第10話 — 沈黙を喰らった叫び
「叫びは助けを求めているとは限らない。それは、世界さえも聞く準備ができていない何かを告げる声なのだ。」
突然、広場のど真ん中で、エルレンが派手にターンした。 踵でくるりと回る様子は、まるでエルフ祭の演舞。
「見つけたーーーっ!!」
叫ぶやいなや、先頭へと跳ねる。 カフェイン漬けのガゼルのように、軽やかで騒がしい動きだった。
レオンはマントを整え、腰に手を当てた。 CMみたいな笑顔で言う。
「さすがだな、我らがエルレン。」
シルフィーがふわっとカエルの隣に立った。 重力が効いてないかのような軽さ。
ウインク。 もしアニメなら、星・ラメ・虹・そして……クレカの未払い通知が舞っていただろう。
「心配ご無用! 私たちは強い! そして……とっっっても、信頼できます♡」
笑顔の白さは、政治家の演説を超えていた。
サーロンが鞘の中で震える。 微振動の中、カエルにささやく。
「信頼できる……だって?」
その声は、半分は皮肉、半分は哀れみだった。
「生命保険すすめられたら、契約しとけ。 約款は読むな。」
カエルは「へへへ」と乾いた笑いを漏らした。 会社の飲み会で、三度人間性を失った者が出せる音だった。
彼らは宿に到着した。 ドアには、斜めにぶら下がった看板。 何か書かれているが、半分は文字が欠けている。 原因は……シロアリか、店主か。選択肢が地味に恐ろしい。
エルレンが勢いよく扉を開けた。 希望の扉、とでも言いたげな表情。
「紳士淑女の皆様……!」
舞台俳優のように深く礼をして語る。
「店主が言ってましたよ! 素晴らしい部屋があるって! ええ、まあ……ゴホゴホ……ネズミはいますが、皆社交的! 寝具? 豪華ですよ! ワラのマットに、穴なしの布カバー! “穴なし”って、強調してました!」
レオンは指を鳴らして満面の笑み。
「完璧だな。良質な睡眠は、良質な冒険の必須条件だ。」
シルフィーはスカートを持って、自分で回転。
「きっと楽しいです〜!」
そして一行は、アニメのエンディングみたいなテンションで散っていく。
「明日こそ、元気フルチャージだ!」とレオン。 拳を空へ突き上げる。
「エネルギー満タンで!」とシルフィー。もう一回転。
「どんな挑戦でも、歓迎だ!」とエルレン。弓で敬礼。
カエルは立ち尽くし、階段へと消えていく三人を見送る。 サーロンを見てつぶやいた。
「……これって、本当に起きてるよな?」
サーロンは鞘の中で軽くうねる。
「間違いなく現実。そして一秒ごとに、この世界が宇宙のいたずらにしか見えなくなる。」
階段を上がる。
部屋は――約束通りだった。
風が吹くたび、壁がきしむ。
ワラのマットにかけられた布。確かに穴はなかった。 だが、シミの由来には触れてはいけない。
部屋の隅に、ネズミが一匹。
そしてもう一匹。
さらに……縄張り交渉をしていると思われる、二匹。
カエルはバックパックを床に放り出した。 天井の亀裂を見上げる。 その形状は地図のようで、導いてくれるのは――ただの絶望だった。
「漁師にでもなった方が良かったかもな……」
サーロンが金属音で溜め息をついた。
「漁師? いや……今の俺らより、魚の方が誇り高いぞ。」
「……寝るしかないか。」 カエルは体をワラ布の上に落とした。
――ギギギギ……
布団が悲鳴を上げた。
サーロンは鞘ごと端に転がされ、ぼそり。
「ノミなしで目覚められたら、それだけで勝利だな。」
静寂。
……かろうじて。
左の隅でネズミが鳴いた。 右の隅でも反撃。
縄張り争い。 かなり深刻。
日が暮れた。
――トントントントントン!!
