経路図作成(通気口限定)②:見えない地図を描く人
――地下構造調査・実地訓練ログ
記録官:ゼルド=クロイツ
「……ここ、変わってますね」
トーキ=スリットは、古びた資料館の地下通路で立ち止まった。
数十年前に増設されたという旧通気ルート。設計図は残っているが、実態と一致しない部分も多い。
ゼルドは後ろから声をかける。
「なぜ“変わっている”と断定できる」
「空気の流れが不自然です。湿度も場所によって違いすぎる」
トーキはそう言って、鞄からノートと鉛筆を取り出す。
メモを取りながら、壁の隙間や床の段差を観察し、図を描き始めた。
「……おお、えらいもんやなぁ」
後方から、ぼそりと声が漏れた。
同行していたシュロ=ハーンが、図面を覗き込んで感心している。
「設計図よりよっぽど現実的や。わしらが工房で困ってた排気詰まり、こっから来とる可能性あるな」
「……このルート、床下とつながってる気がします。通風音が下から響いてました」
「マジで?」
もう一人、今回の実地調査に立ち会っていたのは──
ギルド本部の視察官、レーン=グローブ。
複数の訓練所を巡っては、現場評価と推薦記録の審査を行っている職員だ。
「ねえ、ゼルド教官。これ……通気口限定とはいえ、
この精度と判断力、ダンジョン調査にも応用できるんじゃない?」
ゼルドはすぐには返さなかったが、少しだけ眼鏡の奥の目が細くなった。
「構造の読解、環境の観察、移動経路の推定──
確かに、迷宮型ダンジョンにおける“空間解析役”として適性がある」
「うちのギルド、探索部門が人手不足でね。地形迷路系の分析、こういうスキル持ちが一人いると全然違うんだよ」
トーキは聞いていた。
けれど、まだ少し戸惑ったような表情で、ゼルドを見た。
「……僕、インフラ保守とか、施設の整備に就きたくて、
そのつもりでスキル磨いてたんですけど……」
「“道の整備”と“道の解析”は繋がっている。
進むのが誰かでも、通る道を理解できる者の価値は変わらない」
ゼルドの言葉に、トーキはそっと頷いた。
「……じゃあ、少し考えてみます。
自分が“どこで役に立てるか”、今までより広く見てみます」
「それでいい」
ゼルドは静かに言った。
「君のスキルは、狭い範囲を見ているようでいて、
本当は“最初に通るべき道”を指し示してくれるものだ。
我々がそれを“見える形”に残す。記録と推薦の仕事は、そこにある」
【訓練所記録 第79期生:トーキ=スリット】
スキル名:経路図作成(通気口限定)
分類:空間解析補助型 → 設備管理/迷宮探索支援両対応
実地訓練ログ
対象施設:旧資料館地下通気路(増改築エリア)
スキル応用:空気流動・湿度・音響から通気経路を推定し、手描き図面で可視化
外部評価:ギルド職員より「迷宮探索への応用性あり」との助言あり
教官メモ(ゼルド=クロイツ)
「スキルの“使いどころ”を広げるには、他者の視点が必要だ。
彼はそれを受け入れ、理解する柔軟さを持っている。
次は、“自分で選ぶ強さ”を引き出す番だ」