魔力眼(緊張限定)③:共鳴の価値
――推薦面談・記録開始
面談官:マール=エトワール(補佐:レオン=リグレイ)
被面談者:第79期訓練生 ネーヴ=アイミル
「緊張だけが見える。
感情の全体像は不明で、魔力適正者に限定される。
──だがそれでも、十分に実用性がある。私はそう見ているよ」
マールはいつものように淡々と、机の上の書類を揃えながら話していた。
推薦面談という形式ではあるが、彼の口調にいつもより鋭さがあるのは、
隣に“補佐官”が座っているせいかもしれない。
レオン=リグレイは、ひじをついてネーヴの方をじっと見ていた。
いつものような気さくな笑みではない。どこか、真剣な眼差しだった。
「推薦先として、審問補佐官。あるいは交渉支援部門の観察係。
感情の揺れを数値化せず、視認で拾えるという点で、希少性は高い」
「……でも」
ネーヴが口を開いた。
「それって……“見えたものを報告する”ってことでしょうか?
それをどう判断されるかは、僕じゃなくて……上の人が決めるんですよね」
「そうだ。それが社会というものだ」
マールは即答した。
「君は“目撃者”であり、“記録者”だ。“決定者”ではない。
事実を淡々と渡せる観察者として、君の特性は極めて有効だ」
「ちょっと、待って」
レオンが口を挟んだ。
「マール。あんた、いつも“記録のために拾え”って言うけど、
ネーヴくんは“拾った後”を一番怖がってるのよ」
マールは眼鏡を押し上げる。
「それが感情的な過敏さだと言いたいのか?」
「違う。“共鳴の強さ”よ。
彼は“相手の揺れ”を自分の中に取り込んじゃう子。
あんたが“記録”としか見てないものを、“傷”に感じるくらいには、繊細なの」
「……“共鳴”? それはスキルの効果ではない。ただの心理的反応だ」
「そうよ。でも、それが“見える力”に影響するの。
誰かの緊張に気づいて、何かしたくなる。それがこの子の本質なんじゃないの?」
マールが口を閉ざす。
沈黙が落ちた中で、ネーヴがゆっくりと話し出した。
「……僕、最初は、使っちゃいけない力だと思ってました。
でも……使ったとき、気づいたんです。
“見た”って言うことだけで、相手が楽になることがあるって」
レオンが頷く。
「うん。“見てくれてる”って実感が、人を救うこともある。
それって、すごく、あたたかい仕事じゃない?」
ネーヴは小さく微笑んだ。
「……僕、やっぱり、誰かの“見えない揺れ”に気づいて、
“そっと伝えられる人”になりたいです。
それが、信頼につながるような……そんな仕事がしたいです」
マールは長い沈黙のあと、記録紙にさらさらと文字を走らせた。
「“推薦先:癒し・感応支援部門。感情支援補佐。将来的には対話技術との併用で成長見込みあり”……」
そう言って、記録紙を閉じる。
「君の共鳴は、感情の一部ではあるが──
見えるものと、見えないもののあいだに立つ者として。
──確かに、価値がある」
レオンが笑う。
「素直に認めたわね」
マールはぷいと顔を背けた。
「……理屈に合っていれば、否定はしないさ」
【訓練所記録 第79期生:ネーヴ=アイミル】
スキル名:魔力眼(緊張限定)
推薦先:感情支援補佐枠(癒し・対話訓練と併用予定)
備考:“観察から始まる信頼構築”を軸にした育成プラン提示
教官メモ(マール&レオン)
「見える力は使い方で暴力にもなる。
だが彼は、“見える”ことの怖さを知ったうえで、
“それでも伝える優しさ”を選んだ。──それは才能ではなく、意思だ」