魔力眼(緊張限定)②:揺らぎに動揺
――訓練ログ:観察型実地演習
記録官:マール=エトワール
演習訓練のあと、ネーヴは木陰に立っていた。
協力訓練の一環として、“他の訓練生と一緒に行動する”という課題。
普段は面談型が多いネーヴにとって、集団の中に混じるのは少し緊張することだった。
相手は、同じく79期の訓練生──エコー=ステップ。
無口で、音に敏感で、訓練所でも目立たないタイプだ。
2人は食材の運搬係に任命され、生活棟から食堂へのルートを、雑談もなく歩いていた。
だが──
階段を降りる途中、ネーヴはふと立ち止まった。
見えたのだ。
エコーの身体のまわりに、ふっと浮かぶような“ゆらぎ”。
緊張の波。
まるで細かく震える水面のように、淡い青白い魔力が、肩のあたりに揺れていた。
(……え?)
ネーヴは思わず彼の横顔を見る。
表情は穏やか。むしろ、何も起きていないような無表情だった。
でも、揺れている。確かに、揺れている。
(今、何を思ったんだろう……)
その時だった。
「……何か見た?」
エコーが、不意に問いかけた。
ネーヴは息を呑む。
「……っ、ご、ごめん。別に……ただ、ちょっと、魔力が……」
エコーは首をかしげたあと、ぽつりと呟く。
「さっき、あの人に呼ばれて。カリナ教官。
……また、夜番やってほしいって言われた。前に、ちょっと……怖いことあったから」
「……それで、緊張してた?」
エコーは少しだけ考えてから、頷いた。
「自分では、気づいてなかった。けど、言われてみたら……たしかに、そうかも」
ネーヴは、何も言えなかった。
たまたま相手が穏やかだったからよかった。
でも──もし、揺れを見たことで、傷つけていたら?
自分のスキルは、ただ“見える”だけじゃない。
“気づいてしまう”ことが、誰かの心を暴いてしまうかもしれない。
その夜。
ネーヴは、面談室の前で立ち尽くしていた。
ノックをするか迷っていると、部屋の扉がすっと開いた。
「あら。迷ってる顔。……面談希望かしら?」
立っていたのは、柔らかい微笑みを浮かべたレオン=リグレイだった。
ネーヴは、ぎこちなく頷いた。
【訓練所記録 第79期生:ネーヴ=アイミル】
訓練種別:対人観察・感応訓練
結果:対象の“自覚なき緊張”を視認。反応を伝えることで、本人が記憶と照合し納得する反応あり
教官メモ(マール)
「視認の精度は十分。“揺れ”を見て、対話を誘導する力は高い。
ただし本人がスキルの使用に対して慎重すぎる傾向あり。
“他者の領域”を侵すことへの過剰な恐れ──この克服が今後の課題」