婚約破棄からの断罪コント
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日間 総合 すべて 51位(6月20日)
日間 総合 短編 34位(6月20日)
日間 異世界転生/転移 短編 3位(6月24日から27日)
週間 異世界転生/転移 短編 3位(6月26日から28日)
□■ 婚約破棄 ■□
「公爵令嬢レイナ・クローディス、君との婚約をここに破棄する!」
卒業パーティーで卒業生代表として挨拶をするはずの第三王子が叫んでいる。
しっかりお腹から声が出ている。人前でしゃべる訓練をしているんだね。偉いぞ、王子様。
故郷の日本でお笑い芸人を目指して滑舌や発声練習を積んできた私は、素直に感心した。
私はお笑い養成所に通っていた。
ネタ見せ発表でコントを講師陣にボロクソに酷評され、相方とやけ酒を飲みに行く途中ーー異世界に召喚された。
なんと、相方が「聖女」だと判明。私はただ巻き込まれた人となった。
そんな私をどうするかで話し合いが行われ、異世界に興味津々な王太子が「話を聞きたい」と言って、雇ってくれることになった。
「これはニホンにあるのか?」
「ニホンの場合はどうやっている?」
「こちらの世界をどう思う?」
と質問攻めにされている。
色々なところに同行して感想を述べるだけの日々。
同時にそれが異世界の勉強にもなっていて、知らないとまずそうな常識に出会ったときは神殿にいる相方に伝えている。
文化が異なる海外旅行をしている感覚に近いだろうか。海外に行ったことないから知らんけど。
さて、今は、貴族学園で学んだことの集大成でもある卒業パーティーの真っ最中だ。
格式ある卒業式典を終えて制服を脱ぎ、紳士淑女の装いに身を包んだ若者たちが思い出話に花を咲かせ未来への希望を語っていた。
元の世界の謝恩会を思い出し、開始の挨拶が長くないといいなーなんて呑気に構えていたのに・・・。
和やかな雰囲気が霧散し、張り詰めた空気に一変した。
第三王子の仲間が一人の少女を守るようにして壇上に上がる。卒業生たちはそれを不安げに見つめていた。
「まさか、本当にやるとは・・・」
第三王子の異母兄である王太子は、白い手袋をはめた手で口元を隠した。
国王陛下の代理として卒業パーティーの最後にお言葉を述べるため、王太子は正装している。二十歳代後半のナイスガイだ。
来賓用に舞台のすぐそばに用意されたテーブルに座っている私たちの後ろで、学園長を務めている国王の叔父が「おやおや」とつぶやいた。王太子と第三王子から見て大叔父にあたる。
「親族なのに、まるで他人事ですね」とつい言ってしまった。
約一年前に異世界召喚された私は、貴族的なマナーに関しては大目に見てもらっていて、馴れ馴れしい口をきいても一応は怒られない。
学園長には「マナーと常識の授業を受けに来い」と言われているけど、聞き流している。だって、まだ帰還できる可能性があるかもしれないし。
「こそこそ暗躍するならまだしも『今に吠え面かかせてやる』なんて、予告みたいなことをしていたそうだ。こういうことも想定内・・・ですよね、大叔父上?」
「第三王子殿下は、廊下でクローディス公爵令嬢に向かって吠えておりましたな。男爵令嬢の肩を抱きながら。
王族といえど節度を欠いた振る舞いをしたなら、本来はきちんと指導するべきなのです。
それを見守れとは・・・他の生徒への悪影響を思うと、胃が痛みますな」
と学園長が胃の辺りをさする。
「ふふふ。大叔父上がそんなタマですか。私のことだって容赦なく指導されたじゃないですか。生徒相手にひるむことなどないでしょうに」
腹黒王太子ははぐらかそうとしているが、どうやら第三王子が暴走するように裏で手を回していたらしい。
「王太子殿下は、確信犯で校則や教師の隙をついてくる分、たちが悪かったですな。
