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The Sword That Hates Me (But Is Better Than Me)  作者: 神谷嶺心
第1章 カエルとタロン──予言か、呪いか?
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第3話 — 昨日のパンか、明日のパンか?

最大の皮肉? 間違いに気づくのは、いつも手遅れになってからだ。



灰色の朝が、またアンゼルムの空を覆った。


カエルは目を覚ました。疲れた体を引きずりながら、今日という日にも希望なんて贅沢すぎると知っていた。 希望なんて、心からの笑顔と同じくらい珍しい。


「カエル…カエル…カエエエエル、起きろってば!」 ターロンが苛立ち混じりの声で叫んだ。どこか必死さも滲んでいる。


「ん…」 カエルはゆっくりと目を開けた。どうせ今日もろくなことがないと、そんな顔で。


「朝だぞ。ネズミが…お前の服を食ってる。」


「うまいなら、俺も食えばよかったな。腹減ったまま寝たし。」 カエルはぼそりと呟き、かじられたマントを引き寄せた。


「見事だな。絶望のダイエットかよ。」 ターロンが皮肉たっぷりに返す。


カエルが立ち上がると、足元から――ベチャッ。


沈黙。彼はゆっくりと下を見た。


「…ああ、完璧だな。」 ため息混じりに、馬糞のついたブーツを見つめる。


ターロンの鞘がカチリと鳴った。


「冒険の朝にふさわしいスタートだな。最高だ。」


カエルは深く息を吸い、服についた藁と、尊厳と、ついでに不運も払い落とそうとした。


「で…」 あたりを見回しながら言った。 「今日のメニューは?」


ターロンはチッと舌打ちし、剣をくるりと回した。まるで見えない本でも読んでいるかのように。


「さて…」 ターロンは事務的で、どこか皮肉めいた口調で言った。 「腹の虫が鳴いてる。銀貨が二枚。で、怪しげな依頼が一つ。」


沈黙が落ちた。


「他に必要なもの、あるか?」 と、さらに嫌味っぽく付け加えた。


カエルは首を横に振り、顔を手で覆った。だが、ターロンは止まらない。


「…ああ、忘れるところだった。」 金属がわずかに軋む音。毒気を含んだ声。 「ブーツの馬糞。旅の幸運のお守りか、せめて臭いくらいにはなるだろ。」


「完璧だな…」 カエルはぼやきながら、厩舎の藁に靴底を擦りつけた。情けないほどの努力だった。


二歩進む。馬糞は健在。 三歩目には、ただ広がっただけだった。

「最高だ…」 ため息と共に、完全に諦めた声。


二人は石畳の道へ出た。朝の風が、パンとも埃とも、壊れた約束ともつかない匂いを運んでくる。


カエルはマントの襟を引き上げた。必要というより、ただの癖だった。


「で…今回の依頼って何だっけ?」 曇りがちな空を見上げながら尋ねた。


「七種のツバ草だ。」 ターロンは素っ気なく答えた。


カエルは立ち止まった。


「ツバ…草?」


「そうだ。ツバ草。」 ターロンは一切の冗談もなく、真顔で言い切った。


「…なるほどな。」 カエルは深く息を吐き、遠くの地平線を見つめた。 すべてを投げ出して放浪者として生きる未来が、少しだけ現実味を帯びた。


ターロンは楽しげに言った。


「元気出せよ、英雄。もっとひどい依頼だってあるんだからな。」


カエルはターロンを見つめ、片眉を上げた。


「もっとひどいって…本当に?」


「本当に。」 ターロンは即答した。 「銀貨二枚すらなかったら、どうする?」

沈黙。


風が吹いた。


カエルの腹の音が、その風をかき消すほどに鳴り響いた。


二人は黙ったまま歩き続けた。 空腹だけが、彼らの同行者だった。 疲労が肩にのしかかる。だが、誰も何も言わない。


いくつかの曲がりくねった通りを抜けると、市場が見えてきた。 遠くからでも、喧騒が聞こえてくる。 叫び声、話し声、硬貨の音。 色とりどりの屋台、威勢のいい売り声、焼きたてのパンの香りと、強い香辛料の匂いが入り混じる――混沌の中の秩序。


