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第19話 神牛ロベルトの独り言

挿絵(By みてみん)


10月、秋の十二支会議が始まる。


シリウス様がリヒトさんを連れてコルデールから戻られて初めての十二支会議である。


*************


神牛(しんぎゅう)である私と神亥(しんい)ステファニーは、

誘拐から帰還されたシリウス様の補佐として、長く首都ディモイゼに留まっていたが、

3年前、シリウス様が神亥のハバリー州体技学院に入学されることを機に、ステファニーがハバリーに帰還、

そして2年前、シリウス様が我がトロス州騎士学校に入学されることが決まった際に、

私もトロスに帰還。


つまり、10年弱の時を経て、ツヴェルフェトに、各州に王が一人、首都ディモイゼに大王という、通常の構成が戻ってきたのである。


*************


リヒトさんがいなくなったあの日から、シリウス様は、

二足も三足も草鞋を履いて、

いずれも疎かにすることなく、

驚異的な体力と精神力で、

御自身に鞭を打ち、専一に鍛錬を積んでおられた。


誰も恨まず、

誰も妬まず、

誰も憎まず、


誰も恨まず、

誰も妬まず、

誰も憎まず、…


シリウス様が置かれた状況の中で、

そんなことは、シリウス様以外の何人もできるわけがない。


()()()


**********


十二支会議、三日目の夜も更けて、私がシリウス様の私室に入ると、既に男たちがシリウス様を囲んでいる。

この男たちと神馬(しんば)ツムギをあわせると、誘拐されたシリウス様を共に助けた面々になる。


「…で、一緒に大神殿に帰って、3ヶ月経っても進展がない、と…」


と確かめる神虎(しんこ)ファリス。


「二人で会う機会がないんだ…

今はロベルトもステファニーも州に帰っただろう。」


「リヒト嬢は今、ツヴェルフェト大学に復学したんですよね?」


神羊(しんよう)オスカー。


「ああ。ロベルトが調整してくれた。

例の学友は3年前に退学したらしい。

リヒトさんは、2回生として通っている。」


「退学()()、ね…」


神猿(しんえん)アダムが私をチラと見ながら、シリウス様の肩に手を掛け…


「ともかく、お嬢さんは『大学に通う神馬ツムギの親戚』ってことで、大神殿に住んでいるんでしょ?夜這いの5つや6つ、軽く…」


「そん…そんなこと…やれるわけないだろう!」


「ほら、アダム…今こそ、若君に水遊びの方法を教えて差し上げるんです。」


「任せろ…百発百中のスプラッシュマウンテンを…」


「おい、俺にも教えろ、アダム」


「だから、やれるわけないだろう!

リヒトさんと僕は、まだ結婚していないんだ!」


『け…?』


大の大人3人が虚を突かれて言葉を失っている様は滑稽である。


「僕は、リヒトさんに、結婚の申込みすらしていないんだ。」


「進展がない…というお話から…えらく飛躍した気が…」


「何を言っている。

リヒトさんと僕の次の進展といえば、結婚の申込みだろう?」


「…」


「だから、二人で会う機会がないことに困っているんだ。

騎士学校で聞いたよ。

男性からの結婚の申込みのときは、こう…ドラマチックにやるんだろう?

