第23話 妹に 「恋」した竜は、闇の中
僕はリヒトさんを肩から降ろすと、背中に隠した。
「アハハハハ!
やっぱり、その猫族も一緒なんだァ!
下品で、淫らな、平民の、雌猫!!!
これはお邪魔しましたねェ?」
僕は、フレドリックの周囲に数名の男が倒れていること、
そして、いずれも絶命していることを確認した。
しかし、マリアには微かに息がある。
「フレドリック…マリアを降ろせ」
フレドリックは鼻先で笑う。
「マリアは僕と一緒にいたいんだ。
大王様!アナタは、その雌猫に誑かされてマリアを捨てたでしょ?
命令する筋合いある?」
ここで、ロベルト、ファリス、アダム、オスカー、ツムギ、レンが到着し、影のように後ろに控えた。
十二支はいつも平静を保つ必要がある。
僕は命じた。
「ツムギは戻れ。ステファニーと共に晩餐会を最後まで進めろ。新しい神犬とユーリの世話もだ。
レンも戻って、テオと共に周辺の警護を行え。」
二人は黙って即座に消える。
僕は、フレドリックに向き合った。
マリアの顔には既に死相が表れている。
「フレドリック、確認する。
倒れている男たちがマリアを襲った。
君はそれを助けた。
しかし遅かった。
苦しむマリアを見かねて、君が彼女を刺した。
そうか?」
フレドリックは、紫水晶のような瞳を細めて、上品に微笑んだ。
「その物語が、大王様のご希望でしたら、そのように。」
「僕の希望は、事実を確認することだ。」
「ハハハハハハハハハ!!!!!!!!!
なんでアナタの希望を聞かなきゃだめなのォ???
マリア、聞いたかい?
君の希望を聞かなかった男が、僕に希望だってさァ!!!!!!!
ハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」
フレドリックの周りには紫のゆらぎが立ち上っている。
これは、神通力ではない。…一体なんだ?
僕は、背後のリヒトさんを最大限にかばう体勢をとると、
「絶対に離れるな。」と伝える。
リヒトさんの微かに頷く気配。
ロベルトたちは既に「神門開放」している。
フレドリックはぐらりと揺れるように立ち上がると、
片手でマリアの首を引き掴んで、僕の方に突き出した。
「マリア見なよ!!!
大王様の後ろに、君から大王様をとった盗っ人猫がいるよ!!!
よく見なよ!…ねえ、それでも、君は…僕を選ばないの?」
凄惨な光景に、とうとうリヒトさんが膝から落ちる。
僕は、フレドリックがリヒトさんに気を取られた瞬間を狙って、
強力な回復の神通力をマリアに発出した。
「神路開放 神通力【二鼠藤戻】」
マリアが少し目の光を取り戻し、「シ…シリ…ウ…」と僕を見ようとした。
刹那、
「【竜刃】!!!!!!」
フレディが出現させたどす黒い刃が一閃し、マリアの首を、胴体から切り離した。
瞬時にアダムが僕の足元に飛び、リヒトさんをマントで覆う。
残る三人はジリジリとフレドリックを包囲している。
「マリア…なんであんな鼠の方を見るの?
どうして僕だけを見ないの?ほら…」
フレドリックはマリアの頭部を自分の目の前に掲げた。
「もう、僕だけを見ればいい。
僕たちは二人で一つなんだから。」
僕は、ようやく…
フレドリックの禁忌の恋に気付いて、全身に悪寒が走った。
「ほら、もう、僕しか見えないね?」
紫のどす黒い空気がフレドリックから湧き上がり、辺りに立ち込める。
フレドリックの薄い金髪がザワザワと伸び始める。
これは、神通力じゃない。
何かが…何かが、フレドリックに…いや、ツヴェルフェトに起こっている。
フレドリックは、陶酔した表情で、
ゆっくりとマリアの首を近づけて口づけしたかと思うと、
裂けるように口が開いて、マリアの頭部を一飲みにした。
ズルズルとフレドリックの上体が変化し、下半身から、竜の頭部が生えてきたようになっている。
「なんだこりゃ…」
背後でアダムの乾いた声。
「最高だ!ようやく、マリアと一つになれた!!」
フレドリックの胸に、内側から何かが浮かんでくる。
マリアだ。
マリアの彫像のような顔が浮かんで来ているのだ。
「もうやめろ、フレディ。」
僕は言って、すぐに印を結んだ。
「神通力【真実の口】」
僕の神通力の青い光がフレドリックを包む。
「僕はもう神竜じゃない。「竜」だ。だから…神鼠は僕を無効化できない…」
フレドリックが話すたび、マリアも同じように口を動かす。
十二支は準備を整えながらも攻撃しない。
目の前で起こっていることを見届けようとしているのだ。
気付けば、リヒトさんも上体を起こして、僕の足の陰から見守っている。
「私は…シリウス様が…」
マリアの声が混じったフレドリックの声が話し出す。
「その女性と庭園に行って…いたたまれずに…ホールを出た…」
「話すな!マリア!!!…くそ!こっちに神通力が効くのか!!!」
フレドリックは、その鱗の生えた手で、胸部のマリアの口を押える。
すると、今度は頭部の口がしゃべり始めた。マリアの声で。
「ここで急に…この男たちに襲われた…マリア様だと言って…」
「マリア様?」
オスカーが小さく呟く。
フレドリックが頭部の口を押えると、
今度は押さえつけられたまま、頭部と胸部の両方の口が、共鳴しながら喋り出す。
「ドレスを切られた…けど…すぐにフレディが来て…男たち全員…」
胸部の硬質な目が、くるりと絶命した男たちの方に動く。
「私…泣いた…シリウス様は…もう…あの女性と…」
今度は僕の方に、くるりと目を向ける。何も映さない目で。
「フレディは…シリウス様を…忘れろ…僕と一緒に…なろう…」
「黙れ!黙れ!黙れ!」
フレドリックはその伸びた鋭利な爪で、胸部のマリアの口を引き裂いた。
紫色の血が飛び散ったが、すぐに、肩の辺りに彫像のようなマリアの顔が出現した。
しかし、今度出現した彫像の表情はなぜか豊かで、
その声は、はっきりとマリアのものだった。
「ねえ、フレディ…貴方がどうしたか、ちゃんと言いましょうよ。
…私を、双子の妹である私を、押し倒したって。ね?」
十二支たちが間合いを詰め始める。
分かっている。
聞くべきことが尽きてきているのだ。
「私が『助けて、シリウス様!』って言ったら…」
「黙れ!黙れ!!黙れ!!!黙れ!!!!!」
「その名前を言うなら…いっそ死ねって…ねぇ?」
「ハハハハハ!!!
そうだ!!僕たちは二人で一つ!!!
本当はマリアも望んでただろう!?」
フレディは、狂ったように自分の身体を引きちぎっている。
「マリア」
僕は呼び掛けた。
「君の気持には答えない。
これまでも、これからも。
ただ、冥福は祈ろう。」
肩口のマリアはゆっくりと僕を向いた。
「シリウス様のそういうところを、お慕いしていましたわ。
ごきげんよう。」
もう、僕は手を下さない。
リヒトさんの顔を手で覆った。
ファリス、アダム、オスカーが神通力の綱で、暴れるフレディをを縛り上げる。
「神路開門 神通力 【闘牛】」
ロベルトが詠唱した次の瞬間、
…フレディは、
フレディだった竜は、
ロベルトの拳で粉々に叩き潰された。