それに比べたら第三王子殿下のやんちゃなんて可愛らしいものです。
ああ、そこの君」
学園長はおろおろしている司会役の生徒を手招きし、乾杯のグラスを給仕するのをストップさせ、コールドミールはテーブルに並べてよいが、ホットミールを作るのは中断させるように指示を出した。
司会の子が制服を着ている在校生(多分、生徒会役員か実行委員)に伝えてそれぞれが動き出すのを確認してから、学園長は王太子の隣、私とは反対側に座った。
婚約破棄を見学する態勢に入ったよ、この人たち。時々、二人でひそひそ話をしている。
壇上では第三王子と男爵令嬢が寄り添い、宰相の令息、騎士団長の令息、魔道士長の令息がその後ろに侍っている。
フロアにいる公爵令嬢を見下ろしながら、「教科書を破いた」「階段から突き落とした」など、よくある罪状を次々と突きつけていた。
まるで『悪役令嬢テンプレート集』でもあるのかと思うくらい、どこかで聞いたことがあるような悪行ばかり。
そういえば「もっとオリジナリティを出せ」と、お笑い養成所でダメ出しされたっけ。
オリジナリティだの、クオリティだの、「ひねり出せ」と言われても・・・簡単に出てくるわけない。本当に苦しかった。
あの頃を思い出すとみぞおちが痛くな・・・あれ、痛くならないわ。
もう一年も経ったから・・・かな。
視線の先では、公爵令嬢が扇で口元を隠したまま、「そうですか」「それで?」と先を促す相槌を打つ。
公爵令嬢に否定されないので、彼らの思惑どおりに話が進んでいくようだ。
ステージで思いのほかうまくいくと、まるで神がかっているような気分になって、つい舞い上がってしまう。
そんなときは冷静さを欠いて、思わぬミスをしやすい――気をつけろと養成所で教わった。
「わたくしがそんなことをする理由はないのですけれど」
「リリィ・バーンス嬢への嫉妬からの嫌がらせだ!」
「嫌がらせを受ける心当たりがある、ということですわね?」
「私に寵愛される彼女が憎らしかったのだろう?!」
ほら、うっかり浮気を自白しちゃった。
『才能のある彼女への嫉妬』とか『身分を笠に着て』とか、そっち方向で進める予定だったんじゃないの?
宰相令息に後ろからつつかれて、第三王子は「ヤバイ」とばかりに口を覆った。そのリアクションはアウト!
「好ましく思っていない政略結婚の相手が浮気したからといって、嫉妬などいたしません。あなた様の自慢話を聞かずにすむので、むしろ感謝しておりましたわ」
と虫けらを見るような目。
「それにしても、その女性の訴えと第三王子殿下のご意見が証拠とは。
お粗末すぎて笑ってしまいますわね」
透き通るような声が氷の刃となって第三王子の体を貫くかのよう。
「証拠ならあります!」とリリィが負けずに声を張る。
「私の髪が切られた夜、レイナ様のリボンが落ちていたのです!」
小さなポーチからリボンを取り出し、恐かったとしくしく泣き出した。
お、新しいパターン。オリジナル展開来るか?!と期待が膨らむ。
壇上のリリィを見るが、ふわふわのツインテールの長さは特に短く見えない。
初対面だから元の長さを知らないけど、どこを切られたのだろう?
「なるほど。それで、どこを切られたのです?」
ほらぁ、やっぱり普通に疑問が湧くって。
バッサリ誰が見ても分るように切っておかないと。
小道具と衣装の準備が甘いって指摘されちゃうぞ。
しどろもどろで髪をつまんだりしているけれど、今更だ。枝毛を切っただけではと突っ込みたくなるわね。
「では、落ちていたリボンが私のものだという証拠は?魔道士長の令息として、鑑定なさったのでしょうね、カイル・ノクスフィールド様?」
カイルは口ごもった。「……それは、未鑑定だ」
「ええ、そうでしょうね。
では、そちらの騎士団長令息のギルバート・アークシルト様。先ほどまでの嫌疑と同様に学園内で聞き込みをされたのかしら。今度は、誰が、何を見たのです?
