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香りの記憶①:思い出

――面談室・記録開始

面談官:マール=エトワール

被面談者:第79期訓練生 ミスト=パフュマ

「ふん……なるほど。“一度嗅いだ香りを、完全に再現できる”と、君は言うのだね」


半月型の眼鏡をくいと押し上げながら、マール=エトワールは訓練生の記録紙に目を通していた。


ミスト=パフュマは、やや小柄な体を椅子に沈めている。

ふんわりとした白い髪に、淡い香草のような香りがかすかに漂っていた。


「はい。……香りだけ、ですけど。見た目や触感は再現できません」


「具体的には?」


「えっと……たとえば、この前立ち寄った花市で嗅いだジャスミンの香り、今、出せます」


そう言って軽く息を吸い、指先に意識を込める。


瞬間、室内の空気が、淡いジャスミンの甘さに包まれた。


マールは少し眉を上げ、口元を指で撫でた。


「……ふむ。確かに、そこに香料は存在しない。なのに、この密度。再現性は高い」


「でも、何の役にも立たないって言われて……」


ミストは俯いた。


「戦えないし、癒せるわけでもないし。調香師を目指してますって言っても、

 “素材を使えないのに調香師?”って言われて、落ちてばかりで……」


「調香は配合と調律の学問だ。君のは“記憶再現型”……つまり、“再現精度”で勝負するタイプか」


「……そう、なのかもしれません。僕、誰かの“思い出の香り”を作れたらなって、ずっと思ってて」


ミストの声はおっとりとしていたが、その奥には揺るがない意志があった。


「姿や声は忘れても、香りって残るでしょう?

 だから、残したい人がいるかもしれない。

 “また会いたい”って、香りで思い出せるような……そんな仕事がしたいです」


マールはしばらく黙っていたが、やがて記録紙に何かをさらさらと書き込んだ。


「では、訓練として。“香りの再現条件と精度”を測らせてもらう。

 私の指定する香りを再現できるか、試してもらおう」


「え……香りの指定って、どうやって……?」


マールはにやりと笑った。


「君がどこまで“記憶を掬えるか”を見るには、

 私自身の“とある記憶”を再現してもらうのが一番だろう」


「それって……!」


「今ここで教える気はない。訓練場に来なさい。再現されるかは、君の集中次第だ」


そして、立ち上がったミストの背中に、マールはぽつりと付け加えた。


「君のスキルは、“ただの香り”じゃない。“記憶の入口”だよ。……失くす前に、拾っておきなさい」

【訓練所記録 第79期生:ミスト=パフュマ】

スキル名:香りの記憶

分類:感覚系再現スキル(記憶型/非戦闘・非魔術)


初期面談ログ

スキル発動:意識集中・嗅覚記憶に依存。素材不要/香りのみ再現

志望進路:調香師/“記憶に残る香り”を作りたいという明確な動機あり

教官所見:記憶との結びつきに着目すれば、精神医療・癒し分野での応用可能性あり


教官メモ(マール=エトワール)

「素材を扱えない? 結構。ならば、“存在しない香り”すら創れるということだ。

 彼の再現は“感性のアーカイブ”だ。学術的にも価値があると見た」

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