カエルはフードを下ろし、市場を見渡した。 街の鼓動が、そこにあった。


その中で、ひときわ目を引く屋台があった。 色あせた赤い布で覆われた木製の屋台。 その奥には、油で汚れたエプロンをつけた大柄なオークが、パンの籠を並べていた。 笑顔はやたらと広く、世界の悩みをすべて忘れたかのようだった。

カエルは、次の失望に備えるように歩み寄った。


「…明日のパンを、いくつか。」 そう言って、銀貨を差し出した。


オークは満面の笑みを浮かべた。 まるでこの世に問題など存在しないかのように。


「もちろんだとも、兄ちゃん! ちょうど今、焼き上がったばかりだ!」 粉まみれの手をパンパンと叩きながら言った。


カエルは眉をひそめ、湯気を立てるパンを見つめた。


「…待てよ。明日のパンなのに、なんで今日焼けてるんだ?」


オークは腕を組み、まるで宇宙の法則を語るかのような顔になった。


「簡単なことさ。今日は…時間のほうがパンに追いついたんだよ。」 そう言って、カウンターをトントンと叩いた。 まるで千年の秘密を明かしたかのように、誇らしげに。


ターロンの鞘がギシリと鳴った。


「議論するだけ無駄だ…あいつはもう現実に負けた人間だ。」


カエルはパンを受け取り、首を振った。 人生と口論しても意味がないと、そう言いたげに。


「また来てくれよなー!」 オークが元気よく手を振った。


カエルも手を振り返した。 宇宙の理不尽に敗北した者の顔で。


二人は歩き出した。もちろん、口論しながら。


「でもさ、よく考えてみろよ…」 カエルはパンをかじりながら言った。 「今日食ったらさ…明日になった時、明日のパンはもうないわけだろ? それって、なんか宇宙の法則に反してないか?」


ターロンはチリッと音を立てた。 イライラした金属音。


「お前、自分の未来を盗んでるってことだな。 …でも正直、ただのパンだ。」


「でもさ、よく考えてみろって…」 カエルはしつこく言いながら、また一口。 「今日食ったら、明日にはもうない。 つまり、明日のパンは今日食ったから存在しない。 これって、宇宙的にアウトじゃない?」


「アウトなら、お前はとっくに罰金生活だ。」 ターロンは冷たく言い放った。 「それに、パン屋哲学で腹は満たせねぇよ。」


二人は広場へと歩を進めた。 そこはまるで動く舞台のようだった。


人々が行き交い、商人たちが声を張り上げ、 噴水のそばでは音痴な吟遊詩人の一団が演奏し、 子供たちは布切れをマントに見立てて走り回っていた。


熟れた果物の香り、焼きたてのパンの匂い、 そしてその奥に、かすかに漂う厩舎の臭い。 人生が甘いだけじゃないことを、そっと思い出させる。


カエルは手の中のパンを見つめた。


「これ、夕飯まで取っといたらさ… 今日のパンになるのか? それとも、まだ明日のパンってことでいいのか?」


ターロンはため息をついた―― いや、金属音だった。別の人生なら、ため息に聞こえたかもしれない。


「神々の名にかけて、さっさと食え。」


だが、カエルがもう一口かじろうとしたその時――


ギギギ…と音がした。 木が石畳をこすりながら引きずられる、耳障りな音。


「…なんだ、今の音?」 カエルはそちらを見た。


一人の吟遊詩人が現れた。 古びた樽を引きずりながら、腕には修繕だらけのバンドーラを抱えていた。 その楽器は、弦よりも執念で音を出しているように見えた。


人々が集まり始める。もう慣れた光景だ。 広場の真ん中に樽を引きずってくる奴がいれば、演奏するか―― あるいは、蛇油を売るか。時には両方だ。


吟遊詩人は、まるで何度も落ちたことがあるかのような手慣れた動きで樽の上に立った。


樽の蓋を三度叩く。


「さあさあ、集まれ、集まれ!」 その声は、熱意と注目されたい欲望の狭間で揺れていた。


「英雄よ、放浪者よ、ドワーフに詐欺師! 誰でも歓迎だ!」


彼はバンドーラを構え、一本の弦をつついた。 返ってきたのは、苦しげなうめき声のような音。


そして、歌い始めた:


