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The Sword That Hates Me (But Is Better Than Me)  作者: 神谷嶺心
第1章 カエルとタロン──予言か、呪いか?
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第6話 — 後編「玉ねぎたちの合唱」

「最後に笑ったのは、畑だった。」



「……だが、畑はまだ終わっていなかった。」


数歩進むと──


そこに、完全に“死んだふり”をしている玉ねぎがいた。 地面に横たわり、葉っぱを胸の上で組み、目は半開き。 舌のような葉をだらんと垂らしている。


「……わたしはもう……死んでます……成仏しました……」


カエルは眉をひそめた。


「……マジで?」


玉ねぎは一瞬だけ目を開けた。


「死んでるってば……信じて……」 そしてまた目を閉じる。


サロンが即座に突っ込む。


「兄弟……これはもうオスカー級の演技だ。 この才能、埋もれさせるのはもったいないぞ」


カエルが茎に手をかけた瞬間──


「いやあああああっ!!違うのっ!!ドッキリだったのぉぉ!!助けてぇぇ!!」 玉ねぎは暴れ出し、土を蹴り上げながら叫ぶ。


「わたし、ヴィーガンケーキの店やってるのっ!! 死んだら、予約が全部キャンセルにぃぃ!!」


カエルは笑いながら、でも涙目で。


「これ……任務じゃない。精神攻撃だよ、完全に……」


サロンも鞘の中で震えながら笑っていた。


「なあ……これ、報酬倍じゃなきゃ割に合わんぞ。マジで」


そして、次の玉ねぎへ。


今度は──苦しそうな顔をしていた。


「うぅぅ……あぁぁ……ダメ……今は抜かないで…… わたし……芽に石ができてて……安静が必要なの……!」


カエルは顔を覆った。


「……芽に石……?」


「そ、そう……重症なの……」 咳き込みながら続ける。 「放っておくと……急性ブロチ炎になるのよ……!」


サロン、即答。


「ブロチ炎……そんな病名、聞いたことねぇよ。 さっさと抜け。次は“芽のヘルニア”とか言い出すぞ」


カエルは引き抜いた。


──スポッ!


玉ねぎは袋に落ちた。 まだぶつぶつ文句を言っている。


「不当だ……この国のシステムは腐ってる……訴えてやるからな……」


カエルはもう、ボロボロだった。 涙と泥が混ざり、笑っているのか泣いているのか、もはや自分でも分からない。 人生の選択すべてを疑い始めていた。


そして、次の玉ねぎへ。


彼らの接近に気づいた瞬間── その玉ねぎは、葉っぱをぐるぐる回し始めた。 まるで扇風機のように、必死に回転している。


「やだやだやだやだやだやだやだやだやだっ!! 離れてっ!!今、飛ぶからっ!!飛ぶからぁぁ!!」


カエルは笑いをこらえながら見つめた。


「……これ、現実か?」


「今の私はヘリコプターよっ!!捕まえられるもんなら、捕まえてみなさいよっ!!」


サロンは鞘の中で震えながら、息も絶え絶えに笑っていた。


「……これ、最高だわ。 今までの苦労、全部チャラ。撤回する。全部、撤回する」

カエルが茎をつかむと、玉ねぎは暴れ出した。


「やめてぇぇぇっ!!フライトの予約があるのぉぉぉ!!」


──スポッ!


袋へ、ぽい。


カエルはその場に崩れ落ちた。 泥の上に座り込み、膝を抱えて、虚空を見つめる。


「……これ、現実じゃない。 俺……もうダメかもしれない……」


サロンは、ようやく落ち着いた様子で鞘を揺らした。 深く息を吐きながら、ぽつりと呟く。


「……誰かに話しても、絶対信じてもらえないな。 絶対に」


そして、あの音が── あの、背景にずっと流れている音が、まだ続いていた。


畑全体が、まるで終末の合唱団。 泣き声、叫び、嘆き、芝居。 まるで、野菜によるメロドラマ。


カエルは顔をこすり、深く息を吸い、立ち上がった。 服についた泥を払い、周囲を見渡す。


そして、決意のこもった声で言った。


「……行こう。 これ以上ここにいたら、あいつらの言い分が正しく思えてくる」


サロン、乾いた声で返す。


「……もう遅いよ、相棒。 完全に手遅れだ」


畑を出たとき── 二人の目は腫れ上がり、真っ赤に染まっていた。 痛み、熱、涙。 それが玉ねぎのせいなのか、笑いすぎたせいなのか、 あるいは、胸に落ちた存在の重みのせいなのか──もう分からなかった。


