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第20話 晩餐会に咲く、森の百合

挿絵(By みてみん)


息をつく暇もない秋の十二支会議も、明日が閉会の儀。


************


今回は、最近の不穏な動きのこともあり、特に忙しい。

一方、リヒトさんは、大学の試験と重なって、3年前のように十二支会議の官吏として作業をすることもない。

つまり、ほとんど会っていない。


朝に、一瞬だけ、通りすがりに、僕が「封殺」の術を掛ける。

そうしないと、僕とディモイゼの空気に当てられて、リヒトさんが病気になるからだ。

でも、周囲に人がいて、ほとんど喋れない。


3年前にリヒトさんが大神殿にいたことについては、関係者に「忘却」させている。

しかし、「封殺」のことが周囲にばれると、リヒトさんが「神馬ツムギの親戚」という話がややこしくなる。

だから、挨拶に紛れて、そっと掛けるだけ。


リヒトさんは、質素な服に、髪を1つにくくり、

メアリ嬢からもらった空色のリボンをチョーカー代わりにつけ、小さな声でいつも言う。


「どうぞお気をつけて。」


祈りのようだ。


僕は、振り返りたいのを堪えて、堂々と歩く。

この間にも、テオがリヒトさんに近づくかもしれないのに。


一日の終わりの、燭台の点滅だけが、僕とリヒトさんをかろうじてつなげている。


今回は4回、

次は6回、

その次は7回…


リヒトさんは、本当は何を合図しているんだろう。


おやすみ?

馬鹿シリウス?

早く会いたい?…なら、嬉しいが…


僕は、口元の傷に口づけしてくれた、柔らかい唇を思い出す。

首元の傷から、鎖骨を通り越したときの唇の感触も思い出す。


馬上で、僕の腕を、胸に抱え込んでくれたときに感じた、あの…


あの…


そうして、16歳の僕は、悶々と悩ましい夜を過ごすわけだ。


*************

閉会の儀前夜の晩餐会が始まった。


僕は内心、開始早々から、早く終わることを願っていた。


引きも切らずに挨拶を繰り返す。

そして、御令嬢の多いこと。


僕はそっと人数を数えて、本日行うべきダンスの数とタイミングを計った。


大王の役割だから、女性と踊ることは特に何とも思わない。

でも、リヒトさんが、僕の命を守るため、ズタズタの姿で泣きながら大神殿を去った後は、

彼女を裏切っている気がして、

婚約や結婚の絡む相手と踊ることがたまらなく嫌だった。


相手の女性が嫌なのではない。


豪華な部屋で女性に微笑んでダンスをしている、僕自身が、

美しく着飾った女性の手を取って踊る、着飾った僕自身が、

嫌だったのだ。


それなのに、僕は今日もまた、これまでと同じように、婚約や結婚の絡む相手と踊るのだ。

ようやく、リヒトさんが大神殿に戻ってきたのに、

今、ここには、かつてリヒトさんにプロポーズしたテオもいるのに、

僕は、手をこまねいたままだ。


僕は、全員同じようにしか見えない女性を前に、礼儀正しく挨拶を繰り返しながら、心に決めた。


もう順番なんかどうでもいい。

人の目だってどうでもいい。

この晩餐会が終わったら、その足でリヒトさんの部屋に行って、

リヒトさんを抱き締めるんだ。

そのときは、絶対、「()」なんか使うものか。


ふと、ホールの階段がざわめいている気がして、目をやった。


が、瞬間に…

…僕は、その時挨拶をしていた人々のことなどすっかり忘れて、そちらに足を踏み出した。


一歩…一歩…


誰かにぶつかった気もしたが、よく分からない。


僕は階段を見上げたまま、足を止めた。


そこには、ステファニーとツムギに付き添われたリヒトさんがいた。


身体にピッタリと合った細身の、銀の刺繍を全面にあしらった黒いドレス。

全体的にレースや装飾はほとんどないが、かえってそれが、彼女の清楚さを引き出している。


華やかな晩餐会に、森林奥深くに咲く百合がそっと差し出されたかのよう。


僕だけでなく、晩餐会の参加者全員が息を飲んで見守る中、

ステファニーとツムギは、リヒトさんを連れ、艶やかな笑顔を浮かべて階段を降りてくる。


リヒトさんの方は、晩餐会に気圧されたように、うつむき加減で降りてくる。


ツムギが僕に微笑んだ。


「シリウス様、ご紹介いたします。こちらが私の縁戚の、リヒト・ヤブサメですわ。」

「私もよく存じ上げておりますの。

大変気立ての良いお嬢様で、私たち皆、リヒト様が大好きなのですよ。」


ステファニーがにこやかに続ける。

僕は二人の顔を見て、ああ、あの男性陣がこの二人を仲間にして一計画立てたのだと察した。


が、もうそれもどうでも良かった。

僕は、この小鳥のような子猫(リヒトさん)が逃げ出さないように、急いで手を取った。


Lady(レディ)、どうか私に、貴女とダンスを踊る光栄を与えてください。」


その瞬間、音楽が流れ始めた。


リードを始めようとしたものの、リヒトさんは困惑が極まったのか、うつむいてすくんでしまっている。


僕は、彼女の耳元に顔を寄せてささやいた。


「3年前を思い出して。

僕に身を任せれば大丈夫。」


ようやく、リヒトさんは顔を上げて、その夕日色の瞳を僕に向けた。


恥ずかしさと緊張で青ざめた顔…

その顔を縁取る黒髪は遠慮がちに結い上げられて、耳元に白い花が飾られているばかり。


ああ、なんて…なんて、可愛いんだろう!

目がくらみそうだ!

会えない日々の果てに、こんなリヒトさんを見られるなんて…


僕は無我夢中でリヒトさんを見つめる。

気付けば、リヒトさんは、伏し目がちながも、呼吸を合わせて踊っている。

リヒトさんのダンスは、経験がないとは信じられないほど滑らかで美しい。

猫族(フェリス)の気高いしなやかさを感じながら、僕も夢のように踊る。


「僕を見て。」


リヒトさんは、右に左に視線を泳がせながら僕を見た。

風に溶けそうな唇が、何かを言いたそうに微かに動いている。


が、そこで音楽が止んだ。


ホールが喝采に包まれる中、ツムギが近付いてきた。


「シリウス様、リヒトは、このような場に慣れておらず、気分が悪いようです。

畏れながら、リヒトに外の空気を吸わせていただけますでしょうか?」


僕は、万感のお礼を込めた視線をツムギとステファニーに向ける。


晴れて理由と資格を得て、僕は、リヒトさんと二人で庭園に出た。




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