扉が怒ったように叩かれる。
サーロンが鞘の中で苛立ち、金属音で震えた。
「もし暗殺者なら……最後まできっちり頼む。」
カエルはベッドの上で転がった。 半分が幽体離脱、半分が精神崩壊。
「……はぁ……」
重い足取りで扉へ。 鍵を開ける。
そこに立っていたのは、レオン。
完璧な姿勢。 神が彫刻したような笑顔。 風もないのに髪が揺れていた。
「目覚めていたか、偉大なる剣士よ!」
両腕を広げるポーズは、まるで新たな朝の到来を告げるかのよう。
「エルレンとシルフィーが戻ってきたぞ。新鮮な情報と共に! 今日は――そう、今日は特別な日だ!」
カエルは瞬きをした。 もう一度。
現実確認完了。
「……そりゃあ、特別だよな。」
声は干からびていた。 魂が抜けた返答。
サーロンを引き抜き、靴を履く。 靴紐に疲労も縛りながら、階下へ。
階下では、すでにレオンが英雄ポーズをキメていた。
エルレンとシルフィーが近づいてくる。 手を振りながら。 笑顔。跳ねるような足取り。 十年ぶりに親戚に会ったみたいなテンション。
エルレンが回転しながら叫ぶ。
「情報ゲットしました!」
その後ろから、シルフィーが息を合わせて続ける。
「北部の村を荒らしている、叫ぶカエルがいるって!」
エルレンは街の先の森を指さす。 手は腰、胸を張る。
「街の外れ、森の中の小さな穴! 旅人を罠にかけるつもりで潜んでるらしいです!」
シルフィーは杖をくるくる。 瞳を輝かせながら語る。
「逆に罠を仕掛けましょう! 見事に、そしてスマートに!」
レオンが拍手。 両腕を広げるその仕草は、神々の彫刻そのもの。
「すばらしい! “太陽の一閃”は、なんと優秀なチームか! こんな仲間に恵まれた俺は、本当に幸運だ!」
そして振り向くと――カエルの肩をガシッ。
「それから……忘れてはいけない……」
きらりと笑顔。
「我が友、カエル! 新人剣士! 今日は――そう、今日は本物の剣の扱いを教えてやろう!」
カエルは口を開いた。 何か言おうとした。
心の中では、尊厳・皮肉・人生疲れのバランスを取ろうとしたが――
……何も出なかった。
サーロンが鞘の中で震え始める。 金属の音――笑いと絶望のブレンド。
「こりゃ限界超えてるな……ハハ……カエル、おめでとう。 君は正式に“狂人チーム”のマスコットに認定された。」
レオンがクルッと足を回しながら、森を指差す。
「行こう、エルレン! 行こう、シルフィー! あの忌まわしきクリーチャーの元へ案内してくれ!」
エルレンは弓を構え、目に見えない風の道をなぞるように振る。
「こちらです、仲間たち!」
シルフィーは杖を空へ。 雲一つない天に向かって、光を召喚するポーズ。
「冒険者たちよ、勝利へ向かって進もう!」
彼らは進み出す。 その歩みは、確信に満ちていた。
顔は輝いていた。 “太陽の一閃”が堂々と行進する。
その後ろを、魂を引きずりながら歩くカエル。 皮肉の震えを帯びるサーロンだけが、唯一の正気に見えた。
森へ突入。
枝はきしみ、葉は靴の下で潰れていく。 木漏れ日が黄金の刃のように差し込み、影を断ち切る。
……いや、影が観察しているようにも思えた。 あるいは、次なる運命の冗談を待っているだけか。
「もしそのカエルが叫ばないなら……俺が叫ぶぞ。」 と、サーロンが毒気たっぷりに囁いた。
彼らはさらに進む。
湿った土の匂い。 潰れた葉の香り。 沈黙の中で潜む“何か”の気配。
道が開ける。 そこには、歪んだ木の根元に広がる大穴。 殴りつけられたような、深くて不自然な穴。
エルレンが腕をあげる。
「止まれ。」
声は空気を切る。乾いていて鋭い。
「間違いない。あそこだ。」
サーロンが鞘できしむ。
「警戒モード全開だぞ……一歩間違えば、“透明逃走の術”発動だ。」
毒舌と警告が、刃のように鋭く混ざる。
カエルは握りしめた。
「黙れ、サーロン。」
