糸ほつれ感知②:動作の偏り
――訓練記録・観察ログ提出日
記録官:スレッド=ミシン
評価者:サーシャ=ルネフィール、カリナ=ラインベル(立ち会い)
「この寮Bの子、左袖の内側ばっかりが擦れてるんです。3人も連続で。
あと、この子は右膝の上。たぶん……座るときにいつも同じ姿勢取ってる」
制服の山の前にしゃがみ込み、ミシンは淡々とメモを読み上げた。
隣ではサーシャが「ふむふむ」と笑顔でうなずいている。
少し離れて、腕を組んで立っていたカリナが、一枚の制服を手に取った。
「……これ。エコーのじゃないか」
「はい。夜間訓練明けに提出された分です。裾の後ろが異様に引きずれてて……
もしかして、普段と違う歩き方してたんじゃないかって」
カリナはじっとその裾を見ていた。
やがて、低く、納得したように呟く。
「夜間、階段で滑ったって報告があったな。
そのあとの動作が変だった……なるほど、これが“記録”になるのか」
ミシンは、ほんの少しだけ誇らしげな顔になった。
「僕、裁縫はできません。縫い直すのも、整えるのも、上手じゃないです。
でも、“壊れかけてる場所”は、ちゃんとわかるんです。……多分、誰よりも」
サーシャが笑う。
「十分すぎるわよ。
“壊れる前に気づける”って、それだけで大きな価値だから」
カリナは制服を丁寧に畳み直すと、真顔のままミシンに言った。
「報告書、まとめられるか? 被害傾向別に分類して、定期的に提出。
教官の訓練評価と照らし合わせることで、修正計画に使える」
「は、はいっ。やります!」
サーシャがクスッと笑った。
「じゃあミシンくん、“記録係・制服担当”、本格デビューね」
ミシンは顔を赤くしながら、そっとメモを抱え直した。
「……これ、ちゃんと“役に立ってる”んですよね」
「ええ。
君の見る目は、“傷がつく前の予兆”を拾える。
──それは、立派な観察型の才能よ」
【訓練所記録 第79期生:スレッド=ミシン】
観察対象:制服ダメージ傾向
分類別例:袖内側摩耗=肘支え癖/右膝上=同姿勢圧迫/裾引きずり=歩行異常
教官活用:訓練設計補助・補強指導ログに活用予定
教官メモ(カリナ)
「“戦い方”を見直すのは教官の仕事だが、
“暮らし方”に気づけるのは、案外こういうスキルを持った子かもしれない。
動きの偏り、転倒癖、負担の蓄積──全部、服が知っている」