第8話 — 太陽は照らさずとも、自尊心は輝く
「栄光のために生まれた者もいれば、 つまずいて顔面から落ち、 キラキラした連中に引きずられていく者もいる。」
彼らは歩きながら、半分空いていて、半分混んでいて、半分死んでいて、半分生きているような通りを抜けて近道をした。
路地裏に、またあいつがいた。 あのドワーフ。 同じ角。 同じいびき。 汗で光る額にくっついたままの樽。
でも……何かがおかしい。
カエルの胃がきゅっと締まった。
サーロンは黙ったままだった。 だが、それは心地よい沈黙ではない。 重く、首筋がぞわっとするような沈黙だった。
あの感覚だ。
見えない目。 存在しないはずの呼吸。 でも、確かに感じる。
素早く周囲を確認。 通り。屋根。影。 何もない。
ただ、ドワーフの湿ったいびきだけ。 そして「ブレェェ…スノォォルク…」という、まるで冥界から吐き出されたような音。
カエルはサーロンの柄をぎゅっと握った。
「感じたか?」 囁きとも警告ともつかない声。
「感じた。」 乾いた返事。 「しかも気に入らなかった。俺がそう言うってことは、まあ、何かにとっては褒め言葉みたいなもんだな。」
視線が巡る。 何もない。 影も、気配も、風すらも。
何も。
「たぶん、気のせいだ。」 カエルは歩調を速めた。 「…かもしれない。」
「お前の気のせいなら、それはもう漏電だな。てかさ…前にも言ったけど、お前の頭蓋骨、ギシギシ音するんだよな?」 サーロンはいつものようにトゲのある口調で返した。
彼らは確認などせずに、その場を離れた。
坂を登り、角の消えたランプを通り過ぎ、疑念の匂いが漂う路地を抜けて、ついに「蛇の眼」亭の前にたどり着いた。
扉は開いていた。 黄色っぽい光が漏れ出し、空気には酒、脂、そして古びた煙の匂いが混ざっていた。
そして、彼女がいた。
あの老婆。 この店の主。 ゴルゴンの女将——サルガ。
葉巻を口の端にくわえ、鼻から煙を吐き出しながら、髪の蛇たちが静かにシューッと鳴き、不穏にうごめいていた。
尻尾で床を叩き、腕を組んだまま、魂すら石に変えそうな視線を投げかけてきた。
「やっと来たかい…ゴホッ」 しゃがれた声で咳き込みながら言った。 「玉ねぎ畑の肥料にでもなったかと思ったよ」 その言葉は、煙と毒を混ぜたように吐き捨てられた。
彼女はくるりと背を向け、テーブルを叩き、皿を手に取り、まるでハズレ札を投げるように置いた。
「若いクラーケンの触手串焼き…泣き玉ねぎのグリル添え。 ほら、熱いうちに食べな。 でも期待すんなよ。奇跡は一日一回までだ。」
その匂いは…議論の余地あり。
カエルは椅子を引き、皿を見つめた。
「これ…生きてる?死んでる?分類不能?」
サーロンは金属的な音を立てて鼻を鳴らした。
「俺はただ、電源を切りたい。 石になりたい。 触手もトラウマもドラマも、もう勘弁。」
サルガは髪の蛇を整え、葉巻を深く吸い込み、煙を彼らの顔に吹きかけた。
「そうだね。 鞘に収まってな。 噛みつかれたら困るし…ゴホッ」 乾いた咳とともに、笑った。
サーロンは黙っていなかった。
「お前、運がいいな。俺に歯がないからさ。もしあったら…その蛇みたいな舌、噛みちぎってたぞ。」
サルガは笑った。 汚く、しゃがれた声で。 途中で肺の一部を吐き出しそうになりながらも、なんとかこらえた。
「あんたら、ほんと面白いわ。」 タコのような手でカウンターを叩いた。 「上の部屋、空いてるよ。でも調子に乗るな。 いいベッドは冒険者を甘やかすからね。」
カエルは口元を拭き、噛み跡のあるコインをカウンターに置いた。
「ありがと…たぶん。」
階段を上がる。 一段ごとにギシギシと文句を言うような音。
部屋に着いた。 低い天井。 カビと古い汗、そして失敗した冒険の匂い。
ベッドに倒れ込む。 天井を見上げる。
「もういいや。」
一日が、闇に溶けた。
太陽が昇るかどうかも決めかねているような朝。 彼らはすでに、半分起きて、半分敗北したまま、 黄ばんだ天井を見つめていた。 まるでそこに答えがあるかのように。
「また素晴らしい失敗の一日が始まるな。」 サーロンが乾いた声でつぶやいた。
カエルは目をこすり、体をベッドから引きずり出した。
「まあ…今夜はベッドに絞め殺されなかっただけマシか。進歩だな。」
