英雄と末裔のハイブリット最強ストライカー爆誕!
今回はいつもよりも少し長めになってしまいます。申し訳ありません。
学園を出発した僕らはアーデナさんの地図を頼りに西側のゼンラン橋を抜けるとそこから北の街道にある英雄ゆかりの地の一つを目指していたのだったが、その英雄の地が見つかる事は無かった。
「おかしいですね、この辺りのはずなんですが・・・」
「本当にここなの?」
アーデナさんとサキハが話している。いくらファンタジーの世界とはいえ、人と自転車が話している光景を客観的に見るとなんだか違和感があり、奇妙で新鮮で面白い。
「もう一度確認ですが、街道の左手に花が咲き乱れる大きな庭園がありますよね?」
「あるね。」
「その庭園に囲まれるように大きな屋敷が建っているはずなのですが、」
「ないね。」
「そうなんですよね。おかしいなぁ、この庭園の向かい側にボウル状に空いた巨大な穴が一つあるというのに。どうして?」
アーデナさんが少し困ったような様子で髪を軽く掻いていた。
「この穴ってなんなんですか?何度も何度も激しく掘られたような後がありますが、採掘場?」
「この穴に関してはワタシも詳細は分かりません。とにかくこの庭園に建っている大きなお屋敷こそが英雄ゆかりの地の一つなのです。今は影一つ見当たりませんが・・・・」
「せっかく探しにきた英雄ゆかりの地が見当たらないとあらば、ここは後回しにしておいた方が良いんじゃない?さらに北方には他の英雄ゆかりの地があるんでしょ?」
「そうですね。やむを得ないですが、お二人とも先に進みましょう。」
「うん。」
「はい。」
僕達は一端屋敷を探すのを諦めてさらに北にあるもう一つ先の英雄ゆかりの地を目指して歩いて行った。
「予定が狂いましたが、最初はパリムという鉱泉地を目指します。この地では五人のうち二人の英雄が心身を労わっていた憩いの地として伝えられているんです。」
「へ〜、憩いの地か。」
鉱泉地?それって温泉?もしかしたら成り行きでゆっくり湯に浸かれるかも?だとしたらヤターァァァァ!
「なにガッツポーズしてるの?」
サキハが囁くように話しかけてきた。アーデナさんがこちらを振り返らないということは僕だけに念話を送っているのだろう。それに対し僕も小さな声で話す。
「いやだってさ、鉱泉だよ?鉱泉。前世を生きた僕がその言葉を聞けば、真っ先に温泉というワードが浮かび上がるに決まってんじゃん!あぁ〜、湯に浸かって風呂上がりにアイスやらジュースやら飲みたいもんだな〜。風呂上がりに冷たい風に当たり火照った体を冷やすのもまた一興なり。」
「それ動画で見た事あるな、白く濁った大きな泉が湯気を出してるよね。人間が気持ちよさそうに浸かっているのを見た事がある。あれってそんなに良いものなの?」
「もちろんだとも。1時間以上入る人が結構いるし、上がったらもうひとっ風呂浴びる人だっているからね。それに湯に浸かるという文化は僕のいた世界でも極一部でね、他はみんなシャワー、この世界で言うのなら水浴びみたいなもんさ。だからサキハにとっては新鮮かもね。」
「へぇ〜、タツリの元いた世界のじゃなくて、タツリの故郷での習慣なのか。湯に浸かるという経験は全くないけどそこまで話しを聞くと興味深いね。」
「そうでしょ、そうでしょ〜?あれ、そういえばサキハって・・・・」
「ん?なに?」
「あ、やっぱりなんでもない。気にしないで、うん。」
「そう言われたら気になっちゃうじゃん。言ってごらんよ。」
「いいの?」
「うん、いいよ。」
「サキハってさ、定期的に身を清めてる?」
「いや全然。」
僕はその言葉を聞いてサキハから距離をとった。まぁ本体はおらず自転車があるだけなんだけど、サキハを揶揄いたいという悪戯心であからさまに距離をとった。さらに引いたような視線を向けた。もちろんあからさまに。
「オイ、身だしなみに気を使っていない不潔な輩を見るような目を向けないでよ。失礼な。水浴びをしない、湯に浸からないと不潔というのはあくまで人間達の文化でしょ?精霊であるわたしにまでその基準を持ち込まないでほしいな。それに骨と血肉ではなく魔力と精神体の塊であるわたしが汚れる事なんて無いんだからね。」
「ごめん、サキハを揶揄いたくて、ね?」
「ね?じゃないよ全く。そういえば人間以外も入っていたのも見たことあるな。顔が真っ赤で毛むくじゃらで人間の面影が少しあるような生き物だったような。」
「それはニホンザルだね。人間の親戚。」
「親戚なのか。近い種だと生活習慣も同じなんだね。じゃああの巨大な茶色いネズミは?あれも人間の親戚なの?ニホンザルとは違って人間の面影がないようだけど。」
「あれはカピバラって言ってね、人間とは違うよ。」
「ふーん、人間がその様子を見て微笑んでいたけどどうして?」
「彼らは平和の象徴なのさ。彼らがゆっくりと湯に浸かれる日はそれほどまでに戦火や激動というものとはかけ離れた日、つまりは何事も無く平和な日って事なのさ。」
「ふーん。」
「お二人共、何の話をしているのですか?」
アーデナさんが頭を横に向けこちらに視線を向けてきた。
「あ〜えっと、その〜」
僕は咄嗟の質問にしどろもどろになり弁解の言葉を話せず口をパクパクさせ、ぎこちなく手を動かして必死に誤魔化す事しか出来なかった。
「タツリが鉱泉と聞いて故郷に同じのがあるのを思い出したんだってさ。その話をしていたんだよ。」
「あぁ、そうだったんですか。ちなみにパリムにある鉱泉は火山の地熱によって温められているから旅の疲れを癒そうとパリムの噂を聞き付けた旅の方達が疲れを癒しによく訪れるそうです。もしあの子達を見つけることが出来たらそのあとゆっくり入ってみてはいかがでしょうか。」
良かった、なんとか誤魔化せたみたいだ。僕はサキハにグッと親指を立てて感謝をした。
「是非入りたいですね〜!」
そんな鉱泉についての少しばかりの雑談が終わると雑談に向いていた意識が周囲に張り巡らせていた探知の方に向けられる。そして僕は体が温められているような感覚をキャッチすることに成功した。
「アーデナさん、なんだか全身が温められているような感じがします。多分この先に鉱泉があるんじゃないかと思います。」
「ホントですか!」
「わたしも感じた。今その場所に聴覚も拡張させているけど、水面の揺れる音が聴こえるね。あと二人の人間の気配も感じる。」
「なんと!となるとそれは恐らくウレイカとプリシタスの二人ですね。そうと決まれば急がねば、あの子達が気掛かりです。」
彼女はそう言うと突然走り出した。僕達もそれについて行った。するとそこには見上げる程高い柵がその場所を丸く囲んでのが見えた。柵の向こうからは湿っぽく温かい湯気が硫黄のような香りと共に漂ってきた。
「あの柵の向こうに鉱泉及び温泉が・・・ハッ!」
僕はボソリとそう呟きながらある不安と懸念がよぎった。
「どうしたのタツリ、いきなり立ち止まって?」
「何かありました?」
「いや、あのですね・・・この先に末裔のお二人がいるわけじゃないですか。」
「そうですね。」
「って事は多分だけど二人は今入浴中の可能性あるんじゃないですかね。」
僕がそう言うとサキハは僕の言いたいことを理解していないようだったが、アーデナさんはハッとした表情を浮かべて理解してくれたようだ。
「あー、そうですよね。タツリさんは男性ですもんね。このまま何の躊躇もなく進み、万が一彼女達が入浴中もしくはお着替え中である状況に出くわしてしまったら紳士らしからぬ行動をした事になりますもんね。」
「あ〜そういう事ね。なんだ、タツリにもジェントルマンとしての心得があったわけだ。」
「フッ、勿論だよ。」
(あいにく自分は多くの男主人公達の二の舞を踏むような男ではないんでね!)
話し合いのもとサキハとアーデナさんが様子を見に行く事になり、僕はそこら辺に半分埋まっていた岩に腰掛けて二人の帰りを待っていた。そんな状態が二時間も続いた。
「流石に遅くね?」
あまりにも静寂の中一人だった為、ついそんな独り言を呟いてしまった僕は二人を探そうと立ち上がろうとした。その時だった。二人がやっと帰って来た。
「ただいま。」
「遅くなってすみません、ただいま戻りました。」
「あぁ、おかえりなさい。えーっと、居ました?末裔のお二人は?」
「はい、二人とも無事でした。確認したら二人とも鉱泉には浸かっていませんでしたよ。ですのでタツリさんも行きましょう。」
「分かりました。行きます。」
僕は二人について行った。心に疑問を秘めながら。
やって来たのは鉱泉を横切った先にある高床式の小屋。中に入ると数人は暮らせそうなインテリアの部屋で二人の女の子がぐっすりと寝ていた。一人はソファーに、もう一人は暖炉の前で横たわりながら。その寝相、犬や猫の如し。僕は立ち止まってその光景を見ていた。
「あの二人が末裔の娘さん達ですか?」
それに答えたのはもちろんアーデナさんだった。
「はい、あの子達がワタシの教え子にして英雄の末裔の子達です。ソファーで寝ている軽装備をした眼鏡のツインテールの子がウレイカです。」
あの子、お腹掻いて寝てる。
「暖炉で寝ている皮エプロンを着たサイドテールの子がプリシタスです。」
腹が動いているのが分かるくらいの呼吸しながら寝てる。ほんとに犬みたいだ。
「探している娘さん達がこうして無事見つかったのは僕も嬉しいです。ですが・・・・」
「ん?どうしました?」
「アーデナさんとサキハは二時間何してたんですか?」
「え?」
「僕が待っていた所からここまで徒歩五分もかからない二、三分で行ける距離で何をしてたんですか?」
僕が質問するとアーデナさんは咄嗟に顔を逸らし、サキハはだんまりしているからだろう声が全く聴こえてこなかった。二人は答えるのを明らかに躊躇っているので僕はストレートに聞く事にした。
「じゃあもう聞いちゃいますね。ズバリ二人共・・・ひとっ風呂浴びてきたでしょ?」
その瞬間、アーデナさんの明後日の方向を向いていた目が右に左に泳ぎ始めた。あぁこれ、もうクロだわ。
「そ、ソンナコトハ・・ナ、ナイデスヨ?」
やれやれ、ベタな反応をしなさる。サキハも弁明することなくダンマリだし。
「目、泳いじゃってますよ?」
「き、キ、キノセイデハ?」
「冷や汗が顔から垂れ流れておりますよ?」
「ち、違います!こ、これは湯から上がって体が火照ったからであって決して動揺してるからでは・・・あっ!」
彼女はすぐに口を両手で覆ったがもう遅い。
「フッ、弁明するはずが白状してしまうなんて、長湯し過ぎてのぼせちゃいましたか?どうやら、さぞいい湯だったようですねぇ?えぇ、コラぁ?」
声に抑揚を付け、皮肉と少しばかりの怒りを込めた声で詰める。するとアーデナさんはぎこちない動作で土下座した。
「す、すみませんでした!つい心地が良くて・・・」
「そもそも、僕の方に戻って来た時の僅かに赤くなった頬とさっぱりした表情がその全てを物語っていましたよねぇ?」
「本当にすみません!」
「もういいですよ。」
これ以上詰めても僕の怒りが消えるわけじゃないし、しかし次はこの現在進行形でだんまりしてるこのぐーたらリモート旅精霊にも聞かないといかんなぁ?
