火起こし(原始型)③:この火は、俺のものだ
――訓練所・協力実習記録より抜粋
科目:他者支援実習(調理班配属)
記録官:サーシャ=ベルモンド
昼下がりの訓練所。
中庭に設置された簡易調理台の前で、アッシュ=ロートは所在なげに立っていた。
「えーと、火スキル持ってる人、こっち手伝ってー」
サーシャ教官の明るい声に、調理班の訓練生たちがぞろぞろと集まる。
火花系魔法、熱制御スキル、炎の精霊憑き──そうそうたる火力メンバーに、アッシュは一歩引いた。
「……俺、いらないかも」
誰に言うでもなくつぶやいたそのとき。
「ちょ、うちの鍋、底が焦げてる! これ、魔法熱強すぎる!」
「えー、火力調整むずいんだけど! スキルが全開で出ちゃうんだよ!」
周囲がざわつく。次第に、調理場全体がうまく回らなくなってきた。
「……あー……」
気づいたら、アッシュは動いていた。
手早く薪を組む。湿度を確認し、少しだけ太い枝を足す。
小さな火が、ぽっと生まれる。
それは熱を出しすぎず、でも確実に鍋を温めていった。
「え、なにこれ……ちょうどいい」
「すげー、焦げない……」
誰かがぼそっと言った。続いて、
「アッシュくん、それもう一本火作れない? うちも鍋焦がしそうで……」
頼られた。
アッシュは「……うん」とだけ答えて、もう一本の火を起こしにかかる。
さっきよりも手際がいい。
火種の位置、風の流れ、調理器具の高さ──全部、ちゃんと見えていた。
気づけば、彼の起こした“物理の火”が、調理班の主力になっていた。
「……あのね、アッシュくん。わたし、前に“火のスキル、便利だね”って言ったけど……」
調理を手伝っていた訓練生の一人が、火を見ながら言った。
「たぶん、アッシュくんの火が一番“安心できる”よ。……ありがとう」
アッシュは少し驚いたように目を見開いた。
そして、ふっと、笑った。
「……どういたしまして」
その火は、彼が“自分の意志”で起こしたものだった。
そして初めて、
「この火は、自分の役に立つかもしれない」ではなく、
**「誰かのために火を灯したい」**と思えた瞬間だった。
【訓練所記録 第78期生:アッシュ=ロート】
スキル名:火起こし(原始型)
分類:環境依存・実技系スキル(支援適応枠に更新検討)
実習記録:他者支援実習(調理班配属)
配属班:調理補助班(スキル混成)
役割:安定火力の供給による調理支援
実習時間:3時間/火種維持成功率:94%
起こした火:合計5本/すべて安定稼働
訓練生特性評価(第3次観察)
自発行動:初確認あり
他者からの協力依頼:複数発生/感謝表現あり
発話回数・発言内容:増加/自己主張に転化傾向
メンタル状態:安定傾向にあり。記録官による面談推奨
評価官メモ(記録教官:サーシャ=ベルモンド)
「ようやく彼の火が“誰かのぬくもり”に変わった日。
スキルの性質も大事だけど、それをどう“誰かのために”使えるかが本当の価値だと思う。
この子の火は、もう“自分の中で閉じた火”じゃない。
これからは、周囲と一緒に燃えていける子になると信じてる」