「小さな勝利ってやつだ。」 サーロンは皮肉っぽく、金属のようなため息をついた。 「さあ行こう。あの婆さんが過去の家賃まで請求してくる前にな。」
階段を降りる。 ギシギシと鳴る段差。 冷えた脂、乾いた酒、安物の葉巻の匂い。
サルガはいつもの場所にいた。 葉巻を口にくわえ、尻尾で床を叩き、 髪の蛇を整えながら、朝からすでに不機嫌そうにシューッと鳴いていた。
カエルは、ほんの少しの希望を込めて、口を開いた——
「ありがと…で、」
「消えな。」 言葉を最後まで言わせず、サルガが煙を吐きながら言い放った。 「さっさと失せろ。消えろ。カウンターの飾りにしてやろうか、石像にしてさ。」 その言葉に混じって、またあの「ゴホッゴホッゴホッ」という石肺のような咳。
「母の愛情ってやつだな…いつも通り。」 サーロンがぼそっと呟いた。
彼らは出て行った。 扉がバタンと閉まり、露に濡れた通りと、歪んだ目覚めの匂いが迎えた。
しばらく立ち尽くす。 何を見るでもなく、何を言うでもなく。
「で、これから…?」
「さあな。」 サーロンが鞘の中で回転するように言った。 「どこ行く?」
カエルは頭をかき、深く息を吸った。
「市場でも行くか。 露店で何か面白いもんあるかもな。 玉ねぎとか、サイコなカエル以外の何かが。」
「夢見るのはタダだしな。」 サーロンは皮肉混じりに、それでもどこか安心感のある声で返した。
歩き出す。 通りを抜け、角を曲がり、また通り。
ギルドの前を通りかかる。 ちらっと見たが、見なかったふりをした。 建物はそこにあった。静かすぎるほどに。
「絶対にイヤだ。」 サーロンは扉を見ただけで言った。
「安心しろ。今日は市場だけだ。」
そして、また歩き出す。
徐々に音が増えていく。 叫び声、売り声、そして親切を装った脅し。
最初の路地に足を踏み入れた瞬間、いきなり飛び込んできたのは——
「昨日のパン!まだカッチカチじゃないよ!誰か欲しい人〜!?」
さらに二歩進むと、今度は希望を失ったような声が響いた。 もはや習慣だけで叫んでいるような調子で——
「地図!地図!今いる場所に案内する地図だよ!」
角を曲がると、箱の上にしゃがんだ男が、濁った瓶を振りながら叫んでいた。
「風入り瓶!純粋な風!東の嵐で採れたて!誰か買うかい!?」
そして、屋台の列の一番奥に—— 痩せこけた男が一人、砥石でナイフを研いでいた。 まるで朝起きて「今日は殺人だな」と思ったけど、代わりに市場に来たような目つきで。
「脅しながら切れるナイフだよ!試してみな!」
街は脈打っていた。 汗をかき、軋みながら動いていた。
そして彼らはその真ん中にいた。 まるで、呼ばれてもいない舞台に迷い込んだエキストラのように。
古い肉、汗、瓶詰めの風の匂いが顔にぶつかる。
カエルは立ち止まった。 手が、ほとんど無意識にナイフ屋の台へと伸びた。
男がこちらを見た。 細い笑み。曲がった鼻。 そして、それ以上にねじれた魂。
ナイフを研ぐ手つきは、まるで滞納された借金を削るようだった。
「試してみるかい?ほら、持ってみな。 この子はね、落ち着きのない手が好きなんだよ。 …いや、嫌いかもな。知らんけど。」
その声は、笑っているようで、どこか本気すぎた。
カエルはナイフを取った。
ナイフが——呼吸した。
金属は冷たかった。 だが、脈打っているように感じた。
空中で一振り。 横に空を切るだけの動き。
だが、ナイフが応えた。
「離せ。離せ。離せ、このナメクジ手。切り落とすぞ。」
カエルは固まった。目を見開いた。
もう一度、空を切る。 刃が鳴いた。
「ちゃんと持て、この虫ケラ。指一本ずつ落としてやろうか?」
その声は細く、裂けるようで、耳の奥を引っかくようだった。
「な、なんだと…!?」 カエルは思わず手を離しそうになったが、踏みとどまった。
男は腕を組み、笑みを浮かべたままだった。
「気に入られたみたいだな。」
もう一回転。もう一振り。
そしてナイフが——
「またその回転ミスったら、真っ二つにしてやるぞ、この役立たずの肉袋。まっすぐ回せ。そう、それだ。少しはマシになったな。失敗製造機から卒業したいなら、教えてやってもいいぞ?」
カエルは汗をかいていた。
