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お祝い中止で人探し 廃れた学舎の泥酔お姉さん

 サキハの家を旅立って数日、ようやく渓谷を抜けた僕とサキハは、高原地帯に入った。

 「やっと一段落だ。ここ数日崖と岩しか見てなかったから、頭ん中岩肌一色でいっぱいだったよ。」

 「わたしはずっと見慣れた光景だからなんともないけど、そう言うってことはタツリにとってはかなりストレスだった?」

 「半分はそうだね。もう半分は草木の生えるこの景色に新鮮味というか喜びを感じているよ。それにしても、ここはあんまり寒くないね。どっちかっていうと涼しいって感じ。」

 「寒期はまだまだ先だからね。とは言ってもどんどん寒さが近づいているのは間違いないよ。」

 「渓谷からはとりあえずサキハに付いて行ってるけど、これ、何処に向かってるの?」

 「この辺りには宿場があるんだ。あと数時間で日が沈むからね、今夜はそこで休むよ。」

 「分かった。」


 「着いたよ、ここだ。」

 「おぉ〜!ここが。」

広大な原っぱ、奥には木々が並んでおり荘厳で見上げる程の富士山のような大きな山がある。蝦夷富士や津軽富士も木がたくさん生えて緑色なはずなのに遠くから見ると青く見えるんだよなぁ。外国人が青汁を見て日本人は緑を青と呼ぶのか?と考察していたのをテレビで見たことがあるけど、例えば青々としたという自然の彩りを表す言葉は遠くから富士山が青く見えたから生まれたのがきっかけだったりしないだろうか?また思い出したら考えよう。今はこの情景の美しさを感じていたい。

 山の麓に高床式で木製一言で言えばコテージのような小屋が幾つも建っていた。それぞれの小屋の前で煙が立ち昇っており近づいてみると他の旅人達が焚き火を囲んで座っていた。

 空気の美味い山麓で静かに燃える焚き火、パチパチと爆ぜる音、漂ってくる炭の香りは服に付いたら嫌なのに芳しいと思うほどに癖になる。遠くから微かに頬に伝わる包まれるような暖かさにもまた癒される。やっぱり焚き火って良いな。

 「タツリ、ちょっと止まって。」

 歩きながら焚き火を楽しんでいると、サキハに呼び止められた。

 「どうしたの?」

 「宿場に入ってからずっと気になってたんだけど、なんでハンドルを掴んで車体を引こうとしてるの?わたしは自分でちゃんと動かせるよ?」

 「ごめん、ここに入ろうとした瞬間気になり始めてさ。だってただでさえ自転車というのはこの世界じゃあ珍しい存在なのに、それがひとりでに動くなんて大騒ぎになると思ったからさ。」

 「従魔とか魔道具とかって言えばいいんじゃ?」

 「そしたら悪徳魔道具オタク的みたいな人に目つけられていずれサキハの存在がバレちゃうよ。」

 そんな会話をしているうちにキャンプ場の管理棟兼受付のような建物に着き、一旦 自転車(サキハ)を入り口前に置いて行った。

 

 「ようこそ、”ドクトニーク山”西山麓の宿場、パラザトへ。長旅ご苦労様です。何日泊まっていかれますか?」

 「一晩でお願いします。」

 「かしこまりました。では一泊で銀貨2枚になります。」

  それから必要事項の記入をして、小屋の鍵を貰い、自転車(サキハ)は小さな荷車という提で申告した。本来荷車はリアカー並みに大きい物を指し、その類の物は馬車同様馬小屋に置くらしいのだけど、この自転車のサイズくらいなら小屋に持って行っても問題無いとの事だったので僕は持っていくことにした。車体を運んでいる途中、サキハが「よかった。危うく馬と一緒に雑魚寝するところだった。」と言っていたがリモートで旅行してる奴が何言ってんだか、本体の君はずっと自室でゴロゴロしてるだけじゃないかと僕は思った。

 そのあと僕は揺れ椅子でうたた寝していた所を絶え間なく燃え続ける暖炉の火の強く爆ぜる音に起こされて目を覚ました。窓の外はもう日が沈んで真っ暗。すっかり目が覚めてしまったので夜風にでも当たろうと僕は小屋を出た。扉を開け階段を降りると隣の小屋の前で揺れる焚き火とそれに薄暗く照らされる人影が目に入った。折角新天地で人に会えたのだから挨拶でもしてみようと僕はその人の元へと近づく。僕が焚き火の近くまで来ると相手も顔を上げてこちらを見てきた。僕は怪しまれないよう自分から話しかける。

 「こんばんは、今日は冷えますね。」

 「あぁ、こんばんは。何か用かな?」

 黒のマッシュヘアーに色白の肌。焚き火に照らされる綺麗な瞳。正に美男子に相応しい人だ。一瞬見惚れたが気を取り直して話を続ける。

 「えーっとまぁ、ただ話し相手が欲しくて話しかけちゃいました。なにぶん一人旅ですので。(本音:サキハがもう寝てしまったので寂しい。)」

 「そうなんだ。自分も今は一人だ。なのでこうして酒の肴に焚き火に当たりながら夜空を眺めていたんだ。お話しがしたいならどう?一杯?」

 彼は両手に木製のジョッキと酒瓶を持ち一緒に飲もうと誘って来た。僕の答えはもちろん

 「はい、いただきます。」

 それから焚き火とお酒に身も心も温められた僕らは夜通し互いの話で盛り上がった。

 

 翌朝、眠い目をこすりながら、寝癖を治しながら煙突から煙立ち込める食堂に一人向かった僕は串焼きを2、3本ほど食べて一日をスタートさせた。小屋に戻ると自転車がノロノロと動いてる。まるでおじいちゃんが運転しているかのように。

 「あ、タツリおはよう〜。ふわぁぁぁ〜・・」

 サキハの眠そうな声が聞こえてくる。きっと本体は座椅子の背もたれを倒して寝るような姿勢で中継してるんだろうなぁ。

 「おはよ、サキハ。そろそろ出発する?それとも二度寝する?」

 「うん?う〜〜〜〜〜〜ん、すぅ。Zzzzz…」

 「二度寝ね、分かった。」

 僕は自転車(サキハ)を引いて宿場を出た。

 そして街道に沿って自転車を漕ぎ始めた。

 ここシワナノ地方は急な坂が多く大変漕ぎづらい。でもまぁ元いた世界よりかは進みやすくはある。これも転生した際に僕の肉体が強化されたのだろうか?しばらく進んでいると次第に森の茂みがより一層深くなった。雨に濡れたからなのか落葉樹の青臭い香りと針葉樹のマツの木のような香りがする。二種のマイナスイオンに包まれながら優雅な気分で漕いでいると突然前輪の回転が止まり急ブレーキが掛かったため僕はその勢いで横にバランスを崩しそうになった。片足を地面につき何とかバランスを保ったが僕は自転車が後ろ向きに滑ってしまうと思っていた。だが僕の予想は外れていて、いつの間にかスタンドが立っており停まっていた。