「オイ、サキハ。」
「・・・はい。」
「もしかして、その車体で入ったの?」
「ハイ、入りました。」
「僕に黙って入った事を問い詰めたいけど、なんで?」
「だってタツリのさっきしてた話聞いたら居ても立っても居られなくて。つい。」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!湯に浸かるのを楽しむのは、実際にその身で感じてなんぼでしょ?なに車体越しに初の入湯してんのよ?」
「でも、車体越しでもあったかかったよ?」
「あったかいだろうけどさ、絶対生身の方が良かったって!車体越しにって、そんなん虚しい4D体験してるようなもんでしょうよ?」
「確かにアーデナが言ってた湯上がりのサッパリとした感覚はいまいち分からなかったな。」
「でしょう?そういう事よ。まぁとりあえず、勝手に入湯した件については後々言うとして。まずはあの寝ている二人を起こすとしますか。ねぇ、アーデナさん。」
「そ、そうですね!じゃあ、ワタシが起こしますね。」
そう言うと彼女は足速に動き、二人を揺り起こそうとした。がしかし、どれだけ彼女が身を揺さぶろうとも二人が目を覚ます事は無かった。アーデナさんの顔色がみるみる悪くなっていく。彼女は順番に二人の手を取り、彼女達の口元に自分の耳を当てていた。彼女がそんな事をするのも無理は無いだろう。
「大丈夫です、理由は分かりませんが、二人とも脈はあるし、息をしているのでどうやら気絶しているだけのようです。」
アーデナさんはこちらを振り返ると、安堵の意を込めた溜め息混じりにそう言った。その報告に僕も安心した。
「良かったです。では、どうしましょうか?このままお二人が起きるのを待つか、あるいは、」
「村に連れて帰るか、ですね。ワタシとしてはこうして二人の無事を確認出来たので即刻村に連れて帰るのが一番安全だと思います。ここは人気の無い場所ではありませんが、村の方が安全でしょう。」
「そうですね、最善を考えて村に連れて帰りましょう。サキハ、僕とアーデナさんの二人で彼女達を運ぶからさ、任せっきりにするつもりは無いけど、僕達の護衛をお願い出来る?」
「その提案にわたしは賛同するけど、どうやら異論があるやつが居るみたいだね。しかも二人程。」
「え?僕とアーデナさんとサキハの意見が一致してるのに異論を述べる人がいる?しかも二人って一体・・・」
「アタイ達だよ。」
その声が聴こえるほんの数秒前、僕はサキハに話しかけていた為、サキハの方をつまりは入口側を向いていた。だからこそ後ろから聴こえてきた声への反応が遅れてしまったのだ。振り返るとソファーで気絶しているはずの彼女、ウレイカが天井ギリギリの高さまで飛び上がり、こちらに向かって突き出した右脚で僕の頭上目掛けて踵落としをしようとしている瞬間だった。起き上がった時、飛び上がった時に聴こえるはずのソファーのきしむ音なんて全く聴こえず声が聴こえるまで気付く事が出来なかった。だからと言ってそのまま脳天をかち割られるような僕ではない。なんせ僕は雷神の・・もう分かるよね?大雑把に言うと、いとも簡単に躱してみせた。躱わすまでの経緯を説明するならば右脚を軸にして体を反時計回りに半回転させ足が当たるギリギリの距離を躱した。僕が攻撃を避けるなり着地した彼女は数歩手前に下がってこちらを睨みつけてきた。
「淑女の寝ている部屋になんの躊躇も無く入った挙げ句、部屋から連れ出そうとするなんてアタイ達を悪徳商人に売りつけて奴隷、あるいは娼婦にする気か?それとも兄ちゃん自体が悪徳商人だったりしてな?」
「僕は決してそういった類いの輩では・・・」
僕はいきなりの出来事に内心焦りながらも誤解を解こうした。するとアーデナが僕の前に駆け寄り両腕を大きく広げて僕を庇うように立った。
「ウレイカ待つのです!この方は決して怪しい者ではありません。というかその喋り方どうしたのですか?一週間前とはまるで別人のよう。一体何があったと言うのです?」
「・・・ウレイカ?フーン、アンタこの体の子の事知ってるのか。金縁のメガネに、その頭には煌びやかな装飾がされた片羽型の髪留め。そうか、アンタがアーデナ先生か。ウレイカから話は聞いているよ。」
「え、ウレイカでないなら、一体あなたは誰だと言うのですか?」
「あぁ、そうだな。自己紹介しないとだな。アタシの名はテクネノ。この体本来の主人、今は魂だけの存在となったウレイカの先祖だ。」
「テ、テクネノ?!今は亡きタイラァの村を築いた五人の英雄が一人?という事は体はウレイカ本人で今その体の主導権を握っているのはテクネノ、あなた様ですか?」
「あぁ、そうさ。」
「アーデナさん、この人をご存知で?」
「えぇ、”野始”テクネノ。現代の野営技術を発展させた野営技術の始祖。幼少期、両親に山奥に捨てられ二十五年の時を自然の中で過ごした彼女は自身の経験から積み上げてきた生き残るための技術を昔の自分と同じ待遇の者達に教え広めたと経歴を持つ同時にタイラァの開拓を指揮だけでなく、火起こし、魔物の対処法、毒草と薬草の知識、怪我の応急処置など多岐に渡る知識を村人に与えた最も村に貢献した人物でもあります。」
「へ〜あんた、アタイの事よく知ってるじゃん。」
「それが本当だったとして、どうしてウレイカはではなくあなたが?」
「その前にだ。アンタがウレイカの言っていたアーデナ先生である事は理解出来たが、そこの兄ちゃんと、その〜なんだ・・・馬車の部品みたいな奴!お前らが何者か先に教えろ。話はそれからだ。」
当然の要求だ。こちらが何者なのかを説明しなければ向こうは口を開いてくれないだろう。ここは自分なりに礼儀正しく軽くお辞儀をしながら自己紹介だ。
「僕はタツリと言います。こっちは闇精霊のサキハ。アーデナさんと一緒に行動をしているのはあなた方の末裔の娘さん達を探して欲しいと村の人に頼まれたからなんです。そしてさっきウレイカさんを運ぼうとしたのは村の方が安全だとアーデナさんと話し合ったからなんです。とはいえ淑女であるウレイカさん、およびテクネノさんに許可無く触れようとしてごめんなさい。」
僕が自己紹介と弁明を終えると彼女は警戒を解いたのか組んでいた両腕を解いた。
「なるほど、そういう事だったか。タツリだったな。事情も知らずに襲いかかってしまってこちらも済まなかった。こちらもこれまでの非礼を詫びるよ。」
「いえいえ、あなたは自分とウレイカさんの身を案じて行動したのだと理解していますから。」
「そう言ってくれて嬉しいな。ところでそっちの馬車の部品の正体がまさかの精霊だって?こんな姿をした精霊がいるのかよ?」
「えーっと僕も上手く説明出来ませんが、遠隔で操っているみたいなんです。」
「そうなのか?」
「はい・・・」
「とりあえず二人が村人の頼みで行動してるってのは分かった。じゃあ早速本題に入るか。おい、お前も起きろよ?」
テクネノさんが声をかけたのはもう一人の末裔プリシタスさんだった。声の呼びかけに応えたのか彼女の体がムクリと起き上がり目を擦りながらこちらを見ていた。
「言われなくても起きてるよ、ネノ〜。」
僕はプリシタスさんという人物がどんなのかを知らないがこの振舞いからして彼女も、もしや・・
「初めまして〜。プリシタスちゃんの先祖、ファナと申します〜。」
彼女は小さくを手振りながら、穏やかな口調で自己紹介をした。
「もしや貴方は”械姐”ファナ!?魔力総量は平均であるものの、魔力の扱いはSランクの魔法使いにも匹敵する程に長けていてその卓越した魔力操作で多くの魔道具を生み出した伝説の魔法技師!熱気も冷気も入らないけど室内に暖かな春風の吹く家、食べ物が腐らないけど寒くない常温の蔵、どんな巨躯でも身軽に動ける且つ汚れない衣服などを村にもたらしたというと伝えられているとか。」
「テクネノさんもファナさんもそんな凄い人なんですね、よろしくです。タツリです。」
「わたしはサキハ、よろしく。」
「は〜い、よろしくお願いします〜。それじゃあネノ〜、どうして私達が可愛い孫の代わりに動いているかを説明してあげたら〜?」
「そうだな。経緯を説明するとな、昨日の昼あたりにウレイカとプリシタスがこの場所に来たんだよ。そしてアタイとファナは二人と会話をしてアタイ達が持っている力と記憶を授けた。結果伝授は無事成功した。あとはこのまま村に帰れば良かったんだ。しかし二人が帰ることは出来なかった。」
「それはどうして?」
「村人が霧で村から出られないように、二人も霧によってこの場所から出られないんだよ。本人の意思とは関係無く。」
「それはつまり、霧によってこの場所に閉じ込められたという事ですか?」
「その通りだ、アーデナ先生。そして村に戻れないと理解した二人は混乱してしまった。まぁ当然だろうな。そこでアタイ達はいつ村に戻れるかも分からずの不安に二人が苛まれるくらいなら、二人の体に憑依して二人の意識を眠らせることで守る事にしたんだ。」
「そういう事だったんですね。ウレイカとプリシタスを守ってくれてありがとうございます。」
アーデナさんは二人に深々と頭を下げてお礼を告げた。
「当然だよ、なんたってこの二人はアタイ達の大切な孫なんだからな。何かあってもらっては困る。なぁファナ?」
テクネノさんの言った事にファナさんはニッコリした顔で何度も頷いていた。
「さぁこれで説明は以上だ。アタイ達はこの霧によってここから出ることが出来ず。二人を守る事で手一杯だ。」
「そこで、どうかこの謎の現象を突き止めてこの子達を村に帰れるようにして欲しいの〜。あなた達三人は霧の制限を受ける事なく自由に移動が出来るんでしょ〜?だからお願い。」
「アタイからもどうか、頼む。アンタらが今頼れる唯一の存在なんだ。」
「もちろんです。ウレイカもプリシタスも他の子達も必ずワタシ達の手で無事に村に帰れるようにします!」
「あぁ、頼んだぞ。」
「私たちはそれまでこの子達を守って待ってるね〜。」
二人と約束を交わしたアーデナさんは誠意を込めてなのか二人の片手を両手で強く握っていた。数秒後、握手を終えると彼女は手を離して決意を固めた顔で僕の方を向いた。
「タツリさん、サキハさん。これでウレイカとプリシタスの無事は確認出来ました。あと三人の子たちも見つけましょう!一刻も早く!」
「そうですね、急ごうサキハ。」
「うん。」
こうして僕たちは来た道を戻るようにまだ見つけていない子たちを探すことにした。
これは余談だがテクネノさんとファナさんが寝ていたのは湯から上がった後だったので寝ていたらしく、アーデナさんが触れるまでは熟睡していたのだとか。
今度は来た道を戻るように南に向かって歩いていた。
「アーデナさん、次は村の南部でしたか?」
「はい、その予定ではあるのですが・・・」
僕は来た道を歩いていたので、その時彼女がこれから言おうとしている事が何なのかが分かった。
「そうか、そうでした。この辺りにある庭園にまだ、」
