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The Sword That Hates Me (But Is Better Than Me)  作者: 神谷嶺心
第1章 カエルとタロン──予言か、呪いか?
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第2話 — 俺は何で家を出たんだっけ?

「いくつかの扉は冒険へと誘う。しかし、他の扉はただ通行料を請求するだけだ。」



街の門がそびえ立つ──文明か、それとも単なる官僚主義の塊か。


カエルは肩のボロボロのマントを直し、深く息を吸い込んだ。 「問題なし。入る、登録する、まともな飯を食う。」


「まともって…まさか光ってない食べ物のこと?」 タロンが嫌味ったらしく呟く。


「一回だけだったろ!」 「昨日の話だが?」


近くから衛兵が二人を認識し、ため息をついた。そのため息はまるで顔なじみの厄介者を見るときのそれだった。


「おいおい…またこいつらか…」 衛兵は顎を掻きながら呟く。


「ギルドの証明書を出せ。」


カエルはポケット、腰のベルト、バッグの中を探り回る。 「えーっと…ここにあったはず…」


「ほぅ、あったらしいぜ?」 タロンが芝居がかった口調で言う。


「脳みそと一緒に忘れたんじゃないか?」


ようやくカエルは鉄の板のような何かを取り出した。曲がっているどころか、ほぼ錆びかけており、ギルドの紋章もほぼ消滅していた。


「ほら、これだ。」


「まっすぐなはずだが?」


「まっすぐだった。」


「どうやったら金属の証明書を曲げられるんだ!?」


「まぁ…事故ってやつだ。」


「お前、また寝てる間に潰しただろ?」 タロンが鋭く指摘する。


衛兵は深いため息をつきすぎて、もう自分の忍耐すら吸い込んでしまいそうだった。


「…さっさと入れ。俺の気が変わらないうちにな。」


「任せろ、今回は違う!」


「前回もそう言ったよな?」


「だって、あの火事は俺のせいじゃない!」


「お前のせいだろ、カエル!!」 タロンが叫んだ瞬間、


「とっとと入れぇぇ!!」


──門を通過し、二人は肩を落とす。


「門番に恥をさらすのが俺の運命か。」


「お前、あの口調聞いたか?完全に俺に個人的な恨みあるだろ?」


「華々しい入場…いや、ただの公開処刑か。」 タロンはぼそっと呟きながら、混沌とした街を歩く。


カエルは無意識にマントを直した。 何かがおかしい。 叫びの合間にある妙な静けさ、わずかに重い空気。


そして──突如現れたボロボロのゴブリン。 怪しい笑みを浮かべ、手には何か奇妙な物を握っていた。

「この石…逆転月食の夜に空から落ちてきたんだぜ。 それは…お前の心の奥で輝く…」


その「輝き」とやらは、ただの割れたタイルだった。 汚れまみれで、ヒビだらけ。


「輝いてるのはお前の腫れた肝臓だろ、オッサン。」 タロンが容赦なく突っ込む。


「で、その石は何に使えるんだ?」 カエルが疑いの目を向ける。


「使えるさ…お前が信じればな。」


その瞬間、ゴブリンは足をもつれさせ、 キャベツ満載の荷車に突っ込んで消えた。


残されたのは、ただの割れたタイル。


カエルはそれを拾い、じっと見つめる。 美しくもない。価値があるようにも見えない。 だが…何かが引っかかる。 まるで、起こったことのない記憶の残響のように。


「これ…本当に何かの遺物なのか?」 思わず呟く。


タロンは即座に切り返す。 「ゴブリンが詐欺師だって気づいてないのか?それともバカのフリしてる?」


カエルはタイルを握りしめる。 しかし、違和感は消えない。


そして、さらに混乱が増す。


市場の喧騒の中、 ガラガラ声の商人が叫ぶ。


「昨日のパン!3つ買えば2つ分の値段! よく噛めば、昨日の味なんて気にならない!」


すると、向かい側の巨大なオークが、 自信満々(だが無計画)な顔でさらに大声を張り上げる。


「明日のパン!焼きたて! まだ存在してないけど、もう最高だぜ!」


「俺のパンは現実にある!」 商人が必死に反論。


オークは高らかに笑い飛ばす。 「現実なんて簡単だろ?難しいのは、まだ存在しないものを売ることだ!」


男は空っぽの板を掲げ、まるで芸術品のように誇らしげに指差した。 「これが未来のパンだ!分かる奴は買う!」


その間、ネズミが二人の間を走り抜けた。 誰も気づかない。


混乱の中、カエルがぼそっと呟く。 「俺はただ…チーズが欲しいだけなんだ。」 まるで間違った神に祈るかのように。

タロンは目を細め、呆れたようにため息をつく。 「チーズ?それは便秘した貴族の贅沢品だぞ。 俺たちは賞味期限切れの希望すら買えないのに、チーズだと?」