「…このナイフ、俺のこと罵ってる。」
「そりゃそうだろ。」 男は肩をすくめた。 「ナイフだぞ?カウンセラーじゃねぇ。」
鞘の中から、サーロンが毒を吐いた。
「見ろよ…お前より個性ある刃物だ。 ちょっとは自分を見つめ直せ、カエル。」
カエルはため息をついた。 笑いながらも、どこか神経が削られていた。
「この街、腐ってるわ…」
男はナイフをカエルの手から引き抜いた。 その動きには、どこか焦りすら感じられた。
ナイフは最後に、金属的な唸り声を上げた。
「弱い。遅い。だが…可能性はある。買え。ここから連れ出せ。私に糧を。」
カエルは即座に手を離した。
「パス。」
「みんな最初はそう言うんだよ…」 男は目を伏せ、またナイフを研ぎ始めた。 まるで、自分の存在ごと削り落とそうとしているかのように。
彼らはその場を離れた。
市場の喧騒が遠ざかっていく。 怪しい約束、叫び声、埃、そして悪意ある刃の気配を残して。
カエルは鼻で笑い、石を蹴った。
「…わかったよ。ギルド行こう。」
「やっとか。奇跡だな。書いとけよ、“カエルが役に立つ決断をした日”ってな。」 サーロンが毒を吐くように言った。
「念のため言っとくけど、あの叫ぶカエルの依頼だったら、俺は自分から墓穴に飛び込むぞ。」
「カエルによっちゃ、お前と一緒に飛び込んで埋めてくれるかもな。」 サーロンが乾いた声で返した。
角を曲がる。 ギルドが見えてくる。 壊れた約束の箱。 待っていた。
ギルドの扉が重く軋み、まるで棘を吐き出すように彼らを中へ押し込んだ。 いつもの匂い——汗、安酒、そして裏切られた期待。
二歩も進まないうちに、ホールの中央から声が飛んできた。
「おい、今日は何を燃やす予定だ?それとも通りすがりか?」 笑い声、拍手、そして誰かが鼻からビールを吹き出す音が続いた。
カエルは顔を向けなかった。 筋肉一つ動かさず、ただ無表情に進んだ。 まるで世界そのものが視界の端にある汚れのように。
鞘の中から、サーロンが金属的な唸りを漏らす。 それはすでに“警告”の匂いがした。
「俺を出してくれたら…五秒。五秒で片付ける。」
彼らはカウンターへ向かった。
彼女はそこにいた。いつも通り。 肘をつき、片手で額を支え、もう一方の手で本をめくっていた。 その本は、この場所にあるどんな希望よりも重そうだった。 眼鏡は鼻の先でずり落ちていた。
「依頼。」 カエルは無駄を省いた声で言った。
彼女は顔を上げなかった。 指だけがページをめくり続ける。
「依頼…それとも、人生に意味を求める必死な叫び?」 その声は、退屈に浸した刃のようだった。
カエルはゆっくりと息を吸った。
「依頼。」 もう一度言った。 その言葉は、カウンターの木を引っかくような音を立てた。
彼女はページをめくった。
「簡単な依頼…それとも、自分の人生の避けられない失敗を、ただ引き延ばしたいだけ?」
サーロンが鞘の中でギリッと音を立てた。
「何でもいい、カエル。 トロールの便所掃除の方が、今はまだマシに思える。」
彼女は眼鏡を直しながら、視線を上げることなく言った。
「存在しないコインを集めるか… 存在してはならない何かと向き合うか…」
また一枚、ページがめくられた。
カエルは両手をカウンターにつき、目に火を灯した。
「依頼を。 生きる気力が消える前に。」
「もう消えてるんじゃない?」 彼女はゆっくりと瞬きをし、唇の端にかすかな笑みを浮かべた。
サーロンが鼻で笑った。
「絶対この女、虚無の悪魔に育てられたに違いない。」
その瞬間、彼女は本をパタンと閉じた。 まるで棺の蓋を閉めるような音だった。
眼鏡を直し、腕を組み、ようやく彼らを見た。
「じゃあ…もし“叫ぶカエル”の依頼が、まだ残ってるって言ったら?」
沈黙。 テーブルすら軋むのをやめた。
その言葉は、出来立ての厄介ごとの匂いのように、空気に漂っていた。
カエルは息を吸い込んだ。 「ノー」を叩きつける準備はできていた。
——そのとき、視界の端に手が現れた。
カウンターに置かれたその手は、重さを計算したような動き。 まるで七歳から鏡の前で練習してきたような傲慢さ。
「おやおや…新人さんかな?」 その声は滑らかで、甘く、 だがまるで水晶のグラスに注がれた毒のようだった。