「はい、まだ見つかっていない末裔の子がいるはずなんですよ。さっきは何故か見つかりませんでしたが、今度はくまなく探しましょう。それにしても先週まであったあの大きな屋敷が消えていたのは一体どういう事なのでしょう?ウレイカとプリシタスは英雄様によって小屋に寝かされていましたが、今回は屋敷ごと無くなっていますからね。これはどう考えても異常事態です。」
「もしもですが、その大きな屋敷が元通りに戻っていたら、安心出来ますか?」
「それはそうですよ、とも言い切れませんかね?例え無事消えた屋敷が戻って来たとしても心配するべきなのはあの子本人の身の安全です。ともかく屋敷が何事も無く元に戻っているならば彼女が無事でいる確率は高いと思います。勿論確実とは言えませんが。」
「そうですか。じゃあそんな何事もなく元に戻っている屋敷の前に巨大な犬が屋敷前にある穴を掘っていたら末裔の子の生存率は高いと言えますか?」
「え・・・突然何を訳の分からない事を言っているのですか?」
「その訳が分からない状況が、たった今見えてきた英雄ゆかりの地で起きているので聞いてみたんですけど。」
「え?」
ここまでの会話でなぜ僕よりも前を歩いていた彼女は僕が言うまで目の前の光景に気付かなかったかというと理由は簡単。地図と睨めっこしながら歩いていたからだ。人間、本もスマホも地図すらもあまりにも集中すると視界が狭くなって時に大事な事を見落としてしまうのだね。そういえば僕はこの世界に来て文明の利器という利器に触れることなく生活してからもう一カ月以上経ったわけか。(ホントはサキハの家で少しだけ触ってた。)”歩き文明の利器駄目絶対”。そんな事を考えていたので「なんで早く教えてくれなかったんですか!」というアーデナさんの怒号と共に放たれた腹パンに気付く事が出来なかった。おっと、文明の利器が無くとも視界が狭くなってしまうな。危ない危ない。
アーデナさんは地図をしまい巨大な犬のいる方向に走っていった。もちろん僕とサキハもそれに着いて行った。
僕らはその犬に見つからないように犬と屋敷がある場所から5メートルくらいの距離にある茂みの中で様子を伺っていた。この距離から見ても双方見上げる程の同じくらい大きさだ。いや、犬の方がひと回り大きいか?あの大きさでなら頭で突っ込んだだけで屋敷が崩壊しそうだな。あとなんだか見た目がシベリアンハスキーみたいで愛着が湧くなぁ〜。
「にしても大きい犬ですね。」
「あれは犬ではありません。あれは恐らく、アヴァランチウルフです。」
「アヴァランチウルフ、魔物ですか?」
「はい。主に雪山の山頂に棲んでいての狼型の小型な魔物、フロストウルフのように群れで行動する事はなく単体で行動するのが特徴の魔物です。」
「山頂に棲んでるんですか?そりゃまたどうして?」
「それは奴らの狩りの仕方に理由があるんだよ。タツリ。」
「狩りの仕方?」
「通常、フロストウルフのような豪雪地帯に生息している魔物の多くは獲物を捕まえる確率を上げる為、または天敵から自分達を守る為、持って生まれた高い繁殖力で仲間を増やし群れで行動する。でもアヴァランチウルフはその例外で、単体で行動する習性であるかつ繁殖能力が他の種に比べて劣りその巨体ゆえ動きも遅い。だから他の魔物がいる中腹や麓を歩き回っても自分が獲物を見つける前にその巨体ゆえ逆に向こうに見つかって逃げられちゃうんだよ。でもアヴァランチウルフは嗅覚が優れていてね。それは山頂から麓までの匂いを嗅ぎ分けられるほどなんだ。」
「すご。」
「奴らはその優れた嗅覚を使って獲物の位置を把握すると自分がいるその山頂に積もりに積もった大量の雪を一箇所に掻き集めてそれを獲物のいる中腹に向かって一気に押し出し雪崩れを起こすんだ。そうして雪崩れに巻き込まれて気絶、あるいは死んだ獲物を一気に食べるんだ。」
「はぇ〜!そんな狩りをする魔物がいるんだ。興味深いね〜。あ!でもさ、そんな大胆な方法で毎回狩りをしてたらさ、山頂から降りて来たアヴァランチウルフが食事をしているのを通りかかった他の魔物が見かけちゃう事が多いんじゃない?そうなるとアヴァランチウルフを怖がってほとんどの魔物がすみかを移してその場所ではもう狩りが出来なくなるんじゃないの?」
「勘違いしないで欲しいけど、奴らは罠にかかった獲物をわざわざ下まで降りて行って食べたりはしない。」
「え〜?首が伸びたりするわけじゃあるまいしどうやって食べてるの?」
「雪崩れで流れた雪だよ。」
「それをどうやって?」
「アヴァランチウルフは自身が触れた雪に魔力を込める事によってそれらを自由自在に操ることが出来るんだ。だから雪崩れの雪と獲物を一緒かき集めて一つの塊にして山頂まで運んで食べるんだよ。」
「なるほど!それなら言葉通り足が付かないように獲物を狩れるね。魔物が雪崩れに巻き込まれる様子を偶然見た他の魔物もそれをアヴァランチウルフの仕業だとは思わないわけだ。」
「それにしても、どうして山頂に生息しているはずのあいつが中腹どころか麓であるこんな場所にいるんだろう?穴掘ってるし。」
「最もな疑問だ。ねぇアーデナさん。アヴァランチウルフが山頂に生息しているとはいえ常に山頂にいるというわけではないんじゃないんですかね?現在進行形で穴掘ってるし。」
「うーん、ワタシが知る限りそのような習性がアヴァランチウルフにあるとは文献に載っていないはずなのですが。しかし、タツリさんの言う通り、あれもまたアヴァランチウルフのまだ知られざる習性なのかもしれないという可能性も捨て切れませんね。無我夢中で穴掘ってるし。」
「そう思うのも無理もないですよね。穴掘ってるし。」
そう言ったのは僕でも、サキハでもなく、ましてやアーデナさんの誰でもなかった。そう言った声の主の正体は僕達の後ろにいつのまにか立っていた黒いミディアムボブの少女だった。
「あ、あなたはマアゼ!?無事だったのですね!」
「ん?あぁ、お姉さんもしかしてこの子の恩師アーデナさんかな?初めましてこの体を訳あって借りてます、ポオリです。」
「するとあなたはマアゼのご先祖様であり優秀な魔物使いでもある、”擁姫”ポオリ?厳しい食物連鎖、弱肉強食のこの地に棲まう凶暴な魔物達を使役や隷属という形ではなく治癒魔法で身も心も癒し、多くの魔物との和解を図り、村人と魔物の共存共栄を実現させたというあの・・・」
「ハイハイ〜。改めましてたくさんの魔物ちゃんを愛情と魔法で抱擁。飄々としてると言われるけれど、好きな言葉は一途だよ?魔物使いのプリンセス、ポリリンことポオリです。お願いしま〜す。」
「あの〜ポオリさんでしたっけ?」
「そうだよ。お兄さんはどちら様?」
「あぁ、申し遅れました。僕はタツリと言います。こちらの馬車の部品っぽいのが闇精霊のサキハです。アーデナさんと一緒に行方不明になったあなた方英雄の末裔の子達を探している最中でこちらに伺いました。さっきはテクネノさんとファナさんに会って来ました」
「ご丁寧にどうも。そっか、あの二人の知り合いか。」
「それで二人は霧のせいで末裔であるウレイカさんとプリシタスさんを村に帰せずにいて、二人を不安にさせないために今彼女達に取り憑いているんです。」
「ほぉ、二人もか。」
「二人も、と言う事はもしかして?」
「そう、ワタシも村に帰れないこの子を守るため、この子に取り憑いてるの。」
「この霧が行手を阻んでいるのは分かりましたが、この霧が発生しているのはどうしてなのかご存知ですか?もし良かったらワタシたちに教えていただけないでしょうか?」
するとポオリさんは難しい顔をして、
「うーん、それはわたしにもハッキリとは分からないんだよな。まぁ、強いて分かるのはこの霧を発生させてるのってガラナシャだと思う。」
「ガラナシャ?」
「”狩貓”ガラナシャ。ワタシの教え子の一人、ティンシャの先祖であり英雄の一人でもあります。彼女は他の四人に比べて、村に貢献したの事ははたった一つだけだったと聞いた事があります。ただ、その一つの規模が他の四人と比べて桁違いでして・・なんでも一人で今の村の水源の役を担っている湖を一つ作ったとか。」
するとサキハが興味深々な口調で聞いてきた。
「そりゃあ凄いね。一人で湖を作っちゃうなんて、その英雄ガラナシャってのは最強格の大魔法使いか戦士だったりするの?」
するとアーデナさんは首を振って答えた。
「いえ、彼女は弓の使いに長けた腕の達つ狩人です。」
「へぇ〜、狩人が湖をか〜・・・・益々興味が湧いてきた。それってどうやって作ったの?」
「さぁ?どうやって作ったのかは流石にワタシも知りません。」
「そっか。ま、行けば分かる事だよね。」
「ハッ!そうでした!ポオリ様、優秀な魔物使いである貴方様に折り入ってお願いがあるのです。」
「お願い?」
「あそこで今穴を掘っているアヴァランチを止めて欲しいのです。このままではあの屋敷に被害が及んでしまう。それは貴方様も困るでしょう?」
「あぁ〜、心配無いよ。だってあの子はわたしが従魔契約しているからね。」
「え?では山頂にいるはずのアヴァランチウルフがこの場所で穴を掘っているのは・・・」
「そう、わたしの仕業。」
「どうして穴を掘らせているの?」
「地中からなら穴掘って村まで行けると考えてのことだったんだけどね。でも君達が来たからその必要はなさそうだ。」
「そう言う事だったんですね。ではポオリ様。屋敷が突然消えたのは一体?」
「それはあの子に屋根を口にくわえて運んでもらってたからね。この異常事態に屋敷に何かあってもらっては困るし。」
「あ、アーデナさん。よく見たら屋根にひびが入っていますよ。」
「本当ですね。というかくわえて運んだと言いましたよね?ということは結果的に屋敷をブンブンと振り回してたって事ですよね?それって・・・」
「うん、屋敷の中ぐっちゃぐっちゃ。」
「うおぃ!片付けないとマアゼに怒られますよ。」
「ま、わたしがこの子の憑依をやめない限り、本人にバレるこたぁ無いないからね。のんびりと片付けるよ。」
「僕らがこの件を解決するまでにお願いしますね。末裔の子がずっと戻らないと村の人達が心配するので。」
「わかったよ。おっと、まずはあの子を止めなくちゃね。ルーゲ〜、穴掘り中止。三人にアレ見せてあげよう。ね?アレアレ。きっと驚くよ?」
「ポオリ様、アレというのは一体?」
「さっき先生とサキハちゃんはアヴァランチウルフに詳しかったみたいだけど、今からランチがやる事を見ればその新発見に度肝抜かれるよ?」
「何をするの?」
「よしっ、見せてあげてルーゲ!土槍豪雨だ!」
彼女がそう言うと途端にルーゲが掘って積もったであろう大量の土が一気に収束し、数十個の円錐へと変形した。それらは一斉に地面に突き刺さり腹に響く程の轟音を立てて砂塵を巻き起こした。
「おぉ〜、カッコいいね〜。」
