糸ほつれ感知①:傷みの理由
――面談室・記録開始
面談官:サーシャ=ルネフィール
被面談者:第79期訓練生 スレッド=ミシン
「ほんっとに、地味なんですよね、僕のスキル……」
制服の膝に手を置いたまま、ミシンはぼそりと呟いた。
「“糸のほつれがわかる”なんて。
便利でもないし、戦えるわけでもないし。
職人って言っても、縫えるわけじゃなくて“気づく”だけなんです」
サーシャ=ルネフィールは、その言葉を聞きながらも、笑顔を崩さなかった。
「でも、“気づく”って、案外誰にでもできることじゃないのよ?」
「でも、どこで役に立つのかが……。
スキルの説明書きには“偽装発見に使えるかも”ってあったけど、そんな仕事ないじゃないですか」
「うーん……それは確かにね、今すぐ求人はないかもね」
サーシャは肩をすくめて笑った。
「でもね、ミシンくん。君って、洗濯当番してるんだよね?」
「……はい。一応、得意なんで。糸のほつれが目につくから」
「じゃあさ、ちょっと記録、つけてみない?」
「……記録?」
「訓練生の制服、どこがどれくらいほつれてたか。誰の服にどんな癖があったか。
それ、もしかしたら“何かのサイン”かもしれないよ」
ミシンは目を瞬かせた。
「ただの傷みじゃなくて……?」
「うん。“何度も転ぶ”とか、“動きに偏りがある”とか。
本人が気づかなくても、服には出ることがあるの。……あたし、そういう子、何人か見てきたから」
ミシンはしばらく考えていたが、やがて、ゆっくり頷いた。
「……わかりました。
せっかく、見えるんですから。ちょっと、“集めて”みます」
「いい子ね。じゃあ、“記録係”ってことで、お願いね」
サーシャは笑顔で立ち上がり、資料の棚に向かった。
その背中を見ながら、ミシンは小さく呟いた。
「……スキルじゃなくて、自分の“視点”を見られてる感じだなあ、これ」
それは、悪くなかった。
【訓練所記録 第79期生:スレッド=ミシン】
スキル名:糸ほつれ感知
分類:視覚型・衣類観察スキル
補足:“布の摩耗・ダメージ”の方向や質を識別可能。習慣・動作傾向の視認に応用可能性あり
教官メモ(サーシャ)
「ほつれを見て、“誰かの生活の歪み”に気づける子。
それって、生活指導でもリハビリでも、現場でも使える視点。
“縫う”だけが直すんじゃない。“気づく”ことが、最初の手当よ」