 「あれ、タツリ?何やってんの?」

 「サキハがブレーキ掛けた勢いで転びそうになったんだよ。」

 「か弱い淑女に跨るなんて紳士的じゃないね。」

 「別にサキハに乗ってるわけじゃないでしょ?サキハは操ってる側じゃん。」

 「わたしの魔力に触れてる物はみんなわたしの体の一部みたいなもんなんだよ。」

 「なんだよその理屈?そもそもサキハが二度寝して自分で動かないのがいけないんだからね。」

 「それはごめん。ところで今どこに向かおうとしてるの?」

 「あぁ、隣の小屋でお酒を飲んでいたお兄さんに聞いたんだけど、1番近い街がここから更に北西に行った先にあるタイラァっていう山々に囲まれた村があるらしいからそこに向かってる。」

 「タイラァ?あぁ、あそこね。」

 「知ってるの?」

 「はっきり言って何も無いとこだよ。」

 「え?いや、なんもないって事は無いでしょ?」

 「あそこは商店や武器屋はあっても大陸中で運営してる冒険者ギルドも無いし、ギルドが経営する酒場も無い。賭け事をする賭場も、お芝居や演奏を聴ける劇場のような娯楽施設も無い。若者には退屈な場所だよ。夜になると女の悲鳴が聞こえるみたいだし。」

 「のどかな場所かと思ったら最後の話怖っ!まぁ別に禁足地ってわけじゃないんでしょ?」

 「そうだね、女の悲鳴が聞こえる事を除けばタイラァはごく普通の所だよ。」

 「女の悲鳴のインパクトが強すぎて普通という言葉で隠しきれていない・・・・」

  

 それから僕は自転車から降りて歩きで行くことになった。サキハがどうしてもと言うので根負けしてしまったのだ。野を越え山を越えて数時間。ようやく人里らしき光景が見えたので安心した。

 「着いた。ここだよ。」

 「ここがタイラァか。何というか、普通の村だね。」

 「女の悲鳴が聞こえる事を除けばね。」

 「その話はもうやめてよ。」

 村は山々に囲まれており真ん中を大蛇がうねるような大河が流れている。その大河を挟むように左右の岸には家が並んでおり互いの住人が行き来出来るようにか川の上に石橋が作られていた。家の造りは三角屋根に沢山の窓、家の骨組みである木で出来た柱が露出しているドイツの”洋風木組み”という建築様式に似ている。一軒一軒の敷地には畑があり、納屋もある。毎日風に吹かれているからなのか遥遠くのこの場所の背景の役を担う山々の紅葉と黄葉の色に地面が染まっていた。静寂に満ちた村をぼんやり眺めていると涼しいより少し肌寒い突風が両の頬と手を撫でた。僕達は今日の宿を取る為に村を散策することにした。

 「あんまり人が居ないね。過疎化してるのかな?」

 「カソカ?」

 「こっちの世界の言葉で言うのならこの村は廃村しかけてるのかなぁって。」

 「うーむ、どうやらそういうわけでも無さそうだよ。」

 「え?そうなの?」

 「ここからしばらく歩くと石像のある広場に沢山の人が集まっている。村人の大半はそこに集まっているんだろうね。」

 「お、サキハお得意の索敵か、相変わらず凄いね。」

 「タツリもやれば良いじゃん、まだまだ粗削りとはいえ練習したんだから。」

 「まぁ、そうね。」

 僕らは石像のある広場に向かって進んだ。するとサキハの言う通り広場の真ん中に人だかりができている。おぉ、どうやらここからでもドクトニーク山は見えるみたいだ。みんな食事して、酒飲んで踊って、何だかみんな盛り上がっているようだ。僕は村人と思われる男性に話しかけてみた。

 「こんにちは。」

 「おぉ、旅の人か。ようこそタイラァの村へ。」

 「村の人たちが随分と賑わっているようですが、今日は何かお祭りですか?」

 「あぁ、今日は祝祭を行うんだよ。」

 「祝祭ですか?」

 「あぁ、あともう少しすれば5人の子達が初々しい顔付きで綺麗な格好をして出てくるんだよ。みんな楽しみにしてこうして広場でその晴れ姿待ってるんだ。」

 「ほう、そうなんですか?」

 「良かったらアンタも見てってよ。」

 「そうさせていただきます。教えていただきありがとうございました。」

 僕は軽く会釈しながらそう言ってそそくさとその場を去る事にした。

 「あれ?祝祭見ないのタツリ?」

 「・・・・うん。」

 「興味が湧かなかった?」

 「・・・うん。」

 「そうだ。日が暮れる前に宿見つけないとね。」

 「うん・・・そう・・・だねぇ〜。」

 「どうしたのタツリ?何だか元気が無いようだけど。今さっきまでそんなテンションじゃなかったじゃん?」

 「腹が・・・減った。」

 「空腹でそんなに気分が変わるの?」

 「どうやら僕は空腹時になると客観的に見えて精神的に病んでるように見えるらしい。家族にも”大丈夫か?”って心配されたことが何度かあったよ。」

 「意外と欲望に正直なんだねタツリは。」

 「そうね三大要求の中では食欲が強めだね。」

 「睡眠欲と性欲だったらどっちが上?」

 「・・・・ヒミツダヨ。」

 「そうか、性欲なんだな。若いね〜。」

 「違うよ!睡眠欲だよ。僕二度寝するし。」 

 「わたしなんてやる事が本当に無い日は一日中寝る事に費やすよ。そんな理由じゃあ説得力が無いね。」

 「と、とにかく僕は腹が減ってるんだ!先に宿を見つけて何か腹に入れていこう。」

 「はいはい。」

 

 僕たちは村中を歩き回りようやく宿屋を見つけることが出来たので宿泊の手続きをすることにした。

 「1泊銀貨5枚だよ。」

 「じゃあ丁度。」

 「はい、確かに。」

 「ところでこの村に美味しいお店ってあります?」

 「あるにはあるけど、残念ながら今日はどこも開いてないよ?」

 「え”?」

 「なんたって今日は祝祭が行われる日だからね。村人はみんな商売なんてやってられないさ。あたしはアンタみたいな外からやって来た旅人さんから一人でも多く稼げるからいつでもやってるけどね。」

