エアクッション①:彼女はドジっ子
――面談室・記録開始
面談官:マール=エトワール
被面談者:第78期訓練生 クッシー=フワリ
「じゃあ、君の“スキル”について教えてもらえるかな?」
教官のマール=エトワールは、相変わらず魔導式の記録端末をいじりながら、ほとんど目を合わせずにそう言った。
「えっと、その……エアクッション、っていう……」
「ん?」
「……転んだときだけ、衝撃を軽減するスキルです。発動条件が“転倒時限定”で……あと、効果も一割くらいしか……」
「一割。なるほど、実に中途半端だ」
「……はい……」
クッシー=フワリは目を伏せ、椅子の端っこで縮こまっている。
服の裾をぎゅっと握る手が、小刻みに震えていた。
マールは、少しだけ視線を上げた。
彼女の肩に、いくつか擦り傷が見えていた。治りかけの青あざもある。
「訓練所に来るまでに、何度か転んだね?」
「はい……道でつまづいたり、階段から落ちたり……」
「でも、“無事だった”んだよね? 今、こうしてここに座れてるんだから」
「……」
「それ、君のスキルのせいじゃない?」
クッシーはびっくりした顔をして、マールを見た。
あまりにも当たり前のことを言われたようで、逆に言葉が出なかった。
「“転ぶスキル”なんて、面白いじゃないか。発動条件が極端なほど、使い道は限定される。だが、それがあるということは、“起こる前提の事故”をコントロールできるってことだ」
「……事故を……コントロール?」
「そう。転倒は魔導反応の暴走原因にもなる。たとえば火系スキルを使う者が転べば、それだけで事故だ。
でも君は、“転んでも大丈夫な存在”だ。そこに、科学的価値はある」
「……でも……」
「君がいなかったら、他の訓練生が今後“転んで怪我して魔導事故を起こす”可能性があるってことだ。
……実に教育的だねぇ。貴重だよ」
マールはにやっと笑った。
その顔は冗談を言っているようで、なぜか本気だった。
「じゃあ、次の演習で試そう。
君が“転んでも痛くない”ことを、証明してごらん」
「……は、はいっ」
クッシーは、かすかに声を上ずらせて答えた。
その返事は小さかったけれど、最初よりほんの少しだけ、姿勢が前に傾いていた。
【訓練所記録 第78期生:クッシー=フワリ】
スキル名:エアクッション
分類:条件付き反応型スキル(物理衝撃緩和)
初期面談・確認記録
発動条件:転倒時(自然・事故ともに発動可)
効果:衝撃軽減率 約10〜12%/全身対応
継続性:転倒モーション中の一時的効果/意図的発動は不可
訓練生特性観察(初期評価)
身体制御:D(反射神経・バランス感覚に不安)
回避力:C−(補正頼み)
精神状態:萎縮傾向あり/失敗経験による自己否定感強め
社会適応傾向:低〜中(協調意識はあるが自己発信が苦手)
評価官メモ(記録教官:マール=エトワール)
「観察対象としては極めて面白いスキル。
発動条件の厳しさゆえに“成功体験が積みにくい”構造を持つが、それゆえに応用が効けば大化けする。
次回訓練では、明確に“役に立った”実例を本人に体感させ、スキル価値の再定義を促したい。」