第16話 リヒトさん、僕と一緒に大神殿に帰りましょう
僕は、裏手の門に行くと、そこにいた馬を借り受けて、慌ただしく駆け出した。
空っぽの頭が「リヒトさん」という言葉に埋め尽くされていく。
あの日、あの時、僕は、血だらけの僕自身を鏡で見ながら、誓ったじゃないか。
必ず、リヒトさんを「迎えに行く」と!
急に飛び出したどこかの使者を慌てて避けたとき、
僕は気を引き締めなおした。
僕は一心不乱に、ハードウィック家に向けて馬を駆け始めた。
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ハードウィック家に着くと、そこにいた馬車の隣に馬をとめる。
さざ波のように僕の名前が館の中に伝播していき、
執事や使用人が即座に何人も飛び出してくる。
僕は、機械的に挨拶しながらも、足を止めず、顔も向けず、大股で館に入った。
「リヒトさんはいますか。」
「は、はい!」
「どこですか。僕が迎えに行くので、教えてください。」
「あ、あの…」
と、使用人の一人がサーキュラー階段の上の方を指し示す。
階段の上では、メイドの一人が、目を横にやって「こちらです」と合図をしてくれている。
僕がそちらを見ると、確かに、壁の陰に黒い人影がある。
「リヒトさん!」
僕は立ち止まり、上を向いて大声で呼んだ。
「僕は分からないんです!
貴女が何を聞きたいのか!
僕が何を伝えればいいのか!」
僕の心は張り裂けそうだ。
「僕は…貴女に会うために、この3年を過ごしてきた!
貴女を迎えに行って、貴女と大神殿に帰りたかったから!
でも、そればっかりで…僕は…」
僕はいったん黙った。
込み上げるものを飲み込むため。
「ああ、何を言えばいいのかな…」
僕は髪を掻き回した。
「僕だって、貴女に聞きたいことがあるんだ。
貴女には、もう心に決めた人がいて…」
僕はもう一度黙った。
「…そういう人がいて、だから…」
僕は顎の下が激しく震えるのを必死でこらえた。
黒い人影が揺れる。
「…分からないことだらけです!
何が分からないか、分からないくらい!」
僕はもう声の震えが止められない。
黒い人影がそっと出てくる。
僕は必死で呼びかける。
「僕は忙しい。この国の大王だから!
でも、なんとか時間を作って、答えます。
貴女が聞きたいことに!」
とうとう、僕の目から涙がボタボタと落ちた。
「鈍感な僕が、違うことを答えたら、
噛みついてくれたっていい。
貴女に噛みつかれたくらいじゃ傷つかないほど、鍛えたんだ!」
僕は腕をまくって、上に掲げて見せた。
でも、涙で黒い人影はかすんでいる。
「貴女が結論を出すのは、それからでいいでしょう?
僕に、時間をください!」
僕はまくった腕で涙を拭った。
でも、もう腕から顔が上げられなかった。
僕はそのまま、力を振り絞って叫んだ。
「リヒトさん、僕と一緒に大神殿に帰りましょう!!!!!」
恐ろしいような一瞬の沈黙が訪れたが、それはほんの一瞬で、かすれた声が僕を呼んだ。
「シリウス…」
僕は頭が真っ白なまま、声の方を見上げた。
そこには、大神殿の官吏のローブを着て、大きなフードをかぶり、
小さな鞄を両手に下げたリヒトさんが立っていた。
僕は何かを言おうとしたが、声にはならなかった。