 それを告げられて、どうしてだよぉぉぉぉぉ!と転げ回りながら叫びたかったが近所迷惑で出禁になりたくなかったので膝から崩れ落ちるくらいに感情を抑えた。その落ち込みようを見て気の毒に思ったのか宿屋の人は落ち込んでる僕に前かがみに話しかけてきた。

 「あー、そんなにお腹が空いてるならブルゥムライチャスにでも行ったらどうだい?」

 「そんな店があるんですか?」

 「あぁ、でも隣町だからね。ここから歩くってなると日が暮れるけどまあ夜遅くまでやってる酒場だからね。あの店はねジャイアントロブスターフライが美味しいんだよ。そうだ!あとウチの営業時間だけど・・」

 「行ってきまぁ〜〜〜す!」

 「あー、行っちゃったよ。時間までに戻ってくるといいがね。」

 

 僕は急いで隣町にあるロブスターフライの食べられるお店に急いで向かっていた。当然、自転車(サキハ)に跨りながら。

 「ちょっとタツリ前も言ったじゃん。自転車(こいつ)を動かしているのはわたしなんだから勝手に乗らないでよ。」

 「悪いけど、僕は腹が減ったの!お腹と背中がくっ付きそうなの!」

 「漕いだら余計にお腹空くんじゃない?」

 「それはそうだけど、でも早くメシにありつきたいのよ!それともサキハが運転してくれるの?僕を乗せた状態じゃあペダルは動かせないよ?」

 「じゃあ一旦ペダル漕ぐの止めて。」

 「え?」

 言われたとおりペダルを漕ぐのを止めると減速するどころか前輪の回転速度とともにドンドン加速していた。今走っているのは下り坂ではなく上り坂のはずなのに。

 「ペダルはあくまで自転車に乗る人間が踏むもの。ペダルのみならず車体全部品に干渉出来るわたしならタイヤを動かすだけで進める。1、2ヶ月くらいこれを動かしてみたけど、どうやら後輪を動かす事によって加速が出来るようだね。あとはこのフロントギア?だったか。これを数字の低い方に動かせば、坂道でも向かい風でも走りやすくなる・・・ってあれ?よっ!ふんっ、おりゃ!どうしたんだろう?全然ギアが変わらない。」

 「サキ・・ハさんや。ギアチェンジする時は、ペダルを動かす事が必須・・・ってちゃんと覚えてたようだね。感心・・・うっ、したよ。」

 「うん、だから何度もペダルを思いっきり動かそうとしているんだけど、ペダルが前に動かないんだ。まるで何かにせき止められているように、って・・あ。タツリ。」

 「なんだい?」

 「もしかして何度も足にペダル当たってる?」

 「正解・・よくできましっ・・た!勝手に乗った僕も悪かったよ。ごめん。でもこれからはギア変える時は一言言って欲しい。」

 「分かった。ごめん。」

 そんなやりとりもありながらなんとか店に着いた僕は念願のジャイアントロブスターフライを食べる事が出来た。 衣の外側はオニオンソースに付けられてフワっと、内側はトロッと、ロブスターの身そのものはプリっとした歯ごたえで心地の良い三つの食感が一気に僕を幸せにしてくれる!さらに揚げたてというのもあり熱すぎずぬる過ぎず、程よい温度で食欲が湧いてくるではないか!あと少し食に飢えていたらこの感動を言葉にする事なく終始無言であっという間に平らげていたかもしれない。危ない危ない。

 「あれ、もうないや?」

 「お客さんいい食べっぷりだなぁ!見てると気持ちが良いよ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 見られてたのか。恥ずかしいな。


 「ハァ〜!食った食った。さぁて宿に戻るか。」

 「おかえりタツリ、満足に浸ってるとこ悪いけど、急いだ方が良いよ。」

 「ん?あれっ、もう日暮れるじゃん!ヤバイ、金払ったのに野宿する事になる!銀貨五枚を無駄にするのはかなり痛い!ごめんサキハ、飛ばしてくれないか?!」

 「任せて、日が落ちるまでには着く。もう慣れたしね。」

 「ありがと!」

 僕は自転車(サキハ)に乗ってそのまま疾風の如き速さで宿に戻って行った。日が沈むほんの少し前ギリギリ宿屋に着いた僕は息を荒くしながら店主さんにおやすみと言って真っ直ぐに部屋に行き少し心を落ち着かせると、僕は眠りについた。


 翌朝、肌寒くも眩しい朝日に照らされて気持ちの良い朝を迎えたと思い村を散歩していると昨日の広場に着いた。すると昨日はドクトニーク山が見えるほど晴れ晴れとしていた場所が今朝は随分と深い霧に覆われて見えなくなっていた。晴れの前触れを知らせる朝霧にしてはあまりにも濃すぎる。辺りを見渡すと向こうに一人の男がごくわずかに見えたので近づいた。そこにいたのは昨日僕が話しかけた村の人で彼もまた打って変わって昨日のように幸せで一杯だったふくよかな顔ではなく随分とどんよりして、やつれているようだった。向こうは僕に気づくと全身を弱々しく震わせ目を見開きこちらをジーッと見てきた。あれは何かを期待している目だ。

 「あ、あなた様は昨日ここを訪れた旅のお方・・お願いです!どうか、どうかうちの娘を助けて下さいませんか!」

 「何があったんですか?」

 「それはワシが説明します。申し遅れました。ワシはこの村で村長をしていますストレブと申します。こちらにおりますのはケホ。昨日行方が分からなくなった子の一人、アドレアの父親です。」

 ストレブと名乗った初老の男性はその横で地面に手を着くケホさんをなだめるとこちらに向き直った。

 「それで、一体何が?」

 「昨日の事です。昼食の刻になった時特に何事も無く五人が集まったのです。それから五人達は儀式になぞらえてこの村の外にある英雄ゆかりの地へと向かいました。」

 「英雄ゆかりの地?」

 「英雄ゆかりの地とはこの村タイラァがまだ未開の地だったのを拓き今の村を造りたもうた五人の英雄達の記憶と力が眠る場所。英雄の末裔として、女として生まれたあの子達は各々の別の場所へ赴き英雄様達が遺した力を家督を継ぐ際に賜るのです。」

