表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

第3話 神鼠への卒業祝いは、羊の国へのご招待

挿絵(By みてみん)


「騎士学校のご卒業、おめでとうございます。」


人払いをした応接室で、立ったままオスカーと僕はグラスを合わせた。

僕は、昨日、公務と両輪で二年間学んだ神牛(しんぎゅう)のトロス州立騎士学校を卒業したのだ。


「それが用件ではないんだろう…急に一人で来て…

例の動きで何かあったのか?」


「いいえ、本当に、騎士学校の首席での御卒業をお祝いするために駆け付けたんですよ。」


「…それは、ありがとう。」


東の空に月が美しく輝いている。

僕は、思わず窓に近寄った。


「シリウス様も…この3年間…ずっと…この日を待っておられたでしょう?」


ハッとして振り返ると、オスカーは、季節外れの冷え込みで熾された暖炉の火を見つめながら、

グラスをそっと口につけている。


「結果はどうでしたか?」


「…どういう意味だ?」


「あの方を探すのでしょう?」


オスカーはゆっくりとこちらを向いて、エメラルドの瞳で僕をじっと見た。


「貴方は、あの方に会うために、この3年間、

神鼠(しんそ)猫族(フェリス)の属性から解放される手段を探していたのでしょう?」


僕はグラスを窓の縁に置いた。


「僕が何と答えれば、お前は僕の邪魔をしない?」


オスカーは一瞬黙り込んで、暖炉に目を逸らした。


「あの方は…」


背筋に震えるほどの悪寒が走った。まさか…


オスカーは、もう一度僕を向いて、一言ずつ確かめるように言った。


「リヒトさんは、コルデールにいます。」


僕は息を飲んだ。最悪の結論は回避されたが、心臓が鳴り響いている。


「オスカー、知っていたのか…?ずっと…?」


「それはあり得ません。」


オスカーは静かに首を横に振った。


「リヒトさんは命を懸けて、シリウス様のためにここを去った。

その意思を尊重するのが、十二支としても、人としても当然…

…私は自分から探していません。」


「リヒトさんは…」


自分でその名を口にした瞬間、心臓から血がドッと溢れ出る。


「リヒトさんは、今、どこで…」


「彼女は今、コルデール随一の大商人ジェイコブ・ハードウィックのところで、

使用人として働いています。」


僕はもう、喉が渇いて言葉も出せない。


「少し前に、ハードウィックと会食しました。

そのときに、そこの大番頭もいて…雑談の中で出てきたのです。

『うちには面白い使用人がいる。

3年前に行き倒れて、記憶もなくしていたところを拾ったら、

恐ろしく優秀で、今ではうちの番頭になっている。』と。」


僕は口を動かしたが、やはり声は出なかった。


「どんな方ですかと聞くと、

『まだ20にならないくらいの、黒い髪に不思議なオレンジの瞳の女性だ。』と。」


僕は丸太で殴られたようによろめき、窓枠に置いたグラスを吹っ飛ばした。


「ボロ雑巾のように転がって『出自も過去も、何も思い出せない。』というのに、

『必ず役に立つから、雇ってくれ。』と大口を叩く。

身だしなみを整えさせると、驚くほど清潔感も品もあって、器量もいいから、

ハハアこれは訳ありだと思ったそうです。」


汗が噴き出してきた。

オスカーは、ゆっくり続けた。


「名前を聞くと、『シーリンと呼んでくれ』と。」


もう僕は、オスカーの手前も関係なく、顔を覆った。

…シーリン!

貴女は何を考えて、そんな…僕に…シリウスに似た名前を…?


オスカーの声が、静かに耳に流れ込んでくる。


「偶然知ってしまったものは仕方ないですから、少し調べました。

…その女性は…間違いなくリヒトさんです。」


僕は手から顔を離し、


「リヒトさんは…」


と言ったが、言葉が続かない。

情けないほど、何も口から出てこない。


オスカーは、陶器の人形のような顔で僕に微笑んだ。


「どんな様子か…あの頃と変わらないか…

とお聞きになりたいのですか?」


僕の顔にカッと血が上った。


「お気持ちは分かりますが、それは、シリウス様ご自身で確かめてください。

そのために…この3年間、必死に過ごしたのでしょう?」


あの人に会う?…あの人に?

()()の?


まだ声も出せない僕にオスカーは話し続ける。


「来月、私の就任十周年式典があるでしょう?

春の十二支会議の直後ですから、他の州の王は出席しませんが…」


オスカーは、グラスにツと口を当て、横目で僕をチラリと見る。


「最上級の来賓室が、一つ空いているのです。」


僕は、後ろの窓を振り仰いだ。

白々とした月光が、僕の目に痛いほど刺さってくる。


「オスカー」


僕は月を背に、オスカーに向き直った。


「就任十周年式典、僕もコルデールで祝わせていただこう。」


オスカーは一礼すると、退出した。


僕は、窓脇の壁に背を預け、胸から小さな箱を取り出して、そっと開けた。

あの日の、リヒトさんの数本の髪が入っている。


僕はズルズルと背中からずり落ちて、床に座り込んだ。

箱を閉めて両手で握りしめたが、もう胸が割れそうで耐え切れない。


僕は、何度も何度も、その箱に口づけをした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