まるで、自分たちの人生そのものが、 根っこと一緒に引き抜かれたような気分だった。


そして、あの音。 遠く、風に乗って響く声。 玉ねぎたちの泣き声が、まだ耳に残っていた。 まるで、空に向かって叫ぶ亡霊の合唱。


ケボルは、畑の端で待っていた。 目元をそっと拭いながら、何事もなかったように振る舞っている。 だが、その不自然な仕草が、すべてを物語っていた。


「お、お前ら……」 咳払いしながら、深く息を吸う。 「やったな……あの忌々しい玉ねぎどもめ……」


顎が震えていた。


多くを語らず、彼はギルドの依頼書を取り出し、 震える手でサインを書き込んだ。


「……よし。完了だ」 重たい溜息とともに、紙を渡す。 そして、もう一つ──袋を差し出した。


「これだ。タルガに渡してくれ」 一瞬、言葉を止め、また深く息を吸う。 「……あいつに伝えてくれ。 “二十二年の収穫”のこと、俺はまだ忘れてないってな」


カエルは袋を受け取った。 まるで呪いでも抱えているかのように、慎重に。


「……了解。伝えとく」


サロンが腰で揺れながら、いつもの毒を吐く。


「まさか……玉ねぎに同情する日が来るとはな。 笑い話だと思ってた。……でも、現実だ」


ケボルはもう一度、深く息を吐き、帽子を直した。


「……幸運を。 そして──玉ねぎが、二度と夢に出てこないことを祈る」


カエルは彼を見つめ、静かに答えた。


「……もう遅いよ」


別れは、あっさりしていた。 長く引き延ばす勇気なんて、誰にも残っていなかった。


誰も、自分の顔を見つめ直す余裕なんてなかった。


二人は背を向け、 静かに、道を歩き出した。


足音が、乾きかけた泥に沈んでいく。 すでに固まり始めた地面。 湿った土の匂いに、潰れた植物の生臭さが混ざって── 服に、肌に、そして……魂にまで染みついていた。


しばらく、沈黙が続いた。 聞こえるのは、足音と風だけ。 そして、誰もが自分の存在を見つめ直しているような、 あの、気まずくて重たい沈黙。


──その空気を、破ったのはやはりサロンだった。


「なあ……よく考えたら、俺たちがこの物語の悪役なんじゃね?」


カエルは鼻で笑った。


「……黙れ、サロン」


「いや、マジでさ。見てみろよ、この姿。 涙とトラウマを詰め込んだ袋を担いで歩いてるんだぜ? どう見ても、加害者側だろ」


カエルは道端の石を蹴った。 足が泥にめり込む。


「……考えたくもない」


「もう遅いよ、相棒。 一生、夢に出てくるぞ。あの泣き声」


歩き続ける。 太陽は、もう真上にはなかった。 ゆっくりと沈み始め、 その金色の光が、道端の影を長く引き伸ばしていく。


夕暮れの匂いが漂い始める。 希望と、寂しさが混ざったような、あの独特な空気。


遠くの地平線は、すでに色を失い始めていた。 昼と夜の境界が、ゆっくりと、怠けるように移ろっていく。


沈黙は、さらに重くなった。 もはや、さっきまでの気まずさではない。 もっと深く、もっと静かな── 心の奥に沈んでいくような、そんな沈黙。


それでも、歩き続けた。 一歩、また一歩。 今、聞こえるのは──自分たちの足音だけだった。

これで、終わりです。


依頼は完了しました。 でも、その代償は……。


カエルとサロンは、袋いっぱいの玉ねぎと、報酬より重たいトラウマを抱えて畑を後にしました。 そして俺はというと──ただ面白いシーンを書きたかっただけなのに、 気づけば、湿った土の匂いと一緒に存在の意味まで掘り起こしてました。


もし、最後の沈黙を感じてくれたなら── それは、感じてもらうために書いたものです。


笑いのあとに残るのは、時々……静けさだけ。

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