…」
同僚たちは顔を見合わせて首をかしげる。
「石を投げた奴らを見たけど、この辺りでは見ない顔だったぜ。」
私の胸はキリキリと締め上げられた。
3年前…私がここで働いてからしばらくして知った、クロエ様の死。
詳細は分からないが、あの十二支会議の帰路で、
神猿アダム王と神鶏レン王の目の前で、弓矢で襲われたという。
クロエ様の死が、アダム様に想いを伝えた後だったのか、前だったのかは分からない。
私には、一緒に【覗き】をした、可愛らしい、短い間の友を、
ただ悼むことしかできなかった。
しかし今、その殺意の矛先が、シリウスにも向けられているのか?
クロエ様だって、強力な神通力を持つ神犬だった。
しかも、そばにはアダム様とレン様もいた…それなのに命を失ったのだ。
シリウスなら、大軍を前にしても勝ち抜ける力があるだろう。
それでも…
しかし、こんな風に心配をつのらせても、そばで支えたいと思っても、
猫族の方が余程危険だという事実は、あまりにも虚しかった。
*************
早めに仕事を上がった私は、人気のない丘に足を向けた。
夕暮れの空にオレンジと青の色彩が広がって、一番星が冴え冴え輝いている。
街には色とりどりの光がちらつき、いまだ浮かれている人々が目に浮かぶ。
私は王宮の方を見た。
木々に隠れてほんの少ししか見えない。
それでも、あそこには、今、シリウスがいる。
3年前、シリウスが、ツヴェルフェト大学に迎えに来てくれて、
一番星の下で、馬に乗って、私に伝えてくれたのだ。
「僕は嬉しいです。貴女と共に大神殿に帰ることが。」
その言葉を思い出した瞬間、
あの時と同じように、
私の目から、ボロボロと音がしそうなほどの大きな涙がこぼれ出た。
こらえればこらえるほど、口唇の隙間から嗚咽が漏れる。
私はうつむき、銀のロケットを口にあてて、激しくしゃくり上げた。
鼻から伝う涙で、ロケットが塩からい。
とうとう私は膝をつき、背中を丸めて、泣きじゃくった。
「どうか…この涙を少しでも哀れと思うなら…神様…
シリウスを…お守りください…
シリウスを…シリウスを…
どうか…死なせないで…ください…」
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そのとき、
「リヒトさん…」
聞き慣れない、
でも懐かしい、
低くて美しい声が、
ヴェールのように私を包み込んだ。