その光景に驚いて思わず僕は声を出してしまったが、ぼくよりもアーデナさんの方が空いた口が塞がらずに呆然と立ち尽くしていた。その様子を見ていたポオリさんはアーデナさんの反応が自分の予想通りだったのかニマニマしながらこちらを見ていた。
「うーん!決まったね!どう?わたしがルーゲに教えた技は?」
「これはわたしも見た事がないよ。」
「な、なぜヴァランチウルフが土を操る事ができるのですか?操れるのは雪だ・・」
「雪だけじゃないよ?この子は魔力を込めた物ならなんでも操れる。ただし、込められた魔力はすぐに分散しちゃうからもう一度魔力込めないと操れないけどね。」
「アヴァランチウルフにこのような特徴があったとは、確かに新発見です。でもどうしてこんな事が出来るようになったのです?」
「出来るようになったんじゃない、元々出来たんだよ。世間一般ではこの子の仲間は自身が触れた雪を操作出来るという認識だが、それはあくまで人間側の思い込みに過ぎなかった。改めて言うけど、実際は魔力を込めればなんでも操れる。実際は偶々雪の降る山頂を住処にしていて手軽に操れる物が雪しか無かったから雪しか操らないと誤解されてしまったんだね。」
「なんという事だ。これは、おそらく世界中の魔物専門の研究者達が喉から手が出る程に欲しい事実ですよ?!ワタシも一介の学者として興味があります。」
「あーごめんね。好奇心をくすぐったのはわたしだけど、公にするのはダメ。」
「え、なぜですか?」
「この事実が世の中に広がってしまえば、この子達は強大な兵器に利用出来ると認識されて多くの人間が我先にへとこぞってこの子達を乱獲するようになるよ。しかも屋敷よりも大きいこの体だけで十分な牽制になりうる。わたしはこの子達のもとい魔物達が持って生まれた力のせいで悲惨で過酷な生き方をしては欲しくないんだよ。」
「その可能性は考えておりませんでした。好奇心に駆られてしまうのが我々学者の最大の武器であり弱点であるのをお恥ずかしながら忘れておりました。。得た知識をただ発表するのではなく、世の中を良い方向に持っていけるように教え伝えるのが我々の使命でした。思い出させてくれてありがとうございます。」
「良いんだよ。わたしも発見した時はすごく嬉しかったし、一時的にそうなるのは無理もない。わたしは、魔物使いという魔物を使役する立場だけど、魔物達とは利用し、利用される主従関係ではなく、互いに恩恵を与える互恵関係を作るべきだと思っている。もちろん全ての生物との共存は不可能だよ?だが無駄な殺しは絶対にしない方が良いと思うんだよね。」
「全く持ってその通りです。かつて人間と魔族が争っていたあのような時代を訪れさせてはなりません。今知った事はなるべく秘匿にし、然るべき時に後世に伝えようと思います。」
「そうしてくれるとありがたいよ。ところで君たちはまだ見つかっていない他の子に会いに行くの?」
「はい、そのつもりです。次はコオミイルに行こうかと。」
「コオミイル?それが次の場所ですか?」
「はい。現状、鉱泉地パリムでテクネノ様とファナ様、そしてここではポオリ様に出会ってウレイカ、プリシタス、マアゼの三人の無事が確認出来ました。これにより北部の捜索は完了です。そして次に目指すのは村の南部にある英雄ゆかりの地コオミイル。そこに教え子の一人アドレアが居るはずです。」
「ねぇねぇ三人共。ふと思ったんだけどさ、今あそこに行くのはちょうど良い時間帯とも言えるかもしれないよ?
」
「どういう事?ポオリ。」
「君たちはテクネノ、ファナ、そしてわたしがただ霧に閉じ込められて動けないだけという現状をその目で見た。そしてこの霧の原因は英雄ガラナシャの仕業であり、今の所誰がか酷い目に遭っているわけではない。とすれば今から会いに行くコオミイルでも無事にアドレアちゃんは保護されてる可能性が高い。わたし達と同じ英雄のあの子にね。」
「今までの捜索の過程とポオリの情報で末裔の娘達の身の安全の可能性が高いのは理解出来たけれど、どうして今コオミイルに行くのが丁度良いのかの答えをまだ聞いていないよ?」
「そうだった、ごめんごめん。丁度良いというのはねその英雄ゆかりの地そのものが飲食店だからだよ。」
「飲食店?」
「正確には元飲食店かな。とりあえず詳しい事は行けば分かるよ。さぁさぁ行ってらっしゃい。」
こうして僕達はポオリさんに見送られて村の南部にある英雄ゆかりの地、コオミイルを目指した。北の街道を南に進み村を通り過ぎ、そこからさらに南に進んだ僕達がそこに着いたのは腹の虫も鳴き声を挙げる昼餉時。そして今、末裔アドレアの先祖であり英雄の一人でもあるナディアさんに料理をご馳走になっていた。ちなみに彼女も先に会った英雄達同様アドレアに取り憑いていた。
おそらくポオリさんが今コオミイルに行くのは丁度いいかもしれないと言っていたのは、もしアドレアが無事でナディアさんがいるならば昼餉時に着くであろう僕達にナディアさんが料理を振る舞ってくれるかもしれないという事なのだろう。ナディアさんはかなり社交的で友好的な性格で、僕達が自己紹介と事情の説明を終えるなり手を引っ張って僕らをこの飲食店であり英雄ゆかりの地でもある”旧・料亭コオミイル”の中に入れてくれた。アーデナさんの解説によると彼女は他の人と比べて極めて強い食欲の持ち主であり、その生涯を美味さの追求に捧げたらしく、彼女が作った数多くの料理はやがてこの村の郷土料理になったのだとか。付いた二つ名が”鍋母”。名前の由来は彼女の得意な料理の分野が大きな鉄鍋を使う煮込み料理であることと、村の郷土料理の生みの親である事にちなんでらしい。余談だが、食文化の発展に大きく貢献した彼女はそのお礼としてこの店を建てて貰ったのだとか。
そして現在、そんな彼女は両の肘をテーブルに、両手に顎を乗せ穏やかな表情で食事中の僕達を見つめていた。桃色の髪は料理人としての清潔さを意識してかお団子ヘアに小さくまとめられており、年季の入った花柄模様のエプロンは長年料理に携わってきたのが感じられる。おまけにこの貫禄というか、威厳というわけではないが母性を感じさせるこの柔らかな表情は見ていて癒される。が、こうも長い間見つめられていると流石に落ち着かない。なので僕は一旦食べるのをやめて話す事にした。
「ナディアさん。」
「どうしたのタツリくん?お代わりする?」
「あ、おかわりはまだ大丈夫です。ありがとうございます。えーっとですね、村人達の行手を阻むあの霧を出しているであろう英雄の一人ガラナシャについてお聞きしたいのですが、あなたが知っている事を教えていただけないでしょうか?」
すると彼女はパンッ!と両手を叩いて言った。
「あぁ!ガラナシャちゃんね。ガラナシャちゃんはアタシがこの村にきてまだ間もない頃、右も左も分からなかったアタシを助けてくれたんだよね。ここの地域で採れる美味しい食材の事いっぱい教えてもらって、それをきっかけに料理に興味を持っていつしか出来たのを家族だけじゃなくて村中の人に配るようになったんだ。ちなみにアタシの作る料理は隠れ食通であるガラナシャちゃんのお墨付きでね。その美味さを宣伝してこうして自分の店を持てたのはちゃんのおかげなんだよ!まぁ今は事が解決してアドレアちゃんに継承するまでお店を閉めているんだけどね。」
「それでナディア様、どうしてガラナシャ様はこのような霧を出しているのか分かりますか?」
「うーん、ごめんねアーデナ先生。アタシも流石にガラナシャちゃんの考えは分からない。」
ナディアさんは首を振りながら申し訳なさそうに答えた。
「・・そうですか。」
「ただ一つ言えるのは、ガラナシャちゃん悪戯にこんなことする悪い子じゃないって事かな。ガラナシャちゃんは口数が少なくて時々なにを考えているか分からないけど、みんなが困ってる時も落ち込んでる時も手助けしたり冷たい飲み物くれて心落ち着かせてくれたり凄く仲間思いなんだ。」
僕はその飲み物の件に少しツッコミを入れたかった。
「いや、そういう時って暖かい飲み物なんじゃないですか?洒落を言うつもりではないですが、温かいと心がホッとするというか、なんというか・・」
「冷たい飲み物飲むと頭キーンってなる事あるじゃない?そしたら頭スッキリしてくよくよ考えなくなるってgガラナシャちゃん言ってたよ?」
「体を内側から温める=心が落ち着くじゃなくて、頭冷やす=冷静になるという理論ですかね?」
「フフッ、多分そんな感じかな?」
「頭冷やさせて冷静にさせる時って水をぶっかけるっていうイメージだったけど、それだと風邪引くからっていう理由なのかもですね。本人にそういう配慮があると考えると悪い人ではなさそうですね。」
「そうそう、それがガラナシャちゃんの良いところなの!だからさタツリくん、アーデナ先生、そしてサキハちゃん。ガラナシャちゃんに会いに行ってほしいの。こんな霧を出して末裔の子達を村に戻さず、村の人達に一切干渉させないのにはきっとガラナシャちゃんなりの然るべき理由があるんだと思う。」
「理由、ですか。」
「うん、それを今確かめるられるのはみんなしかいないの。だからお願い。」
「もちろんです。この件はテクネノさんやファナさんからも頼まれていた事、引き受けるつもりでいます。だからあなたを尋ねたんです。ね?サキハ。」
「そうだね。それに英雄ガラナシャの事を教えてもらった上に、こうして温かい御馳走でおもてなしまでされたらこちらも無理だと言う訳にはいかないしね。わたし一切食べてないけど。」
「ナディア様、ガラナシャ様のお話しを聞かせてくれてどうもありがとうございました。温かい料理もご馳走さまです。ワタシ達はガラナシャ様に会いに行き必ずやあなた様の孫であるアドレアや他の末裔の子達を無事村に帰します。ですのでナディア様はその子をアドレアに取り憑いて待っていてください。」
「うん!ありがとうね、みんな。」
それからしばらくして僕らは最後の英雄ガラナシャゆかりの地を目指すことにし、店を出た。そしてあと少し歩けば目的地に着くというところでアーデナさんがプルプルと足を震わせていた。
とにかく道のりが今までの巡礼で一番過酷だった。南部の街道から村の方向に戻ってそこから東に向かって最初に渡ったゼンラン橋、リライブラ学園を通り過ぎたかと思えば、ここからさらに一山越えるのだ。この登り道も非常にきつくてとぐろを巻くようにぐるぐるとしていたのだ。僕とアーデナさんがサキハに乗って一気に登った方が速いとも思ったが、僕が自転車を運転する以上世界が変わろうとも緊急事態以外は二人乗りはしないと決めたのだ。
