表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第24話 神鼠が 猫と国を守って 死ぬときは

挿絵(By みてみん)



未明になって、僕はようやく自室へ向かった。


廊下の途中で「エデ」と呼ぶと、すぐに大柄なメイドが後に続く。


「リヒト様は嘔吐を続け、ようやく寝ても、すぐに起きて嘔吐。

先ほどまた眠りにつかれました。」


僕は方角を変えた。


「この後は僕がリヒトさんを看る。…朝まで共にいる。取り計らえ。」


エデはすぐに下がる。

が、僕がリヒトさんの部屋の前に立つと、中から扉を開けたのは、そのエデ。


部屋には、僕の着替え、湯を張った陶器の桶、熱いタオルなどが準備してある。

軽食や酒まで添えて。


僕がエデに「ありがとう。」と頷くと、彼女は即座に退出した。


枕元にそっと近づくと、ネグリジェのリヒトさんが背を丸めるようにして、

眉根を寄せ、土気色の顔をしかめたまま寝ている。


僕は部屋の端に行って、香油を染み込ませた熱いタオルで、

頭と身体を拭けるだけ拭いた。

湯に浸かって、先ほどの(おぞ)ましい事件を洗い流したいが、

今はこれで満足すべきだろう。


同時に僕は、サンドイッチやマフィンを次々と口に詰め込んでいく。

行儀は良くないが、体技学院や騎士学校で会得した特技だ。


柔らかいシルクのシャツを着て、帯剣すると、リヒトさんの元に戻った。

リヒトさんの眉から影が消えている。

深い眠りについているようだ。

僕はホッと息をつき、

リヒトさんの枕元に準備されたソファに体を沈め、オットマンに両足を投げ出した。


ここにあるのが嘘のようなリヒトさんの寝顔を見ながら、

僕の(まぶた)も重くなっていった…


********


目を覚ましたときに、私の視界に入ってきたのは、

ソファに座って目を閉じるシリウスの姿だった。


身を起こして周りを見たが、シリウスしかいない。


きっと、私が具合を悪くしたと聞いて、付き添ってくれたのだろう。

シリウスこそ、遅くまで大変だったろうに…


窓の外は徐々に明るくなっているものの、雲が低く垂れこめている。


毛布を掛けてあげたいが、起こしてしまいそうだ。

帯剣までして、神経を尖らせているのだから。


私は諦めて、そっとまた横になった。

そうしてまた、シリウスを見る。


思い出すまいと思っても、グロテスクな光景が私に蘇ってくる。


神竜(しんりゅう)フレドリックの、双子の妹への歪んだ、道に外れた恋。

彼は、自身に向き合わず、周囲を、とりわけシリウスを、

恨み、

妬み、

憎み、

その結果、妹を殺し、人外に堕ちた。


あれを眼前にしても全く動じず、完璧に動く十二支は、やはり十二支だ。

私など、ただ怯え、竦み、目を逸らし、守られるだけ。


でも、その十二支の命が絡む事件が…数年おきに起こっていないか?


クロエ様は?

…偶然だ。


コルデールの襲撃事件は?

…これも偶然だ。


神竜しんりゅうフレドリックの件は?

…彼自身の問題だ。


遡れば…あの誘拐戦争は…?

…偶然に決まっている!


でも、もし偶然じゃなかったら?

今後、シリウスにも……?


私は、憂いを含んだシリウスの寝顔を見ながら、思わずシーツを握り締めた。


どうか、神様、

どうか、シリウスの命をお守りください…


シーツに顔を埋め、手を握り合わせて祈る。


「大丈夫ですか…?」


ハッと目を開けると、シーツがめくられて、シリウスが私を覗き込んでいる。

私はパッと起き上がった。


「ごめんなさい。起こした…?」


「十分寝ました。それより、苦しいですか?

水飲みますか?」


言いながら、シリウスは水差しからグラスに水を注ぐ。


どうしてかくもシリウスは、一つ一つの動作が様になるのかとぼんやり見惚れていると、

シリウスが静かにグラスを手渡してくれる。


「グラス、持てますか?」


と言いながら、屈みこんで、私の背中を支え、グラスを口に持っていってくれる。


もう大丈夫なのだが、この優しさに甘えておきたい思いが勝って、そのまま飲ませてもらう。


「シリウスは大丈夫…?ちゃんと食べた?」


「僕は寝る前、ここで結構食べました。

リヒトさんこそ、少し食べないと…」


というと指をパチンと鳴らす。

すぐにノックが聞こえ、扉の外から、エデさんの「参りました。」という声が聞こえる。


エデさんは、元・女性騎士で、親衛隊長ダンテスさんの奥様。

シリウスが、私がコルデールから戻ってきたときに専属の護衛・メイドとして付けてくれた。

無口だけど、頼もしくて、優しくて、恐ろしく仕事が早い方だ。


シリウスは「リヒトさんの食事を、ここに。」と短く言う。


エデさんは、すぐに支度を整えて来てくれるだろう。


…私の考えはちっともまとまっていない。


でも、エデさんが来るまでに、言わなければと思った。


私は、うなじの刻印に手をやった。

熱を持っている気がする。

どんなに「偶然だ」と言い聞かせても、予感は剥がれ落ちない。

それなのに、私は、昨夜のように、

ただ怯え、竦み、目を逸らし、守られるだけなのか?


本当は、私が、君を支えなければならないのに!!!


私は、曇天の中に広がる薄明を見つめながら、シリウスに問うた。


「何かが、十二支に起こっているのね?」


グラスを机に戻していたシリウスの動きが止まった。


「シリウス、貴方にも、()()、何かが起こるかもしれないのね?」


私はシリウスの方を見た。

シリウスはグラスに目を落としている。


その姿こそが、答えだ。


「『命に代えてもツヴェルフェトとリヒトさんを守る』とか、バカなこと思ってる?」


シリウスは私に向き直って、ムッとしたように言い返す。


「バカなこと?

命に代えなきゃ守れないときだってある!

僕は死んでもリヒトさんを…」


「馬鹿シリウス!!!!!!!」


私は爆発したようにベッドに立ち上がると、思いっきりシリウスの頬を引っぱたいた。


シリウスは反射的に私の手を掴んで、怒りを含んだアクアマリンの視線でキッと見る。


「何するんです!!」


私は掴まれた手を引き離そうとしながら、この鈍感バカに怒り心頭になった。


「バカだからでしょ!!!」


彼の鋼鉄のような指と腕は、私の反抗ごときでは微動だにしない。


「何がバカですか!!!

いつもそうやって、何も話してくれずに、勝手にして!!!」


「全部話さないと分からないの!?

だからバカなんでしょ!!!!!」


私は「離して!」と歯ぎしりしながら、反対の手でシリウスの指を引きはがそうとする。


シリウスは、その反対の手も易々と掴み上げると、光を放つ目で私を睨んだ。


「貴女と国に命を懸けようという僕の気持ちを、バカ呼ばわりですか?」


ああ…この人はバカだ。


「君が、命を懸けて国を守ったら…」


私の声は、否応なく戦慄(わなな)いた。


「私を守って、君が死んだら…」


耐え切れずに涙がこぼれ落ちる。


「私、すぐに死ぬから。」


(次話に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