ちなみに女子寮は爵位で階が異なります。男爵令嬢の多くは相部屋だそうですね。そちらの彼女がどうかは存じませんが、わたくしが誰にも気付かれずに犯行に及べるものでしょうか。
騎士として、誠実に、お答えください」
ギルバートは目を伏せた。「……リリィ嬢の証言のみだ」
「あら、ファーストネームでお呼びになる仲なのね」と声量を落としてつぶやいた。
独り言を装って、みんなに聞こえるように話すテクニック。公爵令嬢はまるで女優のようだ。
「第三王子殿下。そちらの女性が髪を切られた翌日、あなたは傷害事件として対応なさったのですか? 今日に至るまで解決していないようですが。
それとも・・・信頼を得ておらず、相談されなかった――そういうことでよろしくて?」
『信頼を得ておらず』を強調する。
対応したのなら手際が悪い、対応していないのなら信用されていない。
いずれにしても、第三王子が有能とは言いがたいと聴衆に印象づけた。
・・・うーん、髪を切るという新しいエピソードを持ち出したけど、冤罪で断罪返し。今までと同じ展開になっちゃった。オリジナリティ成立せず、だね。
もっと斬新な切り口じゃないとダメだよって、かつての講師の言葉が頭をよぎる。
壇上のお嬢さんたちも「しっかり練って作り直して、出直せ」って言われちゃうぞ。
「そちらの女性の“証言のみ”で、公爵家の顔に泥を塗るとは」
公爵令嬢は扇をパチリと閉じた。
「皆様、ご覧くださいませ。これが第三王子殿下の『正義』です」
ざわつく貴族たちの中、ピシッと腕をまっすぐに伸ばし、扇を突きつけた。
ふおぉぉ、女王様降臨! かっこいい!
始まりは見下ろされてフロアに立っていた公爵令嬢。
構図は変わらないのに、今では壇上の第三王子たちがまな板の上の鯉。道化師っぽい。
思わず拍手をして、王太子に手首を掴まれた。すんません。皆様、静かに成り行きを見守っていますね。
二階席から小さく拍手が聞こえて・・・すぐ止んだ。あっちにも叱られ仲間がいるらしい。
「婚約破棄は承りました」
とレイナは微笑んだ。大輪の花が咲いたような華やかさ、かつ、断捨離をした後のすがすがしさで。
会場にどよめきが走った。
この瞬間が、この国の勢力図を揺るがす分岐点であることは、卒業したばかりの若者たちにさえ感じ取れたのだ。
それがまったく分かっていない第三王子が、ある意味ですごい。
レイナの父である公爵は、敵と見なした相手には容赦なく、苛烈に追い詰める性格だ。上級貴族なら誰もが知っている。
気さくなおじさん風の見かけに騙されてはいけない、と。
そのことを知らない下級貴族でも、自分の寄親である上級貴族の様子から何かを察する。
察することができない者は、容易に利用され、窮地に陥り、やがて没落していく。そういう世界だそうだ。
ここで、先日王太子から教わった王家の事情を説明しておくね。
第二王妃は、大公国から押しつけられるように嫁いできた存在で、王国内には有力な後ろ盾がいなかった。
通常の場合、国内の貴族の誰かが両国の橋渡しをして、そのまま後ろ盾になる。
しかし、この婚姻は戦後処理のどさくさで決まったもの。評判の悪い姫の尻拭いが確定しているとあって、名乗りを上げる貴族はいなかった。
やがて、第三王子とレイナが生まれる。その直後に国王が公爵に懇願して、婚約が成立する。
癇癪持ちの第二王妃をなだめ、どうにかコントロールできそうな人材として、公爵家が選ばれただけ。
同情されるほどの貧乏くじだった。
公爵家の後ろ盾を得て、ようやく第二王妃の生活が落ち着いたことを今の若者たちは知らない。
第三王子にとっては物心ついたときから当然のようにある環境。
それが国費に加えて公爵からの援助で成り立っていることを知らないーそれは、ただの若者ならいざしらず、王子として許されるのか。
それを教えてくれる人たちを遠ざけた結果が、今である。
婚約破棄により失うものがあると考えたこともない、そのツケは近いうちに自分で払うことになるだろう。
一方で、公爵令嬢のレイナは親の使命を理解し、国のため、家のため、貴族の義務として婚約していたにすぎない。
婚約破棄だと言われたら、そりゃあ喜んで「承りました」と言うよね。
レイナが可愛く、ふふっと笑みをこぼしたのが見えた。
誰かがクローディス嬢の笑顔を初めて見たとつぶやく。
「二階の保護者用の観覧席から見ておりますので、父に事情説明は必要ありませんわ」
第三王子の顔が青ざめる。「な、何……!」
「レイナちゃん、見てたよー」と金髪のふくよかなえびす顔が手を振った。
基本的にいつもニコニコしているけれど、万が一怒らせたらすぐに報告しろと王太子に言われている。
それくらい「実は恐ろしい」人らしい。