 「どうしてその娘さん達はそういう役割を担うのですか?」

 「村を作ったかの英雄様達も全員が若い女子でした。そういった理由で英雄の家系に生まれた女子はみな英雄様の意志を受け継ぐ者として更に村を大きく拓く者として育てられます。それがこの村を支えていく為の伝統なのです。しかし今日になってもあの子達が一向に戻ってくる気配が無いのです!きっと何かあったに違いない。どうか彼女達を探してきてはくれませぬか?」

 「探して来てはくれませぬか、ですか?僕は探すのを手伝うつもりなのですが、村の皆さんで探したりはしないのですか?」

 「もちろん我々とてあの子達の身を案じております。ですが彼女達が英雄の地へ赴いている間はこの深い霧によって視界だけでなく行手も阻まれます。村の掟では、曰く末裔、英雄のゆかり地へ向かい記憶と力を賜いし時、他の村人手を出すべからず。口を出すべからず。すなわち助けるべからず。之を破り彼女らを助けようとも霞が汝らを通しはしない。とあります。その掟を嘘だと思った私達は闇雲に娘達を探しましたが何度村の外に向かっても全員気付いたら村に戻されてしまい未だに見つけられずにいるのです。」

 「そんな事が・・・・ってなると僕が代わりに探しに行っても結局同じ結果になるんじゃあ?」

 「うーむ、これは貴方に出会って思い付いた事なので確信は持てませんが掟には”村人手を出すべからず”と記されています。とすれば村人以外の者ならばこの深い霧に惑わされる事無く、巻かれることが無いという可能性がまだ残っております。」

 「なるほど。掟になぞらえて考えるならそうなりますね。わかりました。行方不明の娘さん達を僕が探しに行きます。」

 「おぉ、やっていただけますか!ありがたや。」

 「僕は準備をしてくるので待っていてください。」

 僕は村長のストレブさん達にそう告げると宿屋の前に置きっぱなしにしていたサキハのもとへと急いだ。宿屋に着くとサキハにこの件を話し一緒に手伝ってもらう事になった。そして今度はストレブさんのもとへ自転車(サキハ)に乗って帰って行った。

 「ストレブさん、ケホさん、お待たせしました。」

 「おお、おや?旅の方、そちらの引いて来た馬車片方の部品のようなものは何ですか?」

 「ソノトオリバシャカタホウノブヒンノヨウナモノデス。」

 「なんか急に喋り方変わりました?」

 「気のせいです。」

 「そう、ですか。まぁ何はともあれどうかお気をつけて。」

 「はい、では行って来ます。」

 それから僕とサキハは五人の娘さんを探すために深い霧の中へと入って行った。しばらく歩いてストレブさん達が見えなくなったのを確認すると僕はサキハと話すことにした。

 「ありがとねサキハ。」

 「何が?」

 「一緒に娘さん達を探すの手伝ってくれて。今回の話サキハが手伝っても特にメリットはないと思ったから僕一人でやることになるのかなってね。」

 「そういう事か。確かに今回の行方不明の件を解決した結果わたしが得をすることは無い。でも過程にならある。」

 「過程?」

 「わたしはあの村が面白味のないごく普通の村だと思っていたんだけれど、この村にはかつて五人の英雄が居て逸話があって英雄ゆかりの地には英雄達の記憶と力が眠っていてなおかつ行方不明の末裔を探す展開、RPGっぽいじゃないか。」

 「やっぱり普段からRPGとかやってるんだ。」

 「うん、いちいち動くこと無く魔力を消費することなくなおかつ無傷で自分とは全く別の存在を操って戦闘を疑似体験出来るなんてRPGのみならずゲームというのは至高の娯楽だよ。そして今技術ではなく現実を相手にしているわけだが感覚はゲームをプレイして楽しんでるのと変わらない。まぁ一言で言うなら面白そうだったから引き受けた。」

 「そういうことね。とにかくサキハが手伝ってくれるようで僕は嬉しいよ。」

 「あとはタツリに何かあったら困る。」

 「え?」

 「一緒に旅するって約束したし、それは破りたくない。」

 「ふふ、そっか。ところでサキハ、どうかな?僕達ちゃんと進めてるかな?村の方向に逆戻りしてない?」

 「わたしの索敵が間違っていなければ、あの二人の気配はどんどん遠ざかっているから村長の推察通りわたし達には影響が本当に無いのかもしれない。」

 「それなら探せるね。よし!」

 「タツリも手伝ってくれない?わたし一人に任せないでさ。」

 「分かった、と言いたいところだけどどうやってやるんだっけ?」

 「忘れたの?じゃあもう一回教えるからちゃんと覚えてね。」

 「はーい。」

 「まずは自分を中心に闇属性の魔法陣を地面に広げるイメージをして。」

 「うん。」

 「それで今度は魔法陣と自分の触覚が糸で繋がっていてそれを手で探るイメージをする。そうすれば地面のザラザラとした触感が肌に伝わってくるはずだから。ついでに後ろを意識してあの二人の気配も察知できるか試してごらんよ。」

 「うん。えーっと・・・・」

 僕はサキハに言われた通りのイメージをしつつ意識を後ろに向けて魔法陣を広げていった。サキハの言う通り地面の草フサフサや砂利のゴツゴツした触感が手に伝わって来る。それだけでなく地面のちょっとした盛り上がりもへこみも分かってくる。それからどんどん魔法陣を広げていくと一瞬四つの動く物を感じ取った。それは感じ取った瞬間すぐに動いて感じ取れなくなった。追いかけるように更に魔法陣を広げるとまた感じとることが出来た。これは二人の動いている足だろうか?

