雑記 ひなたの子ども
――「1人で生きるって言っても、あの子、誰かと日光浴はしてたじゃない」
昼下がりの温室。
ほのかに暖まった土と、香草の香りが混じった空気の中で、
サーシャは水やりを終えた鉢の間を抜けてベンチに腰を下ろした。
カリナが、鉢植えの横で腕を組んでいる。
「ここにいたのか」
「ええ、ちょっとね。ここの光、ちょうどいいのよ。
……あの子も、よくここで日向ぼっこしてたわよね」
「“あの子”って……光合成の?」
「うん。ソラくん。訓練の合間、ぼーっと温室に座っててさ。
でも不思議と、ほかの子も隣に座りたくなるのよねぇ」
カリナはふっと鼻で笑った。
「本人にその気がなさそうなのが、逆に安心するのかもな。
妙な重たさがない、っていうか……無害な光って感じ」
「植物も育ってたわよ。あの子が世話してた鉢、やたら元気だったもの」
その時、温室の奥から現れたのはヴィスだった。
相変わらず無音で現れる。
「……あの子、園芸支援の推薦、蹴ったんだろう?」
「あら、知ってたの?」
「温室管理局から問い合わせがあった。“あの訓練生、まだ在籍しているか”とな」
「断ったのよ、“日光があればどこでもいい”って」
カリナが、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「植物の管理より、たぶん自分の生き方のほうが興味あるんだろうな」
「人間関係を最初から持たない選択をできる人間は、稀だ」
ヴィスは窓辺に立ち、外の明るさを見つめる。
「……だが、あの子は“誰とも関わらない”とは言わなかった。
ただ、“今はまだいらない”と言っただけだ」
「戻ってくると思う?」
サーシャが聞いた。
ヴィスは答えない。けれど、ほんの少しだけ、口の端が動いた。
「戻るなら、“進路変更届”ではなく、“ただいま”でいい。
……私は、そう記録しておくつもりだ」
サーシャも、カリナも、静かにうなずいた。
誰も何も言わず、ただ、温室の窓から降り注ぐ光の中で、
ソラ=フォトンの残した、あの“ひなたの余韻”を思い出していた。