魔力眼(緊張限定)①:覗き見る
――面談室・記録開始
面談官:マール=エトワール
被面談者:第79期訓練生 ネーヴ=アイミル
「君のスキル、“緊張状態の魔力だけが見える”という理解で間違いないかね?」
面談室に響いたのは、やや鼻にかかったマールの声。
机の上には開かれた観察記録。隣には、すでに2度読み返したネーヴの初期訓練ログが置かれていた。
ネーヴ=アイミルは、姿勢を正したまま小さく頷いた。
「はい。……魔力を持っている人だけですが、緊張すると、揺れが……こう、光のにじみみたいに見えるんです」
「ほう。視覚型魔力感知スキルは珍しくないが、“緊張”に特化とはな……」
マールは興味深げに眼鏡の奥を光らせると、ペンを走らせながら続けた。
「ただ、“緊張”は必ずしも嘘ではない。“怖い”“嫌だ”“怒ってる”でも同じ反応になるはずだ」
「……はい。だから、よくわからなくなります」
ネーヴは目を伏せた。
「相手の心がわかるようで、何もわからない。
気づいたことを言えば、相手は驚いたり、怒ったりする。
僕は……怖いんです。自分の見るものが、ただの“気のせい”かもしれないって」
マールは手を止め、書類から視線を外した。
「君のスキルは、活かし方次第で非常に価値がある。
尋問補佐、裁定補助、交渉場面での観察係──
緊張の揺れを拾えるのは“突破口”の発見につながる」
ネーヴは小さく身じろぎした。
「……でも、それは、“他人の心を覗く”ってことじゃないんですか?」
マールは、ふっと鼻を鳴らした。
「違う。あくまで“反応の兆し”を見るだけだ。
感情を読むわけじゃない。“ゆらぎ”を捉えるだけ。
それをどう解釈し、使うかは訓練で決まる。君自身の課題でもある」
ネーヴは唇を噛んだ。
理屈は、わかる。
でも──“見てしまったこと”に責任がある気がして、いつも言葉を選んでしまう。
「……僕は、人の揺れを見て、動ける自信がありません」
「その自信のなさも、“相手に何を見ているか”に自覚がある証拠だ。
君の観察力は信頼に足る。あとは、それを“使う”覚悟を育てるだけだ」
マールは書類を閉じた。
「まずは、“揺れる場面”を実地で見る。そこからだ。訓練に入ろう」
ネーヴはゆっくりと立ち上がる。
その目には、わずかな迷いがあった。
【訓練所記録 第79期生:ネーヴ=アイミル】
スキル名:魔力眼(緊張限定)
分類:視覚型感応スキル/魔力反応読取型(限定条件付き)
初期面談ログ
魔力保有者に限定されるが、“緊張時の揺れ”を視覚化できる
嘘とは限らないが、“反応の瞬間”を捉えることで補佐的価値あり
本人は判断を避ける傾向が強く、解釈と運用への不安を持つ
教官メモ(マール=エトワール)
「彼のスキルは“読心”ではない。
しかし、“心が揺れる瞬間”を切り取る力は確かにある。
それは判断材料であり、感情の引き金でもある。
この力をどう扱うか──“冷静さ”が試される訓練になるだろう」