「ほんの一欠片だけ。 鼻を刺すほど臭いやつがいい。 それくらい腐ってる方が、価値がある気がする。」


二人は市場の屋台を歩きながら、 叫び声、錆びた缶、そして太陽に発酵するキャベツの匂いを避ける。


「良いチーズは臭う。 人生と同じだ。」 カエルは酔っ払いの哲学者のように呟く。


「それか、お前が熱でもあるんだろ。」 タロンがぼやく。


カエルは空の瓶を蹴飛ばし、 それが地面で寝ていたドワーフに跳ね返る。


乾燥肉の屋台を通り過ぎる。 小柄なノームが「空飛ぶ豚のハム」を売っていたが、 それはどう見てもブーツの底にしか見えなかった。


カエルは一瞥もせず、ぼそっと呟く。 「母さん、昔チーズ作ってたんだよな…」 それは独り言のようだった。


「ヤギのミルクと忍耐でな。 どっちもすぐ腐るんだ。」


タロンは鼻で笑うが、すぐには返事をしない。 3秒間の沈黙──彼にしては記録的な長さだった。

そして、肩を軽く叩く。 「お前、ノスタルジックになってるな。 それは危険だ。 思い出に浸る奴は、借金か墓場行きだ。 時には両方だ。」


カエルは荒れ果てた花壇の前で立ち止まる。 そこでは枯れかけたハーブが、 水と希望を求めていた。


彼は手の中の割れたタイルを見つめる。 光らない。 一度も光ったことはない。


本来は軽いはずなのに、 今はまるで鉛の塊のように重い。


「それに祭壇でも作る気か?」 タロンが苛立ち気味に言う。


カエルは何も答えず、 タイルを花壇に投げ捨てた。


乾いた音が響く。


何も起こらない。 魔法も、輝きもない。


ただ、ゴミがゴミとして受け入れられた音だけが残った。


「よし。俺の供物は終わりだ。」 カエルは淡々と言い放つ。


「無能の女神が、お前の貢献に感謝するぞ。」 タロンは皮肉げな笑みを浮かべる。


少し先に、ギルドの建物が見えてきた。 歪んだ鉄骨、石の階段、そして絶望すら閉じ込める重い扉。


その前に立つと、世界が静かになった。 痛みの前触れか、最悪な契約の予兆か。


カエルは冷たい金属を見つめる。 それは、彼を残された僅かな希望から隔てる壁だった。


タロンは、いつもの皮肉を忘れずに囁く。 「さあ、入るぞ、負け犬。 ショーは続けなきゃな。」


カエルはギルドの扉の前で立ち止まる。 冷たい金属の感触が、妙に重く感じる。


深く息を吸い込み、押し開けた。


──黄金の光が、天井に吊るされた魔法灯から溢れ出す。


そこには、冒険者、受付係、破産した傭兵、そして現実逃避中の酔っ払いがひしめいていた。


ざわめきが、一瞬止まる。 視線が集まる。


「…あいつだ…」 誰かが、酒杯を口に運びかけたまま呟く。


「火事のやつか?」 「いや、粉砕した水車の方じゃないか?」 「違う、馬小屋を爆破したやつだろ?」 「いやいや、ただの落ちこぼれヒーローだ。」


その言葉は、十分に痛かった。


タロンは、カエルの背後で満足げに剣を鳴らす。


彼女の声は、いつものように鋭く冷たい。 「ほら、どんどん有名になってるぞ。 我らが英雄…火事の英雄。」


「…」


「いや、もっと正確に言うなら…」 タロンは言葉を楽しむように続ける。


「火事を起こした英雄だな。」


カエルは何も言わない。 言いたくないわけじゃない。 ただ、彼の尊厳が今、床に穴を掘って逃げようとしていただけだ。


タロンは容赦しない。 「さあ、笑え。 名誉があるフリをしろ。 奴らはそれが大好きだからな。」


酒場の奥から、誰かが叫ぶ。


「おい、放火魔! また街を燃やしに来たのか? それとも、ただの依頼か?」


笑い声が響く。 ジョッキが飛ぶ。 誰かが拍手する。


カエルは深く息を吸い込む。 あの事件で死んでいればよかった。 いや、その前の事件で。 いや、タロンと出会う前に。


剣が再び鳴る。 「ほら、胸張れ。 主人公のフリをしろ。」


カエルはギルドのカウンターへ向かう。 その足取りは、まるで人生の全ての失敗を背負っているかのように重かった。


彼は、乾いたため息をつく。 この会話が楽しいものではないと、すでに悟っていた。


「依頼の報告だ。」 そう言いながら、巻物をカウンターに投げ置いた。


「カルセン村の防衛。ゴブリン、4体。」


「ゴブリン4体…それとも村4つ?」 受付係は帳簿から目を離さずに尋ねる。


カエルは一瞬沈黙し、目をピクピクさせる。 「ゴブリン4体。村は1つ。 そこに書いてあるだろ。」


「書いてある…だが、完了しているのか?」


タロンは金属が軋むように震え、憤慨する。 「今、完了したって言ったばかりだろ、 この識字能力だけはあるモグラが!」


受付係はゆっくりと視線を上げる。 落ち着き払った態度。