ちなみに第二王妃は、見かけたら逃げろ、話さざるを得ないときは周りに投げる物がない場所にさりげなく移動しろ、お茶に誘われたら飲むな、下剤入りを覚悟しろと言われている。
(購入品は公爵の手のものが管理しているので、毒薬は持っていない)
「父と共に正式に国王陛下に謁見を願います。
第二王妃陛下を含めてあなた方への援助の停止、そちら有責での婚約破棄による慰謝料など、話し合うことがたくさんありますわね」
二階で公爵が嬉しそうにうなずいている。気苦労も無駄な出費もなくなるんだから、ほくほくだよね。実にいい笑顔だ。
「ああ、それから──リリィ・バーンス嬢」
レイナは壇上を見上げ、楽しそうに語りかけた。
「あなたが夜中に私の部屋に忍び込んでドレッサーを漁り、リボンを盗んだのよね? だとしたら不法侵入する姿が廊下の防犯魔法石に録画されていますわ。学園長が寮長に命じて確認してくれるはず」
リリィの顔が引きつった。
「そんな高価な魔法石が廊下にあるはずない! ふざけんな!」
可憐な少女の仮面を脱ぎ捨て、ヒステリックに怒鳴り散らす。第三王子がびっくりして、彼女の腰から手を引いた。
「男爵の階にはないかもしれないけれど、侯爵以上の階には設置してありますわよ。持ち物が一つ見当たらないだけで事件になるから。
持ち出すときにリボンはポケットにでもしまっていた? 手に持ったままなら映像に残っているかもしれないわ。きっと不安で夜も眠れなくなるわね?」
レイナは目を細めて、一見、穏やかに語りかけた。
リリィは唇を噛んでブルブル震えだす。その姿は般若のようだ。もう誰も近寄ろうとしない。
王子たちが一斉に青ざめる中、レイナは視線だけを動かした。
「あら、貴方たちはリボンの件も共犯なの? 今更どちらでも構わないけれど。
事実無根の言いがかりは名誉毀損ですけど、これは不法侵入と窃盗よ。学生の『悪質な言いがかり』に収まらない、明らかな犯罪ね」
公爵令嬢は愉快だとばかりに微笑む。
「ついに一線を越えてしまったようね」
勝者がどちらかは、誰の目にも明らかだった。
□■ 断罪コント ■□
「王太子殿下、これ・・・眺めてるだけでいいんですか?」
小声で尋ねる。
まあ、私は舞台を見ているみたいでけっこう楽しいけど。舞台というよりコントかな。笑えるから。
王子、宰相令息、騎士団長令息、魔道士長令息と、並んでいるのはエリートなイケメンばかりで眼福だし。
いや、今は全員そろって情けない顔してるし、中身もアレだし、残念イケメンたちだけど。
あ、魔道士長って、私を異世界召喚に巻き込んだ元凶じゃん。
あの親にしてこの子あり、ってやつか。
大事に育てた息子が廃嫡になったら、人生設計をぶち壊された私たちの気持ち、少しはわかるかな。
・・・いや、息子に罪はないかも。いやいや、冤罪に手を貸している時点でアウトでしょ。
「うーん、今日は陛下の代理で出席しているから、私が采配すべきなのだけどね。
公爵令嬢が自分で決着を付けちゃったよね。
公爵は笑顔に見えたけど、本心では怒っていると思う?」
何かを試すような、にやけ顔でこちらを覗き込んだ。
「あの狸が怒っているか、何を巻き上げるか計算しているかなんて知りませんよ。
それより五人の愚か者を退出させて、卒業パーティーを再開したほうがいいんじゃないですか」
つい、答える声にトゲが混じってしまった。
同級生たちと企画して会場を押さえチケットを手売りして、一生懸命に準備したお笑いライブ。
そのステージを、酔っ払いにめちゃくちゃにされたのを思い出しちゃったんだよ。
あのジジィ、一生許さない。
・・・で、今まさに、同じことがここで起きている。
在校生の何人かは涙目になってる。
男爵令嬢の嘘泣きとは違う、本物の涙。
連日の苦労が水の泡なんて、あまりにも、ひどすぎる。
「もっともだ。よし、学園長、騒ぎを起こした五人を退出させ、パーティーを再開しよう」
ふざけた態度が一瞬で消え、王太子として王族モードに早変わりだ。
学園長が警備兵に連行するよう指示を出し、生徒会長と実行委員長を呼びつけた。
実行委員長が司会の子を呼び、一旦休憩を挟んで再開するようアナウンスさせた。
張り詰めていた空気が少し和らぎ、卒業生たちが思い思いに移動していく。
二階の保護者たちの観覧席に行く子もいる。
これからの人間関係や派閥のことなど、保護者と相談しておきたいのかもしれない。
この先、何かと大変な立場に置かれる子も、きっといるのだろう。
王太子と学園長と生徒たちが打ち合わせしている間、暇だなお腹空いたなと考えていたら、王太子が二階を指さした。
「ほら、聖女」
二階の観覧席の脇にある、ボックス席みたいなところから相方が手を振っている!
