最終話 滅べばいい、君が命を懸ける国なんか
シリウスのアクアマリンの瞳が大きく見開かれ、私の手を掴む力が一気に緩む。
反動で私はベッドに座り込んだが、顔を上げてシリウスを睨みつけた。
「…この国では、王の命は余りにも軽い。
生贄で、捨て駒よ!
おかしいじゃない!!
そんなの!!!」
私は、こぶしを自分の両ひざに何度も叩きつけた。
「再生計画のときからそう…
君は、私が、この国のためだと思って、あの計画に協力したと…
そう思っているの!?」
私はガタガタと震えてしゃくり上げる。
「君を…
辛いこととか…重い責任とか、
全部、全部に、向き合ってる君を、私は…!」
「リヒトさん…」
シリウスは、私を焼き尽くすような瞳を開いたまま固まっている。
「君が…命を懸けないと守れない国なんて、
ツヴェルフェトなんて、
滅んじゃえばいい!!!!!」
「なっ……」
私はベッドから降りて、ぐらぐらしながら立ち上がった。
「君が命と引き換えにしか私を守れないなら、
私が今から出ていけばいい!!!!!」
私は歩き出そうとしたが、もう身体は立つにも厳しく、
ぐにゃりと天地がひっくり返った。
「リヒトさん!!!」
私を抱き止めたシリウスは、そのまま私を腕一杯抱き締める。
シリウスの激しい鼓動が、私の耳を揺らす。
私は、自分が何を伝えることができたのか、
まだ何を伝えていないのか、
まったく分からなくなった。
私はバカだ。
トントン
ノックの音がする。
シリウスは一瞬黙ったが、扉を振り向いて「30秒後に入れ。」と言い、
微かにため息をついた。
が、私を抱き上げると、ベッドに横たえ、その脇に腰かけた。
何も言わないまま私を見つめ、両手で私の顔を挟むと、
そっと指で私の涙を拭う。
私は、彼の顔が真っ赤に上気していることに気付いた。
シリウスが、目を逸らし、
「あ、貴女は…もしかして…」
と言いかけたところで、
「入ります。」というエデさんの声が聞こえた。
エデさんは、湯気の立つ食事を静かに持ってくると、
膝をついて「閉会の儀の…」と小声でシリウスに伝える。
シリウスは、「分かった」と答えてゆっくり立ち上がり、扉に向かう。
私は、遠ざかるシリウスの背中を、
もう取り戻せないもののように、
茫然と見送った。
しかし、扉の前でシリウスはピタリと立ち止まった。
「今日は忙しいから、貴女に会えないかもしれません。
でも、僕、寝るときに燭台で合図します。
いつもみたいに。
だから…」
エデさんが扉を開ける。
シリウスは少し振り返ると、切なそうに微笑んだ。
「きっと、ここにいてください。」
扉は静かに閉まった。
私は、扉の隣のランプの房が、
シリウスが残した風の名残で揺れるさまを、
ぼんやりと見つめていた。
***************
命令を受けた私は、
リヒト様のお食事を準備してお部屋に向かいます。が、どうも中で喧嘩をしておられる様子…
いいえ、あのお二人だから、喧嘩というよりも、
何か切ないやり取りをしているんでしょう。
内容が聞こえるのは失礼だから、少し離れて機会を窺います。
ワゴンの下に、大きな鍋でスープを持ってきて正解…食器に入れていたら冷めていたところ。
本当は、ずっとお二人で過ごしていただきたいけれど、
「食事を」というご指示があったということは、
リヒト様は何か召し上がる必要があるだろうし、
食事をきっかけに何かなさりたいのかもしれない。
私の方としても、大王様に閉会の儀のお支度を伝えなければいけない。
と、お部屋が静かになった。
ノックをすると「30秒後に入れ」とのご指示。
このエデ、見込みがずれてしまいました。
入室すると、案の定、上品な状態の部屋。
妙な噂が立たないように、主人や衛兵、部屋などを「取り計ら」っていましたが…
桃のように染まったお顔を伏せた大王様と、
膝にお顔を埋めているリヒト様が、
ひな鳥のように隣り合って座っていらっしゃるだけです。
大王様が出て行かれた後、
リヒト様は、なかなかスープも喉に通らない様子で、
しょんぼりと「ごめんなさい…」と私に言われる。
私とダンテスには子供がいないから、
こんなお嬢様にどう接すればいいか分からないけれど、
リヒト様に接していると、
私の心は慈しみの心で一杯になり、守りたい気持ちがただ溢れ出てきます。
私は、少し雲が晴れてきた空がよく見えるよう、カーテンをきちんと開けると、
ふと気が付いて、燭台を念入りに磨き始めました。
細部まで磨き上げます。
ろうそくの火がいっそう輝くように願って。
「フ…」という声が聞こえて振り返ると、
リヒト様はまぶしそうに私を見て、照れ笑いしていらっしゃる。
「さっきの、聞こえていましたよね。恥ずかしいです…」
とまたお膝に顔を埋めてしまう。
笑っていただけたのが嬉しくて、
「スープをお召し上がりください。その間にもっと磨きます。」
というと、リヒト様はそろりと動いて、スープを召し上がる。
拾われた、愛らしい捨て猫が、
与えられたミルクをそっと舐めるように。
私は燭台だけでなく、その周りの机や窓も磨き始めた。
今日も、明日も、明後日も、貴女様がここで、
大王様に、優しい夜の光を届けられるように。
いつかは、お二人が、同じ場所で、同じ光を見られるように。
ふいに、鼻の奥がツンとしましたが、「エデさん…」というリヒト様の声。
「きっと、廊下で待ったんでしょう?
エデさんのことだから、すぐに朝食を運んで来てくれたでしょうに…」
「頑張って食べますね」と言いながらソロソロとスプーンをお口に運ぶリヒト様に、
「とんでもございません。」と何とか答えたものの、
私は自分の泣きそうな顔を見られないように、いよいよ熱心に磨きます。
大王様とリヒト様が幸せにならない未来など、絶対にあってはならない。
私は、後でダンテスに会ったら、その尻を叩きまくって、
この気持ちを夫婦で誓いなおそうと決心していたのです。
(第Ⅱ章 最終話 了)
本話が「第Ⅱ章:禁忌の竜」の最終話ですが、
大人4人+神鶏レンの附属話を次回投稿して、完結予定。