彼は鼻の上で歪んだ眼鏡を直す。 それだけが、彼の完璧に計算された姿勢の中で唯一の乱れだった。


「…で、お前は…剣か?」


「剣だよ。 お前の喉を切り裂く剣だ!」


「だが、愚か者とは誰だ? 喋る剣か? それとも剣と会話する男か?」 受付係は、まるでソクラテスの名言を引用したかのように瞬きをする。


「バカめ!」 タロンが唸る。


「バカなのは質問する奴か? それとも答える奴か?」


カエルは顔を手で覆い、疲れ切った様子を見せる。 「…もういい。 さっさと依頼完了の判を押せ。」


「物理的な判か? それとも存在論的な判か?」


タロンは鞘の中で身をよじる。 「一回だけ切らせろ。 片足だけだ。 どうせまた生えてくる。」


受付係は肩をすくめ、 青い煙を立てる魔法の印を押す。


「完了。 だが、本当に依頼は完了するものなのか?」


「お前の魂を耳から引きずり出してやる!」


「タロン、落ち着け。」 カエルがぼそっと言う。


「肺なんてねぇよ、バカ!」


受付係は視線を上げずに巻物を確認する。 「ゴブリン4体で銀貨2枚… そして、満足感は?」


カエルは無言で銀貨を掴む。 「金は金だ。 次の依頼は?」


受付係は肩をすくめ、淡々と答える。 「唾吐き草7本。 なぜその名なのか、考えたことはあるか?」


タロンは怒りで震える。 「こいつが哲学を続けるなら、舌を切り落とすぞ!」


カエルはため息をつく。 「行こう。説教が始まる前にな。」


彼が扉を押し開けようとした瞬間、 甲高い声がどこからともなく響いた。


背後では笑い声と倒れる酒杯の音。 二人は足を止める。


色褪せたローブの男が現れた。 異様に大きな目が、異常さを際立たせる。


「時計から逃げたネズミの話を聞いたことは?」


「…ないな。」


沈黙。 カエルが瞬きをする。 タロンは金属的な不満を漏らす。


「そうか。 あいつは前にも後ろにも走ったが、 どこにも進まなかったんだ。」


男は二歩進み、天井を見上げる。 まるで、ネズミがそこから落ちてくるのを待っているかのように。


「奴は明日のパンを食うらしい。 だが、そのパンは叫ぶ沈黙でできているんだ。」


カエルは口を開く。 閉じる。 黙ることを選ぶ。


「それと、持ち主のない影には気をつけろ。」 男は今度は囁くように言う。


「そいつは、誰も失っていない記憶を盗んでいく。」


タロンがぼそっと呟く。 「こいつよりまともな武器を見たことあるぞ。」


「影とネズミは、時間が存在を忘れるたびに出会うらしい。」 男は腕を組み、締めくくる。


「…あるいは、夜中にチーズをなくした奴の言い訳かもしれんがな。」


男は二度瞬きし、 闇の中へと消えた。 まるで、最初から存在していなかったかのように。


カエルはタロンを見つめる。


「…これ、無視するか?」


「全力でな。」


夜が訪れる。


ギルドを出ると、 通りは静まり返っていた。


遠くの酒場から、 笑い声がかすかに響く。


焼き肉の香りがカエルの腹を刺激する。 だが、彼はそれを無視する。


「さて、宿は借りられるか?」 タロンが尋ねる。


カエルは銀貨を数える。 もう一度数える。 ため息をつく。


「明日のパンすら買えねぇな。」


二人は諦めの視線を交わし、歩き出す。


馬小屋は暗い。 だが、静かだった。


それだけで、 空腹を忘れるには十分だった。


干し草の匂い、糞の臭い、そして敗北感が、 二人を温かく迎え入れる。


カエルは二つの樽の間に横たわり、 マントを顎まで引き上げる。


腹が鳴る。空っぽだ。


タロンが微かに剣を鳴らす。


「寝ろ、英雄。 夢の中なら、宴が待ってるかもな。」


カエルは目を閉じる。


干し草の匂いが、空腹を誤魔化す。 …ほんの少しだけ。


「どうせ、明日のパンの夢だろうけどな。」


静寂が降りる。重く。


「干し草と沈黙の中、英雄は眠りについた。


パンもなく、約束もなく。


ただ、夢のあるべき場所で、空腹が鳴り響くのみ。」

この章を最後まで読んだ君、おめでとう! 昨日のパンにぼったくられることなく、無事に街を生き延びた。 それだけでも十分な勝利だ。


さて、もしカエルが依頼を渡すことに成功し、罵倒されずに済んでいたなら… ギルドがコメントに手数料を課す前に、一言残してくれ。


次の章が煮詰まっているぞ。 読んで、笑って、空腹で倒れる前に楽しんでくれ!

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Xから参りました。 カエルとターロンのやり取り、クスッとしました。 次の展開も楽しみにしています!
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