顔を引っ込めたと思ったら、一階のフロアに降りてきた。
「久しぶり!元気だった?手から光が出るようになった?」思わずハグしちゃう。
「特撮映画みたいに言うなって。ぼちぼち。もうすぐ基礎編が終わりそうだよ」
にっと口の端を上げて笑い
「悪役令嬢の断罪劇があるなら、見なくちゃでしょ」と、のたまった。
「え? 神殿にも噂が回ってたの? 情報漏れすぎじゃん」
私は断罪劇があるとは聞いていなかったのに。
「いや、なんか、王太子が面白いことがあるって呼んでくれたんだ。
やっぱりリアルは違うね。迫力あったわ」
しずくはラノベが好きで、悪役令嬢ものが大好物だった。すごく嬉しそうだ。
「ねぇ、お料理食べに行っていいと思う? あの辺の子たちも行きたいけど、様子をうかがってる感じしない?」
しずくのマイペースな言い方が、懐かしくてホッとする。
「うんうん、食べ物を粗末にしたら『もったいないお化け』が出るし。どうせ私たちは異分子なんだから、空気を読む必要ないじゃん。行くぞよ、聖女様!」
「いざ、参ろう! 突撃じゃ!」
そんなふうにおしゃべりしながら料理のコーナーへ向かおうとした、そのとき。
「それが『掛け合い』というものか?」
王太子がこちらに顔を向けてきた。どうやら打ち合わせをしながら、私たちの雑談も聞いてたらしい。器用な人だ。
「二人に頼みたいことがある。以前話していた『コント』なるものを見せてほしい。
凍りついた雰囲気を和ませられれば、卒業パーティーも穏やかに続けられるだろう。
少しでも良い思い出を残してやらねば、卒業生たちに申し訳が立たん」
うん、良いことを言っている。
・・・なんだけど、その胡散臭い笑顔が、なんだかなぁ。
まぁ、いいんだけど。
「ちょっ、なに、その無茶ぶり?!」と、いきどおったポーズをとる。
芸人を目指していると気軽に無茶ぶりされることがよくある。またかとうんざりする反面、久しぶりだからちょっと嬉しいかも。
「じゃあ、打ち合わせするから、その間を繋いどいてよ、皇太子様」と気軽に言うしずく。
「いや、皇族じゃないから。王太子殿下だってば」
真面目に訂正しちゃった。一応、不敬だからさ。
「ちょっと言い間違えただけじゃん。その辺にこだわるなんて、お主、さては貴族社会に馴染んできたな?」
「ふふふ、滅相もございません。ナイフとフォークの向きが分かってきた程度にございます」
「それで黄金の饅頭を切り分け、余に献上するがよい。ふははははは!」
やりとりを眺めていた王太子の頭に疑問符がぽわぽわんと浮かんだ。
時代劇の様式美で、賄賂を要求する会話だと説明する。
「ふむ、使えるな」って、いつ使うおつもりなんでしょうか。
おふざけはここまでにして、流れを確認。
王太子が乾杯の音頭を取って、私たちがコントを披露して、その後は司会が予定通りに進行することになった。
司会の子が卒業生たちに騒動を詫び、乾杯のやり直しを呼びかけた。
壁に控えていた給仕たちが、爵位の低い者から順にグラスを配り始める。
順番に渡すだけでもいいのに、給仕たちは人の波をすり抜けながら動いている。時間稼ぎのためらしい。
早めに渡された人のグラスなんて、泡が抜けてるに決まってるけど、それも含めて式の一環。
学園は、身分に関係なく能力を競う場であると同時に、卒業後のために身分をわきまえることを学ばせる場でもある。矛盾してるけど、それが現実だ。
ちなみに、男爵令嬢が公爵令嬢に身分を弁えない態度をとった件は、学園長にとって「最後の授業」にぴったりの反面教師だったらしい。
爵位の差を再認識させようと、あえて給仕に細かな指示を出したのだとか。
さて。その間に、ネタの打ち合わせを済ませよう。
「どーしよ。不敬になる基準が分らんし、笑いのツボも分らんて」しずくがもっともなことを言う。
