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異文化の生活紹介

作者: ミカマサ

「……ま……と……」女性アナウンサー、画面に登場している。

 長い黒髪をした目の大きな若いアナウンサーだった。難しい顔をしながら耳に付けたイヤホンの向こうの声を気にしている。

「えっ、音声の調子が悪い? 悪いんですか? 今はもう大丈夫? 流れてる? 正常に流れてますか? じゃあ、最初からやった方がいいですか?」

 女性アナ、正面のカメラに顔を向けにこやかに笑顔を作る。

「大変失礼しました。音声の調子が悪かったようですが復旧したようです。何しろ今いるこの星は私たちの星イーリャンサン星から

百二十万三千光年も離れたところにある星なのです。私たちの技術を要しても電波の安定送信を維持するのは大変難しい距離にあるわけです。今日の宇宙の散歩道はそんな遠く離れた星『地球』を紹介します」

 壮大で優麗な音楽が番組内に流れた。音楽は宇宙共通だった。

「ぶらり、宇宙の散歩道」のタイトル画面。

 地球を宇宙から見た映像が映し出される。何だか灰色がかったもやもやした星である。

字幕が現れた。「かつては緑の惑星と呼ばれた時代もあったが今は気候変動と戦争などによる自然破壊で生命体の数は減少の一途を辿っている」

「さて、皆さん」女性アナが再び画面に姿を見せた。

「今日はこの星をより具体的に紹介するために、ある一人の地球人をクローズアップしながら話を進めていきたいと思います。この男性は地球上にある日本という国に住んでいます。分かりやすくするためにこの人の名前を片岡真一さんと名付けます」

 画面に上下灰色のスーツを着た二十代後半の男が映し出される。片岡真一である。片岡は二階のアパートの部屋を出てくると階段を駆け下りて道路に出てきたところだった。

「この男の人、片岡さんは何と! 労働者です!」女性アナが力強く言った。

「驚かないでください。食べている水団を拭きださないでください。労働者です!」女性アナが大事なことらしく二度言った。

「この星では労働を人が行っているんです。人が直接自ら体を動かして働いているんです。若い方の中には労働って何ですかと思う人がいるかもしれません。ここで労働について簡単に説明しましょう。労働とは、人間が自ら働いて生活のためのお金を稼ぎだす活動です。簡単に言うと誰かの財産を形成するために働く慈善事業のようなものです。片岡さんは彼の会社の社長や重役たちがゴルフに行くための費用を捻出するために働いているのです」

 片岡、駆け足になって駅に向かっている。

「片岡さんは彼の勤めている会社に行くために猛烈に急いでいます。ここで次の衝撃的事実です。彼はまだ朝食を食べていません!」

 女性アナの鼻の穴が少し膨らんだ。どうだ驚いたかの表情が垣間見える。

「ショックを受けないでください。高血圧の人は落ち着いて深呼吸をしてください。私たちが夢に描いた地球と現実の地球はかなり違います。私たちの朝食という概念はこの星にはなく朝食は昼食なのです。イーリャンサン星では食事をせずに労働をするのは犯罪行為ですが、地球では真逆に朝食を食べずに働くのは当たり前の事になっています。どうしてかと言うとこの星にはこんな法律があるんです。『働かざるもの食うべからず』です。働かないものは食事は厳禁であり、片岡さんは起きてからまだ労働をしていませんので、法律に従い食事を取る事ができないのです」

 片岡は駅のホームに立っていた。電車がホームに入ってくる。

 電車のドアが開くと、片岡は既に人で混みあっている車内に強引に入っていった。

「片岡さんは一時間かけて鉄道で移動します。片岡さんの表情、だるそうですね。鉄道で遠くに行くのです。そんな所に行ったところで片岡さんの暮らしは少しもよくならないのに、なぜか毎日鉄道に乗って行くのです。よほどの楽天主義者なのかもしれません」

 車内の片岡の表情は暗い。だが眼だけは周囲を常に伺っている。

「でも凄いですねえ、鉄道という乗り物。どうしてあんなにぎゅうぎゅう詰めなのに人が入っていくんでしょうか。不思議ですね。

実はこれはこの星の法律にはありません。ありませんが、この星には暗黙の了解というブラックルールが存在するのです。ブラックルール、何やら凄いルールのようですね。この星では人と人が結びつく事を奨励しているのです。どこの誰とも分からない相手と通信技術で結びつくのではなく実際に肌と肌を寄せ合う事で結びつきを深めようとしているのです。このルールを「和」と呼んでいます。かつてはこの星のテレビでは毎日昼には大勢の人で叫んでいたそうです。「わっ」と皆で叫ぶという刷り込みを行っていたそうです。この星では人々はいかなる場所でも人と人との結びつきを重んじスキンシップをしようとするわけです。狭い車内でどんなに辛くても和を高めるために彼らは一年中この行為を行うのです」