 「どう?見つけた?」

 「うーんとね、後ろの方から動いている四つの何かを察知したけどこれが二人の足なのか確信が持てないというか。」

 「足元から状態じゃあ地面にある物しか察知出来ないからね。今度はその応用として自分を中心に円柱状に多重に魔法陣が広がるイメージで魔法を出せば良いよ。」

 「あ、なるほど。」

 言われた通りにやってみると今度は人型のものが2つ動いているような感覚が伝わってきた。

 「あ、出来た。出来たよ。人の形をした何かが動いてるね。これは本当に村長ストレブさんケホさん二人・・・なの?最初に地面を探っている時もそうだったけど触感で人型の物が動いているのがわかるだけで二人の姿が見えたりはしないんだけど?」

 「間違いなくこれは二人の気配だよ。」

 「どうして分かるの?」

 「二人のもとを離れる前から今もずっと二人を感知しているから二人の体の形状は覚えているんだ。感知をやめない限り二人の位置情報は分かるよ。」

 「これはあくまで魔法を通じて感覚の拡張を行うだけで千里眼みたいに視覚を通して情報を得る事は出来ないんだね。」

 「出来ないというわけではないよ。もちろん遠くに魔法陣を張ってその魔法陣と自分の視覚が繋がるイメージをすれば魔法陣がある場所の情報を視覚を通して見る事が出来る。でも言い換えればこの方法は魔法陣に触れている物しか見る事が出来ないとも言える。つまり視覚の範囲がかなりの制限を受けるんだ。遠くの魔法陣と視覚を共有している間は魔法陣を張っていない場所はもちろんだけど、目も視覚が魔法陣の方に集中するから目の前の情報を見ることが出来なくなる。だから目の前での奇襲に対処出来なくなる。」

 「それはかなり大きなデメリットだね。確かに触覚だけ拡張するなら視界が制限されることがないし、距離関係無く索敵が可能ということか。」

 「まとめるなら近くの情報は直接視覚に、遠くの情報は魔法陣に任せるということだよ。覚えておいてね。」

 「うん、あれ?でも待って。サキハが説明した遠くの物を見る理論ってさ、遠くに小さな魔法陣を張ってその方に視覚を切り替えて見るって方法だよね?」

 「そうだね。」

 「じゃあさ、魔法陣を広げて触覚の拡張を行うみたいに視覚の拡張を行えば360°の情報を把握できるんじゃないの?」

 「理論上はね、でもそれって自分の頭に360°見れるように目がついてるイメージが出来るからこそ成り立つことだよ。タツリの目は2つでしょ?」

 「いえ、前髪で隠れてるけどここに第三の目が・・・」

 「チャクラでしょ?それ。」

 「なーんだ、知ってるんだ。騙されるかと思ったのに。」

 「あったとしてもおでこに付いてたんじゃ視覚の広さは大して変わらないね。」

 「言われてみれば確かに。うーむ・・・・なら、頭上に魔法陣を張ってそれを高い場所に移動して下から見下ろすイメージをするのは?これなら衛星みたいな感じで見れるじゃん。」

 「そうだね、でもそれじゃあ木の茂みに隠れている敵とか地中から襲って来た敵に対処できないよ?」

 「そうだね。これは索敵というより自分の位置情報を正確に把握するために使うものだと思う。だから常に使い続けるんじゃなくて道に迷ったら一瞬使うのはどうかな?勿論周囲の安全も確認して。」

 「それなら、まぁ。でも奇襲を受けるリスクが無くなるわけじゃないからあくまで緊急の時に使う事だよ。いい?」

 「はーい。」

 そんな話をしながら晴れる事の無い霧の中を着々と進んでいると魔法陣に反応があった。僕は早速サキハに伝えようとしたが先にサキハの声が頭に聞こえてきた。

 「タツリ、右斜めの方向に村人以外の新たな反応がある。」

 「僕も今それを察知した。人数は一人だよね?」 

 「そう、反応がある場所の感じからして大きな四角形の物体の中に居るね。これは建物の中にいるってことだと思うよ。」

 「まさか、末裔の娘さんの一人かな?」

 「断定は出来ないけど、その可能性は高いよ。村の掟に書かれている通り村人の中でこの霧の中をさまよう事ができるのは末裔のみなんだから。それ以外の人間がいるとしたらわたし達と同じ村の外から来た者になる。まぁこんな場所に部外者が来ることは滅多に無いと思うけど。」

 「そうだよね。娘さん無事だといいな。」

 気配を頼りににその方向へと進んでいくと平坦な道が坂道に繋がっていた。霧によって終わりの見えない平坦な道も辛いが、坂道はもっと辛い。これが丘を登るくらいの長さなのか登山する程なのか目と鼻の先までしか見えないとなると見当もつかない。気配がする高度はそこまで高く無いがそこまで行くために一山越える可能性だってなくはないのだ。しかしそれは杞憂だった。坂は数分で平坦に変わったので丘くらいの高さだと分かった。あと数分歩けば気配はもうすぐそこだ。これなら一山越える心配は無い。

 「気配はあの中だね。」

 「あれは、」

 目の前にうっすらと見えたのは村に並ぶ住宅よりも大きな建物、村と違うのは建築様式がドイツ風木組みではない事。窓はたくさんあるが骨組みが露出しておらず、壁全体がエメラルド一色に染まっており、三角屋根が無く長方形に作られていて、入り口が3つあり大人数が一斉に入れるような造りをしている。これは豪邸でも屋敷でもなくもしや・・・・

 「学校?この世界的に言い換えるなら学園?」

 「そうだね、弊にリライブラ学園って書いてあるしね。」

 「ホントだ。かすれて見えなかったよ。」

 「この表札も学園全体も塗装が剥げてたり、かすれてたり、草がボーボーに生えてたり、管理が行き届いていない点を見るとここは廃園になったんだね。」

 「じゃあなんで人の気配が?」

 「答えはこの中にあるよ。行こ。」

 「うん。」

 僕たちは三つある入り口のうち真ん中の両開きの扉に向かった。扉はドアノブも扉を支える軸も錆びれて高くも弱々しい金属の擦れる音を鳴らして僕を不快にする。中は日の光が入っているものの薄暗くて廊下を進むたびに木造りのきしむ音だけが響いていて自分で鳴らしているのに不気味でちょっと怖い。否、自転車の車輪が回る音も聴こえるから心細くはない。

 「気配は2階だね、ちょうどそこに階段がある。上に行ってみようか。」

 「うん、と言いたいけど・・・サキハはどうやって登るの?」

 「そりゃあ、この車輪じゃ駆け上がれないし踊り場に魔法陣張って飛び移るとかだよ。」

 「ダメダメ、駄目だよ。この建物は大人数用に造られているとはいえ廃園になったんだよ?所々が弱くなってるかもじゃん。あの踊り場も思いっきり飛び乗ったら壊れるかもしれないよ?」