「元の世界のヨーロッパだと『フィガロの結婚』が上演禁止になる国もあったんだよね」
「モーツァルトのオペラでしょ。どこがダメだって?」
「平民の髪結いが貴族の伯爵を掌で転がすから不敬って言ってたかな」
私は歴史が好きだから、喜劇の歴史を調べてたことがある。文化によって「常識」が違うんだよね。
「うわぁ、分らん。というか身分社会なんて分りたくない!」
うん、激しく同意。
「この作品は、権力者が権力を振りかざして好き勝手にしようとしたら、ざまあされたという話なの。オチから逆算したらどうかな?(1)再起不能に潰す、(2)情けなくとほほにする、(3)双方痛み分けでちゃんちゃん」
「情けなくとほほオチが平和でいいんじゃない?お貴族様に反感を買われない程度にして」
「じゃあ、どこが情けなかったかネタ出し100本!」
「そんな時間ないって」
私が調子に乗って話を広げ、しずくが現実的なことを言う、いつもの打ち合わせの流れだ。なんかいいな、安心する。
舞台上ではしずくがボケで私がツッコミだから、普段と役割が逆なのよね。
「しずくが王子役で、なんか企む。私が取り巻き役。そんで、前半は乗せる相槌を打って、後半は無茶だろって突っ込む。最後は『断罪なんて止めとこか』で締めるのは?」
お笑いの打ち合わせをしているとつい関西弁が出てくる。本場の関西人にイヤがられるけど、わざとやないねん。笑いが柔らかく人情味が増すというか、魅力があんねんな。
このニュアンスが異世界で通じるか不明だけども。
異世界召喚の特典で翻訳されているから、細かい齟齬はあるはず。洋画を吹き替えで見るみたいなものを想像している。
「ヤバイ暴露をしちゃわないかな。下級貴族の子より、私たちの方が偉い人と接点あるじゃん。皆が知っていることなのか、偉い人しか知らないことなのか分かんない」
しずくは心配性だ。
「王太子殿下が言い出しっぺだからね。無茶ぶりした責任取ってもらわなきゃ。一蓮托生!共犯者」
にこっとしずくを安心させるように笑っておく。
あの人、責任感あるから大丈夫でしょ、多分。
「ね、ね、王太子が愚弟の愚痴を言いまくるのってどう? 千佳ちゃんがマッサージ師で、愚痴を聞いてあげつつツッコミ」
「いいね、いいね。
ねぇ、王太子殿下、この世界にマッサージ師っている? 体をもみほぐして疲れを取るの」
急に話を振ったが、給仕からグラスをもらう卒業生たちの様子を眺めながら答えてくれた。
「いないな。治癒師が手をかざすのはあるぞ」
「じゃ、その治癒師スタイルでいこう。神官が治癒するのを真似すればいいよね」
と言った後に、しずくは考えをまとめるために目を閉じた。
眉間にしわを寄せて、ダメだとつぶやく。
「…愚痴というか…軽い笑える愚痴じゃなくて、あきれ果てた、救いようがない悪口しか出てこない」
しずくはまじめだから、ああいう無責任な奴ら嫌いよね。
嫌悪感がにじみ出たらお笑いにならない。
「そっかー。それだと私のセリフもツッコミよりも慰めになっちゃう。人生相談じゃねえっつの」
いつもより口が悪い私を王太子が苦笑いしている。
王宮のマナーを無視することもあるけど、それなりに猫をかぶって生活しているんですのよ。これでも、気を遣う日本人でございますから、おほほほほ。
「じゃあ、フィガロの髪結いネタで、第三王子をだましながら良い気分にさせるのは?」
「髪結いは公爵令嬢がざまぁする企みを知っていて、うっかり漏らして断罪劇を中止されたら令嬢に恨まれる。ちゃんと決行するようにヒヤヒヤしながら誘導しつつ、アホやなぁって。よくない?」
私が前のめりになると、しずくがちょっと待ってと制止した。
「企みを知っているとか設定を複雑にするには、打ち合わせる時間が足りない。矛盾が出て収拾がつかなくなったらあかん」
王太子からも公爵令嬢が知っていたと暴露するのはやめてくれとストップがかかる。