レオンは腕を組んだまま、クレーターを見つめる。 その笑顔は、神さえ挑発するような自信に満ちていた。
「いいぞ! チームスピリット! 素晴らしい! 我々は一つだ!」
エルレンの背を軽く二回叩いてから言う。
「試してみよう。 そこへ一本、射ってみて。……息してるか、確認だ。」
エルレンが引く。 狙う。 放つ。
――ヒュッ。
矢は穴に吸い込まれた。
木材が何かに当たる、乾いた音。
沈黙。
何も反応はない。
「……ヤバいな。あるいは……逆に最高なのかもな。」
サーロンの言葉は、冗談とも本気ともつかない鋭さ。
レオンは顎に手を添え、思考モード。
「よし……作戦変更だ。 エルレン、後衛に回ってくれ。逃げるなら、その瞬間を狙って仕留めろ。」
「シルフィー、君は反対側だ。もし迂回してきたら、凍らせて、爆破して……いや、魔法使いらしく何かしてくれ。」
「了解!」 シルフィーが杖を回し、風もないのに髪の先端がふわりと舞った。
レオンがカエルの肩に手を置く。
「我々は、正面突破だ。 今日こそ、君が本物の剣士として危機に立ち向かう術を学ぶ日だ。」
「……うん。最高だな……」 カエルの声は墓石でも飲み込んだかのように乾いていた。
サーロンが微かに震える。 金属音の中に笑いを押し込めて。
「信じられないな……剣の救世主が、主人公に戦闘チュートリアルをしてる。 しかも相手はカエル。これはもう黄金案件だ。」
レオンは鞘の横を軽く叩いて笑った。
「このポジティブな空気、最高だ! 行こう、チーム!」
彼らは穴に近づく。 カエルが見る。レオンが見る。
闇。 重たい沈黙。
……そして、地面が震えた。
最初は軽く。 そして……激しく。
何かが、世界の裏から押し上げてくるような振動。
――それは、跳んだ。
彼らの頭上を越えて。
何か。 緑。 膨らんだ身体。 長い脚。 飛び出た目。
それは空中で一回転し、クレーターの中心へ着地した。
そして――叫んだ。
「クアアアアアーーーック!!」
ただの叫びではなかった。
不協和音の悲鳴。 魂をこすり、関節を削るような声。
高い。 鋭い。 空気を切り裂き、理性を砕く。
「クアアアアアアアーーーーーーーック!!」
レオンとカエルは膝をつき、耳を塞いだ。 歯を食いしばる。 己の存在を吐きそうになりながら。
シルフィーは杖を両手で握りしめながら、よろめいた。 エルレンは目を閉じて、胸を押さえ、苦しげに息を吸う。
サーロンは――震えていた。 笑いすぎて、分解寸前だった。
「こ、これ……! パ、パトかよ!? 叫ぶカエルがパトみたいに鳴く!? 予想以上だ……これは芸術だ!!」
その怪物が胸を膨らませ、彼らの方へ振り向く。 目を見開き、口を開け、よだれが垂れていた。
「クアアアアーーーック!!」
そして、沈黙は死んだ。
“太陽の一閃”は即座に戦闘態勢。 体勢を整え、目を鋭く。
まるで伝説級ボスを前にしたかのような反応。
一方でカエルは、ただただ困惑。
カエルは怪物を見る。 仲間たちを見る。 そして、再び怪物を見る。
「……本気なのか、これ?」
彼は世界に向けて囁いた。 返事は、なかった。
サーロン? サーロンは――震えていた。
笑いすぎて、鞘が壊れそうなほど。
「こ、これ……チケット販売した方がいいレベルだろ……は、はは、無料じゃもったいない……!」
「クアアアアアーーーック!!」
怪物は再び叫ぶ。 胸を膨らませ、唾を飛ばしながら。
エルレンが一番に動いた。 一度に三本の矢を抜き、構える。
「星々の栄光のために……!」
放った。
矢は空を裂いて飛び、二本は地面に突き刺さった。 もう一本は―― カエルの背に当たったが、跳ね返って落ちた。
シルフィーが杖を掲げた。 風のない空に髪が舞う。
「切り裂け、風よ――行けっ!」
杖を回し、空気の刃を放つ。
風は葉を散らし、枯れ枝をさらう。
……怪物は、微動だにしなかった。
目は――レオンだけを捉えていた。
焦点が合っているというより、執着。 執念。 崇拝にも近い狂気。
