空返事マスター①:君の声が聞こえない
――面談室・記録開始
面談官:レオン=リグレイ
被面談者:第79期訓練生 ソーニャ=トーン
「ふふっ……いや、なんか緊張しますね。こうして面と向かって話すのって」
ソーニャ=トーンは背筋を伸ばして、丁寧に座った。
柔らかな笑みと、ほどよい距離感。
“話しやすい子”と、誰もが思うだろう。
「でも、こういうのって大事ですよね。ちゃんと、顔を見て……」
「──ソーニャくん」
教官のレオン=リグレイが、やわらかく遮った。
「君、今“緊張してる”って言ったけど──本当に?」
「えっ?」
「さっきから君が言ったこと、ぜんぶ形は整ってる。声も、相槌も、笑顔も。
でも──“君の気配”だけが、ここにいないんだよね」
ソーニャは一瞬、何かが止まったように固まった。
「この訓練所では、スキルの話だけじゃなくて、“君のこと”を聞きたいんだ。
空返事の技術じゃなくて、本当の返事を──ね?」
「……」
「言いたくないことがあるなら、それでもいいよ。無理にとは言わない。
でも、もし“言いたいのに言えないこと”があるなら──僕は、聞くよ」
沈黙が落ちる。
ソーニャは少しだけ目線を逸らし、そして、ゆっくりと戻した。
声にはならなかったけれど、わずかに頷いた。
それを見たレオンは、ふっと目を細めて──そして口調を、すこしだけゆるめた。
「……んもう、じゃあ今日のところはおしまいっ♪
お昼は何食べた? アタシ、今日カレー2杯目いっちゃったのよね〜」
「……カレー、僕も食べました」
その返事は、小さくて、本物だった。
【訓練所記録 第79期生:ソーニャ=トーン】
スキル名:空返事マスター
分類:対話補助スキル(模倣型)
初期面談・確認記録
発動条件:会話中(任意)
効果:相槌・頷き・表情制御による高精度な“聞いてる感”演出
評価:高い“相談受容適性”あり/聞き役としての信頼性極めて高
問題点:本人の“発話意欲・内面開示”が極めて低い傾向あり
訓練生特性観察(初期評価)
社交性:A(良好)
自己発信:D(沈黙傾向/内省の表出弱)
精神状態:やや不安定/孤独耐性高め/“聞かれ慣れていない”兆候あり
評価官メモ(記録教官:レオン=リグレイ)
「この子のスキルは、まるで“透明な返事”のよう。
相手に寄り添いすぎて、自分がどこにいるのか見えなくなってる感じ。
本当は、誰かに“君はどう思うの?”って聞かれたいんじゃないかな。
アタシはその声を、ちゃんと拾える人でいたいわね」