やっぱり知ってたんだ。やけに落ち着いて反論してると思ったよ。若干、芝居がかってたし。
「オレ様王子様が婚約破棄をしてやると意気込んで、髪結いは内心バカにしつつ、表面上は応援して送り出す。で、どう?」
「いいよ、すっごくいい! 流石、しーたん! 私が髪結い役だよね」
「髪結い…理髪師の方がこの世界っぽくない?」
しずくのこだわりが出てきた。
「フィガロの結婚の前作は『セビリアの理髪師』だから、理髪師でもいいと思う」
給仕が王太子にグラスを渡しに来た。グラスを配り終わったら、打ち合わせタイム終了だ。
琥珀色のスパークリングがキラキラと輝いている。
私たちもほしいとジェスチャーすると、コントが終わったら渡すようにと給仕に指示を出す。
成功させて美味しく飲もうね、と相方と誓い合う。
そもそも、飲み行く途中で異世界に拉致られたんだったよ。ぐびぐび飲んじゃる!
王太子が第三王子の不始末をうやむやにはしないと宣言し、卒業を言祝ぎ、乾杯の発声をした。
この乾杯、予定では第三王子がやるはずだったよね。ほんっと仕事をなに一つしないで退場したなぁ。
続いて、私たちを異世界から召喚されたアーティストと紹介し、舞台上に呼ぶ。
私たちは気合いを入れて、舞台の中央に進み出た。
最初にしずくがお笑いの説明をする。
「私たちは日常の出来事をユーモラスに描く、『お笑い』を追究しています。言葉遊びやタイミングで笑いを誘うパフォーマンスです。
笑うことで幸せホルモンが分泌され、呼吸が深くなることで血流が良くなり冷えや肩こりの解消にも役立ちます。
先ほど、みなさんは大変緊張しましたね。ストレス解消に役立ち健康効果がたっぷりのお笑いをぜひ体感してください」
あれれ、なんかすごく高尚な文化みたいじゃん。嘘じゃないから、ま、いっか。
「「聖女と相方のショートコント!」」二人で声を合わせる。
「タイトル『婚約破棄、セットでお届けします』」私が高らかにタイトルを宣言した。
理髪師「理髪師を始めて数十年、ついに王宮で仕事をもらえるようになった。今日は王子の髪のセットだ。頑張るぞー」
王子「宮殿の一室に理髪師を呼んだぞ。どんな髪型にしてくれるか楽しみだなぁ」
理髪師「トントン。失礼しまぁす。まぁ、王子様素敵、かっこいい、ヒューヒュー。さて、どんな髪型にしたいか決まってますか?」
王子「うむ、私の元々のかっこよさをもっと、もーっと引き出してほしいのだ」
理髪師「(小声で)えー、かっこいいって社交辞令だったのに。どうしよう。
(王子に向かって)かっこいいって凜々しいとかスマートとかワイルドとかクールとか色々あると思うんですけどぉ、ご希望はありますかぁ?」
王子「王子様っぽいのが一番かっこいい!」
理髪師「あー、えー、うーん…自分らしくってことですかね?」
王子「そう! 自分らしく! いいね」
理髪師「かしこまりましたぁ!(ケープをかける仕草)ばさぁ、チョキチョキ。
今日はあれですか、どこかお出かけですか?」
王子「卒業パーティーにちょいと、な」
理髪師「えー、すごいじゃないですかぁ。慕ってくれる後輩たちと涙でお別れしちゃう感じですよね」
王子「いや、婚約者とお別れしちゃう感じだ」
理髪師「は? 婚約者っつった? (小声で)え?公爵令嬢だろ?マジか?正気か?」
王子「……今日こそ言うのだ。婚約破棄を。堂々と、潔く、凛々しく!」
理髪師「(小声で)マジだよ。(王子に向かって陽気に)左の分け目でよろしいですか?」
王子「うむ、凛々しさは分け目から始まるからな!」
理髪師「凜々しいかっこよさが良かったんですねぇ。
(横を向いて小声で)最初からそう言えよ。
(向き直って)了解でっす。ところでお相手は、公爵令嬢、でしたよね」
王子(急に声が小さく)「うむ……その、公爵家とはいずれ縁を切っても、問題ないと側近たちが申しておった」