五人目の末裔、ティンシャ。彼女もあの山道を越えてここまでやって来たというのだろうか?だとしたらかなり強固な精神力の持ち主だ。僕は地元にいた時成り行きで運転免許を取ったが、車を運転するのが面倒くさいというのもあり、苦手というのもあって春、夏、秋は自転車、冬は歩きで移動して人知れず体力と胆力を自分なりに磨いていた。実際歩く習慣をつけてから三ヶ月以上経つと最初は1キロ未満でへばっていたのに、4キロくらいならノンストップで歩けるようになった。人類最多の体力を持っていると言うつもりはないが、こんなに疲れたのは久しぶりだった(精神的に)。これを登り切って英雄ゆかりの地までたどり着いた彼女の体力は僕と同等かあるいは桁が違うのかもしれない。サキハは当然だが遠隔中継なのでピンピンしている。アーデナさんはその・・なんていうか呼吸が僕以上に荒く吐きそうになっていた。
「アーデナさん。今、水を用意するんで待ってて下さい。」
コップを取り出し水分補給の準備をしようとしていたその時だった。
「タツリ、動かないで。」
サキハにそう呼び止められたので僕は脊髄反射で石のように硬直せざるを得なかった。なぜならば、フィクションでこのセリフを仲間に言われておきながら振り返ったり、逆に聞き返したり、適当に聴き流したりという選択をした結果、奇襲を受けたり、拐われたり、不慮の事故に巻き込まれたりと登場人物たちが様々な危険な目に遭っているからである。だからここは動かないのが正解、あとは襲撃野郎やら誘拐犯さんやら不慮の事故の原因様やら僕を襲わず、攫わず、巻き込まずに通り過ぎてくれればそれでいいのだ。というか速く通り過ぎて欲しいよ。こんなに秒という時間が長く感じたのは数少ない。今僕は給水魔法でコップに水(オレンジジュース味の記憶付与)を現在進行形で注ぎ続けているためコップからもう溢れそうである。あ、溢れちゃった。あちゃ〜これでじゃあオレンジジュースで乾いた後手がベトベトになってしまうよ。でも味がオレンジであってこれはただの水だったな。じゃあ気にしになくても良いか。うん良いな。それにしてもこの石のように硬直しこんこんと水を手のひらから出しそれをコップから溢れ出させてもなお注ぎ続ける自分の姿を客観的に見るとこれは小便小僧。否、牛乳を注ぐ女・・でもないか、一部の神社にある龍の形をしたのが口から水を出しているやつに似ているな。この間わずか5秒である。その5秒が経ったすぐあと霧の向こうから足音が聴こえてきた。僕は偶然にもそちらの方を向いていたので体を動かす事なく見ることができた。近づいてきたのは、狩人のような装いに紅葉の風景に溶け込むのを拒むような純白の外套を身に纏った肩までオーシャンブルーの髪を伸ばした少女だった。さて、ここから先はいつも通りアーデナさんの役割だ。ここでアーデナさんがこの少女をティンシャと呼んでくれれば、あとは彼女に取り憑いているであろう英雄ガラナシャとの話し合いまで行ける。さぁアーデナさん、コンタクトはあなたに任せた!アーデナさんもコンタクトを取ろうと言葉を発しようとしたのが聞こえたのだが、あくまで言葉を発しようとしたのが分かっただけだった。その直前で彼女からの声は聴こえなかった。僕はサキハに言われた事を無視せずにはいられずにアーデナさんの方を振り返る。しかし、そこに今まで息切れをし吐き気を催していた彼女の姿は何処にもなかった。今一度少女のいる方を見ると。その少女がアーデナさんを抱き抱えていた。強盗が人質をとるかのように。そして海より深い青い瞳でこちらを睨んでいるように見える。
「お前ら誰だ。」
「僕はタツリと言います。あなたが人質にとっているのはアーデナさんです。僕達は訳あって・・」
「そこにいる魔力を放った歪な馬車の説明しないのか。」
「あぁ、こっちは闇の精霊のサキハ。僕の旅仲間です。」
「歪な馬車の姿でいるのは遠い場所からこいつを傀儡として操っているからだよ。」
「で、なんの用?」
「こちらからも一応聞きたいのですけどあなたの名前はティンシャって人に取り憑いているガラナシャって方だったりしません?」
「あたしの名前ならまだしも、何故ティンシャの名前を知っているんだ。知り合いなのか?どうして取り憑いていることも・・・」
「えーっと僕達が知り合いではなくて、今あなたのそばにいるアーデナさんと知り合いなんです。」
「ほう。」
「こちらとしては一旦あなたとお話をしたいので一旦彼女を解放してもらえると助かります。あと、」
「あと?」
「早く解放して介抱してあげないと手遅れになりま ・・oh〜。※お見せ出来ません。」
「あ吐いた。」
「言わないでくださいよ。今からアーデナさんに水飲ませようと思っていたのでどこか休める場所まで連れて行きたいのですが。」
「それならいい場所がある。来て。」
僕達に対する警戒をやめたのか、彼女はアーデナさんを狩った獣のごとく片腕で抱きかかえてさっき歩いて来た方角へと歩き出した行ったので僕たちもついて行くことにした。
そこから先はしばらく霧を羽織った針葉樹の並木道が続いていてようやく林を抜けるとそこには快晴の空の下に湖が広がっていた。空や山が映るほどに透き通った波風の一切が立たない明鏡止水を顕現したかのような水面ではなく、普通に風によって波が立っている湖だった。うぅ、いつになったら僕はあの死後の世界、精神世界、悟りの境地を彷彿とさせる波風の立たない水面を見る事ができるのだろうか?とはいえこの湖も好きだ。風穏やか、波の音がザパァァァじゃなくてザプンである。もっと言葉にして言うのならザパァァァがイルカショーだとするとザプンは浴槽に使った時みたいである。ザプンという響きというか音量は生活の中で聴き慣れているからこそ心地よいというか落ち着くのだろうか?
「ここで良い?」
「うん、いいよねタツリ?」
「え、あぁ。」
湖の美しさに癒されていた僕をよそに二人は湖の近くまで歩いており、砂利の上にレジャーシートなる物をかけて座って話す準備を進めていた。僕も急いで二人のいる場所に行き改めて飲み物の準備をした。アーデナさんと僕はそれを飲んで一息つくとガラナシャさんがその様子をじぃーっと見ていた。
「よかったら、飲みます?」
彼女がコクリと頷いたので僕は同じのをつまりはオレンジジュース味のするのをあげた。すると彼女はごくごくと一気に飲み干して一言「もう一杯欲しい。」とだけ言った。そう言う彼女の顔は一見無表情、なのだが暗い影を落としていた瞳が光を帯びていて、どこか満足感というか嬉しさというか一種のデレを感じる。これがクーデレというやつだろうか。そこからガラナシャさんは水を十杯おかわりしていた。今飲んでいるのがその十杯目である。酒豪でもない人に飲み過ぎだなと思ったのは初めてだった。相当気に入ったんだろうな。そして最後の十杯目を飲み終えると彼女はフゥ〜とため息をつき、コップを置いた。今まで氷のように固まり強張っていた彼女の表情は緩み少しばかり微笑んでいた。
「とても美味しかった。ありがとう。」
「満足していただけたようでなによりです。」
「こんな綺麗で冷たくて甘酸っぱい香りのする水は初めて飲んだ。まるで飲むために造られたみたいだ。」
ガラナシャさんはそう言いながらその輝かせた瞳でコップをまじまじとみたり香りを嗅いだりと色々観察しているので、僕自家製の水に興味深々なようだ。
「水は僕のオリジナルの魔法でして、ただ冷たい水が出るだけなんです。味は僕が今まで味わった記憶のあるものをイメージしたものになります。」
「へぇ〜。あとでその手法を教えて。」
「はい。」
「それで、こんな山奥に何の用?ここはめぼしい魔物もダンジョンも無い。強いてあるのはこの湖程度だ。」
それに答えたのは水を飲んで無事回復したアーデナさん。
「私たちはタイラァの村を築いたあなた方英雄の末裔の子達が行方知らずになっていたので英雄ゆかりの地を回っていたのです。タツリさんとサキハさんは村の人に頼まれて、ワタシはタツリさん達と会ってその話を聞いて協力しています。」
「なんで?」
「貴方の子孫であるティンシャを含む末裔の子たちはワタシの教え子なんです。」
「・・・・ゆうべこの子が先生先生と呟いていたが、あんたのことだったんだなアーデナ。」
「はい、そうです。」
「分かった、それならこの子と、ティンシャと話をしてやってくれ。あたしはもう時間が迫っているからな。」
「へ?時間って・・」
その時当然ガラナシャさんは気を失いその場に倒れた。
「ガラナシャ様!」
「ガラナシャさん!」
突然の出来事に何事かと思い、僕達は急いで彼女の元に駆け寄った。アーデナさんが名前を呼びながらゆり起こすと彼女はすぐに目を覚まし起き上がった。
「ガラナシャ様、良かった。一体どうしたというのです?』
そう呼びかける彼女が目をパチクリさせながら放った言葉は、
「・・・先生?」
だった。これにはアーデナさんもある程度なにが起きたかを察したようだ。
「ティンシャ、ティンシャなのですね!良かった・・本当によかった。」
「先生ぇぇ〜、会いたかったですぅぅぅ!」
「ワタシもあなたにまた会いたかった。」
二人は互いに再会を喜びゆっくりと抱き合っていた。
「ティンシャ。あなた今まで、」
「はい、おばあちゃんに取り憑かれていました。おばあちゃんが皆さんと話している一部始終も見ていました。」
「え、それはどうして?他の子達は英雄様達に眠らされているのに。」
「それは私がここに来た時おばあちゃんの狩人の技術を継承できなかったからです。」
「継承できなかった?」
「私はおばあちゃんのような強くて逞しい孤高の狩人として生きてきかなきゃならないのに、狩人に必要な索敵も瞬発力も、基本である弓矢を使った射撃も修練を積んでもう三年経つのに全然ダメダメで。おまけにこの臆病な性格で狩りをすることにすら億劫になってしまって。昨日初めておばあちゃんに会った時も霊体の姿を見て腰が抜けちゃいました。そんな私を見ておばあちゃんは狩人の技術を手取り足取り教えてやると言って私の意識を保ちつつ私の体を操りながら狩りを教えてくれました。おばあちゃんの指導は自分で修練をしていたときよりも技の上達が早かったんです。ただおばあちゃんはずっと私に憑かず、あぁして離れるんです。」
「それはもしかしてあなたに憑いていられるのに時間制限があるとか?」
その問いに対してティンシャは首をふりながら答えた。
「おばあちゃんは・・・・村の本屋でバイトしているんです。」
「バイト!?何でですか?!」
「おばあちゃんが言うにはあの本屋生前よく通ってたみたいで、すごく思い入れがあるらしいなんです。本屋の店主に気に入った本を何冊か読む権利を報酬にちょっとしたお手伝いしてるんだとか。おばあちゃんのおすすめは〜モフモフ!キュートな魔物ちゃん達〜!って本なんですって。」
「じゃあさっき時間がないと言って離れたのも、」
「はい、バイトの時間だからですね。」
「ガラナシャ様がバイトしているのも驚きましたが、霊体でもバイトできるのですね。」
「そうみたいです。あ、あの先生。」
「はい?」
「良かったら先生見てくれませんか?私の修練。」
「ワタシがですか?」
「はい、たった数時間で一人前になれない事は分かっていますが少しでも成長した姿をおばあちゃんに見せたいんです。」