 「でも、これじゃあ登れないし・・・」

 「僕が持つよ。」

 「持てるの?」

 「魔法陣で浮かせつつ持ち上げれば軽く運べるさ、重量オーバーで床が抜けて落ちるリスクも低くなる。」

 僕は車体の真上に魔法陣を出してフワリと浮かせると両手で担ぎ上げ階段を登った。

 「あっちの世界にいた時は、リアキャリー(荷物を乗せる所)にいっぱい荷物付けながらでもっと重かったし、どうしても自転車を漕ぐ事ができなくなった時とかは魔法なんて使わずに遠くまで運んだよ。手が痛くなっては下ろしてまた運んでの繰り返しで、持ち上げる時すねの辺りにペダルぶつけて悶絶したりもあったな。運び終わった頃にはもう腕なんてパンパン。翌日起きるとひどい筋肉痛になってて腕を動かそうとするとちぎられるような激痛に襲われたね。そう考えると魔法を使えている今はとっても楽だよ。闇魔法教えてくれてありがと。」

 「やだなぁ、今褒めたってなにも出ないよ。にしても自分で動かずにタツリに抱えられて運ばれている光景はなんだか・・・・」

 「ん?」

 「なんだか、お姫様抱っこみたいだ。」

 その言葉に僕は一瞬放心してつい力を緩めてしまったため自転車を落としそうになった。

 「どうしたの?まさかわたし自身をお姫様抱っこしてるの想像しちゃった?ベタな反応というやつかな?」

 「一瞬重く感じただけだよ。別に反応したわけじゃない。」

 「全然誤魔化しになってないよ。というか乙女に重いは禁句じゃないかな〜?」

 「くっそ、階段を登れないのをいいことに好き勝手言いやがって。登り終わったら自分で動いてね?」

 「ハイハイ〜。」

 一歩一歩丁寧に駆け上がりようやく2階に着くと車体をしっかりと持ったまま魔法を解除してそっと下ろした。魔法を解除した瞬間ズシっと重さが伝わってきたがなんとか持ち堪えた。

 「ホラ、ついたよ。」

 「今、また重いと思ったでしょ?デリカシーが無いね。」

 「お、思っただけだよ、言ってないじゃん!そう感じたんだから仕方ないじゃん。」

 「そうだね。それはタツリが正しいよ。ごめん。でも、抱っこするの気に入ったから、また今度もお願いね?」

 そう催促する言葉だけが耳元で囁かれたように聴こえてきた。僕は反射的に耳を抑える。彼女は今きっとニヤニヤしているんだろうな。ちょっと、悔しい。

 「廊下の突き当たりの部屋だ、気配があるのは。今気付いたけど、感覚からしてこれ横になってるというか倒れてる?」

 「やばいじゃん、急がないと!」

 僕は嫌がっていた木のきしむ音そっちのけで廊下を走って気配のある部屋に向かった。扉を開けるとブカブカのマントを着た20代くらいの若い女性が床も机も椅子もウッド仕様で統一された教室の中で倒れていた。黒に白が少し混ざった丸みを帯びたショートカットには煌びやかな宝石の付いた片羽型の髪留め、金縁の眼鏡をかけていて、分厚い書物を大事そうに抱き抱えている。その姿はファンタジー世界の学者、錬金術師を彷彿とさせるものだった。僕は駆け寄り彼女の安否を確認する。

 「もしもし、大丈夫ですか?」

 このまま呼びかけに応じず呼吸が止まっていたら、あなたは救急車を呼んでください、あなたはAEDを持って来てくださいと言うところだったが、彼女はちゃんと息をしていた。でもこんな寝室でもない場所で寝ているのは不審に思ったので起こそうと近づくと彼女から刺激臭が漂ってきた。この香りは酒?僕は一瞬距離をとってしまった。

 「どうしたの?」

 「この人酒飲んで酷く酔っ払ってるだけだ。」

 「なんだぁ、じゃあ命に別状はないんだね?」

 「うん、でもこれは酔いが覚めるまで話を聞けそうにないね。一旦水飲ませた方が良いかな?」

 「そうだね。じゃあタツリお願い。わたしは彼女を椅子に移動させるから。」

 「イエッサー。給水魔法(ウォーターサーブ)。」

 それから僕らは彼女に水を飲ませてしばらく待つ事にした。


 「う、うーん。あぁ・・・頭イタ、また飲み過ぎた。」

 「あ、おはようございます。」

 「うわっ!え?え?ど、どなたですか貴方は?」

 僕の存在に気付いた彼女は寝起きだからか、舌が上手く回らないどころか頭が回らなくなっているようだ。

 「驚かせてしまい申し訳無いです。僕はタツリと言いまして冒険者をやっています。訳あってここ周辺を探索していたら貴方が酔って倒れているのを見つけたので勝手ながら介抱させていただきました。」

 僕が落ち着いた口調で話したからなのか彼女は動揺を鎮めた。

 「あぁ〜、そうだったんですか?。ごめんなさい、お見苦しいものを見せてしまって。」

 「いやいや、お気になさらず。」

 すると彼女はピシッと体勢を整えるとにっこり笑って言った。

 「失礼ながら自己紹介が遅れました。ワタシの名はアーデナ・テヌイス。この学園で史学の教師をしておりました。」

 「していた、過去形ですか?」

 「はい、教師をやっていたのは本当に最近で、つい先週まではこの学園で教鞭を取っていたんですよ。」

 「本当に最近だ。あの、答え辛かったらいいんですけど、どうして辞職を?」

 「ワタシの本当の仕事は学者で、訪れた土地の歴史と自然に触れて思索にふけりその内容を本にまとめるというものです。教師として働いていたのは三年前からで、この地域にあるタイラァという村に訪れた際ワタシが学者である事を知るといずれ村を支えるであろう子供達を教育して欲しいとお願いされまして今年に至るまで彼女たちにワタシのできる限りの事を教えて来ました。子供達はみんなそれぞれ性格は違えど良い子で、話にはいつも花を咲かせていてワタシが話に混ざる時だっていつも温かく迎えくれました。こんな毎日が続けば良いのにと叶わぬ願いに何度も寂しい気持ちにさせられましたが、ワタシは学者でありあの子達の教師。そんなワタシがいずれやって来る別れにいつまでも嘆いていればあの子たちの足かせを作ってしまうかもしれない。だからワタシはあの子達が課程を修了するその日まで決して自分の気持ちを打ち明けずに、別れる時も涙を堪えあの子達を笑顔で送りました。そうした後一人でこの学園に残ってすぐワタシは抑えていた感情が一気湧き出て涙が止まりませんでした。そのぶつけようのない感情を抑えたくて常備していた酒をここ一週間くらいずっと飲んで翌朝起きるたびに頭痛に悩まされる日々を過ごしていました。今はこの悲しみが晴れるまでずっとここにいたいんです。でなきゃまた涙が溢れて止まらなくなってしまう。」