理髪師「ああ、いつものお取り巻き三人衆ですね。殿下の後ろで常に首を縦に振っている方々」
ここで、ぶふーっと誰かが吹き出した。
王子「あいつらが言うには、男爵令嬢の方が"控えめで良き"らしい!」
理髪師「控えめ……に、他の貴族婦人からは嫌われてますけど」
王子「えっ?」
理髪師「いえ、何でもありません。嫉妬というやつでしょうね、きっと、おそらく、もしかしたら、万に一つは…」
王子(ドヤ顔)「やはりな。嫉妬されるほど魅力的とは、我が目に狂いはなかった!」
理髪師(平然と)「殿下の目は、いつも斜め上をご覧ですから。
ごほん、ところで平民にお貴族様の感覚は分らないのですが、いわゆる浮気とは違うんでございましょうか」
王子「な、なに? 浮気などではないぞ。真実の愛で結ばれたのだ。とても尊いのだ(キリッ)」
理髪師「尊い…ですか。まー、それは、すんばらしいことでございますですねぇ」
王子「よし、今日の卒業パーティーで断罪してやる! 我が未来に、祝福あれ!」
理髪師「御髪もパーフェクトにセットできましたですよ、ええ。……心より『成功を』お祈りしております」
王子「そちもますます励めよ」
(王子、意気揚々と去る)
理髪師(ため息まじりに)「婚約破棄だけじゃなく断罪までセットで、ねぇ。バッサリ断罪されるのは、たぶん殿下のほうでしょうねぇ…(指でちょきちょき)」
王子「(舞台袖から声だけ)あーん、ごめんなさーい。婚約破棄は無しでぇ。こんなはずではぁぁぁ」
理髪師「(舞台袖に向かって)王子様、お達者でぇぇー!
(向き直って)卒業ってのは新しい旅立ちですよ!王子も、取り巻きも、浮気相手も、違う道へ旅立っただけ!」
王子「(舞台袖から首だけ出して)いや、それ放逐やろ」
王子役のしずくが舞台袖から戻ってきたところで、二人揃って
「「ありがとうございました。ご卒業おめでとうございます!!」」
拍手をもらえた。よかったぁ。
王族ネタが入っていたから、お貴族様たちは笑いにくかったかもしれない。でも、王太子がゲラゲラ笑っていたので、たぶんセーフ。
公爵令嬢は、扇で顔をすっぽり隠したまま。
ちょっとでも笑えて、気持ちが軽くなっているといいな。そう願うことしかできないよ。
マナーとしては歯を見せて笑っちゃいけないらしいけど、笑いを堪えてか、肩をふるわせてる人がちらほら。
うん、これはもう成功と言っていいんじゃないかな。
会場の空気も和らいだし、前座としての役割は果たせたと思う。ひと安心。
スパークリングももちろん美味しかった。
ほんと、ステージのあとの一杯って、何物にも代えがたいよね!
その後は憂い無く、相方と反省会をしながら会場の片隅で料理を楽しんだ。
テーブルでは王太子と学園長が話し合っているので、近づくのをやめておく。今度は何を企んでいるのやら。
とりあえず男子四人は寮の自室に監禁だそうだ。入り口に警備兵がついて、ね。
男爵令嬢は相部屋だったらルームメイトが気の毒だと思ったけど、彼女は窃盗犯だから懲罰部屋だって。そんな部屋があるのね、こわっ。
もう彼らと関わることはないかもねーと三回目の乾杯をする私たち。
「飲み過ぎるなよ」という声は、気のせいに違いない、きっと、おそらく、もしかしたら。
コンビ名は異世界では理解されないだろうと判断して、名乗りませんでした。
盗まれたリボンの鑑定ですが、魔道士長令息のカイルが「鑑定した。あなたのものに間違いない」といった場合は「そう、流石ね」と返事する予定でした。「未鑑定だ」と言われて、鑑定しない可能性が高いと思っていたわ、という意味の「そうでしょうね」です。
評価、感想をいただけると嬉しいです。
誤字報告ありがとうございます。
関西弁のご指導にも感謝!
6月19日、加筆修正しました。