「ワタシに出来ることならお手伝いしますよ。とは言ってもワタシに教えられる事なんて全然ありませんが。そうだ。タツリさん、タツリさんならいいアドバイス出来たりしませんか?」
「え、僕がですか?」
「良いじゃん、教えてあげれば?タツリ。」
「いや僕だって教える事は無いよ?」
僕の発言を聞いていなかったのか、突風の如く迫り本当に突風を起こすティンシャの影。彼女のその両の眼は潤んでいた。
「よろしくお願いします!タツリさん!」
「う、うーん分かりました。それで、修練ってのはどんなことしてるの?」
「はい、森にいる魔物を狩ったり、解体したり、あとは木から木へ瞬時に飛び移って跳躍力と瞬発力を鍛えたり、あとは走り込みをして基礎体力をつける、ですかね?」
「なるほどなるほど、じゃあ・・・お主に教える事は何も無い。」
僕は腕を組み目を瞑り口と顎に白い髭を生やす仙人のフリをして彼女に告げた。
「そんなぁ〜!まだ何もやっていないじゃないですかぁ〜!お願いしますよぉ〜タツリさん〜!」
膝から崩れ落ち、お願い私を捨てないでみたいな感じで僕の裾に彼女は掴みかかって来る。すまんティンシャ、一度言ってみたかったのだよ。もちろんこれは僕の悪ふざけである。
「今の話を聞く限り僕、走り込みにしか付き合えないと思うよ?」
「イヤイヤ全然問題ないです!むしろ走り込みに付き合ってください。私ずっとおばあちゃん以外とは走った事無いので。他にも相手が出来るのは嬉しいです。」
「まぁ、それくらいなら僕も協力するよ。」
「はい、よろしくお願いします!」
やれやれ、こんな「パァッ!」と笑顔向けられては断れないものだよ。
「というわけで走り込みをする事になったけど、どこを走るの?湖を一周?」
「湖面ですね。」
「・・・はい?」
「小さい頃からずっとこの湖面で走り込みをしているんです。じゃあついて来て下さいねタツリさん。よっと!」
ティンシャの強い踏み込みと共に僕の方に一陣の突風吹き荒れ、水面を蹴りバシャバシャバシャと激しいしぶきを上げている彼女がどんどん遠ざかっていくのが見える。
理論上人が水面の上を走るためには時速108kmで走らなければいけず、言い換えるならそれは水の上を走ることを可能とする生物であるバシリスクが一秒間に最低でも約二十歩分足を動すというの真似しなければいけないのだ。それは人間の体力の限界をとうに超えている領域だ。とは言ってもそれはあくまで僕の元いた世界でのお話なんだろう。
「ホラ、タツリ行って来なよ。修練付き合ってあげるんでしょ?」
「え、あ、あぁ。分かったよぉ〜、じゃあ行ってきます。アイルビーバック。」
「え、タツリさん水の上を走れるんですか?」
「それは無理ですね。」
僕はそう言って地面を突風が吹き荒れるくらいに強く蹴る・・ことはなく真っ直ぐ突っ立ったまま、つまりは自然体で水面の方に真っ直ぐ進んで行った。そして数秒後ようやくティンシャにに追いついた。
「あ、タツリさん!良かった来てくれたんですね!水面を走ると言ったので着いてきてくれないかと思いましたよ。でもタツリさんそれなんか走ってるっていうか浮いてませんか?」
「あぁ、闇魔法の引力で全身を引っ張ってもらっているんだよ。今は真っ直ぐ進む事を想定してこの先にいくつもの魔法陣を展開しその方向に引っ張ってもらうイメージをしているんだ。ところで僕も聞きたいんだけど。」
「はい。」
「それ、どうなってんの?」
「どう、とは?」
「君の持つ水しぶきが発生する程の脚力がすごいなと思ってさ。一体どんな鍛え方をしたのかと思って。」
「あぁこれですか?これはですね、家のしきたりでクラナ山道を小さい頃から何回も往復してたから、ですね。」
「クラナ山道?」
「ほらほら、この湖に来る途中で身も心も疲れそうな長い長い山道通って来ましたよね?」
「あぁ、あの道か。たしかにあれキツかった。」
「はい、私も数回往復しても全然慣れませんでした。でも五十回目くらいから段々と疲れなくなっていって、足腰昔よりも少し強くなっていったんです。」
「ちなみに今までどれくらい登ったの?」
「えーっと、一日三往復するのを四歳の頃から約十一年間続けてたので・・・大体一万二千ちょっとくらいでしょうか?」
四・・・歳?あの山道を平然と登るから凄いとは思っていたがまさかそんな幼少期からの積み重ねがあったとは。僕は自身が井の中の蛙である自覚が足りなかったようだ。
「タツリさん!前、前、前!」
僕はその声に反応するのが遅れて気付けば来ていた向こう岸の林に激突するところだったが後方に自分を引っ張って十分に減速することに成功した。減速はしたものの完全に停止する事なくそのまま向こう岸に地面を靴底で地面をジャリジャリと言わせながら着地した。後に続いたティンシャは飛び上がり地に足が付くと同時に地面をジャリジャリと言わせて無事着地した。
「大丈夫ですか?タツリさん。」
「ごめんごめん。僕もよく歩いて遠出する習慣があったんだけど僕よりもその歴が長くて驚いちゃったんだ。」
すると彼女は頬を少し赤らめながら突然モジモジし始め恥ずかしそうにしていた。僕は一度座ろうと提案して湖を眺めながら彼女の話を聞くことにした。ティンシャは顔を俯かせながら話し始めた。
「やっぱり変ですよね。家族のしきたりとはいえ小さい頃から十一年も山を登り下りしているなんて。私体力がつく事はいい事なんだと小さい頃は思ってたんですが、あまりにもつきすぎると周りと感覚がズレるって気付いたんです。七歳くらいの頃村からこの湖までみんなで競争しようって近所の同い年の子達に提案した時なんですが、無理っていわれました。理由は私がここまで徒歩で行ける前提で、周りは馬車を使ってじゃないと行けないという前提の下で話していたから。それ以降私は友達を作らずひたすらに体力作りをしました。それから体力が付く度に同い年の子達だけでなく村の人達との距離は離れていく一方でした。でもずっと一人だったわけじゃないです。アーデナ先生やウレイカ、プリシタス、マアゼ、アドレアみんなそんな私を受け入れてくれました。ある日かけっこする事になって私が凄い速さで走っても絶賛してくれたり、私が趣味にしている焚き火や読書に興味を持ってくれたり、私を受け入れるどころか知ろうとしてくれたことが本当嬉しかったんです。タツリさんは、私みたいなお淑やかって言葉から駆け離れた人並み外れた体力を持つ屈強って感じの女の子ってどう思いますか?」
「親近感が湧く、かな?」
「へ・・・・、親近感?」
彼女はその言葉にパッと顔を上げポカンとしている。そんな彼女に僕は言葉を続ける。
「そうそう、僕も君と同い年くらいの頃から馬車(自動車)を使わずに遠くまで歩く習慣があってね。疲れるし時間かかるしで良いことは少ない。でも僕は馬車のような便利なものが使えなくなる世の中が突然来てしまったらいざ遠くへ行きたいと思った時に歩いて行くという発想が出来なくなるだろう。そう考えてあえて歩くことにより体力だけでなく、遠くまで歩こうという胆力を身に着けておこうと思ったわけさ。その事を友人や家族に話して疎まれる事は無かったけれど、変わり者だとは言われたね。僕自身もそういった意味でみんなとは違うと感じてたんだ。そして自分のような変わり者はそういないと思っていたのだけど、君がいた。僕と全く同じってわけじゃないけれど、似た境遇を持つ君がいた。それは僕にとっては僥倖と言えるね。」
「そうだったんですね。タツリさんも同じか。それにしてもタツリさんの考えていることはちょっとというか、かなり大袈裟にも聞こえますが、ありえなくは無いですね。」
「でしょ?だから言うなれば最終的に信じられるのは己の肉体というわけさ。」
「ウフフッ、そうかもですね。」
「何の話をしているの?」
いつの間にかいガラナシャの帰還に驚くティンシャ、そしてそれを気にせず引き続き湖を眺める僕。ここで水切りやりたいなぁ。
「うわっ!おばあちゃん!いつ帰って来たの!?」
「さっき。それで帰って来てみればティンシャはタツリと一緒に走り込みをしているとアーデナとサキハの二人に聞いたから様子を見に来たけど。タツリ・・・・」
「ハイ。」
僕は振り返らずに返事をする。
「何あたしの孫と湖畔に座ってイチャコラしてるの?」
振り返らないのは彼女が怖いからだ。今僕の真横に自分の顔を寄せ、静かながらも怒りに含んだ冷ややかな目でこちらを見ているのがひしひしと伝わってくるからだ。僕は冷や汗を垂らしながら苦笑いで答える。
「えーっと、ダメでした?」
「ダメ。許さん。お前を射抜く。」
わずか三単語で否定と怒りと殺害予告されちゃった。
「ティンシャ体貸して、今からコイツを狩らないといけないから。」
突然の殺害予告にティンシャは慌てふためく。
「待って待って!別にタツリさんは別に、その・・イチャイチャしてたわけじゃないよ!ただ共通の話題というかなんというか・・と、とにかくタツリさんと普通に話していたの。そういうのじゃないから!」
「そう、ならいいけど。」
かくして僕は彼女の弁明により狩られる事はなく、ガラナシャさんもその怒りを鎮めてくれたのだ。
「そうだ、ティンシャに伝えておかなきゃいけないことがある。」
「ん、何?」
「ティンシャ、もう修練はやらなくていい。」
「え?」
その発言に彼女はゆっくりと立ち上がる。
「や、やらなくていいってどういうこと?」
「はっきり言うとお前はあたしの技を受け継ぐ器じゃない。あたしを上回る体力があるのはすごいと思う。けれども弓射や索敵、周囲の物を使った投擲すらも出来ないようじゃ、あたしと同じ狩人にはなれない。」
「い、今はダメでもこれからもいっぱい修練すればいつか私だって」
「いつかじゃ駄目なんだ。本来であれば今日、というか昨日の時点でお前は狩人の技を全て習得している段階でなきゃいけなかった。あたしから修練を提案しておいてすまないけど、もうお前には何も教えない。」
必死に自分がまだまだやれる事を伝えようとするティンシャ、しかし彼女の言葉にガラナシャの重い声がのしかかった。自分にはまだやる気があることを最後まで聞いてもらえず、昨日の今日という短い時間で突然見限った事を告げられてこれまで笑っていた彼女の顔は虚ろにならざるをえなかった。そしてまた彼女は俯いてしまった、さっきよりも深く。そしてかすかに震えている。呼吸も乱れている。言うまでもないがきっと彼女は顔が熱くなって涙が溢れそうでとっても苦しいのだと思う。
「そ、そんな。それじゃあ私は、わたしは・・わ・・たしの努力した十一年間は無駄だったんだね。もの心ついた時から家のしきたりだって言われて周りから疎まれてもなお何回も長い山道を登り降りして、学園でかけがえのない友達が出来たと思っていたけど会って話せたのはたった三年間であっという間に別れて、自分は才能が無いと分かっていながらもそれでもいつかはみんなと同じ村を支える英雄になれると思っていたんだけど・・・・そっか、いつかじゃだめなんだ。」
