エアクッション③:転んでも、そばにいる
――課外実習・同行記録
記録官:サーシャ=ベルモンド
「緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
「大丈夫よ。何かあっても、ちゃんと“転べばなんとかなる”でしょ?」
「……それ、慰めになってます……?」
「なってるわよ?」
サーシャ教官はニコッと笑って、軽く背中を押してくれた。
クッシー=フワリは、制服の裾をそっと握りしめながら、リハビリ施設の木製ドアをくぐった。
ここは、訓練所と協定を結んでいる回復院──
年配の患者が主に通う、地域の療養支援施設だった。
「今日は実地見学と軽補助だから、気楽にね」
「は、はいっ……!」
笑顔の裏で、心臓が暴れていた。
初めての“外の世界”。
訓練所の中とは違い、ここには“スキルを見られる”という意識が強くあった。
……失敗したらどうしよう。
転んだら、笑われるかもしれない。
邪魔だと思われたら──
「──あら、こんにちは。新しいお手伝いさんかい?」
柔らかい声に振り返ると、白髪まじりの女性が笑っていた。
「あ……はいっ。クッシー=フワリです。えっと、今日は……」
「私、足がちょっと悪くてね。歩行訓練、付き合ってくれるかい?」
「えっ、あ、もちろんです……!」
両手を添え、ゆっくりと支えながら、歩く練習が始まった。
数歩、数歩。
初めは順調だった。
だが、施設の床にはところどころ、微妙な段差があった。
「──っ!」
患者がつまずいたその瞬間、
クッシーは反射的に、彼女の前に体を滑り込ませた。
二人は、ゆっくりと──しかし確かに、転んだ。
「──だ、大丈夫ですか!?」
「……あら……」
転倒したはずの身体が、痛くない。
床に手をついたはずなのに、手首に衝撃が走っていない。
「ふふ、なんだか、転んだ気がしないわね。……あなたが、いてくれたおかげかしら」
「……」
「あら、どうしたの? 顔、真っ赤よ」
「……あたし……転んだのに……ありがとうって……」
声が、震えた。
患者はそっと手を握ってくれた。
「こわくないね。あなたがそばにいてくれると」
その日の帰り道。
施設の職員がサーシャに小声で言った。
「……あの子、また来られますか?」
サーシャは笑って頷いた。
「ええ。彼女、今日“自分から転んだ”のよ。
誰かのために──ね」
【訓練所記録 第78期生:クッシー=フワリ】
スキル名:エアクッション
分類:条件付き反応型スキル(物理衝撃緩和)/応用展開中
課外実習記録:回復院・同行補助体験
対象:患者歩行訓練補助(軽介助)
事故内容:段差による転倒未遂/訓練生A(本人)による防止行動
結果:二者同時転倒 → スキル発動により怪我なし
所感:本人の判断により“積極的転倒”を選択した可能性あり
訓練生特性評価(最終観察)
行動傾向:防御反応から“他者起点”への移行を確認
心理変化:初の成功体験により、スキルの存在意義を肯定
志望進路:未確定ながら、回復支援分野への適性高し
メンタル状態:安定・自発発言増加・笑顔の頻度増
評価官メモ(記録教官:サーシャ=ベルモンド)
「“転ぶ”という行為に、意味を見いだせる子がいるとは思わなかった。
本人がそれを肯定できたなら、あのスキルは“守る力”になる。
将来的に、ケア支援や訓練補助の現場で、きっと誰かを支えられるはず。
もう、“ただ転ぶだけ”じゃない。
あの子の転倒は、“そばにいる”という約束なのよ」