「しかも一人で…この依頼に? 勇気か、それとも愚かさか。 その格好じゃ、戦士とは思えないけどね。」
その視線は、カエルを上から下まで舐めるように見た。 測るように。 値踏みするように。 裁くように。
侮蔑に満ちた優雅さ。 屈辱に宿る品格。
カエルはゆっくりと瞬きをした。 そのペチュランスのパレードを処理中。
「で、お前…誰だっけ?」 砂糖ゼロのドライな声。
男は前髪を整えた。 まるで一度も風に吹かれたことのない髪型。 笑った。 歯は、天井の切れたランプすら反射しそうなほど白かった。
踵でくるりと回り、両腕を広げた。 まるで存在そのものがパフォーマンス。
「我こそは…レオン!光の剣士!」 そして、鞘から輝く剣を抜き、 ろくに光もないその場で、無理やり輝かせた。
パッ。
「エルレン!星の弓使い!」 二人目が跳ねながら登場。 空中で回転し、片膝を曲げて着地。 弓を高く掲げ、胸を張る。
「シルフィー!風のエレメンタル・メイジ!」 少女は劇的に回転し、髪をなびかせ、 ローブを翻しながら、片手を顎に、もう片手を空へ。 まるで嵐を呼んで天気を整えるかのように。
そして——
三人は完璧にシンクロし、腕を組み、顎を上げ、胸を張って叫んだ。
「我らこそが…太陽の光ーーー!!」
(※エコー付き。明らかに練習済み。)
カエルはまた瞬きをした。
サーロンは…違った。 サーロンは笑った。 金属のように響く、地獄のクラクションみたいな笑い声。
「“太陽の光”グループだと…? マジかよ…これ現実? てっきり酒場のコントかと思ったわ。 頼む、五枚払うからもう一回やってくれ。 できれば照明付きで。」
レオンはマントを整えた。 プライドに傷一つなし。 笑顔は完璧。
「賞賛の眼差しにも、 皮肉に隠れた嫉妬にも、 慣れてますので。」
エルレンは矢を一本取り出し、指の間でくるくると回した。 ただの見せびらかし。
「ふむ…なるほど。 魅了の表現方法には…健全じゃないものもあるよね。」
シルフィーは手をくるりと回し、 偽のそよ風で髪をふわっと持ち上げた。 まるで生きた広告。
「風が吹けば、全部流れるわよね?」
カエルは口を開けた。 閉じた。 また開けた。
「…これ、現実か?」 虚空に向かって問いかけた。
そして、彼の理性が逃げ道を探す前に—— レオンが肩をポンポンと叩いた。
「よし、決めた。 君の依頼、僕たちが手伝おう。 “叫ぶカエル”を新人一人に任せるなんて… それは、うん…非倫理的だ。」
サーロンがチリンと鳴った。
「非倫理的って誰にとって? カエルか?それともお前の自尊心か、王子様?」
レオンは無視した。 受付嬢の方を向き、指をパチンと鳴らす。
「依頼、受けます。 僕たちと…この新しい仲間のために。」
「仲間…それは言葉かしら? それとも、虚無を和らげるための社会的幻想?」 受付嬢は本から目を離さず、スタンプを押した巻物を無造作に押し出した。
カエルが「ちょっと待て、誰がそんなこと決めた」って言おうとした瞬間—— レオンがキラキラ笑顔で肩を引っ張った。
「さあ、行こう!冒険者は待たない! 太陽が我らを導く!」
エルレンはすでに先導し、 シルフィーは回転しながら風を巻き起こし、髪をなびかせて階段を降りていった。
“太陽の光”は嵐だった。 キラキラの嵐。 演出された風と、アダマンタイト製の自我でできた嵐。
カエルはサーロンを見た。
「殺してくれ。今すぐ。」
サーロンが軋んだ。
「ダメだ。 どこまで行くか見届けたい。」
彼らは扉を出た。 引きずられ、押され、巻き込まれながら—— 次の厄介ごとへと向かって。
ここまで読んでくれたあなたへ―― お疲れさまです。あなたは“太陽の光”の登場に耐え抜きました。 全員がそうできたわけじゃありません。 中には笑い死にしかけた者もいれば……精神的に脱臼した者もいます。たぶん。
カエルとサーロンはというと、まあ……引きずられました。 意思とは無関係に。 この世界では、それもまた立派な冒険です。
依頼は受理された。仲間(?)もできた。 そして不安は……増えました。主に読者側に。
でも、安心しないでください。 “叫ぶカエル”はまだ叫んでます。 そしてこの世界の倫理観は、今日も迷子です。
次回もお楽しみに。 カエルが爆発しなければ、ですが。




