第14話 猫の口づけは、神鼠に効く
衛兵たちに暴漢どもを任せると、僕はリヒトさんと共に馬に乗り、ゆっくりと街に戻り始めた。
まだ、十分に日は高い。
少し風が強まって、青い空を流れる雲も急ぎ足だ。
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リヒトさんは青ざめて、僕のワイシャツに頼りなくつかまっている。
僕は、胸の辺りを内側から針で刺されている気がした。
「僕が、怖いですか。」
「え?」
「さっきのようなことを平気でやる、僕です。」
リヒトさんは、僕を見上げると強い声で言った。
「そんなことを考えているの?馬鹿シリウス!」
「ばっ…?」
意表を突かれて、綱を引っ張ったから、愛馬の足が乱れる。
僕は慌てて整える。
「多数の、武器を持った男たちから急襲を受けて、
神通力が使えない中で、戦えない私を守りつつ、
相手も殺さずに、短時間で倒す。」
リヒトさんは、夕日色の瞳で僕を見据えている。
「あの一瞬で戦略を立てて、確実に成功する。
しかも、聞くべきことを聞き出して、心も救う。」
リヒトさんは、キッパリと言い切った。
「さっきのこと、君を尊敬している。
私が君を怖がったと思うなら、私への冒涜よ。」
僕は顔をそむけた。
なぜか、泣きそうになったのだ。
「…痛いの?」
リヒトさんは、僕のワイシャツに手を差し入れ、首元の傷に手を当てた。
そして、僕の首元の傷に、彼女の溶けそうな唇をゆっくりと押し当てた。
それからその唇は、僕の鎖骨を超えて、胸元に滑り降りて、またゆっくりと押し当てられる。
「さっきは、あれが最善策だった。
でも、痛いんでしょう?心が…」
話し続ける彼女の吐息が、僕の胸の素肌にかかる。
心臓が激しく鳴り響き、耳元でガンガンと銅鑼を打ち鳴らされているようだ。
「リヒト…さん…」
僕はもう爆発しそうだ。
馬を止めて、彼女を引きずり降ろそうと思ったところで、
リヒトさんがパッと口を離し、僕を見上げて微笑んだ。
「痛くなくなった?」
「…え?」
「ほら、私が口を当てると、痛くなくなるんでしょう?」
一瞬ポカンとしたが、
「ああ…もう!!!」
僕は色々とがっかりした。
が、同時に、この聡明で優しい女性が、愛おしくてたまらなくなった。
僕は、リヒトさんの黒い髪に頬を寄せた。
「この後、リヒトさんをハードウィック商会にお送りします。
僕は、コルデール宮に戻って、夕方、ディモイゼに出発します。」
リヒトさんがピクリと固まった。
僕は、ずっと…ずっと…あの日から、彼女に言いたかった言葉を、絞り出した。
「リヒトさん、僕と共に大神殿に帰ってください。」
しかし、リヒトさんはうつむいたまま動かない。
僕は心底焦った。もうすぐ街に入る。人が増えてくる。
それもそうだが、承諾を得られない未来を予想していなかったことも、僕の焦りを加速させる。
「リヒトさん…?駄目…ですか?」
リヒトさんは苦しそうに何か言おうとして、唇を噛んでいる。
もう街に入り、僕への歓声と、リヒトさんに驚く声が溢れ始めた。
「リヒトさん…何か言ってください!」
焦燥に駆られた僕は、とにかくリヒトさんを促した。
リヒトさんはポツリと呟いた。
「私には、大神殿に行く理由も、資格も、ないわ。」
僕は言葉を継ごうとしたが、ハードウィック商会に到着してしまい、人々が転がり出てきた。
「大王様!」
「シーリン!」
リヒトさんを見下ろすと、こっそりと涙を拭っていた。
どうして?
もう既に想い人がいる?
さっきの口づけは?
理由と…資格?
僕は混乱した。
僕は彼女を馬から降ろすとき、急いでささやいた。
「夕方までに、コルデール宮に来てください。
一緒に大神殿に…」
しかし、僕の言葉は、周囲の大歓声にかき消された。
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僕は、背筋を伸ばして馬を進め始めた。
ほんの少し振り返ったが、
ハードウィックの使用人に揉みくちゃにされているリヒトさんが見えただけだった。