薔薇の花百本とか…

時間も準備も、必要じゃないか。」


さすがの私も、吹き出さないように必死。


大の大人3人は、色々な方向を向いて「やっぱり、シリウス様最高…」と呟く。

同感しかない。


「いや、申し訳ありません。我々は、てっきり、接吻の一つもできないとお嘆きなのかと…」


「そ、それは…したよ…」


『え!?』


ファリスが「なんだやるじゃないか」と笑いながら、シリウス様の背中をバンバン叩く。


「コルデールで会ったとき…してもらったんだ…」


「お嬢さんから?」


「僕が…口づけしてもらったら、傷の痛みが消えるって言ったら、してくれたんだ…」


今は私もしっかり仲間入りして、大の大人4人で頷きながら聞き入る。


『ええ、それで…?』


「…痛くなくなった?って聞かれて…」


『うんうん』


「いや、おしまいだけど…」


『○×▼※☆◇■?!!!!!!!』


大の大人4人、声にならない叫びを上げ、それぞれにぶっ倒れかける。


「ねえ、誰?この子育てたの誰!?」

「パパは、こんな子に育てた覚えはないよ。」

「水遊びどころじゃねぇ!!沐浴からだ!!!」

「目には目を、口には口を、あれほど教えたでしょう!!!」


揉みくちゃにされながら、シリウス様は何とか、


「そ、そのあと、暴漢に襲われたから…」


「ほう…その後、全く、一秒も、機会がなかったとでも?」


「…いや…いや、むしろ…あったかも…」


「なあ、大王様…」


ファリスとアダムが詰め寄る。


「貴重な機会と、貴方のすばらしい素材を、無駄遣いしてんじゃねぇよ…」

「まさか、誘う女性に恥かかせたってんじゃないだろうな?」


シリウス様は一瞬ピクリと固まったものの、口ごもりながら続ける。


「でも、リヒトさんの気持ちを、まだ聞いてないから…」


『ア―――――――!!!!!!』


今度こそ、大の大人4人は倒れ込む。


「ねえ、パパ、頭がいい子ってみんなこうなの?」

「パパも分からないよ…二百数十年生きてるが、こんな子…」

「リヒトさんが不憫ですよ…」

「ちった下半身で物を考えろよ!大王様よ!!」

「下半身?」


シリウス様は眉をひそめる。

アダムがシリウス様の肩を抱いて、腹部をバシバシ叩く。


「この下あたりにいいモン持ってんでしょ?ソコのこと!!」


その瞬間、シリウス様が耳の付け根まで真っ赤にして、慌てて横を向く。

実は、私は、シリウス様が3年前から大事にしている枕とシーツの存在を知っている…


「も、もう放っておいてくれ。

僕は、リヒトさんに結婚を申し込むんだ。

そのとき、リヒトさんの気持ちを聞く。

それから…」


私はため息をつく。


「シリウス様、重大なことをお伝えしましょう。」


「何だ、ロベルト。」


「テオのことです。

3年前、リヒトさんがここを去る前の晩餐会で、

テオは、あの方にプロポーズしました。」


シリウス様は呆気に取られたかと思うと、こめかみに青筋を立てて、


「何だと?テオが?リヒトさんに?」


一言漏らすたびに、見開いた瞳から光が筋を引き、押さえきれない神通力を体中から発出している。


「シリウス様には、テオに怒る資格はないでしょう?

あの時、シリウス様にはマリア様がいた。

再生計画という理由だけで縛り付けられ、

猫族(フェリス)の属性に向き合っていた孤独なリヒトさんから目が離せなくなって…」


シリウス様は、今度は目を閉じて、「理由…資格…」と呟きながら唇を噛みしめる。


「シリウス様、できる子は、このように仕事が早い!」


ファリス、アダム、オスカーは、この話に少なからず驚いた顔だ。

私は彼らに説明する。


「あの時、十二支は、去ったリヒトさんのことを探さないことに決めたね?」

「あ、ああ…」

「テオは探そうとしたんだよ。

それに私が気付いて、やめさせようとしたら、この話を、ね…」

「フレディやユーリはともかく、ここ2、3年、テオも何となくシリウス様に突っかかっている気はしましたが…

なるほどですね…」

「ひゅー…まあ、お嬢さん、なんだか放っておけない雰囲気があるもんなぁ…」

「原石って感じでなあ、磨いてみたい気にさせるな、確かに。」


「ア―――――!!!!!」


急にシリウス様が、美しい銀髪を遠慮なく掻き回した。


「テオは…まだ、リヒトさんのことを…好きなんだろうか…」


『知りません。』


大の大人4人が突き放す。


「さっき…ツムギとステファニーに、リヒトさんのことを聞いていた気がする…」


今は私の背丈も超えた長身の美貌の青年が、

頭を抱えたまま、ハタと虚空に向かって小さな声でつぶやく。


「明日『テオと結婚することになりました。』って言われたら…どうしよう…」


大の大人4人は呆れるやら可愛いやら、

この悩める大王様をしばらく愛でていたが、

突如、シリウス様が窓に飛んで行った。


「どうされまし…」

「リヒトさんだ!」

『????』


窓の外を覗いていたシリウス様は指で数を数え、それから、窓際の燭台の前で本を振っている。


完全に面食らっていると、我々の方に見向きもせずに、

後ろからでも分かるほど微笑んで、また、窓の外を覗いて、数えて、燭台の前で本を振る。


何度かそれを繰り返すと、最後にフッと燭台の火を消して、

まだ微笑みの名残のある顔で振り返った。


そして、その笑顔を我々に見られたことに、また照れ笑いをする。


「何をしておられたんです?」


「向かいの棟の部屋が、リヒトさんの部屋なんだ。

いつも、遅くまで光が灯っていて…」


シリウス様は鼻の頭をかく。


「あるとき、気づいたんだ。

僕が灯りを吹き消してしばらくしたら、

リヒトさんの部屋の灯りが、何度か点滅してから消えることに…」


窓の外を愛おし気に見やる。


「それで、僕も、さっきみたいに、外に向かって燭台の火を見せたり、見せなかったりしてみたら、

今度は、明らかにパッパッと点滅させるんだ。」


狐につままれたような顔をしていた我々も、ようやく合点がいきはじめる。


「それから、寝るときに、この燭台で合図をするようになったんだよ。

さっきは7回だから…『おやすみなさい』なのかな?」


『甘酸っぺえええええええ―――!!!!!!』


大の大人4人は盛大にぶっ倒れる。

いやはや、大変なお二人だ。


「シリウス様も、7回点滅させたんですか…?」


息切れしながらもオスカーが果敢に尋ねると、

「僕は6回点滅させた。」と優しくお答えになる。


『6回…?』


「だ・い・す・き・で・す

…6文字だろう?」


ここで我々は、塵も残らないほど完全に粉砕された。


この天然の美しい魂を支えるべく、大の大人4人が誓い合ったことは言うまでもないことである。

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