レオンは深く息を吸う。
その手には、光を帯びた剣。 光量ばかりで、刃らしさは皆無。
彼は背後を振り向き、カエルに語りかけた。
「カエル、警戒態勢だ。よく見て学べ。 今日は、剣の本当の使い方を教える。」
サーロンが落ちそうになる。 金属の振動で笑う。
「解体されても文句言えないな……こんな茶番、実在するのか? いや……してるな。俺、生きてるわ。」
レオンが突進する。
大きな歩幅。 真っすぐな肩。 英雄フィルターがかかったような笑顔。
背後にスポットライトがあるかのように見えるのは、きっと錯覚じゃない。
「やああああっ!!」
剣撃連打。
縦斬り。 クロス斬り。 回転。 突き。
完璧。 華麗。 スタイリッシュ。
だが――怪物は跳ねる。
回る。 横へ飛ぶ。
泥の上をバターのように滑る。
レオンがもう一度回転。
剣が空気を切る。
怪物は飛び、半回転。
そして――背中を見せて止まった。
カエルの方へ。
完全に背を向けて。
カエルは瞬きした。
「……え?」
サーロンが震える。
「頼むから……なんかやれよ。」
カエルは怪物を見た。 剣を見た。
二歩踏み出し――
その剣を、ぐさり。
乾いた音。 冷たく。 まっすぐに。
その緑でぬめった頭に。 脳天へ。 フィニッシュ。
――ザシュッ!!
剣が肉と骨、ついでに尊厳すら貫いた音。
怪物は震え、最後の叫びを――
「クアアアア……」
という不発音で残し――
崩れ落ちた。
硬直。
沈黙。
――二秒。
「……これが、“剣の使い方”ってやつだ!!」
サーロンが爆笑しながら震えた。
刃が笑いすぎて、今にも砕けそうだった。
「マジでさ……わけも分からず倒したぞ!? 教わる必要あったか!? むしろ時間の無駄だっただろこれ!」
レオンは深く息を吸い、光る鞘に剣を収める。 その顔は、マナポーションのCMレベル。
「素晴らしいぞ、カエル! 見ただろう? 完璧なチャンスを待って――ズバン! 決めた! これこそが、チームワークだ!」
シルフィーは杖を回しながらウインク。 瞳の奥でキラキラが炸裂。
「うわぁ、素敵すぎます! その成長、感動的ですわ〜!」
エルレンは隅でカエルを解体中。
「うーん、この腺取って……舌も要る? これも使えるかな……たぶん?」
サーロンは震える。 いや、叫ぶように笑う。
「な、なにが起きてる!? カエルを……賞賛してるだと!? もし胃袋あったら、もう吐いてたぞ……絶対。」
レオンはカエルの肩に手を置く。
まるで勝手に兄貴になったかのような顔で言った。
「カエルよ……今日から君はもう新人じゃない。 立派な剣士だ。誇らしいよ……!」
「剣士……?」
サーロンが唸る。
「それ、職業差別だろ。 歴史への侮辱だ。鍛冶屋への暴力だ。」
レオンはただ笑う。
「よし、みんな! 街に戻ろう! 最高の任務だった!」
エルレンはねばつく破片が詰まった袋を掲げた。
「準備完了! 行きましょう!」
そして、“太陽の一閃”は帰路へ。
まるで世界を救ったかのような足取り。
レオンはカエルが“一歩を踏み出した”と語り、 シルフィーは回転しながら光を撒き、 エルレンは袋を戦利品のように振り回す。
カエルは……ただ歩く。
目は遠くを見ていた。
すべての人生選択を再考するような目で。
サーロンは笑う。
笑いすぎて、刀身が裂けそうなほど。
「これが……俺の人生かよ……」
カエルは空を見ながら呟いた。
第10話、まあ終わったぞ。読んだなら…お前は強い。
叫んだ。うるさかった。意味はなかった。 敵の知能はゼロ。カエルの理解度もゼロ。読者?それは知らん。
剣は笑ってる。空気は読まない。作者も投げてる。 何か学んだ?何も学ぶな。ここに教訓はない。あるのは叫びだけ。
次回?さあね。カエルはまた騙されるか、森が崩れるか。どっちでもいい。 とりあえず、ページを閉じても音は消えない。
もう一度読むな。二度目はもっと危険。