これは、奇妙な男の物語。 ある者は彼を「闇の魔術師」と呼び、 またある者は「混沌の錬金術師」と呼ぶ。 そして中には、ただの…「悪意ある夢想家」と言う者もいる。


人々の顔に笑みが浮かび始める。 腕を組む者、地面に置かれた帽子にコインを投げる者もいた。


昨日、彼は橋の下で星を売っていた。 朝になって、客が「光が消えた」と文句を言った。 だが彼は笑った――『光は、借り物さ。』


カエルはゆっくりとパンをかじりながら、 それが天才なのか、ただの狂気なのか判断できずに眺めていた。


月を井戸に落としたのも、彼だった。 村人たちは必死にバケツで汲み上げようとした。 彼はそれを見ながら酒を飲み、こう言った――『あれは、ただの映り込みさ。』 だが、誰も信じなかった。


ターロンが小声で、乾いた口調で呟いた。


「芸術家に正気は必要ないらしいな。」


彼は道を作る… だが、すべての道は迷宮になる。 歩いて、歩いて… 戻って、戻って… 気づいた時には―― 自分の影すら、ついてこない。


観客は沸いた。 拍手、口笛、そして帽子に投げ込まれるコインの音―― まるで狂気に値段をつけるかのように。


カエルは最後のパンをかじり終えた。


「…俺、なんか…ちょっと好きかも。」 ぽつりと告白した。


ターロンの鞘がイラついたように回転する。


「よかったな。古いパンと怪しい哲学で、心も体も満たされたところで… さっさとツバ草探しに行こうか?」


カエルはパンを口に押し込みながら、うなずいた。 吟遊詩人の残した哲学のパンくずを、まだ噛みしめているようだった。


「行こう。」 もごもごと口いっぱいで言った。


二人は広場を後にし、裏通りへと入った。 そこは税金の匂いよりも、下水の匂いが勝る道。 東門を避けるための近道―― いや、それ以上に、東門の衛兵を避けるための道だった。


「…あの衛兵、お前のこと嫌ってるよな?」 ターロンが鞘の中で揺れながら、疑いの声を漏らす。


「長い話だ。」 カエルは地面を見つめ、小石を蹴りながら答えた。 「アヒルと、賭けと…まあ、厳密には火事も関係してる。」


「厳密には?」 ターロンが眉をひそめるような声。


「煙だけだったんだよ。厳密にはな。」 カエルは自信満々に言い切った。


やがて、西門が見えてきた。 傾いていて、放置されたような門―― まるでカエル自身の写し鏡のようだった。


あと数歩で街を出られる…そう思った、その時。


――パフッ!


どこからともなく、影が目の前に落ちた。 音もなく、前触れもなく、容赦もなく。


カエルは思わず飛びのいた。 ターロンの鞘が、驚きに反応してカチリと鳴る。


「な、なんだと…!?」 カエルは胸に手を当て、息を呑んだ。



彼らの前に立っていたのは、全身黒ずくめのフード姿の男だった。 顔は目元しか見えず、手は袖の中で組まれている。 裸足で、まるで瞑想しているか――音もなく人を殺す者のような佇まい。


