エアクッション②:発動条件
――訓練所・実技演習記録
記録官:マール=エトワール
訓練所の工房裏、中庭の訓練広場。
午後の軽実技訓練で、木箱を運ぶ実習が行われていた。
「じゃあ次、第二班──木材搬入、あっちの区画まで頼むよー!」
声をかけたのはサーシャ教官だったが、マールはその様子を少し離れた木陰から観察していた。
手にはお馴染みの記録端末、目は訓練生の動きに向いている。
クッシー=フワリは、三人班の一角に入っていた。
木箱は魔導具の素材で、それなりに重い。
周囲の訓練生がテンポよく運び始める中、彼女は緊張で汗ばんだ手を何度もこすっていた。
「大丈夫だよ、クッシー。転びそうだったら、先に声かけて」
「う、うん……ありがとう……」
ぎこちない笑顔で返しながら、彼女は持ち上げた箱を胸元にかかえる。
足元の地面は、昨日の雨で少しぬかるんでいた。
そして──その瞬間は突然訪れた。
「──っ!」
クッシーの靴裏が泥に滑り、バランスを崩す。
それだけなら、彼女だけが転ぶはずだった。
だがすぐ隣にいた訓練生が、彼女を支えようとして、逆に巻き込まれた。
「あっ──!」
二人は一緒に倒れこむ。
木箱がずれる音がして、衝突の音──かと思ったが、次の瞬間。
「い……痛くない……?」
巻き込まれた訓練生が、地面から上体を起こし、ぽかんとした顔で呟いた。
その下で、クッシーがうつ伏せのまま、目を見開いていた。
「……発動、してたんだ」
ごく自然に、当たり前のように、
その瞬間、彼女の“エアクッション”が二人分の落下をやわらげていた。
マールは遠目でそれを見ていたが、口角をわずかに上げた。
「ふむ……“他人を巻き込んだ転倒”でも発動するか。これは、仮説より面白いな」
後で記録に書いておこう──そう思いながら、マールはその場を後にした。
その日、食堂でクッシーはぽつりと呟いたという。
「……転んだのに、ありがとうって言われたの、初めて……」
【訓練所記録 第78期生:クッシー=フワリ】
スキル名:エアクッション
分類:条件付き反応型スキル(物理衝撃緩和)/応用検証中
実技訓練記録:軽実技搬入訓練(木材運搬)
発動条件:訓練生A(本人)および訓練生B(隣接)が同時に転倒
効果:訓練生Bの報告により、**衝撃感“ほぼなし”**との証言あり
検証中:対象が他者に及ぶ条件の詳細未特定(同時転倒・接触・意思反応など)
訓練生特性評価(第2次観察)
身体制御:C(注意力が向上傾向)
精神状態:回復傾向あり/初の“感謝体験”による自信形成の兆し
会話頻度:微増(周囲とのやり取りに肯定反応が増えた)
評価官メモ(記録教官:マール=エトワール)
「実に興味深い。スキルの発動条件が“巻き込み時にも作用する”のであれば、
教育現場や治療領域での“安全要員”としての可能性が出てきた。
本人が“転びやすい”ことをどう捉えるかが鍵だが、今はそれで良い。
次回は“自分から動いた転倒”が他者にどう作用するか、実験的に確認したい。」