第15話 出発まであと半刻 呼んだ猫はまだ来ない
シリウス様は、「お一人で」コルデール宮に戻ってこられた。
首都ディモイゼへのご出立の準備が整う中、
シリウス様はお支度をするとおっしゃって、客間に籠っておられる。
門衛に、誰かがご自分に会いに来たら、すぐに、必ず通すように厳命された模様だ。
私は、各所への指示を一通り済ませると、シリウス様のもとに向かった。
「お帰りなさいませ。
…例の暴漢の件については、いったん、私にお任せください。」
シリウス様は小さく頷かれる。
既にお支度を済ませ、空色の生地に銀の刺繍が入ったマントに身を包んでいる。
「ところで…」
と私が言いかけると、シリウス様は「分かっている」というように、手を少しお上げになった。
「伝えたんだ。一緒に大神殿に帰ってほしいと。
でも…『大神殿に行く理由も資格もない』って…こ…」
シリウス様は握りこぶしで口を押さえつけながら、苦しそうに呟かれた。
「これは…断られ…たのか?」
チラとこちらを見る切なそうなアクアマリンの光が、私の胸を刺した。
「それで、どうされたんです?」
「『夕方までにコルデール宮に来てほしい』とは…何とか伝えた…」
「零点ですね。」
私にまで、この方の焦燥が伝播する。
「お話を聞く限り、貴方は肝心なことを全部すっ飛ばしているんでしょう。
やれやれ…リヒトさんからすれば、
屋根も床もない場所を『貴女の家』と言われるようなものです。」
「オスカー」
アクアマリンの光に怒りが混じる。
「お前の悪い癖だ。分かりにくいたとえ話はやめろ。」
「ほう?」
私は、遠慮なくシリウス様に近寄った。
「明確に回答しろとのご命令ですか?
シリウス様とリヒトさんのことなのに…
第三者の回答に従って、結局、お二人は幸せになるんですか?」
アクアマリンの光がフイと下に向く。
「それに、何事ですか。女性を呼びつけるとは。
しかも、命を懸けて、貴方の感情を取り戻し、
3年間も名前も素性も隠して生き抜いた女性を!」
私は、飲みかけのラムのグラスがあることに気付いた。
酒に逃げることなど決してしない我々の大王様が…
私は、そのラムの残りを一気にあおった。
「当然ではないですか…お二人が、お互いを分からないのは…!
分からないことが、なぜいけないんですか?
どうして、何もかも、今すぐに片をつけようとするんです!」
アクアマリンの光が、私をピタリと捕えて固まっている。
それを振り切って、私は扉に向かった。
「ご出立まで、あと半刻ほどですから、お好きになさい。」
急に背後で風が起こり、シリウス様が走って私の前に回り込んだ。
「半刻だな。それまでに戻る。」
私は思わず目を細めた。
と、次の瞬間、パッと私を抱き締め、
「大好きだよ!オスカー!」
と優しく言いながら、風のように出て行かれた。
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残された私は、この無駄遣いがあの女性に申し訳なくて、天井を仰いだ。
…我々の大王様は、聡明で、決断が早くて、不器用な御方なのだ。