 車内の混雑ぶりはますます極まっていく。

「まるでモルモットが集まってるみたいでしょう。寄せ集まってけなげに生きてるみたいでしょう」

 女子アナは微笑みながらその口調はにやりとしていた。

 片岡の側にいた女が片岡の腕をつかみ、「この人、痴漢です」と大声で言った。

「はいっ、今の場面ご覧いただけましたか。女性が片岡さんの腕をつかんで高く持ち上げましたね。これはどういう事だと思いますか。この星では手を上げるという事は立派な事となっています。手を挙げる人は正しい人です。自分の意見を言うときは手を上げます。誰かの意見に賛成したい時は手を上げます。手を上げて横断歩道を渡ります。手を上げるとタクシーが止まります。更に片方の手ではなく両方の手を上げた場合は『万歳』という表現になります。嬉しくて嬉しくて堪らないという事を身体で表しているわけです。この星で手を上げるという事は他の人々の注意を惹く事になります。こっちを見ろという意思表示にもなります。さあ、そこで、今女性に手を上げられている片岡さん、どういう事になってるんでしょうか」

 手を持ち上げられた片岡、泡食っておたおたしている。

「手を上げる時に女性は「痴漢」と叫びましたね。そして片岡さんが女の人に何をしていたかというと……」

 片岡が手を持ち上げられる前の場面が再生される。片岡の手にクローズアップ。

 片岡の手が女性の尻を触っている。

「ああ、触ってますね。片岡さんの手が女性の尻を触っていますね」女性アナが舌を嘗めた。

「つまり片岡さんは女性に対してスキンシップを試みたのです。決して好色がゆえではありません。『和』を重んじるこの星ではスキンシップを受けた女性は男性の手を取り、この人は私にスキンシップをしてくれた優しい思いやりのある男性です、という事を『痴漢』という言葉で表したのです。ちなみにこの星の言葉『痴漢』というのは一つの物に夢中になること。熱中してほかの事に目がいかない男性の所作という意味です。熱烈歓迎な男性なんです」

 電車は駅に着いた。片岡はどさくさに紛れて女性の手を振りほどき、電車から降りると別のホームに駆け出した。

「おやっ、片岡さん。鉄道を降りたばかりなのにまた別の鉄道に乗るようですね」

 これ見よがしに女性アナは首を傾げた。解答は既に承知済みなのだ。

「なぜでしょう。実はこの星の人たちはとんでもなく運動が好きなのです。しかし会社に行くと運動する場所も時間もなく遅くまで労働を続けるのが実情です。片岡さんも通勤時間を運動時間に充てるというコストロスが行われているわけです。先ほどは腕を上げる運動も女性の力で行われてましたね。街中でも人々は物凄い速さで歩き、ウォーキングという運動をしています。運動する時間を確保するため通勤時間をあえて一時間以上にしている人が珍しくないわけです。しかし人は基本的には怠け者の習性があります。ともすると運動をさぼってしまうのです。何とか運動を続けるためにわざわざ郊外と呼ばれる遠い場所に住宅を購入しそこから通勤する人もいます。通勤時間の短い場所に住むしかない人もいるわけですが、この人たちは運動不足がたたって、おなかは二段腹、あごは二重顎、痛風、糖尿病という病気を患い、足腰は弱って

百メートルも歩けない有様です。ただこういった人たちは会社の近くに住んでいるため電車賃を払わずに済むためお金持ちです」

 片岡、会社のビルに入っていく。

 女性アナ、イヤホンで支持を仰いでいる。番組の終了が迫っているのだ。

「片岡さん、会社に着きました。この後片岡さんは会社に八時間以上滞在するのです。会社にいる間、彼はずっと労働をし、食事をし、また労働をし、昼寝をし、お茶を飲み、同僚と談笑し、セクハラをし、隙あらば同僚の女子社員をものにしようとしながら退社時間になります。さて片岡さんの夜の生活はどうなっているのでしょうか。興味津々ですが今週はここまでです。放送時間も終わりとなりました。続きは来週です。どうぞお楽しみに」

 スポンサー名が流れエンディング。番組は終了する。


                 了


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