第12話 猫は神鼠に口づけを 神鼠は猫に襲撃を
シリウスの、目を閉じた美しい顔の静けさに、私は不安になった。
この超人的な体力の持ち主が疲労を覚えるほど、
神通力の最小化は負担なのか…
最小化を解除しないと、休めないのでは…
もしかすると、これが原因で…
「…あの、私、遠くに行くから、最小化を解除したら…」
「ダメです、絶対に。」
シリウスはパッと目を開けて、私の手首をつかんだ。
「お願いですから、何も考えないで。
僕が心配なら…
…今は、ただ、ここにいると、約束してください。」
「わかった…」
シリウスはまたスッと目を閉じる。
私は、成長した、彫像のような美しい顔をまじまじと見つめた。
青空には雲が流れ、日差しの中で、風がさやさやと草の上を滑っていく。
その風は、シリウスの銀髪も透き通るように揺らしていく。
(前髪…ちょっと分け目がついてる…)
何をしてもそれが一番であるかのように似合う、
憎らしいほどの美しさに見惚れる。
風で流れる前髪の隙間から、神鼠の刻印が見え隠れする。
規則正しい呼吸…シリウスは眠ってしまったようだ。
私は、シリウスに顔を近づけ、
勇気を出して、自分がつけた口元の大きな傷を見つめた。
…痛々しい。
近くで見ると、本当に痛々しい。
これは、あの夜、私が、
肉を食いちぎり、血を舐め回して、つけた傷だ。
どれほど痛かったろう。
もう痛くはないんだろうか…
私はおそるおそる手を伸ばして、その傷跡にそっと触れた。
「気になりますか?」
シリウスが薄目を開けて、私の指を優しく握った。
「あの…ごめんなさい…こんな…傷をつけて」
「これは名誉の傷跡です。」
「…もう痛くないの…?」
「もう全然…」
とシリウスは言いかけて、ふと思いついたような顔になると、
「ああ、まだ少し痛むかもしれません…」
と、自分の口を押えるような仕草をした。
「リヒトさんが、またここに口をつけてくれたら、治るかも…」
噴火が起きたかと思うほど、顔が熱くなり、
頭はぐらぐら煮え立つのを感じた。
シリウスは、なぜか寂しそうに…虚空を見つめるように目を伏せると、
「冗談ですよ、リヒトさん…」
と言いながら、グッと上体を起こした。
でも、その横顔を見ている私の頭は、まだ茹っているようだ。
私は、シリウスににじり寄ると、彼の肩に手を掛けて、顔を寄せた。
シリウスは、目を大きく見開いて固まっている。
私の眼前に、これ以上ないほどシリウスの顔が広がると、
私は目を閉じて、
その痛々しい口の傷に、そっと私の唇をつけた。
私の唇が少しでも柔らかいならば、
その柔らかい部分で、私自身がつけた彼の痛みを上書きできるように、
唇の柔らかさが集中するように、押し付けた。
彫像のようだ、といつも思うシリウスの口は、
思いのほか柔らかく、マシュマロのようだった。
手と口の震えが伝わってしまいそうになったときに、
私は、ようやく、彼の傷から唇を離した。
「リヒトさん…」
シリウスは、まばたきを忘れたかのように、
熱を帯びたアクアマリンの瞳で、私を見つめる。
「…痛くなくなった…?」
私が尋ねた瞬間、シリウスは野獣のように私を押し倒した。