 「それはなんというか、お気の毒に。」

 「そういえばタツリさんは冒険者として訳あってこの学園を探索しているとおっしゃっていましたが、その訳というのは?」

 「あぁ、実はなんですが僕はタイラァの村長さんに人探しをお願いされているんです。」

 「人探し?」

 「えぇ、なんでも村を開拓した英雄達の末裔の娘さん五人が昨日英雄の地?という場所に向かったきり昨日から帰って来ないのだとか。僕にお願いしたのは村の掟により村の人達が娘さん達を自ら探しに行けないからということで僕が引き受けたんです。そして僕には索敵が出来る能力がある為村を出てからここに来るまでずっと娘さん達の行方を探っていたんです。それで偶然この学園にいたアーデナさんを見つけたという事です。」

 「そういう事だったんですか。ん・・・?五人の英雄の末裔?娘さん?」

 「どうかしましたか?」

 アーデナさんは突然深刻な顔をして何か考え込んでいた。しばらくするとはっと何かに気付いた表情をするなり僕の両方を掴んで迫って来た。

 「その娘さん達ってもしかしてアドレア・ティンシャ・ウレエカ・プリシタス・マアゼという名前ですか?!」

 「えっと、他の四人は知りませんがアドレアって言う名前の子の父親がケホという人なんですがその人にも頼まれまして、」

 僕がそう言いかけるとアーデナさんは更に凄んで、僕の肩を揺らした。

 「間違いありません!貴方が探してるのはワタシの教え子達です!」

 「え、そうだったんですか?」

 「まさか行方不明になっていたとは・・・あの子達に一体何があったのかしら?ワタシは、そんな事も知らずにただ一人でお酒に溺れてるなんて、」

 彼女はそう独り言を呟くと真っ直ぐな目で僕を見て言った。

 「タツリさん、ワタシにもあの子達を探すのをどうか手伝わせてください!」

 「え。」

 「さっきも言った通りワタシはこの一週間あの子たちと別れる悲しい気持ちを誤魔化す為に酒に溺れていました。しかし、今のお話を聞いてそんな場合ではない事に気付きました。涙一つ見せず本心を明かさず別れた事をたった今後悔しました。もう一度あの子達に会って本心を伝えなければワタシはこれから胸を張って生きて行けなくなる。酷く個人的な理由ではありますがどうか、どうかお願いします。」

 彼女は言い終わりに近づくにつれて声が弱っていった。自分の教え子達に、我が子同然の存在に何かがあったとし知ればこれだけ必死に懇願するのも無理は無いだろう。

 「分かりました、お願いします。アーデナさんもいれば娘さん達が見つかった時きっと話しやすいですから、僕からも協力をお願いします。」

 「はい!勿論です!」

 こうして娘さん探しにアーデナさんが同行する事が決まろうとしていた時、

 「ちなみにアンタは何が出来るの?」

 というサキハの念話が聴こえて来たかと思いきやアーデナさんが同時にびっくりしていた。

 「え、誰ですか今の声?女性の方の声だったような?」

 彼女のこの反応を見る限り、今サキハは彼女にも念話を送っているみたいだ。サキハのやつ、自分の正体を明かしても問題無いと思ったのかな?とりあえず彼女にはサキハの事を説明をしないとだな。

 「アーデナさん、今声が聴こえてきたと言いましたね?」

 「はい・・・」

 「それ、僕にも聴こえるんです。そしてその声の主の正体がこれです。」

 「え?」

 僕は自転車を指差した。当然だと思うが彼女はその説明に戸惑い数秒くらいフリーズしていたが、我に帰って僕に質問してきた。

 「えーっと、もしかしてこの歪な馬車の部品のような物が声の主なんですか?」

 「はい、そうです。僕の仲間です。ほら自己紹介しなって、じゃなきゃアーデナさんが混乱しっぱなしで話が進まないよ?」

 「初めましてアーデナ、わたしはサキハ。闇の精霊だよ。」

 彼女は驚きのあまり尻もちをついてしまっていた。

 「闇の精霊っ!?ワタシが見てきた多くの文献には大昔、闇の精霊は人間と一時的に協力関係にあったため本来形の無い体を人間たちが会話をしやすいようにその姿を人間そっくりに模倣したといいうのを見た事がありますが何故馬車の部品に姿を変えているのです?」

 「本体のわたしはここには居ない。こいつはタツリからもらった傀儡でね、遠くから操っているんだよ。そしてわたしの声が聴こえるのはわたしが念話を送っているから、そっちの声を拾っているのは二人の口元にわたしの聴覚と共有させた魔法陣で二人が出す声を拾っているからだよ。」

 「えぇぇぇぇ!?そんな事が、出来るというのですか?」

 「ちょい待ち、声を拾っている原理については僕も初めて聞いたよ?」

 「あれ?そうだっけ?」

 「そうだよ、ていうか今まで会話出来てたのってそういうことだったんだね。どおりで唇がちょっとだけ吸われたり、吸われなかったりする感覚がここ数日あったわけだ。」

 「なんだ分かってたんだ。分かっていたなら突っ込めば良かったのに。」

 「え、そんな感じします?」

 「首振ってみればいずれ魔法陣に触れると思いますよ?」

 「うーん、っとですね・・・なにも感じる事なく一回転しましたね。」

 「え、ウソ!なんで?」

 「わたしがアーデナの分の魔法陣を消したからだよ。」

 「おぉい〜!サキハの仕業かよ〜!なんで消したんねん 〜?」

 「今は二人が距離結構近いから魔法陣を二人の間に一つ貼ってるんだよ。」

 「あ、ホントだここの空間だけなんか引っ張られてる。ほらアーデナさん、ここに手やってみてください。」

 「はい・・・・何も感じないですね。」

 「え、まさか・・・?」

 「うん、消して今度は二人それぞれに魔法陣を張ってる。」

 「ちょっと〜サキハ!僕たちを弄ぶなよ、振り回すなよ〜!」

 僕はサキハの突然の悪ふざけに一瞬ムッとしたが、余りのくだらなさに吹き出して大袈裟だと思うが、声が出ない程にツボってしまった。おかしなことにサキハの笑い声も聴こえてくる。また配信切り忘れみたいな事してるのか。