顔は見えないが、彼女の段々と霞んでいく声が、すすり泣く声が、波音がほぼ無音に近いほどの静けさで地面に涙がポタッポタッと落ちていく音が聴こえてくるものだから、ティンシャの抱えた気持ちが痛いほどに伝わって来る。僕は慰めたかった、何か言葉をかけてやりたかった、でもこういう時、感情が心の中でうまく整理できずにぐちゃぐちゃになっている時どんな励ましの言葉も耳には届いても心には響かないだろう。今の彼女の身と心に容易に触れてしまえば余計に追い詰めてしまう。そう考えた僕はティンシャを慰めるのも励ますのも躊躇ってしまった。そんな選択をしてしまったので彼女は一人でどこかへと走り出してしまった。ティンシャになにもできなかった僕はガラナシャさんになぜ彼女にあのような事を言ったのかを聞くことにした。
「ガラナシャさん。あなたの言ったことは事実なのかもしれない。とはいえ、なにもあんな言い方をしなくてもよかったんじゃ?」
「今のあの子にあたしが背負ってきた使命は重すぎる。」
ガラナシャさんはティンシャとは対照的に声色を変える事なく言った。
「使命?それって一体?」
「奴らから村を守ることだ。」
「奴ら?魔物か何かですか?」
「あぁ、ここからドクトニーク山が見えるんだが?分かるか?」
「はい、見えますね。」
「今から八十年前、あたしがまだ生きていた頃。あの火山が噴火したんだ。噴火自体はそこまで激しくはなかったが、その後が大変だったんだ。」
「その後?」
「あの山の火口から魔物の大群が出て来たんだ。しかもただの魔物じゃない。溶岩の持つ熱を全身に纏った魔物達だ。あの時はここら一帯が危うく焼け野原になる所だったよ。あたしが止めたけど。」
「その時はどうやって止めたんですか?」
「この湖を作って止めた。」
「この湖を?」
「当時ここは湖なんてなくて、まだ草木が沢山生えてた。魔物が押し寄せていた時偶然この辺りを歩いていたあたしは水の湧き出る音が聞こえたから、空高く飛び上がって矢を一本水が流れている深いところまで届く威力で放ったんだ。そしたら矢の衝撃で地面が崩壊、そしたら豪雨のように水が吹き出した。吹き出した水は進行していた魔物達に降り注ぎ魔物達の動きを鈍らせた。その隙をついてあたしは全ての魔物を狩りつくして村を守った。でもあの子が生まれる数年前、ふと火口の様子を見に行ったらマグマの中で再び魔物が生まれていた。その時もティンシャがこの場所と村を行き来していた時期もあたし一人でなんとかなった。でも魔物が一度に出てくる数は日に日に増えていった。最近発生したのは一昨日でざっと千三百体だったか。生前あたしが止めたのは大体千五百くらい、最近のが千三百だったとしたら次に発生するのが千五百以上でもおかしくはない。それはあたしでも止められるかどうかだ。」
「もしかしてティンシャにあんな事を言ったのは・・」
「そう、あの子にあたしが背負ってきた以上の負担を背負わせるなんて酷だと思ったんだ。」
「それならそうと言ったら良かっ」
「タツリ、ガラナシャ、緊急事態だよ。」
心臓が飛び出るくらいに突然サキハから念話が送られてきた。
「サキハ、どうしたの?」
「ドクトニーク山周辺で大量の魔物の気配を感知した。理由は分からないけど、どうやら村の方に向かってるみたいだ。この速さだと日没になる頃には村まで押し寄せるんじゃないかな?」
「えぇ!?」
「サキハ、数はどれくらいだ?」
「あくまでわたしが把握できる範囲内だけど4、5000くらいかな。」
サキハの念話が来た時薄々そうなんじゃないかとは咄嗟に思ったけどまさか本当にガラナシャさんが遅れていた事が起こるなんて・・
「と、とりあえず一旦そっちに戻って合流するよ。」
「待って、たった今一つの気配が猛スピードで魔物の大群へ向かってるのを感知した。タツリとガラナシャが今そこにいるんだよね?ということは、この気配は・・・・」
「もしかして・・・ティンシャ?」
その可能性が頭によぎった瞬間僕はすぐさまガラナシャの方を振り返ったが、彼女の姿は既にに藪の奥の方にへとあった。僕は彼女を追いかける事にした。そして疾風のごとく森を抜けようとするガラナシャさんを見つけた。
「ガラナシャさん!」
「ん?二人と合流するんじゃなかったのか?」
「そう考えはしましたけど、サキハならアーデナさんを守ってくれるだろうし、僕もティンシャの事が心配です。あと僕ならサキハと同じように気配の察知もできます。ティンシャの現在位置の把握は任せてください。」
「・・・分かった。頼む。」
「了解です。」
自分を中心に魔法陣を広げ感知できる範囲を広めていく。特にドクトニーク山の方に意識を集中させながら。気配の察知を続けて約数分くらいたった頃、人型の気配を感じ取った。
「ガラナシャさん!ここから5km先の場所に人型の気配です。」
「ここからっていうと、恐らく山の麓の前か。急ぐぞ。」
「はい!」
僕達はそこからスピードを上げ気配のある方へと向かった。やがてその場所に着くと山を見上げ身を震わせているティンシャの姿があった。僕は彼女を見つけるなり彼女に声をかけつつ近づいていった。
「ティンシャ!大丈夫?」
「あっ!タツリさん!あ、あれって・・」
「溶岩の熱を纏った魔物の大群だよ。あれは今村に向かっているらしい。」
「えぇ!?そんな!それじゃタイラァの村が焼き尽くされちゃいます!」
「ティンシャ。」
「おばあちゃん!大変だよ、このままじゃ村がなくなっちゃう!なんとかして村を守らないと。」
「前はあの湖の水で魔物達の動きを鈍らせたんですよね?」
「そうなの?それならまた湖を使えば、」
「無理だ。」
「え?どうして?」
「あの時は湖を作る際地下から勢いよく吹き出した水が雨みたいに降り注いだからなんとかなったものの、今はただの大きな水溜りだ。使いものにならない。しかもあたしが止めた時よりも遥かに多い数が押し寄せてきてるから止めることは出来ない。ここは逃げた方が良い。どの道タイラァはあれに飲み込まれる。」
「い、イヤだよ!村を見捨てるなんて、そんな酷いこと・・出来ないよ。お願いおばあちゃん、私も協力するから一緒に村を守ろう?」
「出来もしない事を出来ると出まかせ言う方が酷い事だろ。」
「うぅっ・・・・なんでそんな事言うの!おばあちゃんは村の皆が魔物に襲われて死んじゃってもいいの?」
「そんなことは言ってないだろ。それに村が無くなるだけで、必ずしも村の人達が死ぬわけじゃない。みんな異変に気づいて逃げるだろう。こうなったら村人はバラバラになるだろうけどさ、また別の場所で基盤を作っていくしかない。」
「みんなの命が村の事より大切なのは分かってるよ。でも、また一からやり直すなんて無理だよ。」
「いいからお前も逃げろ。お前ができるのは今すぐここを出て行って生き延びることだけだ。」
お互いに顔を強張らせ、かすかに睨み合い喉を唸らせている。すると二人の視線は僕の方へと向いた。
「タツリさん!タツリさんからもおばあちゃんになんとか言ってください。村を守ることがみんなを守ることにつながるはずだから。お願いします!」
「タツリ、あの村をお前が守らなきゃいけない義務も責任も無い。ティンシャはあたしが無理矢理にでも安全な場所に連れて行く。だからお前は先にあの二人と一緒に逃げていい。」
「おばあちゃん!私嫌だからね、村のみんなを見捨てて私だけ生き残るなんて!村を守れないにしても私はみんなにこの事を知らせてから私は逃げるよ。」
「却下。それじゃ非効率だ。間に合う保証がないだろ。ほらさっさと憑依するから、体貸しなティンシャ。」
「いーやーだー!ウレイカも、プリシタスも、マアゼも、アドレアも、アーデナ先生も・・・私の大切なの!せっかく会えたのに・・打ち解けられたのに・・・・お別れなんて嫌だ!一から生活の基盤を作ることは何度でもできてもかけがえの無い仲間を見つけるのは何回でも出来るわけじゃないの!おばあちゃんが言っても聞かないって言うんだったら今からでもみんなに私が伝えに行く。」
ガラナシャさんはそう主張する彼女に痺れを消えらしたのか、小さなため息を吐いて言った。
「わかった。もういい、無理にでも連れていく。」
「ちょっ、ちょっとおばあちゃ」
僕はその会話に横槍を刺すように口を開いた。
「あ、すいません僕から提案があるのですが聞いてもらっても?ダメだったら却下で構わないんで。」
「ん?何だよ?」
ガラナシャさんが不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。僕は一瞬たじろぎながらも彼女に意を決して言う。
「ガラナシャさん、あなたがティンシャに憑依出来るのならその状態で魔物達と戦ったらどうですか?」
「は?なんで?」
「確かにガラナシャさんの言う通りティンシャが無理にでも村の人を守ろうというのは無謀だと思います。出来るかどうかという前提で考えるのならあなたの提案の方が実行しやすい。だけど全く問題が無いわけではない。」
「問題って?」
「魔物の行動範囲が確定していないという事ですよ。魔物があの山から出てきたことは分かっていても、どこまで進行するのかはまだ検証されていない。このまま逃げてもその場所までまた迫ってくるやもしれない。そしたらまた逃げなきゃいけないと追いかけっこになると思いません?僕が言いたいのはここで逃げるという選択肢をした結果、背負うリスクは重くそれが長期的に持続する可能性があるという事です。」
彼女は視線を逸らし少し考え込むとこちらに向き直って口を開いた。
「確かに、たとえ今ティンシャを安全な場所に逃しても、奴らの行動範囲が分からない限りいずれまた襲われる可能性は捨てきれないな。となれば安全を確保するためにはやはり奴らを全滅させるしかないわけか。」
「そういう事です。」
「じゃあ聞くが、タツリ。あたしとティンシャが協力することで四千を超えるあの魔物達を全滅させられる勝算がお前にはあるんだな?」
「えぇ、もちろん。」
「ホントですか!?タツリさん!」
「あぁ。ただその前に一つ確認しておかなきゃいけない事があるんだ。ティンシャ協力してくれる?」
「私にできる事なら、なんなりと!」
「ありがとう。じゃあ早速だけど、そこに転がっている岩をあのずっと向こうにある水溜りまで飛ばしてもらいたいんだ。」
ティンシャは僕が指さした自分の目の前に転がるサッカーボールくらいの岩とハッキリと見るには双眼鏡が必要なくらい小さく見える水溜りをそれぞれ見ると言った。
「こ、この岩をあの水溜りまで飛ばすんですか?運ぶんじゃなくて?」
「あぁ、そうだよ。」
「ここから水溜りまで150mくらいはあるな。タツリ、この子はあいにく投擲ができるほどの力や技術が・・」
