第10話 泣いている女性は さっさと抱き締めて
サーキュラー階段の上から見下ろすと、
既にジェイクが玄関に立って、笑顔で私を見上げていた。
「見違えたよ、シーリン。
僕のためにこんなに美しくなってくれて、嬉しい。」
口一杯に砂を突っ込まれている気がする。
「シリウス以外の誰か」と一緒に生きていくということは、
スタート地点ではこうなるものなんだろう。
…私は、口の中の砂を飲み込むように、自分に言い聞かせた。
ジェイクは私の手をとり、ねっとりと口づけをした。
「今日は一日君と過ごせることが楽しみだ。」
その瞬間、私の脳裏に、
テオ様の言葉の…昨日、抜け落ちていた、大事な部分が蘇った。
『僕かて、誰でもええわけちゃうわ。』
でも、皆が私たちを見て喜んでくれている。
逃げ場はない。
ジェイクはなかなか唇を離さない。
力を込めても引き抜けない。
目から涙が流れ落ちた。
ようやくジェイクは、その鬱陶しい唇を私の手から離した。
「涙を流すほど喜んでるの?僕の可愛いシーリン…」
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そのとき、外が異様なまでにどよめいていることに、私も含めた皆がハッとした。
「…そう。リヒトさんという名前の…」
「うちにはおりませんが…まずはお入りくださいませ。」
人々のどよめきと共に、涼やかな声が、風が舞い通るように玄関に入ってきた。
「黒い髪で、夕日色の瞳の女性です。
ああ、失礼、ここでは『シーリン』と…」
そこで、涼やかな声の主は、
ジェイクに手を取られている私に気付き、こちらを向いた。
コツ…コツ…
白シャツ、ズボン、皮ベルトという、これ以上ない簡素な服装なのに、
そこだけ光が差し込んでいるかのよう。
コツ…コツ…
誰もが息を飲んで見守る中、青年は美しい足音でジェイクと私の方向に向かってくる。
その輝くアクアマリンの瞳を、私から逸らさない。
「泣いているのですか…?」
「か、か、彼女は、私と出かけることが嬉しいんだ!」
「そうなんですか…リヒトさん?」
私は必死に首を横に振った。
「え…?」というジェイクの声がする。
「失礼、Mr…この女性と今日の約束を?」
「恐れ入ります、あの…サプライズで、ジェイクとデートさせようと…
シーリンを連れてきたんです…」
メアリが、震える声で、切れ切れに説明する。
「なるほど…では、失礼。」
というなり、青年は…シリウスは、
ジェイクが手を握ったままの私を、羽根のように軽々と抱き取った。
「昨日、オスカーに言われたんだ…」
シリウスは、私を抱き上げる腕に力を込めた。
「泣いている女性は、さっさと抱き締めろってね!!!」
輝くような笑顔を浮かべると、そのまま玄関に向かって歩き出す。
誰もが身じろぎ一つできなかったが、シリウスと私が玄関を出ると、
ようやく、この家の執事が「だ、大王様!」と急ぎ足で近寄る。
「お騒がせした。」
白馬の前で立ち止まったシリウスの声が、頭上で響く。
「今日はこの女性を…」
勢いをつけられたかと思うと、いきなり、私は、宙高く放り投げられた。
驚く間も、叫ぶ間もない。
シリウスはひらりと白馬にまたがると、
差し伸べた腕の中に、宙から落ちる私を羽根のようにふわりと抱きとめた。
「僕が連れて行きます!」
晴れやかに言うと、馬に鞭をあて、風のように走り出した。
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誰もが口を開けて見送っていたが、
ようやくメアリが、申し訳なさそうにつぶやいた。
「ごめん、ジェイク…埋め合わせはする…」