 「もうっ!二人ともそろそろ真面目になって下さい!」

 爆笑の渦を巻き起こしていた僕たちをすっかり蚊帳の外にいたアーデナさんが怒号をあげ止めた。その言葉に僕達もつい体が縮こまってしまう。

 「すいません。」

 「ごめん。」

 「・・・全く。もういいですよ。ですがここから先はしっかりと今やるべき事に集中して貰いますからね?」

 「はい。」

 「分かったよ。」

 「ふむ、よろしいです。」

 「じゃあアーデナ、わたしとタツリは索敵で探すんだけど、アーデナは何が出来る?」

 「ワタシはタイラァの村を開拓した五人の英雄ゆかりの場所、つまりは英雄の地の場所も全て知っています。そしてこの土地の情報を記録した地図を持っているのでこれを頼りに探しましょう。これにはタイラァの村の場所も目印になる物も書いてあります。今ここら一帯は霧に包まれて周りがよく見えません。ですが、お二人の索敵能力があれば進む途中で地図に書かれている目印になる物を見つけるでしょう。そしてそれをお二人がワタシに伝えて地図の情報と擦り合わせをすれば大体の自分達の居場所を把握出来るはずです。」

 「なるほどね、それならわたし達が探す手間も省けそうだ。じゃあ、改めてそれぞれの役割の確認だけどわたしとタツリは周囲の索敵、アーデナは位置情報の確認をする。という事で良い?」

 「はい、分かりました。」

 「よし、それじゃあ出発しよう。」


 僕たちは早々に学園を出るとアーデナさんが持っている地図を覗き込むようにして見た。アーデナさんは地図の真ん中を指差して言った。

 「ここが今ワタシたちの居る現在地リライブラ学園です。そして、この地図から見て右端つまり東にはドクトニーク山があり、それとは反対の左側つまりは西側に進むとゼンラン橋という石造りの橋が見えて来ます。橋を抜けると北と南に道が分かれていて南に進めばタイラァの村に戻ります。逆に北に進めばその先に英雄ゆかりの地が2つあります。他はドクトニーク山方面の長い坂道を越えた先に一つと、タイラァの村南部に一つありますね。」

 「東の端に一つ、北の街道途中と端にそれぞれ一つずつ、村の南部に一つか。互いに場所が結構離れてる。これはかなり時間をかけて歩き周る事になりそうですね。となると探す順番を決めないとですね。どう行きましょうか?」

 「うーん、なるべく体力は温存した方がいいので、最初に北にある二つを目指しましょう。こちら側は平坦な道のりで他の場所と比べて往復が楽です。次に村の南部にある一つです。ここは登り降りが連続するので北の道よりも体力を削られます。そして最後にドクトニーク山方面にある一つですね。南部のように登り降りに振り回される事はありませんが、先程も申した通り長い坂道があります。北と南よりも途方も無いくらいに長くて、通常でも抜けるのにかなり骨を折るのに、そこに霧がかかって先が見えないという条件が付けば、先が一向に見えないその状況に身も心も削られはずです。なのでここは最後にします。」

 「分かりました。じゃあまずは北側を目指すって事で。」

 「はい。」

 「じゃあ、行こうか。」

 こうして僕たちはアーデナさんの案内のもと英雄ゆかりの地を目指して行くのだった。


 「そう言えばお二人ともタイラァの村から来たんですよね?あの村に何か他の目的があってですか?」

 目的地を目指して歩く途中アーデナさんが質問をしてきた。

 「いいや、僕らは元々あの村を抜けて北西に向かおうとしていたんですよ。あの村に着くまでの経緯をざっくり説明すると一昨日にパラザトっていうドクトニーク山近くの宿場に泊まって、そして昨日タイラァに着いて、今日アーデナさんに出会って今に至ります。」

 「あら、そうだったんですか?じつはその宿場ワタシの妹が働いているんですよ。」

 「え、そうだったんですか?妹さんはアーデナさんそっくりなんですか?」

 「いえいえ、あの子は顔は女性のそれですが、ワタシと違い女性らしい身だしなみはあまり好かなくて、男性らしい見た目を好んでいます。まぁそれは本人の自由なのでワタシは気にしていませんが。」

 「そうなんですね。ところで妹さんのお名前は?」

 「チリィといいます。ワタシに似ても似つかないしっかりとした妹です。」

 僕はその名前を聞いた時脳内に電力が走った。

 「あの、もしかしたら僕妹さんに会ってたかもしれません。」

 「え、そうなんですか?!」

 「はい、僕が泊まった小屋の隣で焚き火を見ながらお酒を飲んでました。僕話しかけて仲良くなってお酒を飲み交わしましたもん。その際自分の姉の事をポツリポツリと話していましたね。」

 「え、その時妹はワタシに関して何か変な事言ってましたか?」

 「えーっと自分と姉はよく文通をしているのだが、ここ最近は手を振るわせながら書いたのかと思うくらいに歪な形をした文章が送られて来るようになって、内容も夜な夜な教え子達と別れた悲しみに号泣しているというのが毎回送られて来るとかって・・・」

 そう伝え終わろうとする前に彼女は泥酔していた時よりも頬を赤らませその顔を両手で覆い高い唸り声を挙げて悶絶していた。

 「も〜!なんであの子は人様にワタシの恥ずかしいところあれこれ話しちゃうわけ?!酔いが回って性格が悪くなるのはワタシと本当似てるのよね。」

 「あの〜・・・」

 僕が話しかけようとすると膝から崩れ落ちた彼女は僕の足元にしがみつき僕を見上げてきた。

 「タツリさん、お願いです。この事はどうか忘れてください。じゃないと恥ずかしさで頭が全然回りません。」

 「えっと、改めてこの話をして思い出した事があるんですが?」

 「へ?いきなり何ですか?」

 「最近ここらで夜な夜な女性の悲鳴が聞こえるようになったと聞いたのですが、それってもしかしてアーデナさんなのかなぁって。」

 「えっ・・・あの声聞こえてたんですか?」

 「そうですね、僕達が宿に戻る間も、寝ている時も聴こえてましたよ。」

 彼女は僕にしがみついていた手を離し床に突っ伏しながら再び悶えていた。

 「ぐぁぁぁぁあ〜!酒に溺れた結果そんな黒歴史を残してしまっていたとは!なんたる不覚・・・」

 強い自己嫌悪に苛まれる彼女に僕は肩を置いて言った。

 「大丈夫ですよ、アーデナさん、この事は僕とサキハとそして妹さんが誰にも言わず墓場まで持っていくので。」

 「はい・・グスッ・・そうしてくださぃ〜。」

 彼女はすすり泣きながら、立ち上がり再び僕たちと一緒に進むのであった。


 




 


 

  


 

 


 

 

 


 

 

  

  






 

 

 


 

 

 

 

 



 

 

 

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