「何も狙う必要は無いですよ。ただ届かせれば良いだけ。そして腕力で飛ばさなければいけないという制限もつけません。腕力がないのなら、蹴って飛ばせばいいでしょ?」
「なに?」
「ティンシャ、君はただまっすぐ蹴って届かせれば良い。シンプルだろ?」
「は、はい!やってみます。」
彼女は元気な返事を終えると岩の前に立ち足を振った。そして見事あの池まで岩を届かせることができた。その間体感にして約0,5秒。こっちが1秒数え終える前にはすでに水溜りなんてとっくに通り過ぎており、やっと数え終える頃には林の奥へと突っ込んでいき3秒後爆発音と爆風と爆風の衝撃によって飛ばされた無数の落葉がこちらに飛んで来た。やがて落葉が僕らを通り過ぎ視界が晴れる頃には向こうにある林が豪雨の如く激しくも美しいあまたの紅と黄の葉を降らせ、辺り一面を橙色に染めようとしていた。ふと二人の顔を見ると二人とも目を丸くしてあいた口が塞がらない様子であった。僕もその光景に心奪われはしたが、想定内でもある。
「と、届いたな水溜りまで。というか通り過ぎてたな。」
「お、見えました?いや〜よかったよかった。ティンシャ、一応聞くけど今のって本気で蹴った?」
「い、いえ?」
「うんうん、やっぱりね。先の蹴りは思いっ切り足を振り上げるようなものではなく、つま先を軽く岩に向かって突き出すような挙動だった。これは何を意味するか、もうお分かりですよね?ガラナシャさん。」
「本気を出さずとも岩が当たらずとも、あの岩のひと蹴りで、ここら一体を荒地に出来るな。」
「その通りです。」
「まさか私にこんなことが出来たなんて知りませんでした。」
「逆に今まで知る機会がなかったのが奇跡というか、かなり運が悪いとしか思えないね。まぁそれはさておき、どうですガラナシャさん?本気を出さずこの威力なら魔物なんてケチョンケチョンでしょ?」
「待てタツリ。疑問なんだが、今日会ったばかりのお前がなぜこの事に気付くことが出来た?」
「うーん、気付いたと言うよりかは予測できたの方が適切ですね。きっかけは走り込みを一緒にやったのとティンシャから聞いた鍛錬の作法ですね。ティンシャは走り込みの際、湖の上で残像が出来るほどのすばやさと水しぶきをあげるほどの勢いで脚を動かしていました。はっきり言って人間の体力の限界を超えています。それだけではなく彼女は11年間、村とあの湖の間にある長く険しい山道を行き来し圧倒的な体力も手に入れた。それで彼女が限界突破をした体力と脚力を持っているという検討が付きました。そう思った僕はもしかしてと思い、彼女に岩を蹴らせたんですよ。」
「広範囲を更地にする程の脚力、それをほぼ無尽蔵に扱える圧倒的な体力。あの数とやり合うには、この二つは十分すぎる要素だ。タツリ、お前の勝算というのはティンシャの力でさっきみたいに岩を蹴り飛ばす要領で魔物を狙い撃ちするというものか?」
「えぇ、そうですよ。」
「そうか。だがタツリ、まだ不確定かつ足りない要素があるぞ。」
「ん?」
「しつこいようだがティンシャは弓射も投擲のような狙撃そのものが得意じゃない。それに都合の良いように弾丸になるような岩もどこにでも落ちているわけでもない。この二つの問題をどうする?」
「狙い撃ちの面はあなたが彼女に憑依すればいいのです。英雄と謳われたあなたであれば狙い撃ちくらい児戯にも等しいでしょ?狙うのはガラナシャさん、蹴るのはティンシャの強靭な肉体です。あと、弾なら僕が用意するんでそれも問題無いです。」
僕は指をパチンと鳴らして水晶玉のような球体の氷を一個二個三個四個と次々に出現させた。
「どうです?あとは山の麓近くまで行って移動しつつ実行するだけだと思いますよ?」
「分かった。お前の提案をあたしは受けることにする。あとはティンシャ次第だ。ティンシャ、お前はそれでいいか?」
「うん!この三人で村を守ろう!おばあちゃん。」
「あぁ、じゃあいくぞ。」
「うん、来て。」
そう言うとガラナシャさんは目を瞑って立つティンシャの体に入って行った。するとすぐさま目を開けて僕の方を向いて言った。
「準備は整った・・・行くぞ。」
〜同時刻、湖にて〜
わたしはタツリ達のやりとりを聞いていた。
「フッ。タツリ、ついにあれを実戦で使うんだ。」
「え、なんの話ですか?」
「あぁ、それはね」と言いかけた瞬間、ドクトニーク山の麓辺りで轟音と共に大きな土煙が巻き起こった。わたしは何が起こったか大方分かってはいるがアーデナは・・おっ、驚いてるな。
「始まったか。じゃあわたし達はここでゆっくりタツリの用意してくれた。れもねーど?ってのをあらかじめ温めておいたのを飲むとしようか。とは言ってもわたし飲めないからアーデナが全部飲んでいいよ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。明らかにさっき何か言いかけてましたよね?さっきすごい爆発が起こっていましたけど、一体あの場所で何が起こってるんですか?」
「あれはあの三人の仕業だね。現状、あの山から魔物の大群が進行を進めている。それを三人は阻止しようとしている。主にティンシャが主力となっての作戦みたいだね。タツリが魔法で氷玉を作り、それをガラナシャがティンシャの体を憑依して操って蹴り飛ばしているね。場所は・・・ドクトニーク山の麓、今まさに魔物がいる最前線か。なるほど、こいつは驚いた。本当に氷玉を生成して蹴り飛ばしては魔物たちを蹂躙しているね。」
「それです、サキハさん。」
突然アーデナがわたしに指をさした。いや、わたしというより話していた内容に対してだろう。
「どうしたの?」
「そのタツリさんが氷玉作っているという点がどうも引っかかります。タツリさんがティンシャと走り込みをしてここを去った時、タツリさんの適性は飲み水を出す魔法を除けば闇属性だけだとサキハさんは言っていました。それなのにどうしてタツリさんは氷玉をつまりは氷属性の魔法を使えるのですか?」
「それはね、闇魔法で氷属性の魔法を発動させたから、だね。」
「・・・・は?」
「ふむ、その顔を見る限り、何当たり前のことを言っているんだとでも言いたいようだね。」
「全然違いますよ!逆です、逆!闇魔法で氷属性を使うなんて理解ができないと言いたいですよ。」
「じゃあ説明の前に闇魔法の持つ特性がどんなものか覚えているかな?」
「え?はい。確か闇魔法の特性は引き寄せる力ですよね?とすればタツリさんはなにかしらを引き寄せて氷属性を扱うことができた事になりますが、一体なにを引き寄せたんですか?」
「魔力だよ。」
「魔力を?」
「これはわたしの家での出来事だったんだけどね。ある日タツリが熱心に何か読んでいたんだよ。なにを読んでいるのかと聞いてみたらわたしが興味本位で買った初級魔法の指南書だった。タツリは魔法の術式と魔法陣がかかれている項目を見ながらわたしに言ったんだよ。“ここに書かれている通りの術式の形に魔力が集まれば理論上その魔法が発動するんだよね?“とね。それに対してわたしはそうだ、と答えた。それを聞いたタツリはわずか数日で闇魔法を介して魔力を集め術式を構築し適性の無い属性も使える擬似魔法を開発したんだ。わたしは200年以上生きてきたが、わたしが両親から教わり体に刻み込まれた闇魔法の戦闘は周りの物を操って飛ばしたりぶつけたり、敵そのものに干渉したりとその場の状況に瞬時に対応するものだった。わたしはその戦い方がやりやすかったし、生活にも応用できたからそれで満足していた。だがタツリのあの発見をまの辺りにしてわたしの心奥深くに眠っていた知的好奇心と探究心が芽生えたんだ。それからというものわたしも読むだけで終わっていた様々な魔導書を読み漁るようになったんだ。わたしも色んな魔法を使ってみたいからね。」
「魔力を集めて別の魔法の術式を構築する、ですか。それはワタシも考えられなかった方法ですね。でもその方法って普通に魔法を使うより非効率では?」
「ほう、というと?」
「確かにその方法は他の属性の適性がなくとも魔法を使う事が出来るのだと思います。でも魔力を集めてから一から術式を構築するというやり方では魔法の階級が上がれば上がるほどその分魔力の集束と術式の構築に時間がかかります。たとえ簡単な術式の初級魔法のみを使って発動速度にフォーカスを当てたとしても、それで威力が上がるわけでも効果が大して変わるわけでもありません。最初は画期的で先進的なものだと感銘を受けましたが、改めて考えるとそれは発動速度が既存の魔法より劣る下位互換のものとしか思えません。」
「その通りだよアーデナ。魔力を集める、術式を一から構築する、それで魔法を発動するなんて非効率だ。それなら普通に適性のある魔法の呪文を詠唱して発動すれば良い。それらの過程を魔法のシステムが勝手にやってくれるからね。いちいち頭で考える必要はないから確かにこちらの方が効率的だ。もちろんタツリもその二つのことに気付いていたんだよ。だがタツリはその弱点を補完する体質を生まれながらに持ち合わせていた。」
「体質?」
「タツリは左利きだった。学者であるアーデナならこの意味が分かるんじゃない?」
アーデナはわたしの思惑通りそれを聞いて大きく目を見開き、はっとした表情をしていた。
「まさか!タツリさんって・・・」
「そう。タツリは五百年に一度、わずか数人しか現れない数少ない魔法使い。言わば“魔龍型”なんだよ。この世界では多くの人間が生まれながらに右利きで複数の魔法に適性があり、鍛錬を積めば積むほどに複雑な術式を使った高度な魔法を使うことが出来る “賢者型”だ。それに対し魔龍型は賢者型に比べて使える魔法の適性が少なく複雑な術式を使った高度な魔法が使えない傾向がある。その代わり保有できる魔力量はこの世界の最強種である魔龍と同等で、発動する魔法は単純ながらもその出力は異常で本気を出せば国一つを滅ぼせるくらいだ。つまりタツリは異常な出力と速さで魔力を操って既存の方法にも劣らない・・いや、それを上回るほどの速度で魔法を発動させることができるんだよ。あとはさっきも言った通り魔龍型は保有する魔力が多いから出力が多少強くても魔力切れの心配はほぼ無い。このような理由でタツリは闇魔法を使う上での弱点を克服しているんだよ。わたしの講義はこれで以上になる。ここまで何か質問はある?」
「えーっと、この方法はやはり秘匿にした方がいいのでしょうか?」
「そうだね、闇魔法はわたしの知る限りわたしとタツリ二人だけで全然見かけないし、その存在自体も疎まれている。教え広めたとしても受け入れてくれるのは極一部だろうね。あとはアーデナ自身が学者としての立場に影響を受ける可能性もある。まぁ一つの知識として覚えてくれればいいよ。ハイ、今更だけど”れもねーど”。」
「ありがとうございます。ゴグッ、ん?美味しいけど、なんだかぬるいですね?」
「わたしの講義を真剣に聞いていたから冷めちゃったんだよ。」
次回は引き続きタツリ視点で物語が続きます。