「ごきげんよう。」 落ち着いた声で言った。 「…任務のことを聞きました。」

沈黙。


「で?」 カエルは瞬きをしながら言った。 強盗か、冗談か、それともただの火曜日か――判断がつかない。


「同行させていただきたい。」 忍者はあっさりと、まるでそれが当然であるかのように言った。


ターロンの鞘が、緊張で軋んだ。


「…嫌な予感しかしない…」 小声で呟いた。


だがカエルは男を見つめ、少し考え――そして笑った。


「おや、いいじゃん。多い方が楽しいし。」 肩をすくめて答えた。


「マジかよ、カエル!?」 ターロンは鞘から飛び出しそうな勢いで叫んだ。 「音もなく現れて、匂いもなくて、影すらない奴に…『いいじゃん』って!?」


「いや、正直な話…殺す気ならもうやってるだろ。 だから、別にいいかなって。」 カエルは本気で言った。 忍者は静かにうなずいた。満足げに。


「それ、まさに“信用しちゃいけない忍者”が狙ってる思考だぞ!」 ターロンは怒りの金属音を響かせた。


だが議論の余地もなく、忍者は自然に彼らの隣に並んだ。 まるで最初からパーティーの一員だったかのように。


カエルは気にせず歩き出す。 ターロンはギシギシと音を立てながら、影すら疑う勢いでついていく。


こうして三人(と一本)は西門を抜け、アンゼルムの街を後にした。 少なくとも…今のところは。


それから数時間が経った。 聞こえるのは、自分たちの足音と、木々の間を抜ける風の音だけ。


文明から遠ざかるように、森を縫う小道を進んでいく。 太陽はすでに西の空に沈みかけ、空を疲れたような橙色に染めていた。


やがて、森の中に開けた小さな空き地を見つけ、 彼らはそこで野営の準備を始めた。


あの森の木々は―― ねじれ、老い、枝はまるで誰かを指差して無言の裁きを下しているようだった。 まるで、人の死を見届けてきた顔。そして、後悔などしていない顔。


そう時間もかからず、彼らは枝を集めて焚き火を起こした。 燃える薪の匂いに、なぜか…明日のパンの香りが混ざる。 ――そう、まだ残っていたのだ。


「少なくとも今日は、ブーツに馬糞はないな。」 カエルは火のそばで体勢を整えながら言った。


忍者は相変わらず無言だったが、カエルが「見張り頼めるか?」と聞くと、静かにうなずいた。


「ふん。」 それだけ言って、視線は闇の向こうから一度も外さなかった。

もちろん、ターロンは黙っていられない。


「…どう考えても怪しいだろ、これ。」 ギシリと音を立てながら言った。 「突然現れて、助けたいとか言って…裏がないわけがない。」


カエルは肩をすくめ、まったく気にしていない様子。


「落ち着けよ、ターロン。全部うまくいってる。」


ターロンの金属的な文句を無視して、カエルはマントを顎まで引き上げて横になった。


数分後には、まるで外の世界など存在しないかのように、ぐうぐうと寝息を立てていた。


――そして、目を覚ました。


ターロンの金属声が耳元で響いたからだ。


「だから言っただろ! 怪しいって!!」


鞘の中でガチャガチャと暴れながら、まるで腕でもあれば殴っていたかのような勢い。


「…ん? なに…?」 カエルはぼんやりと目をこすりながら言った。


周囲を見渡す。


静寂。


風の音、消えた焚き火の残り香―― そして、自分の影以外、何もなかった。


「…あれ?」 カエルは眉をひそめながら辺りを見回した。 「忍者は…?」


ターロンは乾いた音でギシリと鳴った。


「消えたよ。」


足跡もない。 パンの匂いもない。 何もない。まるで最初から存在しなかったかのように―― あるいは、またしても宇宙がふざけているだけなのか。


カエルは瞬きをした。


「…いなくなったのか?」


「しかも、明日のパン全部持っていきやがった!!」 ターロンが怒りを爆発させた。


沈黙。 聞こえるのは、コオロギの鳴き声だけ。


カエルは数秒間、虚空を見つめたまま動かず―― そして、顔を両手で覆いながら叫んだ。


「…ああ、最悪だ。」


パンなし。 任務なし。 そして今や、尊厳すらなし。

ここまで読んでくれたあなた、マジでありがとう。 いや本当に、パンとため息ばっかの章をここまで付き合ってくれるなんて、 あなた、相当な物好きか、もしくは未来のパンに何かを感じた人だと思う。


カエル(名前な。カエルじゃない。たぶん)は、 今日も明日も、世界に振り回されながら、なんとか生きてる。 希望?そんなもん、パンよりレアだよ。


で、忍者はどこ行った? ツバ草って何? パンは結局、明日のだったのか?


…知らん。作者も知らん。 でも、たぶんそのうちわかる。たぶん。


というわけで、次の章も気が向いたら読んでくれ。 パンはなくても、何かはある。たぶん。


――神谷嶺心(パンは返せ)

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