雑記 記録官ゼルドの日記
――「火がついた夜のこと」
記録として残すつもりはなかったが、あの夜のことは少しだけ“個人メモ”として記しておく。
第78期生、アッシュ=ロート。
スキルは火起こし──しかも原始型。
木をこすり、麻を燃やし、火をつける。
古代の生活再現実験でもしているのか?と思ったのが第一印象だった。
もちろん、記録官として偏見をもって評価するつもりはない。
だが、あれほどスキル分類が明快で、それゆえに“地味すぎる”存在も珍しい。
履歴には、便利屋からの不採用、魔導大学の技能枠落選、農村組合からの評価「火だけでは足りない」の文字が並ぶ。
本人もまた、自分のスキルを誇れずにいるようだった。
それが、先日の野営訓練で、思わぬ光を見せた。
濃霧、湿度、魔力干渉異常。
火花スキルや発火魔法が不調に陥った中、彼は何も言わずに火をつけた。
静かに、淡々と、しかし確実に。
他の訓練生が焦り、魔力制御を誤っていたその横で、
アッシュの火だけが、一定の熱を持って燃え続けた。
観察していた教官のマール=エトワールも、後にこう記している。
「これは実験用安全炎として転用できる」「再現性が極めて高い」。
私も、同意見だ。
……だが、それ以上に。
私は、火を囲む輪の中に入りきれず、少しだけ離れて座っていた彼の姿が印象に残っている。
その距離は、確かに“火の届く範囲”だった。
彼は輪の外にいたが、火の中心だった。
火を起こしたから評価するのではない。
火を通して、誰かの“間に”入ったから、彼はようやく「ここにいてもいい」と思えたのではないか。
記録官としては、評価指標に「他者との心理的距離感」という曖昧な軸を入れるわけにはいかないが──
まあ、日記くらいには、書いておいてもいいだろう。
今後、彼が再び“自分の火”に価値を見出せることを、
記録官として、そしてほんの少し個人として、願っている。
──ゼルド=クロイツ